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番外編・両親との再会

「本当にこれで行くのですか?」


私はもう何回目とも分からない質問を繰り返します。

「大丈夫だ。お二人の嗅覚を舐めてはいけないよ。普通にしては感付かれてしまうからね」

アル兄様が自信満々に頷かれました。

嗅覚って……いえ、それよりも問題は“コレ”ですよ!!

「でも…男装までする必要があるのですか?」

そう。私は両親に会うためにクシャナ王国へと来たのですが、何故かアレクセイ様のお力で飛んだ先は城下町。

そこでカツラを付け、騎士服を着る羽目になったのです。

「良く…似合って、る…ぞ…」

アレクセイ様が笑いを堪えながら仰います。ムムっ!?それは完全に馬鹿にしてますね!?

「いやぁ、本当に良く似合ってるよ。このまま私が護衛をしても良いくらいだ」

アル兄様は目尻を下げて仰いますが、それって完全に逆ですよね?何故騎士が王太子に護衛されるのですか!?おかしいでしょう!?


「……普通に会いに行きませんか?」

「いや!!それは駄目だ!!レイの完璧な変装で二人を“あっ”と言わせるのだ!!私も今回の事は色々と計画したがやはり晩餐の席にレイが突然『私がフレイアです』と登場する方が楽しいだろう?それにはレイが二人にバレずに王宮に入るしかないのだ。女官も考えたがやはりここは普段着させる事の出来ない男装をさせてみたかったのだ!!やはり私の思った通りフレイアは何を着ても可愛らしいよ!!やはり私の可愛い妹だ!!!全く私のレイは何を着ても………」

手を握り締めて熱弁するアル兄様の目が恐いです…。

「おい!!置いてくぞ!!!」

未だに話し続けるアル兄様を遮ってアレクセイ様が仰いました。ナイスです!!







そして私は騎士の仮装のまま両親の住む王宮へと向かう事になったのです。…久しぶりに両親に会うドキドキ感が半減してしまっているのはアル兄様のおかげだと思いましょう。



アル兄様を先頭に私とアレクセイ様が続きます。

あれ?これだけの人数ですか?と思ったのですが、何とアル兄様はいつもこんな感じで行動されているとの事でした。

未来の国王陛下…無防備すぎませんかね?



そのまま何事もなく門を潜り、特に問題も無く城へと辿り着きました。

何だか呆気ないなぁ、なんて思っていた時です。


「良く帰ったな。アレクセイ殿も良くぞいらっしゃった」

「お久しぶりね、アレク」


正面の階段から男女が寄り添って降りて来ました。長い前髪の隙間から見えたその姿は、記憶の中よりも少しだけ老けた懐かしい顔……

「ただいま帰りました。父上、母上」

「お久しぶりです。両陛下」

私は声を出しかけて慌てて頭を下げました。

「そんなに畏まらないで?昔は良く…………」

不自然な沈黙が辺りを包みます。一体何が……



「フレイア!?」



悲鳴に似た叫び声を聞いたと同時に私の身体が強く抱き締められました。ふわりと香るのは私の一番好きな優しい匂い。


「フレイア!!!やっぱり生きていたのね!!!」

ぎゅうぎゅうと胸に抱かれ、もう離さないと涙声で囁かれます。

次いで優しく包み込まれる優しい温もり。

「あぁ……フレイア……夢ではないのだな…」

「お父…様…お、お母様…」

それだけ言うのが精一杯でした。


後は子供みたいに情けなく泣きじゃくりながら、二人にしがみ付いて泣いてしまったのでした。










「悪い子ね、アルフレッド」

「全くだ。もっと早くに教えて欲しかった」

涙の再開も落ち着いてお茶を頂きながらお父様とお母様が拗ねた様に言われます。

「申し訳ありません。お二人を驚かせようとしたのですが…やはり敵いませんでしたね」

アル兄様が肩を竦めて仰いました。その表情はとても穏やかです。

「フレイア…貴女に会える事を信じていました」

「私もお前が生きていると信じていたよ…長い間苦労をかけたな…」

「あなたの事を考えない日はありませんでした。…よくぞ無事で……」

言ってからまた私を抱き締めます。

「もっと良く顔を見せておくれ」

父もまた私を抱き締めてくれます。

「こんなに綺麗になって………」

「もう一度お父様と呼んでご覧?」

「あら、お母様の方が先よ」

「先程は私の方を先に呼んだ」

「そんなのは語呂の問題よ」

「何を屁理屈を」

「屁理屈はあなたよ」

「可愛くないな。レイとは大違いだ」

「レイが可愛いのは当たり前です」

「それはそうだ。私達の娘だからね」


私も……私も会いたかったのです。

会いたかったのですが………こ、これは……。


「父上…母上………レイが困っています」


アル兄様が助け舟を出してくれました。

今や私は二人の間で人間サンドウィッチを体験していましたので、本気で助かりました。

「あらあら」

「ん?あぁ、すまん」

二人は少しだけ身体を離すと嬉しそうに微笑みます。

「「おかえり、私達の愛しいフレイア」」

「…っ!ただいまっ!!」

今度は私から二人を抱き締めます。あぁ…やっと帰って来られました!!!






「安心しなさい。この先、一生私が守ってあげるからね」

「あら、そんなの無理です」

「何故だい?」

「そのうちこの子も結婚するのだから」

「なっ!?…そんなものはまだ早い!!結婚なんてもっと先の事だ!!」

「あの……」

「でももう年頃なのよ?そんなこと言ってたら行き遅れてしまいます」

「それで良いではないか。私の側にずっと居れば良い」

「あのぉ……」

「それではこの子が可哀想です!!」

「しかし私は今度こそレイを守ってやると誓っているのだ」

「私はフレイアに花嫁衣装を着せたいのです!!」

「だからそんなものは早いと」



「お父様!!!お母様っ!!!」



私が出した大声に二人がどうしたの?と首を傾げます。

あのですね……実はですね…。

「わ、私……」

「国王陛下、妃殿下…」

それまで黙って見守って下さっていたアレクセイ様が立ち上がり、二人の前で跪かれました。

「私はフレイア様に求婚させて頂き、了承の意を得ました。つきましては両陛下に結婚を承諾して頂きたいのです」

「まぁ、フレイア!それはとっても素敵ね!!アレクなら大切なレイを任せられるわ。本当におめでとう!!」

「お母様……」

「結婚式はいつ頃出来るかしら?色々な手続きがあるから少し先の話になるわよね」

「そんなに手続きが大変なのですか?」

「まぁ…色々ね。それよりも衣装を決めなければ!!楽しみだわ!!」

「ありがとうございます」

「アレクも、そんなに畏まらないで?これからは私の息子になるのだから」

そう言ってアレクセイ様を立たせると、ふんわりと笑われます。

「フレイアを…よろしくお願いしますね」

「はい。勿論です」



「ならん!!!ならんぞ!!!!!」




父が突然叫び出しました。顔は怒りで歪んでいます。

「せっかく!私の!私達のフレイアが帰って来たのに!!何故嫁になどやらねばならんのだ!!!」

「お父様……」

「私は認めんぞ!!!フレイアは一生嫁になんてやらん!!」

「陛下…」

「お前などこの城から出て行け!!私やフレイアの前に二度と顔を見せるな!」



「馬鹿な事を言うものではありません!!」

凛とした声が緊張した室内に響きました。

「あなたは何もかもを奪われ続けたこの子の幸せまでも奪うおつもりですか!?そんな事は私が絶対に許しはしませんよ!!!!」

その言葉に先程まで激昂していた父がシュンと項垂れました。

「そう……だな……しかし………」

それだけ言うとくるりと背を向け部屋を出て行かれます。後を追ってアル兄様が走って行きました。

「お父」

「今はそっとしておいてあげて…お父様ならアルがいるから大丈夫よ。それに今は拗ねているだけだから」

母はそう言って私とアレクセイ様を交互に見られます。

「ふふっ、これから忙しくなるわね!!早くあの親バカを何とかしなきゃ。あなた達はゆっくりしてなさい。疲れたでしょう?」

弾むように部屋から出て行く母を見送ると、急にアレクセイ様がソファーに座り込まれました。

「どうされたのですか!?」

私は慌てて側に駆け寄ります。どこか具合でも!?

「……っき…緊張した…」

「…へ?」

大きな溜息と共に吐き出された言葉に目を丸くしていると、アレクセイ様が私を見て困ったように笑われました。

「恋人の両親に結婚の了承を、と言うのは驚くほど緊張するのだな」

「アレクセイ様…」

「しかし陛下には認めてもらえなかったようだ…」

髪を掻き上げ苦笑するアレクセイ様。しかしふと真剣な表情で私を見つめられました。

「だが俺は絶対に諦める気はないがな」

そう言って私に軽くキスを落とされます。

「ア、アレクセイ様!?」

真っ赤になった私の頭を撫で、ニヤリと笑われます。

「今はこの位で我慢しといてやるよ」

だが…とその手を私の頬に滑らすと、低く囁かれました。

「正式に夫婦となれば………覚悟しとけよ?」

その黄金色には明らかな熱が含まれていました。その視線を受けて私の身体の中にざわざわとした不思議な感覚が巡ります。

思わず力が抜けてよろめく私を支えながら、アレクセイ様は軽やかに笑われたのでした。

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