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9.決着

 ルクスは知る由も無いが、『準備(スタンバイ)』は事前に設定された魔法しか強化できない魔法だ。

 今唱えたのは攻撃方法の変更を宣言するようなもの。


「"充填開始"」


 次に放つ魔法に魔力を充填する。

 これは魔法などではない。充填・変換・放出と三工程ある魔法を放つための最初の過程。

 当然本来は口にするする必要などない。口にしなければいけないのは魔法の名を唱えなければ行えない放出のみ。

 アルムの体から魔力が沸きだす。体の奥底に眠る燃料は魔法となるべく動き始める。


「一体何を……?」


 しかし、何をしようとすでに勝負は決している。

 元より負けるはずも無かったが、血統魔法を出したとあれば当然。

 ルクスはわざわざ邪魔をするような事も無いと次の一手を待ち構える。

 そこにはアルムの師を侮辱したせめてもの贖罪でもあり、存分に魔法使いごっこに付き合おうとルクスは決めていた。


 眼前の巨人が動かないのを不思議そうに眺めながらアルムは問う。


「いいのか、邪魔しなくて?」

「ああ、君の魔法を受け止めれば完膚無きまでに上だと証明できる。そして僕の言葉の正しさもね」

「そうか、確かにそうだな」


 アルムはその答えに腑に落ちたように納得した。


「それなら」

「ん?」


 そして一つの結論に達する。


「じゃあ倒したらお前の言葉は間違いだと証明できるな……!」


 返答など期待していない。

 証明できるものが増えたとアルムは喜びで打ち震える。


「"変換"」


 アルムは次の過程へ。

 魔法で最も重要とされる変換。これも口に出す必要はない。


「なに?」


 しかし、今度は目に見えて変化があった。

 まだ魔法は放出の段階に至っていないはず。そのはずが、制服が破かれ、露出している右腕に白い線が走っている。

 魔法が発動したわけでも、過剰魔力で魔力が漏れ出したわけでもない。

 右腕から伸びるようにして次は両足から静かに、そしてまるで水路のように枝分かれして白い線はやがて床に魔法陣のようなものを描いていく。


「ミスティ、離れてくれ」

「え?」

「これちょっと危ないんだ。反動がいくかもしれない」


 アルムは魔法の準備をしながら肩越しに後ろにいるミスティと忠告する。

 自分の魔法がどんなものか理解しているゆえに。


「は、はい!」

「頑張ってねー」


 ミスティとその隣の少女は言う通りにアルムの後ろから退避する。

 知らない声が聞こえたな、と思いながらアルムは続ける。


「召喚か……?」


 ルクスはアルムの姿を観察して呟く。発動前に魔法陣が展開される魔法で心当たりがあるのは召喚の魔法のみ。

 しかし、それもあり得ない。

 召喚の魔法にも召喚するものに応じた属性がある。アルムに使うことはできない。


 何か自分の知らないことをしてはいるが、無属性魔法しか使えないという言葉が真実ならば、反動で影響を出すほどの威力はまず出ない。

 無属性魔法がその力を発揮できるのは補助魔法のみ。現実に魔法が生成されない身体の強化を行うものだけだ。

 防御は脆く、攻撃は言うに及ばす。魔法の領域に届かずに歴史の端に寄せられた魔力をただ当てるだけの行為。


「そんなもので歴史が覆ることはない」


 長きに渡る魔法の歴史。

 それはアルムにとって憧れに辿り着くまでの壁でもある。


「そんなもん知るか……!」


 吐き捨てるとともに、アルムは空を掴むように右腕を伸ばす。

 白い線は右の掌に円を描き、完成する。

 そして足元の床に描かれた白い線とともに輝き始めた。

 実技棟に入る際に魔石が見せたのと同じ魔力が通じた事を示す光り。


「"変換式固定"」


 伝統? 歴史?

 ああ、それは確かに大事なものなんだろう。

 先人の積み重ねを誇り、学び、研鑽する。

 それは貴き行いだ。


 伝わる魔法は武勇とともにその力を物語る。

 血統魔法。それは魔法使いの一族を名家たらしめる歴史の結晶。

 その歴史は自分には知る由も無いが、目の前の巨人が積み上げたものはきっと栄えあるもの。


 だが、それは家の価値を決めても、勝負の勝ちを決めるものじゃない。

 歴史無き魔法が歴史ある魔法を超えられないなんて道理は無いのだから――!


「初めて見るだろ?」

「何……?」

「お前らは普段見られないだろうからな」


 感情を原動力に魔力を回す。白い線には魔力が迸り、一層輝きを強めていく。

 放出を控えた魔力の奔流。

 加速。加速。加速していく。

 全ては目の前の巨人に向けて――!


「"放出用意"」


 これから魔法が放たれるその寸前、ルクスは思考する。

 充填、変換、そして放出。

 そして自分達が普段見られないもの。

 アルムの発した言葉をルクスは拾い集めた。


「――まさか」


 あり得ないとルクスは目を見開く。

 魔法の威力を決めるのは"現実への影響力"。

 そして口にしていたのは魔法に至るまでの三工程。

 まさか目の前の男は、魔法に至るまでのその工程すらも現実にしているのかと……!


「なら、それは――!」


 アルムの周囲に描かれた魔力の通った白い陣。その正体は可視化された変換の魔法式。

 それはただ魔法を撃つよりも現実への影響力を強めている。

 だが、その魔法式の役割は決してそれだけではない。


 本来、魔力は変換し終われば魔法として放出するしかない。

 変換で魔力が魔法に変わってしまっているからだ。魔法を魔法に変換することはできない。

 ……だがここに一つ、魔法に変換しきれていない魔法がある。

 それは魔力と魔法の中間。中途半端な魔力遊び。

 歴史の端に追いやられた無属性魔法が声を上げる。


 そう、現実にその形を成した変換の魔法式。その真髄はつぎ込んだ魔力を変換し続けること。

 すなわち、魔法を放出し続ける(・・・・・・)ことにある。


 かつて非効率と言われた魔法は非効率のまま昇華された。

 魔法になりきれていないからこそ、常に魔法の三工程を続けられる持続性。

 それは魔力と魔法の中間だからこそできる愚行。

 魔法を放つのではなく、放ち続けるという単純な変革。

 燃料の枯渇を想定していない机上の空論。

 それを今、現実にする者がここにいる――!


「"魔力堆積"! 『光芒魔砲(パイルシャフト)』!

ぶっとべええええぇ!!」


 魔法を唱え、ついにアルムは魔力を発射する。

 人間と魔法式を砲身とした魔力の砲撃。

 自らに放たれたそれを雷の巨人は真っ向から受け止めた。


 属性に変換されてない魔力だけの攻撃が巨人の胴に突き刺さる。

 そんなものを魔法に飛ばしたところで普通なら一笑に付されるだろう。


 だが、魔力の放射は続く。

 巨人に受け止められてもなおその砲撃は止まらない。


「そ、そんな馬鹿な……!」


 雷の巨人が一歩退く。

 ルクスはその光景に戦慄する。

 押し負け始めた? 【雷光の巨人(アルビオン)】が? ただの魔力に?

 そんな事はありえない。一体どれだけの魔力をつぎ込めばそんな事になるのか。

 生物を象り、確固たる存在として顕現した巨人がただの魔力に押されるなど――!


"ゴ……オオ……! オオオオオオ!!"


 瞬間、主人が命を下すことなくその巨人は動いた。

 砲撃によってその巨腕を振るうことはできない。雷の巨人は自身の持つ雷属性の魔力をアルムへと放ち始める。

 自身が顕現したにも関わらず主人に敗北を齎すことだけはあってはならないと言うかのように。


「上等、だ……! デカブツ……!」


 それでもなお、噴き出す魔力は止まらない。

 雷の魔力を浴び、痛みに耐えながらアルムは魔力を流し続ける。

 砲撃が止まることはない。


 巨人のとった行動はアルムにとっては意味の無い悪あがきにさえ思えた。

 何故ならば巨人に何をされたところでやる事は変わらない。

 眼前の巨人を倒せばこんな痛みなど、師への侮辱とともに消し去れるのだから――!


「いっけえええええ!!」


 砕かれる雷の甲冑。

 光の筋が胴を貫き、天へと上る。

 主人に勝利を齎す騎士は両膝をついた。


「ば、かな……」


 ついに巨人は崩壊する。

 天へと上った光の筋は、空に光の塔を建てた。


"ゴ………オオ……"


 巨人の最後の声は決して勝ち鬨などではなく。

 道を塞ごうと立ちはだかった巨人(アルビオン)は、英雄でもないただの男の手によってその断末魔を上げた。


「勝った……!」


 自己満足の勝利宣言とともにようやく噴き出る魔力に蓋がされる。

 巨人の崩壊を満足気に見届け、アルムは地面に倒れた。

 昇る光はやがて途切れ、見上げた先には青空だけ。

 決闘の勝利条件が術者の打倒ということは彼の頭から抜け落ちていた。

 しかし。


 "天井、開けといてよかったな……"


 誰かの呟きが、すでに勝者を物語っていた。

入学編決着です。

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