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30.疑惑2

「自決……!?」

「あれ、二人で合ってるよね? 一人はこの子が直接やったんだもんね?」

「ええ、そうです」


 聞かされた三人の驚愕を無視してオウグスは情報の確認をヴァンに求める。

 ヴァンが頷くと、オウグスは続けた。


「うん、捕まった時の常套手段だね。毒を仕込んでたみたい。拘束してる場所に治癒魔法師が都合よくいるなんて事は無いから仕方ないかな。当事者の君達には一応伝えておかないとと思ってね」

「……そうですか」


 アルムは呟き、その場で静かに目を瞑って手を合わせた。


「それは祈り?」

「謝罪です」

「謝罪?」

「獲物を自死させてしまった事への謝罪です……死ぬのなら、自分が手を下すべきだった」


 両隣のミスティとエルミラにはアルムの言葉の意味はわからない。

 敵の事を獲物、と屋根の上でも言っていたが、二人はその真意を聞こうとは思わなかった。

 だが今のアルムの表情は本気で悲しんでいるように見えて、自分が手を下す、という物騒な発言とは噛み合わないように感じる。

 オウグスはその謝罪の時間を待つように口を閉ざしていた。


「ありがとうございます」


 少しすると、アルムは合わせた手を離して目を開ける。

 待っていてくれた礼なのか、小さく頭を下げた。


「終わったかな?」

「はい、続きを」


 オウグスは再び手元の紙へと視線を戻す。


「黒の外套に仮面、持っていた武器から見て"ダブラマ"の密偵だね。僕も見覚えのある恰好だった。

非公式の部隊だから向こうの国に言ってもまた知らんぷりで通されるだろうけどさ。どうせ国章とかも持ってないだろうし」


 ダブラマはマナリルの西に位置する国で、マナリルと友好とも敵対ともいえない関係だ。

 隣接している為、互いに意識している間柄ではあるが、深く関わり合うことはない。

 魔法の技術は高いものが多いが、マナリルに比べると魔法使いの数は劣っている。

 その為か今回のようにマナリルに密偵を送られることも珍しいことではなく、マナリルもダブラマの魔法を探るために同じようなことをしている。

 今ではそれが一種の牽制のようになっているほどだ。


「で、片方が死に際に、"すでに目的は達した"って言い残したらしい。君を殺そうとしたのは多分何らかのついでだったんじゃないかと思われるね」

「実は五日前にこの街に入ってきた商人が姿をくらましていてな。密偵の存在はこちらでも把握していた」


 ヴァンが情報を付け足すとミスティは先日ヴァンが授業の時に入ってきた事を思い出す。


「昨日ヴァン先生が実技の時間に訪れたのはやはりそういう事でしたの」

「そうだ。学院内を調べたが、異物や見知らぬ魔石の存在は無かった。学院には直接何かしたわけではないが……この街が潜入される理由はまず間違いなくこの学院かお前ら生徒だ。何かあるのは間違いない」

「この街はお国的に重要な場所が学院くらいしか無いからね。それで面倒な事にね……アルム、君を襲ったのは三人だったね?」


 確認を取るように、オウグスは指を三本立ててアルムに向ける。

 アルムは間違いないと力強く頷いた。

 それがオウグスにため息をつかせる。


「侵入したの四人らしいんだよねぇ、でかい縦長の荷物を運んでたって言うからその中にもう一人いたかもしれない」

「じゃあ、まだ少なくともここに一人いると?」

「うーん、どうだろ。死に際の、すでに目的は達した、って言葉を信じるならもう撤退してるんじゃないかなって。留まる理由が無いだろうしね、ブラフの可能性もあるから捜索は続けるけど……一応やつらに襲われたアルムは気を付けてね、最後の一人が襲ってくるかも」

「無いと思います」


 断言するアルムに興味を引かれたのか、オウグスは身を乗り出した。

 ため息をついた面倒くさそうな表情から一変して今度は楽しそうだ。


「お、どうしてだい?」

「彼らの戦い方は複数人での連携で成り立っていました。恐らく単独で襲撃することはないかと……襲撃する気なら最初から四人で来ると思います」

「もう一人は別の役割があるってことだね?」

「はい、絶対そうだとは言えませんが」


 自信があるわけではないのか、アルムの視線が何があるわけではない右下に動く。

 しかし、聞いたオウグスは満足そうだ。


「いや、さっき言った通り僕も撤退したんじゃないかと思ってるからね。少なくとも一人本国に連絡する人員が必要だし。となると、何しに来たんだろう、っていう話になってくるよね? 何だと思う?」

「そこまでは……貴族やら国やらの事は全くわからないので」


 オウグスはアルムの平民らしい言葉を聞くと、今度はミスティとエルミラに交互に視線を向ける。

 忙しなく二人の間で動く視線はミスティとエルミラを急かしているようだった。


「やっぱり私達の調査じゃない? 次代の脅威になるかもしれないわけだし、ベラルタはマナリル有数の教育機関だし」

「ふむふむ、それはあるだろうね」


 エルミラが終わると、オウグスの視線はミスティに集中する。

 粘りつくような視線がミスティに向けられるが、考えに耽っているのか無表情だ。

 それから少しして、ミスティは口を開いた。


「この街、地下はございますか?」

「……あるね、どうして?」

「深い意味はございません。カエシウスの城には有事の際に脱出できるようにと隠し通路が地下に繋がっていますから、様々な場所から魔法使いの卵が集まるここにあってもおかしくないと思った次第でして……地下があるとすれば、地下を調査して本命の作戦を実行するつもりではないでしょうか? 魔法学院を強襲する、もしくはここにある何かを奪取する、といったような」

「うーん、可能性はある。でも、それはないかな」


 ミスティの予想は自分の家の構造に基づいた三人の中で最も具体的なものだったが、オウグスはないと断言した。


「ここの地下は君の予想したような生易しい場所じゃなくてね、誰も(・・)入ってはいけないんだ」

「どういう意味でしょう?」


 聞いたミスティだけでなく、アルムとエルミラも訳がわからないという顔をしている。


「ベラルタの地下はその昔"シャーフ"という魔法使いが作ったものでね。

作っただけならよかったんだけど、そのシャーフが戦死する際に侵入者を迷わせる血統魔法が自立していて本当の迷宮になってしまってるんだ。一部の魔法使いの間では『シャーフの怪奇通路』と呼ばれてる」

「そ、そんな血統魔法あるの?」


 驚きでエルミラがつい声を上げる。

 血統魔法は家の力を示し、こと戦闘において優位に立つ魔法使いの切り札だ。

 戦時において有用性があるとはいえ迷宮を作り出す血統魔法など聞いたことがない。

 しかも、そんな魔法が自立して今なお自分達の地下にあるなどとは夢にも思わなかったのだ。


「うん、入るのは簡単なのがまた問題でね。ベラルタの町の何ヶ所かに入り口があってその付近はどこも立ち入り禁止さ。

その地下通路に入って万が一出れたとしても、その入り口が消えて新しい入り口が作られるっていう徹底された血統魔法でね。地下を調査して何かしようってのはまず無理だ」

「入ったら出られないのですか?」

「いや、出るための血統魔法があれば出れるよ。出口を探す血統魔法とかね、でもそんな血統魔法作る物好きいないだろう?」


 当然だ。血統魔法はその家の力を示す切り札。

 迷宮を作る、という血統魔法すら珍しいというのに迷宮の出口を探す、なんて一点に特化しすぎている血統魔法など誰も作るはずがない。

 作ったとしてもその家の未来は見えている。

 世界中が迷宮になるくらいの事がない限りその家の歴史は止まり、確実に衰退するだろう。


「自立した血統魔法の核を見つけ出せればただの地下通路に戻るけど、ただでさえ迷う迷宮の中で魔法の核を見つけて破壊するなんて不可能だからね。核以外を破壊しても再生するから地下自体を破壊するのも無理なのさ」


 どうしようもない、とオウグスは肩をすくめた。


「なるほど……。申し訳ありません、ご期待に添えないようで」

「いやいや、直接遭遇した君達の意見を聞きたかっただけさ。元々襲った相手に自分達の目的を教えてるなんて思っちゃいないよ。て事でヴァン、引き続き調査しといて」

「わかりました、アルムが襲われた第二寮付近からあたってみます」

「よろしくね。じゃあこの話おーわり」


 笑いながらオウグスは手元の紙をくしゃくしゃにした。

 そして隅に置かれている筒状のごみ箱をそのくしゃくしゃに丸めた紙で狙い始める。


「ところでアルム?」

「なんでしょう」

「君、戦い慣れてるの?」

「どういう意味でしょう?」


 質問の意図がわからない、といった意味を含めてアルムは聞き返す。


「いや、急に三人の刺客に襲われて撃退、なんて同期の貴族達でも難しいと思うからね。魔法の腕はあってもいざ実戦となると難しいものさ、実際に戦う恐怖で体が思うように動かなかったり、魔法がうまくいかなかったりね。それなのに君は三人相手に冷静に立ち回って撃退したわけだろう?

あ、駄目だ。入らない」


 オウグスの投げた丸めた紙はごみ箱には入らず。オウグスはそれを拾いに行って、わざわざ椅子へと戻る。

 まだ何かあるのだろうかとアルムはオウグスを訝しみながらも素直に答えた。


「……カレッラでは魔獣の狩猟は当たり前の事なのでその時の事を思い出して動いただけです。

あの三人は明確に俺の命を奪うと言いました。なら俺が命を奪うのもまた当然です。

当然のことに冷静も何もないでしょう」


 ミスティとエルミラはようやく理解した。

 昨夜と今、襲ってきた黒い外套の男たちをどういった意味で獲物と言ったのかを。

 そのまんまの意味だったのだ。

 アルムはいつか狩猟と魔法の知識しかない、と言っていた。

 どんな生活をしていたかは二人には想像もつかないが、アルムからすれば魔獣だろうが人間だろうが関係ない。

 全て同じ命のやり取り。

 故郷で行っていた狩猟と変わりないのだと。


「なるほど、獲物ってのはそういう事なんだね」

「はい、身内が殺されればそれはまた別の話だと思いますが……あの時は自分が直接狙われていて状況は狩猟と何ら変わり無かったので」

「うん、やっぱ君なら大丈夫そうだなぁ……」


 オウグスはゆっくりと何かを企むような笑みを浮かべてアルムのほうに顔を向ける。

 そのままオウグスはごみ箱のほうを見ずに丸めた紙を投げ入れると、最初に外していたのが嘘のように、丸めた紙は吸い込まれるようにごみ箱に入っていった。


「二週間後から始まる"実地"については知ってるかな?」

「はい」

「うん」

「実地?」


 ミスティとエルミラが当然のように頷く中、アルムだけは何の事だかわからないと単語で返す。

 呆れるようにため息をつき、ヴァンがその疑問に答える。


「魔法使いは貴族の仕事の一つだが、大体の魔法使いは国のあちこちに飛び、魔法使いが対処すべきと判断された依頼を受けて危険を取り除くのが主な仕事だ。経験を積んで実力をつけることで上にあがっていくわけだが……それを学生のうちからこなすのを"実地"と呼んでいる。

実際に依頼をこなすわけだから完遂すればその分名前も知られるようになる。他の魔法使いより学生のうちからリードするわけだ。

魔法学院って名前になっちゃいるが、うちはいわば魔法使いの卵で構成された予備軍みたいなもんでな。魔法儀式(リチュア)みたいな制度を導入しているのも生徒に戦闘を意識してもらうためだ」


 ヴァンの説明を聞いて相槌を打つアルムにエルミラは苦笑いを浮かべた。


「というか、これは書いてあったよアルム……」

「え?」

「ええ、案内に書いてありました」

「そ、そうなのか……」


 アルムは申し訳なさそうに俯く。

 学院の案内図なら穴が開くほど見たというのに全く覚えが無い。


「本当は配られるリストの中から依頼を選ぶんだけど、君はこちらから指定させてもらうよ」

「な、何故?」


 突然の理不尽な通達につい敬語も消えて、素のまま聞き返すアルム。

 オウグスはにっこりと笑いながら続けた。


「そりゃあ、すでに他国の密偵を倒すような魔法使いの卵に簡単な依頼をうけられたらつまんないだろう?」


 つまるつまらないの問題なのかとアルムはつっこみたくなるが、オウグスの言い分もわからなくはない。

 力ある者にはその力に見合った成果が要求されるものだ。

 しかし、不意のトラブルに巻き込まれただけの身としては何かもやもやが残るのも事実だった。


「心配しなくても難しい依頼を任せるわけじゃない、君に合った依頼というだけさ。

山から町に降りてくる魔獣を撃退してほしいとのことだ」


 どんな無理難題を吹っ掛けられるのかと身構えていたが、思っていたより内容は普通でアルムはほっとする。


「魔獣が来るようになったのは最近で、今は町で対処できているが、いつ被害が出るかわからない。だから町に来る魔獣を撃退しつつ原因を探ってほしいという話だ。

原因を探るなら山に入らないといけないかもしれないし、山に慣れている魔法使いなんて今の貴族では珍しいからね。どうしようかと思っていたとこに君のような適任がいたから押し付けようってだけの話さ! んふふふふ!」


 笑いながら正直に貧乏くじを押し付けたと告白するオウグス。

 不意にトラブルに巻き込まれただけにも関わらず、それをきっかけに貧乏くじを引かされる羽目になったアルムはがっくりと肩を落とす。

 しかし、断る理由も無い。

 カレッラは周りが自然に囲まれていて当然周りには山もあり、慣れている。

 アルムにとってはもってこいのフィールドでもあった。


「まぁ、そういう事なら」

「よしよし、いい子だ。いやぁ、最初って普通は討伐だけの簡単な依頼をやらせるんだけど、一つだけ原因解明の依頼があったからどうしようかと思っていてね。よかったよかった」


 これで安心というかのようにオウグスは背もたれに寄りかかる。

 そんな内情を聞かされたアルムは半分不安で半分複雑だ。


「学院の授業形式としては最低で二人、最高で五人まで同じ依頼に同行できることにしてある。あんまりぞろぞろ同じ依頼に行かれても評価に困るからね、まぁ、最初の実地だから二人はお勧めしないかな」

「五人……」

「当然、同じ依頼をこなす人を誘えるかは君次第だけどね」

「わかりました」

「じゃ、これで話は最後だよ。また昨夜のやつらについてわかった事があれば君には知らせるよ」

「ほら、もう座学に戻っていいぞ」


 呼び出したにも関わらず、ヴァンはしっしっと追い払うように手を振った。

 獣を追い払うような仕草にエルミラは少しいらっとしたが、お望みならすぐにでもとミスティの手を引いた。


「じゃあ行こ」

「あ、し、失礼します」

「失礼しまーす」


 ミスティは手を引かれながらも頭を下げ、エルミラは言葉だけで部屋を後にする。

 アルムもそれに続こうとした時、


「あ、そうだ。アルム」


 オウグスがその背中を呼び止める。

 その声に応じてアルムは振り向いた。


「最後に一つ。君普段行くとこあるかい? 聞き込みする時の参考にしたくてね」

「いえ、まだ街に慣れてなくて……学院と寮以外には行きません」

「……そうか、わかった。呼び止めて悪かったね」


 オウグスがそう告げるとアルムは会釈して部屋を出る。

 三人が廊下を歩く音が離れていくと、まずヴァンが口を開いた。


「学院と寮の間に異物や何かされた形跡はありませんでした、あったのは戦闘の跡だけです」

「うん、悪い予想が当たっちゃったねぇ」


 オウグスは机の引き出しから一枚の紙を取り出す。

 その紙には今年入ってきた生徒の名前がずらっと書かれたリストだった。

 傍に置かれた羽ペンを手に取ると、アルム、ミスティ、エルミラと順に名前を横線で消す。


「生徒の中にスパイいるね、これ」

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