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25.ミスティの使用人

「お待たせしました、くそ……アルム様。お水でございます」


 魔法も解除され、ラナもミスティが説得してアルムはようやくミスティの家へと入れた。

 今はソファと机の置かれたリビングのような部屋で体を休めている。


「今くそがきって言い掛けませんでしたか?」

「とんでもございません」

「……ありがとうございます、頂きます」


 しかし、ラナはアルムをよく思っていないようでもてなしはしてくれるものの、その言葉や表情の端々に敵意を感じる。

 ここに来てからというものの、よくない目で見られる事は多かったが、ここまで敵意を持たれるのはアルムにとって初めての経験だった。


「ラナ」

「申し訳ございません」


 そんなラナの態度にアルムの正面に座るミスティが叱咤するように名前を呼ぶ。

 ラナもそれを受けて頭を下げる。


「ごめんなさい、アルム。ラナは昔から私に近づく男の子が嫌いなようで……これが無ければ使用人としてこれ以上ない方なのですが……」

「それは違いますお嬢様。私はお嬢様に近づき、カエシウス家とつながりを持とうとする男が嫌いなのでございます。隙あらば婿になろうという卑しい方が多いもので」

「愛されてるねー、ミスティ」


 ミスティの隣に座るエルミラは隠そうともしないラナの様子を面白そうに見ているが、ミスティはよく思っていないようでもう一度、今度は少し強めに名を呼んだ。


「ラナ」

「申し訳ございません」


 ラナは再度頭を下げる。

 それを水を飲みながら聞いたアルムは至極当たり前であるかのように口を開く。


「ああ、それなら自分は問題ないのでご安心を」


 無表情だったラナの眉間に皺が寄る。

 何の保証も無い言葉にラナは怒りが沸き上がってきた。


「何故です? お嬢様を女性として狙っていない証拠でもあるというのですか?

それともまさかお嬢様に女性として魅力を感じていないからと仰るわけではありませんよね?」


 ラナはアルムへ詰め寄る。


「確かにお嬢様は小柄でお胸も慎ましくあらせられます!」

「何を言ってるの!? ラナは何を言ってるの!?」

「しかし、その形は数多の女性が羨む美そのもの! そして絹のような髪に雪のような柔肌、小柄でありながらもバランスのとれたプロポーション! 可愛らしさの中に美を内包する完璧さ! 内面は言うに及ばず、お嬢様の魅力と可憐さは世界広しといえども右に出るものはおりませんよ!!」


 表面上はそんな気はないと装いつつもカエシウス家に擦寄ってくる男を何度見たことか。

 自分の主人が魅力的だからという理由が頂点に来るならいい。しかし、その多くは次女だから取り入る余地があるだろうという打算がほとんど。長女は重宝されているだろうから次女を狙おうという反吐の出るような理由ばかりで近付く者ばかりだった。


 こんなにも、こんなにも、自分の主人は魅力的な女性であるというのに。


 カエシウス家という名前すら主の魅力の副次品に過ぎず。

 主贔屓だと馬鹿にされたとしても、ラナはそう信じて疑わない。


「いや、待ってください」


 対して、アルムもラナの剣幕に怯むことはない。

 ミスティの体型について聞かされたせいか、少し顔を赤くしてはいるが。

 村での狩猟と魔法の事しか学んでこなかったアルムは、こういった話題において耐性の無い純朴な少年なのだ。


「俺はミスティは魅力的な女性だと思っています。普段の上品な振舞いに可憐な仕草は勿論だが、出会った時も困っていた俺に声をかけてくれたり、こちらの練習にも嫌な顔せず付き合ってくれるような優しさや、何より不意に見せる微笑みにはどきっとする」


 アルムの口からはつらつらと淀みなく、自身の思っているミスティの魅力が出てくる。

 それを目の前で聞かされたミスティはラナを諫める事も忘れて顔が赤くなった。

 隣のエルミラはそれに気付いてにやにやとミスティの顔を覗きこむ。


「なーに赤くなってんの」

「あ、いえ、その……アルムに言われるとお世辞じゃないとわかってしまうせいか、その……ストレートで照れてしまうといいますか……」


 アルムは嘘や誤魔化すのが特に下手くそだ。

 言いたくない事を誤魔化したりするが、表情が妙に白々しくなるという事は入学した日から友人として付き合っているミスティ達にはわかっている。

 なので今のがこの場を切り抜ける嘘でないこともすぐにわかってしまうのであった。


「なるほど、お嬢様の魅力は理解しているご様子……ですが、それでなおやましい気持ちが無いという証拠でもあるのですか?」


 魅力を感じた上で、しかしやましい気持ちは持つな。

 健全な男子の前で何と乱暴で理不尽な要求か。


「証拠はないが、こちらに魅力が無いとは言い切れる」


 それでもアルムの言葉が詰まることはない。

 急に自分を卑下しだしたアルムにラナの表情が変わる。


「……というと?」

「言おうと思っていたんですが、俺は平民なんです。言い寄る材料が無い。あなたに様付けされる資格すら無い」


 ラナはそれを聞いて目をぱちくりさせた。何を言っているのかわからないと言いたげな表情で。

 少しすると理解したように手をぽんと叩く。


「ご冗談はお上手な様子」

「いや、本当です」


 ラナは確認を取るようにミスティのほうをちらりと見る。


「本当よ、ラナ」

「……まぁまぁまぁ」


 自分がどれだけ驚いているかを表すようにラナは声を上げる。

 そしてじっとアルムを見つめると、いつもの無表情に戻って頭を下げた。


「失礼しました、アルム様」

「いや、だから様はつけなくて大丈夫です」


 ラナは頭を上げて首を横に振る。


「お嬢様のご友人とあればそういうわけにはいきません。今までの失礼な態度をどうかお許しください。お嬢様に望まれれば罰も受けましょう」

「え、あ、いや……」


 急に態度の変わったラナにアルムは戸惑う。

 何故急に真っ当にミスティの友人として扱ってくれるようになったのか、そして何より立場を無理に上げられたようなこの状況も、こういう時どうすればいいのかわからない。

 だから、思ってることをただ口にすることにした。


「許すも何も、あなたの心配は当然だと思う。ミスティを思えばこそだということも……だから俺に許しを乞う必要なんてありません」

「ありがとうございます、アルム様」


 ラナはアルムにもう一度頭を下げて、ミスティのほうへと向き直った。


「ではお嬢様。私は一旦下がります、御用があればまたお呼びつけください」


 ミスティとエルミラにも頭を下げてラナは部屋から出ていった。

 元はといえばラナは飲み物を届けに来ただけだったのだ。


「ごめんなさい、少し失礼しますわ」

「はーい」


 ミスティはラナを追いかける。

 今まで同年代の男性と会う時にはラナは必ず嫌な顔をしていた。

 それが今日はどうだろう。

 最初こそアルムを疎んでいたが、今はあっさりと下がったのがミスティには様子が変に映ったのだ。


「わ、ど、どうしたのラナ?」


 部屋を出てすぐの廊下にラナはいた。

 用意された自分の部屋に下がったと思っていたミスティは意外な場所に立ち尽くしているラナを見て驚く。

 声をかけられ、ラナもミスティが追いかけてきたのに気付く。


「お嬢様」

「ラナこそどうしたの? こんな所で立って……」


 聞き返されたラナは考え事をするかのようにミスティから少し目をそらす。


「アルム様の事を少し。変わった方ですが、よい方ですね。平民でベラルタ魔法学院に入ったというのに、それを私に振りかざそうともしませんでしたし、私が明らかに失礼な態度をとっているにも関わらず、それを当然だと仰って……」


 珍しい、とミスティは驚いた。

 経験上、ラナが自分と同年代の男性を手放しに褒めたのを聞いたのは初めてだったのだ。

 何よりも友人を褒められるというのはよい気分でミスティは少し顔を綻ばせる。


「よい友人をお持ちになりましたね、お嬢様」

「ふふ、自分を卑下しているのが少し瑕かもしれません」

「確かにいきすぎた遠慮は美点とはいえませんが……彼の場合は少し違うと思われます」

「え?」


 ラナは気になる事を口にするが、それ以上言う気はないようで。


「ささ、お嬢様。二人をお待たせしてはいけません。せっかく友人を招いたのですから」

「た、確かにそうですね。戻ります」

「楽しまれるのは結構ですが、あまり遅くまではおやめください」

「はい、わかっています」

「それでは失礼します」


 ミスティに頭を下げ、今度こそ自室へと戻っていった。


「……どういうことなんでしょう?」


 少し違うとは一体どういう意味なのか。そして、アルムはラナにどう映ったのか?

 気にはなるが、無理に聞き出すようなことはしたくなかった。

 ラナの言葉に引っかかりながらもミスティは二人のいる部屋へと戻っていった。

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