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45.侵攻

 目覚めたものの山の巨人は動きを見せない。

 ただベラルタの方角を見たまま不気味に佇んでいるが、その姿すら何か意味があるように感じる。

 巨人の表面に生い茂る森からは目覚めた際の挙動に耐えきれない葉を舞い散らせ、枝や葉も普段とは違う方向に伸びている。

 しかし表面に根付いた木々たちは重力に負けることなく巨人からその根を手放さない。

 成長した木々が真横に伸びていて、騙し絵のような不思議な光景が目に映るが、巨人の存在がその錯覚を許さなかった。

 むしろ大抵の人間は山と同じくらいの大きさの巨人がいるという事実の方が錯覚であればいいと強く願うだろう。


「ふむ、目覚めたばかりでまだ魔力が馴染んでいないのかな?」


 何にせよ、この巨人が動かないのはミスティとルクスにとっては好都合。

 この巨人が動けば戦いへの集中は嫌でも削がれる。

 頭部こそベラルタを見ているようだが、気まぐれにその腕がこの山に振り下ろされる可能性もある。


「ルクスさん」

「『雷鳴一夜(らいめいいちや)』」


 だからこそこの場をどれだけ時間をかけずに制することが出来るかが重要となる。

 ミスティが名を呼ぶとともにルクスは自身に補助魔法をかけた。

 雷属性の補助魔法だ。


「……?」

「聞かぬ魔法だ」


 ルクスがかけた魔法は補助魔法、強化の類だという事はわかるが、聞いたことの無い雰囲気の魔法にルホルと老人は少し警戒を強める。


「お願いします」

「任せてくれ」


 だが、ルクスはこちらに向かうでもなく山を下りていく。

 確かに足元が整っていなくとも強化魔法をかけて下山すれば時間は大幅に短縮できる。

 少し加減を間違えれば足をとられて大事故になるだろうが、ルクスならばそんなミスもありえまい。


「雷属性……それなら僕が相手するべきだが……」


 ルホルは正面のミスティに目をやる。

 冬に吹く風のように冷たい目。そして何の魔法を唱えるかわからない閉じた口。

 目を離した瞬間、この少女は自身を殺す為の魔法を唱えるという確信があった。

 これに背を向ける自殺行為を魔法使いの自分の体が許しはしない。


「そちらは任せたよ、執事」


 ルホルが言わずとも、執事と呼ばれた老人はルクスを追いかける。

 すでに友人は自分の裏切りを看破しているというさっきの言葉が本当なら逃がして困るのはむしろ自分達だ。

 とはいえ、互いに互いを逃がすメリットはない。

 こちらは言うに及ばず、あちらとて仲間が気付いているのだとしたら、ベラルタに向かう仲間を自分達に追われることは避けたいだろう。

 ルクスが逃げる気ではないだろうという事はルホルにもわかっていた。


「さて、何故分断しようと思ったのかな?」

「あら、おわかりになりません?」

「まぁ、一対一のほうがやりやすい魔法使いというのは珍しくないからね。どうしても連携しにくい魔法傾向ってのはあるものさ」

「ふふ、そんな理由ではございません」


 ルホルの的外れな回答にミスティはつい笑ってしまう。

 まるで馬鹿にしたような一笑にルホルは一瞬、頭に血を上らせる、が――。


「私があなたを嫌いだからに決まっているじゃありませんか」


 その血は急速に引いていく。

 その笑顔は美しい少女の可憐なものであるはずなのに、作り物のようだった。


「『十三の氷柱(トレイスカクルスタロ)』」


 ミスティは威力の低い魔法での牽制など考えていない。

 巨人を刺激しない程度に、そして目の前の男を八つ裂きにできる魔法を選択する。

 水属性の中位魔法。

 人間大の氷柱がミスティの頭上に出現する。

 その数は十三。

 これから降り注ぐと予告するように、その鋭い先はルホルのほうに向いていた。


「いやはや、容赦がない」


 普通ならば避けられない魔法でもない。

 だが、今は足場がいいとはいえない山の中。

 緩やかな傾斜は足から普段とは違う感覚を体に伝える。

 木々を盾にしてもあの氷柱が木を貫けないなんて保証はない。

 必然、ルホルの選択は迎撃か防御になる。


「『浮遊土壁(フロートウォール)』」


 ルホルが選択したのは防御。

 唱えると共に土の壁がルホルの周囲を囲む。

 ルホルは地属性の防御魔法を展開して氷柱に備えた。


「予想はしていましたが、やはり地属性ですか」


 スクリル・ウートルザを尊敬しているという発言と、巨人の出現の興奮から属性の予想はできていた。

 後は魔法が不得手という噂の真偽のみ。

 どちらでも油断などできない。

 どんな名家に生まれようがこちらは魔法使いの卵。今魔法使いとして立つルホルを甘く見ることなどできるはずもない。

 才は無い、とルホルは自身を語っていた。

 しかし、才が無くともある程度のレベルに達することはできる。

 何より、スクリル・ウートルザを尊敬しているものが果たして魔法の修練を怠るとは思えなかった。


「いきなさい」


 合図とともに氷柱はルホルへと降り注ぐ。

 次々と向かってくる氷柱をその土の壁は防御する。

 だが――


「ぐっ……!」


 防ぎきれるわけではない。

 僅かにミスティの魔法の現実への影響力が高く、連続して降り注いだ氷柱の最後の一本がその土の壁を破壊してルホルの肩をかすった。

 氷柱は高価な服を破り、ルホルの皮膚を裂く。


「流石はカエシウス家といったところだね……!」

「『執着の水蛇(カロスオピス)』」


 防がれたことに何も思うようなことはないように、ミスティは次の魔法を唱える。

 ミスティの体に巻きつくように、そして緩慢な動きで現れた水の蛇。

 ゆっくりとした動きを見せていた水の蛇はルホルのほうに目を向けた瞬間、発射台があるかのように、飛び掛かる。


「『大地の蛇(アースサーペント)』」


 今度は迎撃。

 ルホルは同じような魔法で対抗する。

 土の蛇と水の蛇。共に中位魔法であり、魔法のサイズは同じくらいだが威力は歴然。

 少しぶつかりあうと、土の蛇は水の蛇に胴体を噛み砕かれて土くれとなり、土くれはやがて魔力を失い消えていく。

 余力を残した水の蛇はそのままルホルに襲い掛かる。


「『降落岩(ボウルダ)』!」


 放出した巨大な丸石をぶつけるだけの単純な魔法が水の蛇の頭上から落とす。

 水の蛇の頭上に岩が落ち、水の蛇は弾けて水しぶきへと変わった。


「『水流の渦(アクアストーム)』」


 魔法が破られてもミスティは次の魔法を唱え続ける。

 魔法をぶつけ続ければいつか勝てると理解しているように。

 今度は水の渦をぶつけるという単純な中位魔法。

 しかし、速度と威力は十分だ。


「構築速度に現実への影響力……うんうん、やはりまともな魔法戦では敵いそうにないなぁ……」


 二度の魔法のぶつかりあいは互いに中位魔法を使っての応酬。

 二度ぶつかって二度ともルホルの魔法が破られたとあれば、少なくとも魔法の強さはミスティのほうが上という事だ。

 戦力差を理解し、ルホルは自分の指にはめている指輪の一つに口づけをする。

 自分に酔った者の行動のようにも見えるそれも魔法としては意味を持つ。

 指輪は魔力を通して淡く輝く。

 次にルホルが唱える魔法の為に。


「『召喚・土人形(サモン・クレイマン)』」

「!!」


 ミスティの唱えた魔法はルホルの周囲の地面から生えてきた(・・・・・)人型の土によって防がれる。

 それは人型ではあるが見た目に精巧さもなく、人形としては一目で拙いものだとわかる。

 一体ならばミスティの魔法に対抗するなど不可能だが、ルホルの周囲から生えてきたそれは七体。

 その七体が重なるようにミスティの魔法に立ちはだかった。

 六体までは無残に砕かれ、七体目が完全にその魔法の威力を受け止め、ルホルのところまでミスティの魔法は届かない。

 そこでようやくミスティの表情は変わる。


「"人造人形(ゴーレム)"……!」

「さあさあ、ミスティ殿! "人造人形師(ゴーレムサモナー)"と戦うのは初めてかな?」

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