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1. 田舎者のアルム

「うーん……」


 研鑽街ベラルタ。

 マナリル国有数の魔法学院がある場所であり、王都の次に重要視されている街である。

 未来を担う魔法使いがここに生徒として集まる為に警備は厳重で、外から見れば城壁で囲まれており、出入りを詳細に記録され時間がかかるなど物々しい雰囲気を漂わせる。


 しかし、一度入ってみると生徒の衣食住を支える事に誇りを持つ職人達は活気立ち、治安もよいおかげで住民達の間には緩やかな時間が流れている。町のあちこちに自然を多く残す景観は観光資源になってもおかしくないほどだ。

 そんな過ごしやすいはずの街で制服に着られている一人の男が途方に暮れていた。


「ど、どっちの道に行けばいいんだこれは……流石は都会だ、道が多すぎる……」


 高級そうな制服は少しばかり似合っておらず、黒髪である以外は平凡な容姿をしている少年だった。

 なお、この街は魔法使いを伸ばす為と自然が多く残されている上に、住むには様々な条件がある為に人も多くなく、そこまで都会ではない事を彼は後に知ることになる。


「む……」


 少年は貰った地図と睨み合うが、そもそも現在地がわからないから意味が無い。

 彼の住んでた所では全てが見知った場所であり、立ち往生なんてのは初めての体験だった。


「よし、とりあえずこっち……か……?」


 とりあえず道なりに行けば何処かに着くだろうという謎の確信が少年の足を動かす。

 つまりはただの勘である。

 彼が行こうとする道は真逆ではないが、住んでいる者が間違いなく目的地に着かないと言うであろう細い道で、手に持つ地図が憤慨しそうな選択肢だった。


「どうなさいましたの?」

「え?」


 そんな背中に声が掛かる。

 少年が振り向くと、そこには同い年くらいの小柄な少女が立っていた。

 ズボンとスカートという違いはあるが彼と同じ制服だ。しかし、制服に着られている少年とは違って少女はしっかりとその制服を着こなしており、その佇まいと雰囲気には上品さを感じさせる。


「ど、どうも、おはようございます」

「あら、おはようございます。……ふふ」


 少女からすれば少年が畏まったことに慣れていない事がすぐにわかり、慣れないながら礼儀を心掛けようとする姿が微笑ましかったのだが、少年には何故笑われたがわからなかった。


「それで、どうされたんですか? その制服から察するに同級生ですわよね? これから入学という時に何故そちらに? 学院は真っ直ぐのはずですが……」


 そう言って少女は少年が行こうとしていた道を不思議そうに見る。

 勘は大したことがないが、運はよかったようで。道を間違える前に優しい女性に出会えたことに彼は感謝した。


「助かった、実は道に迷ってて……」

「そうでしたの。でしたらお声掛けしてよかったですわ。これから競い合う仲間ですし」

「競う?」


 学ぶではなくて?と彼の口から出かけたが、何を言いたいのか彼女は察したようで。


「もちろん学びますけども、私達が行く所を考えるに競うと言うほうが正しいと思いますわ」


 事前に村で魔法使いになる為に学ぶ場所だと聞いていた彼には意味がわからなかった。

 そして、一つ。固く言われていた事を思い出す。


「あ、遅れました。カレッラから来た"アルム"です」

「……」


 このタイミングでの自己紹介に少女はきょとんとする。


"同級生に会ったら挨拶してしっかり名乗るんだよ、村から出たら知ってる人だけじゃないんだからね"


 アルムはこの忠告を村を思い返した際に思い出したので実践に移しただけなのだが、計らずも学院についてを教えようとしてくれた少女の善意の腰を折った形になる。


「それで何で競うのが正しいんだ? 学院は学ぶとこじゃないのか?」


 だが、続きを聞こうとするアルムには悪意を感じられない。

 むしろ真剣に続きを聞こうとしていて、その瞳には邪気も無い。

 そこで少女はカレッラという名前を思い出した。


 カレッラはこの国でも屈指の田舎村だ。

 自然に囲まれており狩猟と農耕で生計を立てている小村で、訪れるのは領主くらい。

 アルムに制服を届けに来た学院の使いが引くようなド田舎だった。


 ならば今の自己紹介は初対面の相手にしっかり名乗ろうという彼なりの努力なのだと少女は受け止める。


「……いいえ、いいですわ」

「ん?」

「私こそ申し遅れました。私、"ミスティ・トランス・カエシウス"と申します。以後お見知りおきを」

「もしかして……」

「……ええ」


 カエシウスの家名は有名だ。

 水属性の魔法を得意とし、研究職や軍事はもちろんその繊細なコントロールで氷像なども手掛ける芸術家までおり、多方の分野で活躍する魔法使いの一族。

 優秀な魔法使いを何代にも渡り輩出していて、魔法使いや魔法使いを目指す者で知らない者はいないと言わしめる名家である。


 ミスティはその家の次女であり、当主になる資格こそ持ち合わせていないが魔力、実技ともにトップクラスで合格した才女である。

 ちなみに筆記は平均よりちょっと上程度だった。


 魔法とは無縁そうな田舎にも名前が知られているのかとミスティは一瞬驚いたが、目の前にいる彼は魔法使いを目指すのだから知っていても当然かと、したくもない納得をしかける。


「もしかして……貴族の人?」

「へ?」


 しかし、そんなアルムの疑問は斜め上。

 納得しかけたミスティに間の抜けた言葉を出させるには十分な威力だった。


「え、ち、違う?」

「え? ええ、そうですが……」

「ああ、やっぱり。名前が長いからそうだと思ったんだ。貴族の人と喋るのは初めてだからもし帰ったら自慢しないと」


 ミスティは家柄による重圧はある程度割り切れる。しかし、名を聞く前に知り合った人が名を聞いた後に変わる態度というものだけはどうしても慣れなかった。

 幼い頃からの経験から名乗った後に彼のフランクな態度が変わることをミスティは危惧したが、貴族である事に感動はしているものの態度が変わる様子はない。


「なあ、それなら俺の格好大丈夫か見てほしいんだ、学校は貴族の人ばっかだっていうからせめて格好だけでもしっかりしたくて。どっかおかしいとこ無いか?」

「え、ええ。特におかしな所はありませんわ」

「よかった、ちょっと自信が無かったから助かったよ……一応教えてもらった通りに着てみたんだけど村の誰も正解がわかんなくて……」


 アルムは安心したように胸を撫で下ろす。

 先程のやり取りを含め、本当に知らないのだとミスティはつい彼を眺めてしまった。


「え? やっぱおかしい?」

「あ、いえいえ、本当に大丈夫ですわ! よくお似合いですよ」

「あ、それは嘘だな……」


 ギクリ、という心の音が聞こえた気がした。


「そ、そんなことはありません!」

「いや、気を遣わないでくれ……もう村の人達に色々言われてわかってるんだ」


 何を言われたんだろうと少し気になるミスティだが、本人の口から言わせようとは思えなかった。


「さ、ささ、行きましょう。もたもたしていると遅れてしまいますわ」

「ああ、確かに」


 誤魔化すように促すと、気にする様子も無くアルムはミスティの横に並ぶ。

 ミスティがちらっとアルムを見ると、アルムもミスティをじっと見ていた。


「な、何か?」

「いや、ミスティは似合ってるなぁと思って……何が違うんだろうなぁ……」


 アルムは自分の首から下の制服とミスティの制服を見比べる。そんな事をしてもズボンとスカート以外の違いは無いのだが。


「何か、読めないお方ですわね……」


 その真剣な様子にじろじろ見るのは失礼だと窘める気も失せたミスティだった。

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