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14.夕暮れ時の学生寮

「あら、アルムくんお帰りなさい!」

「どうも、寮長さん」


 周りが同じような大きさの建物が並ぶ中、二つ並ぶ巨大な建物の前で掃除する女性にアルムは挨拶する。

 今年ベラルタ魔法学院に入った新入生は六十人。一部の金持ちはここベラルタの街に家を買ったりもしているが、ほとんどの新入生は寮に入る事になる。

 アルムもその一人だ。生活費は学院持ちなので平民で特にお金の無いアルムにはありがたい話であり、二つ返事で受け入れた。

 学院の寮は全部で六つあり、アルムの住む第二寮も男女合わせて二十五人が住まいとしている。

 二つ並んだ建物は四階建てで男性用と女性用の二棟で別れており、一階以外で合流することはない構造だ。


「今日もお疲れ様! ずいぶん遅かったのね?」

「ええ、少し用があったので……」

「アルムくんが無茶してないか私心配だわ……何かあったらお姉さんに言うのよ? 何か相談に乗れるかもしれないわ!」

「ありがとうございます」


 アルムが挨拶したのは寮長の"トルニア"だ。栗毛で垂れ眉のおっとりとした女性でアルムの住む第二寮を管理している。

 アルムと同じく平民であり、アルムが入寮した時には特に喜んでいた一人でもあった。


 トルニアの気遣いに礼を言い、会釈して扉を開ける。

 寮に帰ってきた時にはすでに夕暮れ時。

 寮は学院からも近く、歩いて十分ほどの距離なため普通に帰ればここまで遅くなることは無い。

 しかし、アルムは最近授業が終わるとどこかで魔法儀式(リチュア)が行われていないかと六つある実技棟を回るのが日課となっていて、こんな時間になったのだ。

 未だに収穫はない。あるのは広い学院を歩き回った少しの疲労だけである。


「闇雲に回っても無駄か……?」


 両開きの寮の扉を開けるとそこは共有スペースだ。

 大きな縦長の窓がたてつけられているおかげか開放的で明るく、肘掛け付きの長椅子と机が並び、男女関係なくくつろげる数少ない場所となっている。

 だが、この時期にここで過ごす者は少ない。

 この時期では寮内もぎくしゃくしており、情報を探られまいと警戒して部屋にこもることが多いのだ。


「おかえりー」


 そんな時期に共有スペースで本を広げる少女が一人いた。


「エルミラ」


 それは昼でも一緒だった友人のエルミラだった。

 二人は偶然にも同じ寮に入っている。偶然といっても一年用の寮は二つしかないので大して珍しいことでもないのだが。

 二人は一緒に登校や下校することはほぼ無いが、こうして一階ですれ違う時がたまにある。


「ただいま」

「遅かったね、何してたの?」

「ああ、ちょっとな」


 実技棟を一つずつ回っていたなんて言えばまた何か言われる。

 そう思ったアルムは言葉を濁す。


「ふーん」


 だが、エルミラがそれを追及する事は無い。

 元から大して興味の無い話題だったのだろう。

 エルミラの視線はずっと本の上に落ちていた。


「……」

「……」


 そこで会話は終わり、沈黙が流れる。


「よっと」


 部屋に帰ればいいのだが、何を思ったのかアルムはエルミラの対面の椅子に座る。

 自分のいた村では出会うことの無かった柔らかい椅子だ。

 窓から夕陽は見えないが、入ってくる光は橙色で一日の終わりを感じさせる。


「何を読んでるんだ?」

「んー? アルムが興味ないやつ」

「む。それはまだわからないだろう」

「願いを叶える二つの山とか平民の魔法使い集団とか幻で出来た街とか海に沈んだ財宝とかそういう眉唾な言い伝えがいっぱい載ってる寓話集ってとこかな」

「……確かに興味ない」

「でしょ?」


 アルムは魔法に関すること本にしか興味は無い。

 だが、一つだけ他人事ではないと感じたものはあった。


「平民の魔法使い集団……そんなのがいるのだろうか」

「いたらアルムが珍しがられてないんじゃない?」

「それもそうか」

「……」

「……」


 再び沈黙が流れる。

 昼のように四人いると話も続くのだが、エルミラと二人だと今のように会話が途切れて二人とも口を開かなくなる時がある。

 しかし、そんな沈黙がアルムにとっては不快では無かったので特に気にしていなかった。


「む」


 気にしてはいないが、今エルミラは本を読んでいる。

 ようやくアルムは自分が本を読む邪魔になっているのではと気が付いた。

 気付いたアルムが席を立とうとしたその時、


「ねぇ」


 エルミラがアルムを呼び止めた。

 アルムは上げそうだった腰を戻す。


「何だ?」

「アルムってまだ何か隠してるよね?」

「何の話だ?」


 心当たりが無い。

 隠せる性格でないことはエルミラと友人になってから自覚しているし、そもそもアルムには隠せるような出来事が少ない。

 今隠しているとしたら魔法儀式(リチュア)をやってないかと実技棟を回る最近の日課くらいだ。


「魔法」


 一言エルミラが付け加えると、ようやく心当たりが見つかる。


「隠してるわけじゃない。見せる理由がないんだよ」

「やっぱあるんだ」

「あるというか……元はそっちがメインでルクスに使ったのが隠し玉なんだよ」


 隠しているわけじゃないのは本当の事でアルムは普通にばらしてしまう。

 実はアルムにはもう一つ得意な魔法がある。

 だが、そっちではルクスの魔法を破れそうに無かったので仕方なく隠し玉を使ったのだ。


「無属性魔法?」

「当然だ、基本的に属性変換が出来ない出来損ないなのは変わらない」

「そっか、やっぱアルムと戦うのはまだ無しかな」

「まだって……俺は狙われてるのか?」


 まだという言葉がアルムには引っ掛かる。

 アルムの問いに悪びれも無くエルミラは頷いた。


「うん、悪く思わないでね」


 エルミラは隠す気もない。

 どうやらアルムの魔法が全てわかったら仕掛けてくるようである。


「まぁ、エルミラの魔法も見たいからいいか……」


 そこでアルムは今度こそ腰を上げる。

 何となく座ってみたものの、ここにいてはエルミラの読書の邪魔をしてしまうと。


「……あ、あー、そうそう」


 アルムが立ち上がると同時にエルミラは思い出したかのように声を上げた。

 若干わざとらしくはあるが。


「私、魔法儀式(リチュア)を申し込まれたよ」

「なに?」


 昼に話した時にはそんな話は出なかった。

 だとすればエルミラが魔法儀式(リチュア)を申し込まれたのは座学が終わった後だろうか。


「昼の会話を聞いてたみたいでね。私の属性がわかったから仕掛けてきたみたい……よかったら見に来る?」

「行く。絶対行くぞ」


 予想以上に食いついてきたアルムの勢いにエルミラは身を引く。


「そ、そう……明日授業が終わってからだって。ルクスとミスティも見に来るから一緒に来れば?」

「よし……あ、だが、いいのか? 魔法を俺たち全員にばらしてしまうことになるが……」


 昼の会話であれだけ情報を重視していたエルミラが友人とはいえ自分達三人に魔法をばらしてしまっていいのだろうか。

 もしや魔法儀式(リチュア)を見たいという自分の発言のせいかとアルムは少し心配になる。


「アルムとルクスのは私も見ちゃったわけだしね、私のも見せないとフェアじゃないじゃない。それに魔法儀式(リチュア)見たいんでしょ?」

「それはそうだが……」

「私の強さを見せるのに丁度いい機会だし、遠慮しないで見ていって」

「ああ、それならこちらから頼みたいくらいだ。ありがとう!」


 よほど嬉しいのかアルムは小さくガッツポーズする。

 実技棟を回る作業では全く収穫が出なかったというのにこんなにもあっさり見れる機会がこようとは。

 持つべきものは友人という事だろう。


「そんなに喜んでもらえると待った甲斐あったわ」


 その姿にぽろっと、エルミラはつい口にしてしまった。


「待つ?」

「あ」


 しまったとエルミラは口を押さえる。


「なんでもないよ。さ、私も部屋に戻ろうっと」


 本を閉じ、これ以上ボロを出す前にとエルミラは立ち去ろうとする。

 アルムはそれを見ながらここに座ってからのエルミラを思い出す。

 そういえばエルミラは話している間、本に目を落としていたもののページをめくった様子が無かった。


「ああ」


 そしてアルムは一つの結論に達した。


「そうか、俺を待っていてくれたのか」


 口にするとエルミラはぴたっと止まり、アルムのほうに振り返る。

 その表情は普段の余裕のあるものでなく、顔が赤くなっていた。夕陽はすでにほとんど落ちており、その顔を染めているのは夕陽ではない。


「そういうのはわかってても言わないもんなの!!」


 そう言い放ち、エルミラは女子寮のほうへと行ってしまった。

 アルムはその背中を見送るしかない。


「……また怒らせてしまった」


 エルミラは怒っていたのではなく照れていただけなのだが、その差異はアルムにはわからない。

 待っていてくれたエルミラに感謝しつつも、この街に来て女性を怒らせてばかりの自分に少し反省しながらアルムも男性寮へと帰っていく。

 アルムがいなくなった頃には夕陽も落ち、窓の外は夜に変わっていた。

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