35.馬車から見える危機
アルム達の目指している町は名を"ドラーナ"という。
小さな町だが、羊による産業と観光で収益を得ている決して貧乏ではない町だ。
ベラルタ魔法学院にも比較的近く、ベラルタ魔法学院の制服もここの羊の毛から作られたものである。
町自体は小さいものの、羊の放牧などの関係で土地は広い。
観光での収益が得られる理由は主に町から見える大きな二つの山によるものだ。
その山は季節によって咲く花が変わり、色彩豊かな表情を常に見せている。加えて街に伝わる言い伝えのおかげもあって観光に来る者は少なくない。
観光地と言えるほどの盛んさは無いが、季節の節目に必ず訪れる貴族もいるくらいだ。
「領主は……誰?」
手元の資料を見ながらエルミラは疑問を口にする。
途中、小さな村の教会で一泊し、もうすぐドラーナに着くという頃、アルム達は依頼内容の確認を行っていた。
依頼書には町や領主の情報、依頼内容が書いてある。
情報の精度や量は依頼書によってまちまちだ。今回の依頼はお世辞にも情報が多いとは言えない。
「"プラホン家"だけど、どちらかといえば"ウートルザ家"の出生地だからそっちのほうが有名だね」
「地属性の?」
エルミラの確認にルクスは頷く。
「そう、『大地とは魔法によって作られた最初の創造物である』って言った人だね」
ウートルザ家は地属性魔法の使い手として有名な一族だ。
千五百年前から存在しており、最初の当主である"スクリル・ウートルザ"は地属性魔法のシンボルのような扱いであり、地属性魔法についての書籍には必ずルクスの言った格言のようなものとともに名前が載っており、地属性魔法を確立させた人物である。
アルム達の目指す町であるドラーナから見える二つの山も、このスクリルが作り上げたと伝えられており、その言い伝えが観光に来る人間が絶えない理由でもあった。
しかし、最初の当主で才能が尽きたのか、二代目からは魔法使いとして徐々に力が落ちていき、二百年ほど前に血統魔法を受け継げないほどにまでになって今では滅んでいる。
「ああ、よく載ってるな……」
「アルムも知ってるかい?」
「ああ、あれだけ書いてあれば嫌でも覚える」
必ず最初のページにでかでかと名前と絵が載ってる本。
カレッラで何冊か読んだ事をアルムは思い出していた。
「というかー、領主は何してんのー?」
ベネッタの疑問はもっともだ。
領主は領地を管理するのが仕事。当然、領地でのトラブルは領主であれ代理であれ領主の一族が解決すべき事態である。
領地の人間が魔獣に襲われている、なんてのは真っ先に対応すべき事態だ。魔獣の数が多く一族ではどうにもならないというなら国から兵を借りるなりして守らねばならない。
それが何故、外部の魔法使いに直接対処させようとしているのか。
「プラホン家は聞いたことがありますわ、当代の"ルホル・プラホン"殿は魔法があまり達者でないはずです」
そのベネッタの疑問にはミスティが答えた。
ミスティの家は大きいゆえに繋がりも多く、貴族の情報には詳しい。
「でも、魔法使いなんでしょー?」
「貴族は世襲制ですからね……元は魔法の才能に秀でた一族を長く存続させる為のものですが、そのせいで大して努力もしていなくとも魔法使いになれてしまうのは問題ですわね」
「くそう……そんなのが悠々自適に生活して私が没落してるって納得いかない……いや、私のとこも先祖の自業自得だけどさぁ……」
領地も無く、財産も少ない没落貴族であるエルミラの心中は複雑だ。
しかし、エルミラのロードピス家が落ちたのも先祖の不始末。
プラホン家との違いは先祖がやっているか、今の当主がやっているかの違いでしかない。
家の名を落とした当事者でない分、理不尽には感じるだろうが。
「アルムも嫌だろうけど、こういう世界なんだ」
エルミラもそうだが、ルクスは隣のアルムの心中が気になった。
アルムは魔法使いを目指してベラルタに来た。
生まれだけで魔法使いになった貴族の話はさぞ気に入らないのではないのかと。
「いや、俺も才能があるわけじゃないからな……そのプラホン家には正しく導いてくれる人物がいなかったんだろう。自分に合ったやり方ってのがあるからな、そのルホルって人はそれを見つけられなかったんじゃないか」
しかし、ルクスの予想に反してアルムは平静だった。
むしろこのプラホン家に同情している気配すらある。
才能があるわけじゃない、という点だけはルクスは訂正したかったが、変換に欠陥を抱えているアルム本人からすればその自分に対する評価は間違っているわけでもない。
「アルムくん、おっとなー」
「これは大人なのか?」
「わかんないけど、いい事言ってたよ多分」
気持ちのいい笑顔を浮かべながらベネッタは親指を立てるジェスチャーをする。
釣られてアルムも同じようにした。
これはどういう意味なんだろう、と思いながら。
「魔獣が町に来るらしいけど、何がくるのかとかは書いてないね……」
「まぁ、普段魔獣を狩ってる人や魔獣が出没する地帯に住んでる人じゃないと魔獣に詳しい人なんてあんまいないだろうしね」
「魔獣"達"というのが気になるな」
ふと、依頼書の一文をアルムが呟く。
「それに、どんな魔獣か一切書かれていないのも気になる」
魔獣の明確な情報が全く書かれていない。
町に魔獣が襲われていているなら、詳しくなくともどんな姿形をした魔獣か書いてあってもおかしくないだろうにと。
「夜間に襲われていて定かじゃないとか?」
「羊が多いんでしょ? それに魔獣が来ても町で何とか出来てるってことは人が来たら魔獣は逃げてっちゃうんじゃない?」
「……確かに町で対処できているのなら案外その程度なのかもな」
ルクスやエルミラの予想通りならば、依頼書に定かではない情報を書くことなど確かにできないだろう。
加えてアルムは魔法使いへの依頼書など見たことが無い。自然とこういうものかと納得した。
「お客さん! お客さん!」
そんなアルム達に御者台の方からこちらを呼ぶ声。
御者のドレンの声だ、その声の焦りようは緊急性のある用件だという事がすぐにわかる。
その声に御者台に一番近い席に座るルクスが大声で応えた。
「どうしました!」
「この先で人が魔獣に追いかけられてます!」
「何!?」
ルクスは窓から顔を出して馬車の行く先を見る。
視線の先には逃げる二人と大勢の羊たち。そして一匹の犬がいた。
そしてそれを追っているのは巨体だ。
詳細はこの距離ではわからない。
その巨体は早いわけではないが、人の足を追うには十分な速度だ。
その巨体と追われている集団の距離はまだあるが、追い付かれるのも時間の問題だろう。
「町までは!?」
「まだ距離があります!」
そう、ドレンに聞くまでもなく町は見えるものの小さく目に映っている。
あの追われている集団が巨体から逃げきって町に着くことはないだろう距離だ。
犬と羊はともかく、人間で逃げ切るには体力が持たない。
「放牧中に狙われたのか? 何にせよ助けないと……!」
「ど、どうするの!?」
「助けに行くっていっても距離が……」
ルクスにつられて馬車内に焦りが伝播し、流れる景色と馬車の音が状況を加速させるような錯覚を引き起こす。
そんな空気を一閃するかのように、
「私が行きましょう」
極めて冷静なミスティの声が馬車内を静めた。
鐘のような美しい声はその場を一時支配する。
他の四人の反応を待つ前にミスティは立ち上がった。
走っている馬車の中にも関わらず、片手を壁に置いて体を支え、普段と変わらぬ立ち振る舞いを見せる。
「……僕も行こう。速度があったほうがいい」
そんなミスティの様子にルクスも落ち着きを取り戻す。
何を慌てることがあったのかとルクスは反省する。
そう、すでに自分で助けないと、と言っていた。
なら後はそれを実行するだけじゃないかと。
「ではご一緒に」
ミスティに促され、ルクスが走る馬車の扉を開ける。
その顔に焦りはない。
揺れる馬車の中でも二人はしっかりと立ち、魔力を変換する。
「気を付けて!」
「怪我人がいたら私に!」
「二人とも頼む」
ミスティとルクスは友人からの声に頷く。
次の瞬間、二人は変換した魔法を唱えた。
「『
「『
雷と水、自身の持つ属性の強化を纏い、二人は走る馬車から飛び出した。