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20.不穏な影

「お疲れさま」

「どうも」


 巡回する兵士にアルムは会釈する。

 アルムが帰路につく頃にはすっかりと夜になってしまっていた。すれ違った兵士も帽子を被っているのもあって顔はよく見えない。

 それでも今の短いやり取りが成立するのは制服という立場のわかりやすいトレードマークがあるからだ。


 この街は朝は早く、昼には賑わうが、夜はぱったりと静まり返る。

 夜に活動する店は街の一角にまとまっており、学院付近にはそういった店はほとんどない。開いているのは食事処くらいだ。

 しかし、今のアルムは食事をする気分でもない。


「……また怒らせてしまった」


 皆と別れてから何度目かのため息を吐く。

 あれから実技棟に戻ったアルムにはエルミラからの鉄槌が待っていた。

 まずは頭に手刀を一発。

 それから説教だ。

 何も言わず出ていったこと、そして魔法儀式(リチュア)の途中で険しい顔をしていた事も聞いていたようで、ミスティを恐がらせたという理由でその事についてもエルミラは怒っていた。

 ただリニスもアルムの友人という事は事前のやり取りで理解してくれていたようで、怒ってはいたものの出ていった事についてはアルムの謝罪ですぐに許してくれた。


 話をややこしくしたのは次の魔法儀式(リチュア)の途中にミスティを怖がらせた事だ。

 むしろこちらのほうが本題だったらしく、魔法儀式(リチュア)の間、様子がおかしかった事についてアルムは色々と聞かれた。

 不調だったのか、何か気付いたのか、知人に火が当たった事に何か思うことがあったのか、それともつまらなかっただけなのか。

 それら全てに対してアルムは、


"それは言えない"


 と一点張りだった。

 魔法儀式(リチュア)の時の様子だけでなく、リニスと何を話していたかについてもそれしか言わない。

 何でもない、では無く、それは言えない。

 何か隠していますと言っているようなものだ。


 ここに来て顔に出ると言われ続けたアルムからすれば、何を言ってもばれてしまうから何も言わない、というだけの事だったのだが他からすれば話は別だ。

 そんな頑なに見えるアルムの態度がエルミラの怒りを逆撫でした。

 あまつさえ、友達思いなんだな、と求めていない一言が決め手となってエルミラの口からは罵詈雑言。

 ルクスとミスティも間を持とうとしてはくれたものの、仲良く帰宅というわけにはいかなかった。


 同じ寮であるエルミラはアルムと帰りたくないとミスティと一緒に行ってしまった。

 ミスティはこの街に家を買っている為、寮に入っていない。

 使用人と二人暮らしらしく、是非泊まっていってくれとエルミラに提案していた。


「言うわけにもいかないしな……」


 アルムは仕方ないと自分に言い聞かせる。

 リニスの真意はわからなかったが、嘘を吐くという事は知られたくないという事だ。

 納得はしてないものの、言わないでくれと頼まれたのもあってアルムは口を開く気にはならなかった。


「明日もう一度話そう」


 しかし、後ろめたさが消えるわけではない。

 何も言うことはできないが明日エルミラには改めて謝ろうと、アルムは油を注ぐような決心をする。

 実際はというと、エルミラは何も言わなかった事そのものに怒っているのではなく、体調やトラウマがあったのか、答えられるような心配する質問にすらそれは言えないで突き通した事に怒っていたのだが、アルムはそんな事知る由も無い。


「お疲れさま」

「どうも」


 また兵士とすれ違う。

 この街に来てから兵士の巡回などという治安維持の仕事を知った時は感心したものだ。

 誰かを守ろうとする人間が常にいるなんて素晴らしいと。


 しかし、いまだにその姿に慣れてはいない。

 ベラルタを警備する兵士は完全装備というわけではないものの、当然武器は持ち歩いている。

 警備という仕事に感心はしてはいるものの、生活圏に武装した人間がいることがアルムは何となく落ち着かなかった。

 勿論、武装せずとも人を害することができる自分や自分の通う学院の人間を棚上げしている事に気付いていない。


 ふと故郷を思い出す。

 アルムの住んでいたカレッラには当然警備なんてものは無い。

 自然が多いのもあって魔物の数は多いが、わざわざ村に襲いに来るもの好きな魔物は少なかった。

 姿を見せれば狩猟の対象になる。それがあの場所の人間と魔物の関係だ。

 村を襲いに来るのは決まって過剰魔力によって暴走した魔物のみ。

 懐かしい。村に襲いに来た魔物を討伐した時はその肉を――


「いかんな」


 そこまで考えて、何かを振り払うかのようにアルムは首を横に振った。

 ここに来て二週間だというのについ故郷を懐かしんでしまう。

 故郷との差異を見つける度に比較してしまうのは、きっと自分がまだ馴染んでいないからなのだろう。

 いくら故郷を思い出そうとも、魔法使いになる、という決意が揺らぐことは無い。

 しかし、違いを見つける度に故郷を思い出すのはこの場所に失礼な気がする。

 何よりその度に故郷のほうがよかったと言ってるようで、自分の居心地を悪くしているみたいだ。


「ん?」


 出来るだけやめようと、そんな弱々しく自信の無い決意をした直後。

 アルムは気付く。

 後ろから何かが近付いてくる音に。


「!!」


 咄嗟に顔を横にずらす。

 近付いてきた風切り音は髪をかすめて顔の横を通り過ぎる。

 飛来してきた何かを目視する事はできない。


「かわしたか」


 そして声は後ろから。

 肩越しに後ろを見ると、そこにいたのは今しがたすれ違った兵士だった。

 よく考えれば、この短い時間に二回も別の兵士が巡回しているのはおかしいのだが、アルムは警備のことをよく知らない。

 アルムは二人目とすれ違った時も夜だと巡回する人数も増えるんだなぁ、くらいの感想しか持っていなかった。


「警備の兵士じゃないな」

「無論」


 流石に警備じゃないことに気付くアルム。

 兵士の変装をした声の主は短く答えて、どこからか出した黒い外套を纏って闇に紛れる。

 そこにいるのはわかるが、手足は隠れて挙動が読めなくなる。顔にも仮面のようなものをつけているようで瞳しかわからない。

 無防備に背中を向けているのは危険。

 振り向いて注視したいところだが、それは出来なかった。


「それで、前のやつも仲間か?」

「……よく気付いたな」


 前の暗闇から別の男の声。

 布ずれの音とともに前の方で二つの瞳が現れる。

 後ろのは月明りでかろうじて見えるが、前のは建物の影のせいで全体像がわからない。

 恐らくは後ろにいるやつと同じ格好だろう。


 本来ならば、二回目にすれ違った兵士に違和感を持って振り向いたところを前の男が仕留めるという計画だったのだが、アルムは意に介さなかった。

 予定を変更してすれ違った男のほうが仕掛けたが、結果は失敗。

 前にいる男の賛辞はアルムが自分達の意図を見破ったと勘違いしてのものだった。


「どうやら思ったよりも出来る様子」

「考えを改めよう」


 挟まれている形になり、アルムは迂闊に動けない。

 しかし、考える事はできる。


"今のは何だ……?"


 警戒しながら先程の音の正体を推理する。

 風属性の魔法かと思ったが、唱えたような声は聞こえなかった。風切り音から矢でもない。

 それで見えないという事は投げられたのは小さな刃物だと推測できる。

 だが、道は石で舗装されている。刃物が落ちれば音がするはずだが、聞こえないという事は前の男が受け止めたか。


「見えないのは何か塗ってるのか?」

「……ほう」


 感心したような声が前の暗闇からアルムに届く。

 見抜いた事への報酬のつもりか、前にいる声の主は月明りのところまで姿を現した。


「まさか見抜くとは」

「まだ学生だというのに見事」


 黒い外套に黒塗りの仮面。

 前後とも同じ格好であり、夜闇に紛れる為の格好だということが一目でわかる。

 月明りの下でなければ全体が隠れ、建物の影は全て彼らを援護する迷彩だ。


「その格好……」


 アルムの表情が変わる。


「まさか、我らが何者かも心当たりがあるのか?」

「報告の通りただ者ではなさそうだ」

「た……」

「た?」


 黒い外套の男の予想は全くのはずれでアルムが知ってるはずもない。

 アルムの驚愕は実技の途中に入ってきたヴァンの言葉を思い出していたからだった。


「た、確かにこれは怪しいな……」


 怪しいやつを見なかったか、というヴァンの質問。

 どんな人が怪しいのかとあの時のアルムは疑問を抱いた。街の様子は自分の住んでいた村とは余りにも違うから差異がわからないと。

 しかし、実際にその怪しい奴らと対峙してみたらどうだ。

 街というものを知ってから日の浅い自分でもこの二人が街に溶け込んでいないという事が一目でわかる。

 怪しいやつとは自分みたいな田舎者でも一目でわかるのだと、アルムは腑に落ちたように納得した。

 ヴァン先生は自分に聞いたのは間違いだと言っていたが、決して間違いでは無かったのだと。


「よくわからぬが貴様を始末するか連れてこいとの命だ」

「我々は未熟ゆえ生け捕りは不得手。その命頂こう」

「同時にだ、"ニコ"」

「わかっている、"トイ"」


 ずれた着地点で納得しているが、アルムの前に現れたのが怪しいやつだという事に変わりはない。

 前と後ろから小さく刃物を抜くような音が聞こえる。

 相手が何者かわからないが、自分に害を為す奴らだという事をアルムは十分に理解できた。


「さて、お前らみたいな怪しいやつらと関わった覚えがないんだがな……」


 仕方ないとアルムは鞄を放って構える。

 明日ヴァン先生に怪しいやつを見かけたと報告しようと頭の中で予定を建てながら。

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