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2. 距離

「アルムさんは平民ですわよね」

「ああ」

「凄いですわ、ベラルタ魔法学院には普通貴族の方しか入られませんのに」

「俺には師匠がいたからさ」

「師匠?」


 聞かれて、アルムは嬉しそうに微笑んだ。

 その不意に見せた笑顔が小さい子供のようで、ミスティは少し目を奪われる。


「そう、色々旅してたらしいんだが、十年くらい前にカレッラに来て魔法使いになりたいって言った俺に魔法を教えてくれたんだ」

「そんな方がいたんですのね」

「フードにでっかい杖っていう如何にもって感じで現れて子供の頃飛び跳ねたのを覚えてるよ」

「そう、ですの……」


 ミスティにはその師匠という人がどんな魔法使いかを察することができた。

 子供に恵まれない、又は自分の一族の魔法を継承できなかった魔法使いのなれの果てであることが。


 魔法使いにはその家が受け継いでいく一族特有の魔法がある。

 その家の特権であり歴史の結晶。

 自ら学んで取得する魔法とは違い、血筋という鍵でしか開けない切り札。

 そして逆を言えば、その魔法を受け継げなかった者は一族ではないとされる。いや、相応しくないといったほうが正しいか。

 簡単に言ってしまえば出来損ないの烙印を押されて家から追い出される。追い出さない場合もあるが、それは決して温情などではなく家の道具として一生を終える宣告だ。

 どちらが幸せかは本人にしかわからない。


 子供に恵まれなかったケースも悲惨で、受け継がせる者がいないのだからその一族は緩やかに死んでいく。

 ……幸運か不運か。奇跡的に養子に適合したという一族の記録がある。

 そんな前例があるからか、追い詰められた魔法使いは自分の養子を求めて旅に出る。

 魔法使いの名家であるからこそ、放浪する魔法使いのほとんどがそういった不幸に見舞われた人達であるという事を彼女は知っていた。


「その方は何てお方ですの?」

「いや、名前聞いても師匠だよ、って教えてくれなくて。そのせいで村中から師匠ちゃんとか師匠さんとか呼ばれてたよ」

「慕われていたんですのね」

「ああ、何だかんだ週に一回くらい村に来てさ。師匠が来てくれなかったらここにも来れなかったから感謝しかないよ」


 そんな事をアルムは知る由もない。

 今見せている笑顔のように彼の中の師匠はきらきらと輝いている。

 貴族でしか魔法使いになれないのは才能もそうだが、学ぶ機会と資金が無いからだ。

 それはアルムも知っていて、機会を与えてくれた師匠との出会いは彼にとって人生の転機であり、誰かに話したい思い出でもあった。


「そういえばカレッラは少し噂になったことがありましたね」

「え?」


 そろそろ学院に着こうかという時、ミスティはアルムの話を聞いてふと思い出す。


「何でもたまに光の塔が建つとか。何かそういった催しでもあるんですか?」


 それは少し前に流れた奇妙な噂。

 夜明け頃、カレッラの森には光の塔が立つ。

 調査に行った人間が口を揃えて、


"そんなものは見れなかった"


 と言うので、村か領主が金策として何もないカレッラを観光地にすべく流したデマだという結論になりすぐに消えていった。

 ミスティがカレッラの名前を憶えていたのもこの噂があったからだ。


「……」


 表情は皆無といった感じで、アルムは急に無言になる。

 気軽な話題だったつもりが、どうも変な空気を作っていた。


「……アルムさん?」


 覗き込むようにして呼び掛けると、気付いたようにアルムの口が動き出す。


「いや、収穫祭とかはやるが、そんな噂になるような祭りは無いな……魔法使えるのは俺と師匠だけだったし……」

「そうですの……」


 アルムの様子を見るに何か隠しているという事は気付いていたが、住んでいた人間に否定されては仕方がないとミスティは話題を終える。

 言いたくないことを追及するような趣味も彼女は持ち合わせてはいない。

 そんなミスティを他所にアルムはむず痒そうに体を震わせる。


「それより、アルムさんて……」

「何か問題がありまして?」

「その……何かくすぐったいなと……」

「はい?」


 ミスティにはアルムが何を言いたいのかわからず首を傾げる。


「いや、貴族の人にさんて呼ばれて平民の俺が呼び捨てなのが……」


 ミスティは全く気にしていなかったが、アルムにとっては何か気になる問題なようで少し困ったような表情を浮かべている。

 そんな事気にしなくていいですのに、とミスティが言おうとした矢先、


「そうか、俺もミスティさんと呼べばいいのか」


 と、アルムが言い出した。

 ぴくっとミスティが僅かに体を震わせる。


「簡単な事だった。なぁ、ミスティ……さん?」


 アルムにとっては慣れないながらも互いを自然に呼び合える名案を思いついたつもりであったのだが、ミスティは不満だったようでわかりやすく不機嫌を顔に浮かべている。

 そんな顔でも彼女の美貌や可憐さは変わらないのだが、アルムにとっては死活問題。


 育ての親のシスター曰く、女性を怒らせるとひどい目にあう。

 その言葉の通り、シスターを怒らせた時はその日の晩御飯が消え、師匠を怒らせた時はしばらく何も教えてくれなかった。

 それでいてどちらもいつも通り、にこにこ笑ってるのがアルムにとっては一番の恐怖だった。


「でしたら、私がアルム、とお呼びしましょう」


 アルムの案は却下と言わんばかりに今度はミスティが提案する。

 ミスティの不機嫌の理由は彼女のこだわりによるもので、決してアルムに非があったわけではない。

 彼女は友好な人間との距離が開くのを嫌う。

 ただの呼び方の違いではあるのだが、ミスティにとってはアルムとの最初の距離が開くようで不満だったのだ。

 そうなるくらいならこちらから歩み寄ろうという考えの持ち主である。


「え、だが……」

「私がアルムと。あなたはミスティと。よろしいですわよね?」


 そこには可愛らしい笑顔を浮かべるミスティ。

 だが、その笑顔からは圧を感じる。

 その笑顔には逆らわない方がいい事をアルムは知っていた。


「……はい」


 反論は必然喉奥に引っ込む。

 自分が怒らせた二人の女性が浮かべた笑顔と同じ笑顔があったのだから。


「ああ、だけど……呼び方一緒だと何か安心する」


 けれど、自分が引っ掛かっていた問題は解決したのでむず痒いのは無くなっていた。


「ふふ、何ですのそれ。おかしな方ですわ」


 安心したように呟いたアルムを見てミスティは微笑む。

 今度は何の圧もない、自然な笑顔だった。

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