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幕間 -同じ夜-

 すでに陽は落ち切って、主役が月となる夜。

 生徒達はほとんど退去し、ベラルタ魔法学院も今日一日の学び舎としての役割を終えた。


「二人だけだ。開始は自由でかまわねえよな?」

「ああ、構わない」


 この実技棟を除いては。

 実技棟には二人の生徒が残っていた。

 ルクスと、もう一人は違うクラスの同期生である。

 生徒として残ってるのはもう二人だけだった。


「それにしても忙しいもんだ、魔法儀式(リチュア)を挑まれるのは三回目だよ」


 喧嘩したアルムとエルミラを見送ったその日の夜。

 ルクスは密かに挑まれていた魔法儀式(リチュア)の場にいた。

 実はアルム達を誘おうと思っていたが、二人の喧嘩もあって黙っていたのだった。


 同じ時間の頃、アルムが謎の襲撃者に襲われているなんてことは当然知らない。

 明日また二人の間を取り持とう、などという明日には必要のない役目を担うことを決意しながら今日の相手と相対していた。


「変換も満足にできない、しかも平民に負けたんだ。当然だろうが」

「ああ、確かにそうなんだけどね」


 あれを見ていない人間には自分がただの平民に負けた貴族の恥さらしだと思う者もいるかもしれない。

 実際、入学してから一週間は、オルリック家の落ちこぼれだ、と陰口が聞こえてくるようだった。

 この家に生まれた自分は選ばれた魔法使いなのだと誇りを持って生きてきた。

 伝統ある家の名に、受け継いだ歴史ある魔法に恥じぬようにと魔法を磨いた。

 ここにいるに相応しい人間でいる為に。


「落ちこぼれだとわかれば家名にびびる必要もないわけだ」


 それを入学の日に砕かれた。突如現れた平民に。

 陰口はきっと自問自答だ。自分はここにいるに相応しくなかったのかと、一瞬自信が揺らいだのだ。


「落ちこぼれ、ね」

「……何がおかしいんだよ、負け犬」


 ルクスは笑う。自分への不名誉な呼び方も気にならない。

 自分が相応しくなかったなんて事はない。

 自分と自分の家が今まで積み上げてきたものは、一度勝ちを逃したところで価値を失うわけじゃない。

 決して歴史や伝統に裏切られたわけでも、裏切ったわけでもない。


「いや、見てない人にはわからないんだなって思うと少し不憫でね」


 むしろあの場にいなかった人こそルクスは哀れに思う。

 そして自分がアルムという平民と最初に戦えた事に感謝さえした。

 魔法の歴史の新しいページが刻まれる瞬間に立ち会えたのだから。


「何言ってんだ、俺は見てたぜ。お前が負けるとこまでばっちりとな」

「ん?」


 自分の相手がおかしなことを言っている。見ていたなら何が起きたのかわかっているはずだ。

 あの決闘は新しい歴史を垣間見ることの出来た瞬間だと。

 そこでようやくルクスは目の前の相手を思い出す。

 そういえば、確かに入学式のあの日正門にいた顔だ。

 名前は確か――ボルドー・ダムンス。


「君、あれを見て僕に魔法儀式(リチュア)を仕掛けたのか?」

「ああ、そうだ。あの無属性魔法だろ? ありゃ見た目が派手なだけだ」


 ルクスは目を驚愕でぱちくりさせる。

 まさか、この男は目の前で見てなおそんな事を言っているのかと。


「そんな魔法に壊されるんだ、お前の魔法もハリボテと同じさ。大方、使いこなせてねえんだろう?」

「ふー……」


 ルクスは大きくため息をつく。

 馬鹿馬鹿しい言い分だが、もしかしたらアルムに負ける前ならば自分もこいつと一緒だったかもしれない。

 同時に自分はそんな愚かな人間だったのかと急に怒りがこみ上げてくる。


「あれは一つの魔法の形だよ、僕たちが取りこぼした魔法だ」

「負けたからって掌返しかぁ!? 無属性魔法がポンコツなのは魔法使いの常識だろうが!」

「ああ、だから彼が常識を変えた」

「ほざけよ負け犬、負けたからって相手を持ち上げてんじゃねえ」

「はっ、本当にそう思うのか?」


 鼻で笑いながら、心底哀れなものを見るような目をルクスは向ける。

 ボルドーは見下している相手にそんな目を向けられたのが気に入らないのか、すでに怒りで震えていた。


「余裕、かましてんじゃねえ!」


 ボルドーはルクスに向けて手を掲げる。

 宣告した通り、開始の合図は無いから自由に始めるしか無い。

 ボルドーのルクスへの怒りをトリガーに魔法儀式(リチュア)は始まった。


「『火矢(フレイムアロー)』!」


 唱えると同時に三本の火属性の矢がルクスに襲い掛かる。


「はぁ……」


 なんだこれはと落胆しながら。

 今日はエルミラの火属性魔法を見ているせいもあってか、その魔法が出来の悪いものにしか思えない。

 魔法で相殺する必要すらないと強化すらかけてない自分の体さばきだけでかわす。


「なあ、本当に僕の魔法がはりぼてだと思っているのか?」

「しつけえな、だからどうした!?」


 念のためと、再度の質問は怒号で返される。

 ルクスはわざと挑発してこちらの注意力を削ごうとしているのかとも思ったが、今のボルドーを見て確信する。

 この男は自分とアルムの決闘を見てなお自分達を甘く見ているのだと。

 今日で魔法儀式(リチュア)を挑まれるのは三人目。

 前の二人は自分とアルムの決闘を見ておらず、平民に負けたという噂で仕掛けてきた。

 それならば理解できる。ルクス・オルリックが大したことないと言っているに等しい情報を掴んで仕掛けてきたのだから当然の心理だ。

 返り討ちにあったのはその情報の真偽が間違っていただけという話。


 しかし、目の前の男はどうだ。

 あれを間近で見て自分を見下している。

 そんな男がこの学院にいるとは――


「嘆かわしいな」


 あの時アルムを見下した時とは違う冷たい瞳。

 こんな男が自分達と同じ場所に立っている事が果たして許されるのかと。


「ならその身で思い知れ」


 それは一瞬。

 かわしながら、掌にはすでに雫のような黄色の魔力。 

 ルクスはその雫を持つ手を天へと掲げる。

 不自然なはずが、あまりにも自然な所作。ボルドーは動く事すらできなかった。

 その雫が天へと捧げられる――


「ふ、『火炎の渦(フレイムストーム)』!」

「【雷光の巨人(アルビオン)】」


 同時に唱える。

 本当に唱えたのは二人だったのか?

 ルクスの唱えた声だけは合唱のように重なり合う。

 ルクスの頭上には魔力の入り口。

 ボルドーが向けた手から放たれるは炎の渦。

 しかし、その炎は一瞬で無と消える。


"オオオ……! ゴオオオオォ!"


 魔力の渦から顕現する雷の巨人。

 巨人は咆哮しながら主人に放たれた魔法を踏みつぶす。

 アルムに使った時よりもサイズは小さい。五メートルくらいだろうか。

 だが、それでも相手の魔法を打ち消すには十分すぎる。その巨躯に蓄えられた雷には炎の渦など無意味に等しい。

 ボルドーが唱えたのが火属性の中位魔法に対して、ルクスが唱えたのはオルリック家の歴史が作り上げた血統魔法。

 現実への影響力の差はいわずもがな。魔法としての格が違う。


「げぼ……!」


 巨人は相手の魔法を打ち消したその足でそのまま魔法使いを蹴り飛ばす。

 まるで虫でも払うかのように。


「が……!」


 ボルドーはそのまま実技棟の壁に叩きつけられる。

 壁からずるずると倒れるボルドーにもう意識が無く、すぐには起き上がれそうにない。

 一瞬の決着。

 余りにあっさりと魔法儀式(リチュア)は終わりを迎えた。


「……せめて一撃かわせるようになってから見下したほうがいいよ」


 意識の無い相手にルクスは忠告する。

 そしてつまらなそうに外に出る扉へと向かった。


「起きた時には自分の愚かさに気付けるといいな、少し前の僕みたいに」


 一応手加減はした。介抱する気も起きない。

 ルクスは【雷光の巨人(アルビオン)】を解除して実技棟から出る。

 ルクスの勝利が記録用の魔石に刻まれた。


「さて、帰ろう」


 記録には興味なく、もうあの男にも興味はない。

 ダムンス家はそれなりの家だったはずだが、あんな男が後継では今代は……多分はずれだろう。

 魔法儀式(リチュア)が終わったことにより、ここの実技棟も役目を終えて学院全体が眠る。

 ルクスは静かな中庭を突っ切り門へと。

 少しお腹が空いたな、なんて事を考えながら、街の騒ぎの裏でルクスの一日は静かに終わっていく。

読んでくださってありがとうございます。

ここで一区切りとなります。

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