42.揺れる町
「はー、ここの領主が……それは大変でしたねぇ」
「俺というより皆が大変でした、みんないいやつだから俺のことで怒ってくれて」
ルホルが準備を終えて戻ってくると、ミスティとルクスはルホルを連れてすぐさま山へと向かっていった。
昨日の予定と変わって町に残ることになったアルムは、すでに三時間ほど町で待機している。
そんな時、町を歩くドレンを見つけた。
どうやら魔法使いを依頼の地まで運ぶ馬車の御者は依頼が終わるまで付き合うらしく、別の宿に泊まっていたようだ。
そんなドレンを話し相手に宿の一階の食堂のような場所でルホルとの間で何が起きていたのかをアルムは話していた。
それは最近知り合った人間に自分の友人の自慢をする微笑ましい一幕だ。
……目の前にその話題の本人達がいなければ。
「そういう話はせめて私らがいないとこでやってよね……」
「エルミラ顔赤ーい」
「ベネッタうるさい!」
「あいた」
からかうベネッタの肩をエルミラがぺしっと叩く。
わかりやすい照れ隠しだ。
丸いテーブルを囲んでるのはアルムとドレンだけでなく、同じく町に残るエルミラとベネッタ。
待っている三時間の間、魔獣が出たという報告も無くただ待機するだけの暇な時間を過ごしている。
「私はむかつくけど仕方ないかなー、くらいにしか思ってなかったからねー」
「意外にドライね、あんた」
「うーん、お父様があんな感じだからねー。身近にああいうのがいると嫌いつつも慣れちゃう自分も嫌になるみたいな?」
軽い口調で自己嫌悪を語るベネッタ。
どちらかといえば貴族はそっちの考えのほうが普通なのかもしれない。
「あれか? ベネッタのお父さんは平民に鞭打つタイプの貴族なのか?」
「あのねぇ……」
「そんな恐怖統治してるとこ今時ないよアルムくん」
「そうなのか!?」
アルムの本心からの驚きの声。
隣で座っているドレンも苦笑いだ。
「アルムは知識が古いというかイメージが何世代も前よね、普通の平民と比べても知らなすぎるって感じ」
「領主の名前さえちょっと曖昧だからな、それは認める」
「アルムくんって出身カレッラだっけ? あそこって誰のー?」
「知るわけないでしょ、東の土地治めてる人なんてルクスの家くらいしか知らないもん。その下についてる貴族でもないはず」
雑談の話題は土地を治める貴族の話に。
アルムの頭にふと疑問がよぎる。
「そういえばベネッタはミスティの家のとこって教えてもらったけど、エルミラの家はどこの土地を治めてたんだ? 昔はどこか治めてたんだろう?」
「こっから近いわよ。もうちょっと南西のほうにあるわ。といってもロードピスが治めてたとこは重要性でいえば大したことないけどね」
「貴族ってのは他の家のそういう情報とかも覚えてるもんなのか?」
「うーん、少なくとも自分の周りの事は把握してると思うよ」
「じゃあエルミラもここら辺の事情には詳しいのか? 元はロードピスの土地があったわけだろう?」
「詳しいってわけじゃないけど、まぁ、他の土地よりは家名知ってるかな……プラホンは勿論知ってたし、アルキュロスにダムンスにパルセトマ……あー、そうそう。この前私と
「リニス? リニスの家もここら辺なのか」
知らない家名が並ぶ中、唐突に出てくる知人の名前にアルムは少し意表を突かれる。
アルムの興味を満たしてあげるようにエルミラはアーベント家の情報を話し始めた。
「まぁ、アーベントは私んとこと同じでお金無いから没落寸前って感じだったはずだけどね。
確か、とる税が少なすぎて治めてる本人が貧乏になったって話よ。優しい領主だったんだけど、その優しさに付け込まれてね。平民の要求をあれこれ飲んで家を維持できるかどうかってとこまで追いこまれちゃったらしいわ。
大した魔法の武勇も無い一族だから今預かってる土地と領民を大事にしようとしちゃったのが裏目に出たんでしょうね」
「色々、あるんだな……」
「だから周りの家に土地が狙われまくってんのよ。まぁ、弱った貴族から土地を奪うなんて常套手段だから当然といえば当然だけど」
意図せず知ってしまった知人の家事情にアルムは少し悲しくなる。
初めてリニスと会った時に見た余裕ある振舞いからは想像もつかない。
それともあれは家が大変だからこそ大切にしていた一時の安らぎだったのだろうか。
「ベネッタのとこなんてもろに狙ってるもん」
話題を変えるように、エルミラは親指で隣に座るベネッタを軽く指差す。
そのエルミラの言葉もベネッタは否定しなかった。
「ボクの家というよりカエシウスの下にいる家は全員そんな感じだねー。カエシウスは一番土地が広いし、家の力が落ちたら奪えるとこ多いから」
「カエシウスなんてわたしでも知ってるでっかい家ですからねぇ」
「ドレンさんはベラルタに住んでるのに詳しくないんですか?」
各地から貴族が集まるベラルタで働く人間なら貴族に詳しいかと思えば、ドレンの口ぶりから察するにどうやらそうではないらしい。
ドレンはアルムの疑問にベラルタの平民事情を語りだす。
「そりゃ生徒の情報は基本漏れませんし、家名を聞くのはタブーですからね」
「え、そうなの?」
実際に口にしたエルミラだけでなく、ベネッタも初耳という表情だ。
三人の期待に応えるようにドレンは続けた。
「そうですよ、ベラルタは国が直接治めてる土地ですから私達平民の顔を覚える貴族さんなんてほとんどいらっしゃりません。だから平民が家名を聞くって時点でスパイ行為扱いなんでさあ、自分達に関係ない貴族さんを自分から調べにいってるわけですからね。そして貴族さんが自分から言った家名は自分の心だけに留めておくのが鉄則ってもんです」
「うわー、結構大変なんだねー」
「ベラルタに住む者として当然の配慮ってやつですわ。こういった依頼で馬車に乗せる貴族の方の名前を知っても決して他にばらさないのが当然です。家名の無い名前が来た時は流石に驚きましたけどね。最初はミスなのかと思って確認とっちゃいましたよ、はっはっは!」
ドレンはアルムのほうを見て気持ち良く笑う。
同じ平民が魔法学院に入るというのはベラルタに住む者にとってもやはり信じられない事らしい。
「それだ!」
ドレンの話にアルムは食いつく。
急に大きな声を出したアルムに驚いたのか、ドレンの笑いもぴたりと止まる。
エルミラとベネッタもびっくりしたように少し目を見開いた。
「ど、どれですかい?」
「どしたの急に?」
「聞こうと思って忘れてたんだ。ドレンさんに聞きたいことがあるんだ、今の話と被ることなんですが……」
「何だが知りませんが、協力できることなら協力しますよ」
アルムの表情に真剣さを感じ取ったのかドレンはアルムのほうを向くように座りなおす。
「自分達を運ぶ依頼が来た時に名前はどうやって知ったんですか?」
「学院から使者の方がいらっしゃるんですよ。それで行き先と名前を口頭で教えてもらってそれを覚えてるって感じですね」
「他に名前を知る機会は?」
「ありませんよ、自分の馬車に乗る人達も覚えられないようじゃベラルタで仕事する資格はありません」
「では、ドレンさんが名前を他に言ってしまうような出来事は?」
とんでもないとドレンを右手を顔の前で横にぶんぶんと振る。
「ありませんありません! これでもベラルタの男です。魔法学院の生徒の情報を漏らすなんてありえません。ベラルタは未来の魔法使いの為にと働くやつらが集まる場所ですからね、酔ったってばらしゃしません!」
「やっぱりそうですか……」
ある程度こういった答えが返ってくる事を予想していたであろう呟き。
アルムが何のためにドレンにそんな事を聞いたのか、エルミラとベネッタにはわからなかった。
「何でそんな事聞くの?」
エルミラがストレートに疑問を投げかける。
様子を見るにドレンを疑っているような雰囲気でもない。
それが尚更謎だった。
「あのルホルという領主が俺が平民だから山に入れられないと言っていただろう?」
「うん、嫌なやつだよね。それが?」
「何で俺が平民だと知ってたんだと思ってな」
エルミラとベネッタは言われてみればと思い返す。
あのルホルという男はミスティが自分達を紹介しようとしたのを遮ったにも関わらずアルムを平民だと知っていた。
「てっきり学院が誰が行くのか知らせてるのかと思ったら、この町の住民は勿論、村長も俺の事を平民と知らなかったようだからあのルホルという貴族が何で知ってるのか不思議だったんだ。
ドレンさんの話を聞いたら領主に漏れるようなタイミングはないようだし」
「確かに変だね……領主だから誰が来るか直接聞いた……にしては来るのが早すぎるか」
「それにルクスとミスティの自己紹介だと初めて会ったみたいな素振りだったしねー」
「まぁ、だから何だという話ではあるんだが妙に気になったんだ」
「貴族さんの情報網とか……うお!?」
アルムの引っ掛かった小さな謎について考えていると地面が揺れる。
エルミラとベネッタ、ドレンはつい座っていた椅子にしがみついた。
「何この揺れ!?」
「じ、地震!?」
「あ、アルムさん!」
ドレンの呼び声も意に介さず、アルムは何が起こっているのか確認する為に外に出る。
外に出ると住民達もパニックというわけではないが、地面に座るように備える者もいれば、アルムのように何事かと家から飛び出す者、窓を開ける者など不意に訪れた地面の揺れに応じて各々行動を起こしている。
耳を澄ましてみれば音は二つの山の方向からだった。
「なんだよ……あれ……」
山の方向を見る一人の住民が誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
その声は力なく、そして体から力が抜けるようにその住民は膝をつく。
アルムもその住民が見る先に目をやった。
「……!」
声が出ない。
見開く目が捉えるそれにアルムは絞り出すような声を上げた。
「なんだ、あれは……!」
最初にそちらを見ていた住民と同じ反応。
住民のように膝をつくことこそ無かったが、同じ反応をせざるを得ない存在がその視線の先には