異世界人と結婚した『妖精姫』の話

作者: 左右

『妖精姫』と呼ばれる美人がいる世界に転移したがごく普通の少女がまたある舞踏会での一幕。

 今夜の舞踏会の主役は完全に『妖精姫』に塗り替えられていた。


 彼女が入って来た瞬間に空気が変わるのを肌で感じた。これが良くも悪くも存在感のある人間というやつか、と割れた人波の間を当たり前のような顔で進んでいく美しい女性を見ながら感じた。

 自信に満ち溢れた勝気に見える横顔は真っ直ぐに前を向き、ピンと伸びた背筋と相まって一輪の白百合のようだと思う。

 この世の物とも思えない美しいかんばせは、なるほど『妖精姫』と呼ばれるだけはあった。


 人々の視線は彼女に釘付けだ。その視線すらアクセサリーの一つかのように彼女は優美に立っていた。

 その隣に影のように佇む男が一人。美しい彼女とは対照的な平凡な容姿の男。多くの人は隣の輝きに目を奪われて見向きもしないだろうが、彼もまた今話題の人物である。


 今の社交界の話題は『妖精姫』の結婚と、その夫が他の娘のいる屋敷に頻繁に出入りしていること、そして第一王子の婚姻の三本が柱だ。そしてそれらの中心はひとえに『妖精姫』への関心でもあった。

 妖精姫とは、この社交界で一際に美しく、そして一際に評価の悪いものへの蔑称だった。今代そう呼ばれる彼女は確かに美しく、そして性格がキツい、らしい。

 かつては第一王子の妃候補として名前が上がることもあった高位貴族の一人娘だったが、その性格の悪さで王妃には不適とされたという噂だ。曰く、王族へは媚びへつらう一方で自らより地位の低い者には悪辣な物言いをして驕慢であると。

 それが異世界人の男と突如の婚姻を行った時には様々な噂が飛び交ったらしい。目ぼしい男に断られて相手が居なくなって金で買ったのだろうとか、もっと聞くに耐えないものとか。


 数ヶ月前にこの世界に来た私ですらそのくらいは耳にしているのだから、この社交界での彼女の注目具合は凄まじいものがあった。

 SNSがあったら多分常にアンチが粘着して炎上させているんだろうなぁとか思う。


 それでも彼女が実際に社交界に顔を出すことは稀で、何がそんなに人々を惹きつけるのか分からないでいたが、こうして顔を見て悟る。彼女は確かに人を惹きつける魅力に溢れた人だ。政治家に向いてそう、と思ってすでに政治の中心にいることを思い出した。アイドル兼政治家、そりゃアンチも加熱する訳だ。


 御多分に洩れず、彼女に絡め取られそうになった意識を引き剥がし、私は給仕をしながら周りの人々を観察する。

 今日の私の目的はそんな話題の人物に対する物見遊山ではなく、就活なのだ。


 数ヶ月前にこの世界に来て、国に保護されたものの目ぼしい力も無かった私はそろそろ自分の生きる方法を探さなければならない。

 とりあえずこの世界で生きるための一般知識は叩き込まれたが、元が平凡な身の上では元の世界の知識をろくに生かすことも出来ない。魔法があると聞いてワクワクしたのにその恩恵には与れなかった。でも指先からちょっと火が出せるようになったのは素直に嬉しい。喫煙家では無いから無用の長物なんだけど、ロマンはあるから。キャンプに行った時に火に困らないし。この世界にキャンプをする習慣はないし、一人で野宿したら多分野垂れ死ぬけど。

 彼女の隣にいる元プログラマーだか何だかで魔法の革命を起こしたとか言う規格外の人とはモノが違うのだ。

 いいなぁ、私もやりたかった、異世界チート。

 私に出来ることといえば、なんか魔力を混ぜて極微量の魔力を流すと魔力が通ったり通らなかったりするよく分からない物体を生み出すことだけだった。何なんだろう、これ。王国の人もよく分からんねと言いつつ、とりあえず記録に残していた。

 この国では昔、異世界からの知識で良くも悪くも大変なことがたくさん起きたので新しい知識について慎重で、魔法でも新しい物が発明されたらとりあえず国に報告して記録して使い道を考えると言うことが徹底されているらしい。この世では何が役に立つか分からないから、という信念は貧乏性っぽいけどよく分かる。

 まぁ、そんな役に立たない力に縋っても仕方がないから、こうして私は就活をすべく給仕として働きつつこの国上澄である所の貴族とやらを眺めている訳だ。出来れば安定した職がいいし、人間がまともそうな人の領地に行きたい。

 

 色々と見て回っていたが、結局みんな妖精姫に夢中過ぎんか、という感想になった。人が集まったところではみんなヒソヒソ彼女たちの話をしている。みんな他に話題無いんか。

 まぁ、見た所、妖精姫って噂ほど酷い人じゃなさそうだなと思うのは、彼女がグラスを受け取った時に微笑んで「ありがとう」と言ってくれたからか。美人の微笑ってすごいなと見惚れた私はチョロいかもしれない。


 でも実際彼女は異世界人のお婿さんの隣にぴったりついて二人でたまに内緒話をしたりなんかして和やかな雰囲気。お婿さんと話す時の表情が柔らかくて仲良さそうだと思う。

 とても噂されていたお婿さんとの離婚秒読みという関係には見えなかった。まぁ噂なんてそんなもんだよね、と思っていた所でまた会場の空気が変わる。


 真打登場じゃないけど、今回の夜会の主役、第一王子とそのお妃様ならびに王族の皆様の入場。

 私も習った礼をして、貴族の人たちも皆畏まった礼をする。

 王様と第一王子が挨拶をした。要はこの結婚で国をもっと盛り上げるからよろしくね、という話を美辞麗句で飾って間延びさせた内容だった。

 うん、どこに行っても偉い人の挨拶って長いらしい。

 それから偉い人順に王家への挨拶。このまま何もなく終わるだろうと思っていたら、そうは問屋が卸さなかった。


「そのものを捕えろ! 王族へ呪いは大罪だぞ!」

 そんな声が響いた。


 何事かと見れば、かの妖精姫を別の偉い家の偉そうなヒゲを生やしたおじさんが指差していた。

 顔を真っ赤にして叫ぶおじさんに対して妖精姫は相変わらず美しく佇んでいた。

 はて、とそれまでのやり取りを思い起こす。彼女は普通に王子への婚姻に対するお祝いの言葉と、そのお祝いとしてプレゼントを贈りたいと言っていただけでは無かったか。

 困惑しているのは皆同じだったが、唯一妖精姫とそのお婿さんは落ち着いて見えた。


「あら、どうしてそのように思われるのかしら」


 妖精姫はとても美しい笑みを浮かべておじさんを見やる。


「バレていないと思っているのか! 貴様は呪われているだろう!」

「……それは我が家に対する侮辱としてとってよろしいか」


 お婿さんが無表情になって問う。


「元平民風情が黙っていろ! 調べはついているのだ、お前には自白と反転の魔法がかかっている! お前の口から出る言葉は全て真実の裏返しだ! 当然、先ほどの祝福の言葉は、王家への呪いとなる!」

「……黙れと言われましたが、どのようにしてそれを? 我が研究所ですら呪いの解析方法を編み出してはいないのに」

「そんなもの、魔法でどうとでも分かる!」

「……本当に?」

「当たり前だ!」


 おじさんが断言すると、妖精姫の目がきらりと光った気がした。


「その方法は王家へ報告されていますか?」

「は?」

「他人に掛けられた呪いの内容が分かる。もしそんな技術があるとすれば、国への報告が必要になる。貴族として当然のことです」


 妖精姫の発言を引き継ぐようにお婿さんが頷いて一歩前に出る。


「呪いの分析はただの魔法の解析とは一線を画します。何しろ解かれては困るものですから、それが何を引き起こすものであるのか、それを読み取れなくすることが強力な呪いにおいては重要です。それをいとも簡単に解析可能である技術を隠匿していたというのは、十分に国家に対する背信行為ではないでしょうか」


 お婿さんの視線の先は王家の皆さん。


「……詳しい話は場所を移そう。今は祝いの場だ。弁えよ」


 無表情になった王の一声で場は収まった。


 おじさんは青くなった顔で妖精姫を睨んで、二人は涼しい顔をしている。礼をして王の前を去った二人は偶然にも私の近くに来る。


「まさかこのタイミングで噛み付いてくるとは思いませんでしたが、焦っていたんですかね」

「早く話が終わりそうで助かったわ」

「これで落ち着けば、貴方の『妖精姫』という呼び名も無くなるでしょうね」

「あら、それは少し残念だわ。私、その呼び名を気に入っていたの」


 彼女は歌うように言った。


 『妖精姫』。それはこの社交界で一際に美しく、そして一際に評価の悪いものへの蔑称。彼女の瑕疵とされるものは態度の悪辣さ。

 もしそれが先ほどの男が言っていた呪いに由来するものだとしたら、彼女はこれまで心と反対の言葉を吐き続けたのだろう。彼女は言葉と心を隠すことを奪われた。

 そして周囲からの評価は一転し、自らを悪様に罵る社交界を見た。

 その中で呼ばれた『妖精姫』。


 彼女はお婿さんの顔を覗き込んで微笑む。羞花閉月という言葉が浮かぶ。今この世で光り輝くものは彼女一人のようだった。


「だって、何人も私の美しさを否定できなかったという証左でしょう?」


 ーーそれは確かに周囲からの敗北宣言でもあったのだろう。どれほど貶めたくとも、その美しさだけは彼女から奪うことができなかった。


 自信と誇りに満ち溢れた笑みの流れ弾を浴びて私は思わず顔が真っ赤になってしまった。いわんや、それを直撃したお婿さんは。


「……お願いだから、そんなに簡単に微笑まないでください。外に出したくなくなる」

「あら、ごめんなさい。だってあなたの顔を見たら自然と綻んでしまうの」

「……人前で本音が話せなくなる呪い、掛けていいですか」

「あなたと二人きりの時なら解いてくれる?」


 くすくすと悪戯っぽく笑う彼女にお婿さんは顔を手で覆う。それからお婿さんの丸まってしまった背筋を彼女がつんと突いて背筋曲がってますよ、なんて耳打ちをしていて、聞いているこっちが恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりに私は空を仰ぐ。

 彼女の領地がどの辺だったか、もう一度調べてみよう。遠くで幸せなのを眺めていたいタイプの二人だな、そう強く思った。


 しかし、その願いは叶わなかった。

 数日後に私の魔法を知ったお婿さんが「ミス・トランジスタ!」と叫んで土下座をする勢いでやってきて、二人と同じ研究所に勤めることになったからだ。

 この世は何が役に立つか分からない。説明を受けてもよく分からなかったが、私の魔法でできるものを解析したらコンピューターが作れるかもしれないらしい。


 あ、あとなんか色々あってあの偉い家のヒゲのおじさんは失脚して、一部の領地をお婿さんがもらったらしい。あんなに偉そうだったし、実際偉かったはずなのにね。


 とにかく本当に貴族の仲間入りをしたお婿さんのお祝いも含めて、改めて結婚式をするらしい。私も呼ばれる予定だ。目下の所の問題は、最近ツンデレが加速しているらしいお父様の抵抗だとか。


 いつか私が世界を変えたものとして歴史に名前を残すようなことになるかもしれないが、未来は未知数だ。

 だが、『妖精姫』は今日も美しい。それは事実だ。

一応このお話の続きみたいな話です。

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