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閑話・アルフレッド1

「アル…!早くこちらへいらっしゃい」

寝室のベッドに横になった母の顔は、疲れ切っている筈なのにとても幸せそうに輝いている。

隣に座る父も安堵と幸福に満ちた表情をしていた。

「あなたの妹、フレイアよ」

母がとても嬉しそうに見せてくれたソレはあまりにも小さくて、触れるのも憚られる程儚い生き物に見えた。

「お兄様の顔を良く見せてあげて」

恐る恐るソレを覗き込むと小さな寝息を立てて眠っている。…小さい。

まだ10歳の自分と比べても、何もかもが見たことない程小さいのだ。

ふ、と小さな瞼が開かれ藍色の瞳が自分を見た。

「きゃぁ〜ぅ!」

花が綻ぶように微笑んだソレは、とても小さな手を私に差し出して来た。

「あらあら。まだ目も良く見えていないのにお兄様が分かるのね?」

「手を握ってやりなさい」

父に言われて手を出しかけ……それだと余りにも自分の手が大きい事に気付いて小指を差し出した。

ソレは私の小指を拙い動作で握り締め、安心したように寝息を立て始めた。

「小さい……」

「当たり前よ。まだ産まれたばかりなんだから」

「お前もそんなだったんだぞ?」

「まさか!!」

大きな声を出しかけて慌ててソレを見る。変わらず寝息を立てる姿にほっとして、私は父を見返した。

「産まれた頃のお前も小さく儚く…しかし力強かったな。私はお前を見た瞬間に必ず守ると誓ったんだ。もちろん、この子も守るつもりだ」

柔らかく微笑む父にくすぐったくなりながらも、私は小さな生き物に視線を落とした。

小さくて儚くて…とても強そうには見えない。きっと何かがあったらすぐに傷付いてしまうだろう。

今だって自分の掌くらいの頭なのだ。簡単に握り潰されそうだ。

…誰かが守ってやらなければ。


「僕、この子を守ります!」


しっかりと父を見て宣言すると、二人はとても幸せそうに微笑んでくれた。








「にいたまぁ〜!」

「ただいま、レイ!!」

転がるように駆け寄って来る幼い妹を抱き上げる。ふわりと幼児特有の甘い匂いがした。

「いい子にしてた?」

「うんっ!!あしょんでた!!」

笑いながら頬に付いた土を取ってやる。きっとまた庭で遊んでいたのだろう。


まだ2歳のレイは王宮外でやる舞踏会や茶会の時は王宮で留守番なのだ。そう言う私も今はまだ舞踏会への参加を許されてはいないが。

レイはすくすくと大きくなり、あの小さかった手も大きくなった。しかし私よりも随分と小さい事に変わりない。

守るべき愛しい妹。


「アルとレイは仲良しね」

母が嬉しそうに言った。

「レイは私や陛下よりもアルの方が好きみたい」

楽しそうに笑いながら私の膝の上で眠る小さな姿を見つめる。

「私にとってあなた達は私よりも大切な存在なの。二人がそうしてくれている事が何より嬉しいわ」

「僕も家族が何より大切です」

「ふふっ、ありがとう。あのね…フレイアには大きな力があるの。それはこの子の命を脅かす力でもあるわ…」

母は少し悲しそうにレイを見、そして私を正面から強く見据えた。

「アルフレッド。妹を…フレイアを守ってあげてね」

「勿論です!!母上!!」

二人共愛しているわ、と言って笑った母は今まで見た中で一番に美しかった。








私と母とフレイアの三人で離宮に訪れていた時の事。遅れて来た父に遊んでもらい、はしゃぎ過ぎたレイが少し体調を崩してしまった。

「やだぁ…」

父と母は公務の為王宮へ戻らねばならない。しかしレイは聞き分け悪く愚図っていた。まだ4歳にもならない妹は慣れない場所で過ごす事が不安なのだろう。

「僕が側に居るよ」

ベッドに押し込んで優しく頭を撫でてやると、涙に濡れた瞳で私を見た。

「ほんとうに?」

「本当に」

しかしこれは嘘だ。

本当は側に付いていてやりたかったが、14歳になった自分にはやらなければならない事があるのだ。

「眠るまで側にいるよ」

これは本当。

妹が寝たら一度王宮へ戻り、何とか都合を付けてもう一度こちらへ来るから。だから、

「安心して寝なさい。僕が守ってあげるから」

頭を撫で続けてやると、妹はゆっくりと瞼を閉じた。

穏やかな寝息を聞きながら、私は音を立てないように立ち上がった。

「やだ!置いてかないで!!」

驚いて振り返ると、フレイアは眠ったまま。

恐らく寝言だろう。

「大丈夫。置いて行きはしないよ。目覚めた時には兄様が側にいるからね」

眠る妹の小さな額にキスを落とし、私は離宮を後にした。



この事を、私は死ぬまで後悔し続けるだろう。しかしその時の私には知る由も無かったのだ。

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