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4.散歩途中

「広いなぁ……」


 学院内を歩いていたものの、外から見ただけではアルムにどの建物がどんな施設かなどわかるはずも無く、使いの人がカレッラに来た際に置いていった学院の案内を見て想像するだけという無益な下見だった。


 案内によれば本棟一つに実技棟が六つの七校舎。

 地上三階に地下立ち入り禁止の図書館。職員棟、購買兼食堂、入学式がある講堂に中央には中庭、さらには大浴場や植物園まであり、校内だけで自分が住んでいたカレッラの村を超えるんじゃないかと思うほどだ。

 アルムには何をする所なのかわからないところも当然あったが、聞く相手も今はいない。


「いや、村の方がまだ大きかったはず……」


 妙な対抗心がアルムの中に芽生えるが、村と学校の比較をしている時点で大きさという意味で負けている。

 ちょっと自信無さげなところを見ると完全敗北といってもいい。


「それにしても実技棟ってのが多いな……」


 アルムが不可解だったのは二つの施設だった。

 まず一つは実技棟。これは用途が気になったのではなく数だ。

 実技は確かに大事かもしれないが、いくら何でも多すぎじゃないだろうか。

 周りの建物を見るに、実技棟が特別小さいということはあり得ない。


 この学院は三学年まで在籍しているが、生徒を選別しているのもあって学年ごとに生徒が多いわけでもない。

 それほど実技の授業が多いという事だろうか?


 そしてもう一つは大浴場。

 案内を見た時にアルムを最も悩ませた施設であった。


「大浴場って……何だろう」


 そもそも大浴場というのが何なのかわかっていなかったのである。


「おいそこの、何やってんだ」

「ん」


 そんなアルムに横から声が掛かる。

 声のほうを見るとそこには男が立っており、その風貌は一言でいえばだらしない。

 整えていない無精髭に髪はぼさぼさ、目には隈が出来ており、暗く気だるげな印象を持たせる長身の男だった。

 男はアルムに近づき、じっと顔を見る。


「見ねえ顔だ、新入生だろ」

「はい」

「ここら辺はまだ入るな。式が終わったらしっかり案内があるから大人しくしてろ」

「すいません、ちょっと色々見ておきたくて。すぐに戻ります」

「ん……?」


 アルムの態度に男は怪訝そうな表情を浮かべる。


「やけに素直だな」

「えっと、素直だと何か問題が?」


 アルムは素直な事に疑問を持たれるのは初めての経験でつい聞き返してしまっていた。


「いや、そうじゃねえけどな……お前、どこの家だ?」

「家?」


 アルムには何故そんな事を聞かれているのかがわからなかった。

 家といえばシスターの教会が家だったが、どこにと言われても果たしてこの人に伝わるのか。


「家名だよ家名」

「ああ」


 そこでようやく何を聞かれているのか気付く。

 どちらにせよ答えることはできないのだが。


「ありません。自分は平民なので」

「あん? 平民?」

「カレッラから来たアルムといいます」


 カレッラ。

 その名前に無精髭の彼は覚えがあった。二か月前に議論になった平民の出身地だ。

 そこの出身という事は目の前にいる新入生はその議題の平民。

 魔力だけはいっちょ前だが実技はポンコツと評価されていて、理由はどうあれ自分が入学を推した生徒だった。


「そうか、遠いところからご苦労様」

「どうも、三年間お世話になります。先生」

「おう」


 もう話す事は無いと男はその場から去ろうとする。

 入学を推したとはいえ平民に期待しているわけではない。実技が底辺で魔力はトップクラスというアンバランスさは面白いが面白いだけ。

 魔力だけでは決して魔法使いにはなれない。

 魔法の長い歴史はすでに魔法使いの資格がある血筋を選別し終わっている。

 あとはその一族が魔法を絶やさないように研鑽するだけの時代だ。

 ちょっと魔力が多いだけの平民が生まれたところでそれを覆すことはできない。

 今から三年間ここにいれると思ってるところもおめでたい。


 だが、男はある違和感に気付く。

 アルムも指示通りに門に戻ろうと踵を返そうとした時だった。


「ちょい待て。何で俺が教師だとわかる?」

「え?」


 自分の風貌から雑用の平民だと勘違いする奴も少なくない。

 面倒だからと放置している髭や髪は大層実力を隠すのに役立っているようで毎年貴族がどーだ平民がどーだと突っ込んでくる新入生がいる。

 まぁ、そんなやつに実力の差を思い知らせるのも彼の密かな楽しみではあるのだが。

 しかし、目の前のアルムは自分を教師だと確信を持っていたようだった。


「それは、魔力が閉じてたので」

「……ほう」

「自分の師匠もやってたんで、魔法を教える人はそうなのかなと」


 アルムの考えは大雑把ではあるが、決して遠くはなかった。


 魔法使いは常に魔力を出している。

 これは魔法使いに限らず魔力を持つ生き物や物には当然で、自然が多いところのほうが魔力が多い理由の一つでもある。

 普通なら特に問題は無いのだが一定以上の魔力を持つ魔法使いにとっては問題で、他よりも魔力が強いために居場所や魔力が魔法を使わなくてもばれてしまうのだ。

 例えるなら見渡す限りの草原の中に一本だけ大木が立っているような。


 魔力から情報を調べる魔法もあり、わかりやすく魔力を垂れ流していては居場所はもちろん高度なものだと使う魔法までばれてしまう。

 その為、強力な魔法使いは魔力で情報が漏れないように意図的に魔力を出さないようにコントロールして自衛するのだ。これを"閉ざす"という。


「俺が先生ってのは正解だが、魔力閉じてるから先生ってのは大間違いだ。ここには閉じてない教師だっている」

「あ、そうなんですか」

「呼び止めて悪かったな、ほら行け」

「はい、また」


 今度こそアルムは歩いていく。

 男はアルムが行ったのを確認しようとその背中を見送ろうとするが。


「おい、ちょっと待て! 門はそっちじゃねえ! あっちだあっち!」

「え、あ、こっちか……」


 完全に方向を間違えていたので仕方なく呼び掛ける。

 男が門の方向を指差すと、アルムは申し訳なさそうに男が指差す方向へと駆けていった。


「ったく……だが、センスはあるみたいだな。いや、実技が駄目なんだから結局センスはないのか?」


 先程の会話で男はアルムに対する面白いだけという評価を変える。

 そういえば筆記は良かったな、とどうでもよさそうに思い出しながらまた一つ気付いたことがあった。


「……待てよ? 確かあの平民は魔力だけはすごいんじゃなかったか?」


 だというのに。


「……何も感じなかったぞ?」


 まぁ、いいかと頭の中に浮かんだ一つの確信を持ちながら男は散歩に戻っていった。

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