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閑話・アレクセイ1

切っ掛けは王太子リュークの一言だった。

「キャサリン嬢も来るんだろうね…」

近々開かれる王太子の相手選びの為の舞踏会。それが憂鬱だと嘆いた後の言葉だ。


「誰だ?」

「キャサリン・アドリアーノ公爵令嬢。この間の舞踏会に来てたんだけど…ほら、黒髪で口元にホクロの」

「…あぁ、そんなのがいたな」

俺は記憶の糸を探ってキャサリンという女を思い浮かべた。やけにリュークに身体を押し付けて周りの令嬢を威嚇していた奴だろう。

「それがどうした?」

「彼女はちょっと思い込みが激しいというか…強引なんだよね。いくら僕でも引いちゃうよ」

「お前が良い顔するからだろ」

「だって相手はあの公爵家だよ?下手なことは出来ないよ」

リュークは王宮で『物憂げな』と騒ぎ立てられているその表情をつくる。確かに整った優しげな顔立ちを彩る色素の薄い金髪や、海のような濃い青の瞳は美しいかもしれない。が、俺からしたら胡散臭い事この上ない顔だ。

「そんなに有名なのか?」

「先代公爵が他国との貿易を簡素化させたおかげでこの国は潤って来たんだ」

「しかし現在の女公爵は無能だと聞いております。それに…」

宰相補佐のレーヨンが珍しく言葉を濁した。

「何だ?」

「公爵家には噂があるのです。曰く『亡くなられた公爵の養子が、公爵未亡人に使用人として扱われている』と。更に」

「そんなっ!!」

レーヨンの言葉を遮って悲壮な声を出したのは近衛副隊長のブルースだ。こいつは腕は確かだが、やたらと感受性が豊か過ぎる。

「その噂は誠なのですか!?」

「いえ…それは分かり兼ねますが…」

「別にそんな話珍しくもないだろ?そいつだって養子って事はどっかの孤児かなんかだろうが」

「しかし隊長!いくら養子だとしても貴族に変わりありません!」

「そうだね…その噂が真実ならば然るべき対応をしなければならないだろうね」

リュークがニッコリ笑って言った。こいつ…

「…何考えてる?」

「何の事?」

こいつは昔から腹芸が得意な奴だ。この顔は何か真っ黒な事を考えていやがるな。

「そうだね…ブルース、君アドリアーノ公爵家に行って今度の舞踏会の事について伝えてくれる?」

「はっ、はいっ!!」

言うが早いかブルースは執務室を飛び出して行った。大丈夫かよ。

「レーヨンは彼を呼んで来てくれる?今頃は鍛錬所に居ると思うから」

「畏まりました」





「で?何考えてる」

リュークは俺を見て微笑む。世の女はこの顔が良いとか言うが、俺からしたら信じられない。

「僕はまどろっこしい事は嫌いでね。面倒な事は一気に片付けるに越した事はないだろ?それについでに友人の気分転換にもなるかなって。彼はこの国に来てから前よりも辛そうだから」

「しかし本当に生きているのかも分からないだろう」

「ん?だってアルが言うんだからきっとそうなんだよ」

何を言ってるのさ?と言いたげな顔を睨み付け、俺は目の前のグラスを飲み干した。

「変に希望を持たすなよ…」

「まぁまぁ。これはアレクの為でもあるんだよ?大丈夫。きっと全て上手くいくよ」

その自信は何処から来るんだと怒鳴りつけてやりたいが、コイツがこう言い切る時は何故かいつもその通りになると長年の付き合いで分かっている。分かってはいるが……

「あまり無茶はするなよ?」

もちろんだよ、と笑った幼馴染は心から嬉しそうだった。



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