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誤字訂正させて頂きました。
ご指摘ありがとうございます^ ^
突然現れた男性は、アレクセイ・バートン様と言うそうです。
「王太子殿下の近衛隊長だ」
言われた言葉に思わず息を飲みます。まさか、こんなに若い方が近衛隊長様だなんて…。どう見たって二十代前半です。これならば副隊長様の方が隊長と言われた方がしっくり来ます。
隊長様は私の驚きを察したのか、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべると床に倒れる副隊長様をグリグリと踏み付けました。
「驚いたか?俺はこう見えてコイツよりも強いんだ」
ヒイッ!すみません!!分かりましたから踏まないで下さいぃっ!「グエッ」って!「むおぉっ」って!副隊長様がっ!!
蒼白になる私の顔を見て満足されたのか、隊長様は足を退けると、ソファーにゆったりと腰を下ろされました。
「お前は人の屋敷で何やってたんだ?」
その言葉に副隊長様がガバリと起き上がられ、項垂れたまま発言されます。まるで叱られたわんこの様です。
「私はアドリアーノ伯爵夫人にお話」
「で?」
「私は王命をお伝えし、アドリアーノ公爵家の現状を把握しまし」
「簡潔に」
どうも隊長様は気が短いらしく、今にも殴りかからんばかりの殺気を漲らせておられます。少年とは思えない気迫に、私は思わず一歩後ずさりました。
「噂は真実でして…この方がベル・アドリアーノ様です」
「そうか」
「更にベル殿は声」
副隊長様が血の気のない顔でそこまで言った時、部屋のドアが勢い良く開かれました。
「使者はいらっしゃいまして!?」
それは、息を切らせたお嬢様でした。
「あぁ良かった。まだいらしたのね!あら?そちらの方は従者かしら?主人を差し置いてソファーに座るだなんて躾がなっておりませんね。まぁ良いですわ。そんな事よりもわたくし、あれから反省致しましたの。殿下はこの舞踏会でわたくしをお披露目されるつもりなんだって事に気付けなかったんですもの。ですから、殿下には必ず行きますとお伝え下さいな!!先程申し上げました事は忘れて下さいませ。あれはただ混乱してしまっただけなのですから。先の事を考えると少し不安になっただけですの。…そう!マリッジブルーですわっ!だからと言って結婚が嫌という訳ではありませんのよ?王太子妃の務めも果たします!何故なら、あの方を…愛しているのですから!…キャッ。わたくしったらっ」
そこまで叫んでから、お嬢様は来た時と同じく弾丸のように去って行かれました。
本当に、元気なのは良い事です。ただ、空気はしっかり読めるようになった方が良いですよね。隊長様の機嫌が先程よりも急降下しています。室内温度も急降下ですよ。
「で?」
地を這うような声に副隊長様と私の顔は引きつります。
「は?……いや…その…」
「あの女に何を言った?」
今や救世主は、サタンと化しています。あれ程ウザかった副隊長様に抱き着きたい衝動に駆られます。まぁ、やりませんがね。
「あんな女が『王太子妃』だと?俺が従者?」
「いいいいいいえっ!!!私はっ!そんな事はひひひひ一言もぉっ!」
もげそうなくらいに首を振る副隊長様。気持ちは分かります。お嬢様はお嬢様であるので、副隊長様には欠片も理解不能でしょう。ちなみに付き合いの長い私でさえ理解出来ませんからね。
なんにせよ、このままでは副隊長様が召されてしまいそうです。私は意を決すると、今にも魂が抜けそうな副隊長様の腕にそっと手を遣り、隊長様を見つめてゆっくり首を振ります。
副隊長様は悪くありません。あれはお嬢様がぶっ飛んでるだけですよ〜。
「…なんだ?」
副隊長様を庇うように現れた私に、隊長様は怪訝な顔をされています。お?少し空気が軽くなった気がしますね。ここはもう一押しです。
スカートのポケットからノートとペンを取り出すと、サラサラっと書いて隊長様に渡します。
『副隊長様は何も仰っていません。あれはうちのお嬢様が妄想癖があって暴走しているだけなのです』
ノートを受け取った隊長様は軽く目を見開き、私を見つめられます。
「お前…声が?」
はい。そうなんです。すみません。
私が小さく頷くと、隊長様は額に手を当てて俯かれます。
「なるほど…大体の事情は分かった。…ブルース!!!」
「はいぃっ!」
副隊長様はブルースと仰るのですね。自分よりも若くて小さな青年を前に、ガクブルされてます。威厳と貫禄?何ですかね、それ?
「先に帰ってろ。報告は俺がする」
「…い、や…しかし…」
「二度は言わん」
「は、はいっ!了解しました!!」
副隊長様はビシッと敬礼し、私に向かって丁寧にお辞儀をすると急いで帰って行かれました。
残されたのは、私と隊長様。そう言えばお茶も出していなかった事に気付きました。とんだ失態です。すぐにお茶を準備し、隊長様にお渡しします。
「美味いな」
そう言って紅茶を飲まれる隊長様は、まるで一枚の絵のようにお美しいです。優雅ですね。しかし何故隊長様だけ残られたのでしょうか。他に何か用事でも?
私の視線に気付いたのか、隊長様は私を見返してニヤリと笑われました。その顔に思わずビクリとしてしまうのは仕方がない事だと思います。
「なんだ?」
そう言って隊長様は、先程お渡ししたままだったノートを手渡されます。
『隊長様はどのようなご用件でこちらに?』
それを見せると軽く頷かれ、カップをソーサに戻されます。
「無能な部下がいつまで経っても返って来んからな。その尻拭いだ。迷惑だったか?」
いえいえ、とても助かりました。アレは私も困りましたので。
慌てて首を振ると、今度は満足そうに微笑まれます。おぉ、これは眼福ものですね。
「ブルースは時々面倒だからな。それよりもお前はどうしたい?」
隊長様の言葉の意味を測りかねて首をかしげる私に、あの黒い笑みを浮かべられます。
「この家、潰すか?」
は?何を仰っているのですかねこの方は!?潰すって、つぶすのですか!?まさかそんな冗談…ですよね?ですよね!?
何を持ってそんな考えに至ったのか分かりませんが、それは困ります。本気で困りますよ。
勢い良く首を振る私に、不思議そうな色を浮かべた瞳がこちらを覗いています。
『私はこちらでお世話になっている身です。元はただの孤児でしたので、こんな立派なお屋敷に住まう事が出来るだけでも感謝しております』
急いで言葉を書き連ねて隊長様にお見せします。
「しかし、お前は公爵令嬢だろう」
『それは書類上だけの事。私はこのままでも十分良くして頂いておりますし、これ以上の事は望みません』
「……お前が望むなら潰してやろうかと思ったんだがな…」
望みません!これっぽっちも!!!
ぶぶぶぶっと首を振ると、隊長様は噴き出してしまわれました。あっ、やっぱり冗談だったんですね!?人が悪すぎますよ!?てか、笑いすぎです!!
私のジト目に隊長様は笑いを収めて私を見つめられます。う…何ですかね、美形は凶器ですよ。
「書類上だとしてもお前は公爵令嬢だ。次の舞踏会には参加せざるを得ない」
え〜……それは決定事項なんですかね…。侍女として…は無理なんでしょうね。しかし私はドレスなど一着も持ってはおりませんよ。
「心配するな」
隊長様は立ち上がって難しい顔をしたままの私の側まで来られました。先程は気が付きませんでしたが、隊長様は私よりも頭一つ分以上に背が高く、とても鍛えられている体付きをされているようです。
ぼんやりと見つめていると、ポンと頭に手を乗せられました。な、何ですかっ。グシャグシャにしないで下さいっ。
隊長様は焦る私をそのままにドアの方へと歩き出されました。
お帰りならばと慌てて後を追いかける私を振り返り、隊長様はニヤリと笑われます。
「楽しみにしておけ」
何でしょう。そこはかとなく嫌な予感しかしませんよ。心配しまくりで胃が痛くなりそうです。
私の顔を見て笑い声を上げながら、隊長様は部屋のドアを潜りました。
そして、そこから忽然と姿を消してしまわれたのです。
後に残されたのは、飲みかけの紅茶と、呆然と目と口を開けた私だけでした。