29.疑惑
学院長の部屋は本棟の最上階にある。
最上階には学院長の部屋くらいしかないので生徒はほとんどこの階には来ないのでアルム達も初めてだ。
最上階はアルム達が普段利用している階よりも豪華で、華美な芸術品が等間隔に部屋まで並んでいた。
悲鳴を貼り付けたような壺や苦しむ男の彫刻と、少し不気味なのが混じっているは学院長の趣味であろう。
しかし、その道の先にある扉は不自然なほど普通の木製の扉だった。
ヴァンは着くなりノックもせずに扉を開ける。
「連れてきましたよ、学院長」
入ってすぐ目に入るのは机と、その机に突っ伏している学院長の姿だ。
部屋の基調は白だが、部屋に置かれている調度品は基本的に金の細工がされていて一目で高価とわかる。
それにも関わらず、本人の突っ伏している机は他に比べて見るからに格が落ちる。よく見れば椅子も。
同じ部屋にある客人を座らせるであろうソファとは比べ物にはならない。
中央だけに敷かれている赤い絨毯は机までの道を示しているようだった。
この中で金持ちの部類にあるのはミスティだが、そのミスティの感覚とも少し離れているような部屋だった。
「眠い……ヴァン、眠くない?」
「確認をとってきましたが、目撃は五日前で間違いないと」
「朝ごはん食べたかい? 私は紅茶しか飲んでないんだ……こんなとこにいるべきじゃないんじゃないかな? 早急に朝食をとるべきではないかな?」
「念の為、周囲の住民にも聞き込みをするそうです」
「スコーン食べたいなぁ……焼きたてがいいね」
互いに一方通行に喋る学院長とヴァン。
どちらが話の主導なのかわからないが、真面目に話をしようとしているヴァンが優勢か。
連れてこられたアルム達三人は物珍しいものを見るかのように眺めている。
「あれで会話が成立しているのか?」
「一方的にお話されてるようにしか見えませんが……」
「そういえば私入学式以来、学院長見てないかも」
後ろにアルム達の小声の雑談が聞こえてきた頃、ヴァンは苛立ちを含めた声で学院長に声をかける。
「学院長。そろそろ真面目に」
「はいはい、じゃあヴァンもいらいらしてるみたいだし、とっとと話終わらせちゃおうか」
そこでようやく学院長は机から起き上がる。
眠いと言ってはいたもののその顔は微笑を浮かべており、泣きぼくろが特徴的で顔立ちは整っているが、妙な妖しさがあった。
「ロードピスの子が言った通り入学式以来だね。私の名前を憶えているかな?」
「申し訳ない。全く覚えていない」
「ありゃりゃ」
馬鹿正直な返答に学院長は何故か嬉しそうだった。
アルムの隣に立つ二人は苦笑いを浮かべている。
「改めて、"オウグス・ラヴァーギュ"だよ。もう忘れないでね」
「直接話した人は忘れないので大丈夫です」
「それは何より。僕も君の名前は憶えているよ、入学式の日は退屈だろうと思ったら君達のおかげで随分楽しめたよ」
オウグスが言っているのはアルムとルクスの決闘のことだろう。
入学式に話したスピーチの内容もそのことだった。
「それで、君は何者?」
唐突に、オウグスはアルムに投げかける。
問いの意味がアルムにはわからない。
アルムの言葉を待たずにオウグスは続ける。
「まぁ、言ってしまうと君がスパイなんじゃないかって疑惑が出てるの」
「何故でしょう、学院長?」
聞き返したのはミスティ。
追われているのを目撃し、なおかつその場に居合わせたミスティからすれば何故アルムにそんな疑惑が出ているのか納得ができない。
エルミラも口にはしていないが、同じ気持ちのようで表情が険しい。
「君、オルリックの子を倒した時、見たことない無属性魔法を使ったそうだね?
そして昨日の夜には三人の刺客に襲撃されて……撃破している。カエシウスの子とロードピスの子もそこにいたんだろう?」
「はい」
「いたね」
二人の返事に満足そうに頷くと、オウグスはアルムを指差さした。
「じゃあこの子の魔法見てる? そして、この子の魔法を君達は知ってたかい?」
「……っ」
「それは……」
ミスティとエルミラは言葉を濁す。
アルムには昨夜オリジナルと説明されたが、実際の所はわからない。
古くからある魔法は書物などで世界中に広まっているが、近年に新しく作られた魔法は基本的に他国にその知識が渡ることはない。
その国の作った魔法はいわばその国特有の技術であり、魔法に合った用途の為に独占するのが当然だからだ。
戦闘や破壊に秀でていれば特に重要で、敵国との戦闘においてその魔法は切り札になりうる可能性もある。
「カレッラって、"ガザス"がすぐ隣にあるよね……君、ガザスのスパイだったりしない?」
そして、アルムは入学式にルクスを、昨夜は三人の襲撃者と合わせて二回退けている。
それもマナリルの魔法使いの卵が全く知らない魔法で。
「昨夜の出来事もそれ関係なんじゃないのかな? マナリルに潜入している事が他国の密偵にばれて口封じしようとした、それをネタに国が揺すられちゃうからね。
本当は自分から仕掛けたのに襲われたって嘘ついたんじゃないのかい? 新しい魔法の試験にも都合がいい。そうじゃなきゃ君みたいな平民が襲われる理由が無い。君が本当に平民なら、ね」
潜入している事が他国にばれれば自分の国がそれをネタに揺すられる。
昨夜の出来事はそれを防ぐための戦闘だったんじゃないかとオウグスは疑っているということ。
今アルムには情報収集と新しい魔法の戦闘試験を並行して行っている他国のスパイなのでは、と嫌疑がかかっているのだ。
ガザスはマナリルの東に位置する友好国ではあるが、完全な味方というわけでもない。
ガザスの魔法使いが平民を装って試験を受け、ベラルタに潜入しているとしたら昨夜の襲撃者よりもこちらのほうが問題だ。
貴族として潜入しようとすれば存在しない貴族だとすぐばれてしまうが、平民の名など覚えてる者はいない。
目立ちはするが事実関係は確認しにくい方法ではある為に無いとは言い切れない。
珍しい平民として潜入しているスパイなのでは……。
そんなオウグスとヴァンの疑惑の視線がアルムに刺さっていた。
「あの、それだったら昨日三人とも殺してます」
アルムは疑われている事に不快感を露にすることもない。
それは自分が本当にスパイだったらと考えた時を想像して考えた精一杯の弁解だった。
「んふふふふふ! そうだね、そうそう。君の言う通りだ」
そんなある意味真面目な回答がツボだったのか、満足気にオウグスは声に出して笑う。
その笑い声にびくっとアルムの体が一瞬震えた。
「本当にスパイで正体を隠す為にあの三人を襲ったんならわざわざ憲兵に引き渡さないもんねぇ?」
「は、はい、そこから漏れたら台無しですし」
「でもこの二人が来たから殺せなかっただけかもよぉ?」
楽しそうなオウグスの質問に、アルムは床に視線を落として考え始める。
少しすると視線を戻して答えを言った。
「……それなら二人とも殺すかと。あいつらの短刀があるのでそれを残しておけば疑いを向けられる可能性も低いでしょうし」
例えとはいえ、アルムの物騒な考えに隣の二人はぎょっとする。
対してオウグスはにんまりとヴァンのほうを向いて笑っていた。
「んふふ! 私この子好きだ!」
「そりゃよかったっすね……」
オウグスは満面の笑みだが。ヴァンはそれを視界にも入れたくないのか目を逸らしていた。
表情を元に戻して再びオウグスはアルム達のほうに向き直る。
「いやいや、すまないね。一応そういう話が上がったから確認さ、本当にスパイだなんて思っちゃいないよ。君の言う通り、スパイだとしたら襲ってきたのをわざわざ憲兵に引き渡す理由が無いからね、無理にでも殺しちゃったほうが楽だよね」
「はい、自分もそう思います」
「まぁ、そもそも平民として潜入って注目され続けるから普通にばれるばれる。そもそも君は入学する時に特に色々調べたしね」
「え、どういう……」
アルムの何か聞きたそうな声も無視して、じゃあこっからが本当の本題、とオウグスは机の紙を手に取った。
「えっとね……昨日の二人は自決したみたいだよ」