閑話・リューク2
「無茶するなよ」
そう言い置いてからアレクはベルと共に魔術師の元へ向かって行った。
アレクは言い出したら聞かない僕に呆れながらも側に居てくれる、大切な友人。
「無茶するな」は彼の最上級の心配の言葉。
大丈夫。君が悲しむ事はしないから。
「さて、僕も頑張らなくっちゃね」
アレクがくれた護りの腕輪を身に付け、執務室の方へと向かう。
僕の家族は全く魔力が無い。だから本当なら一番に操られている事を心配しなければならないんだけど、今回は大丈夫だと思っている。
アレクには内緒にしていたけど、僕の家族はマティルダの結界が護ってくれているから眠らされているだけで済んでいると思うしね。
あ、ちなみにレーヨンも魔力ゼロだから今回は戦力外。今頃家族と一緒で夢の中だろうね。
月明かりに照らされた廊下を一人進みながら、僕はふと気配を感じて立ち止まった。
さて、来たかな?
ゆっくり振り返った先には、小さな人影。
「今晩は、レディ。散歩するには時間が遅過ぎるんじゃない?」
「………」
「それとも他に用事でもあるのかな?……キャサリン・アドリアーノ?」
僕の言葉に弾かれたように顔を上げ、キャサリンは叫び出した。
「リューク様…わたくしは怒っているのです!!何故わたくしに逢いに来て下さらなかったんですの!?」
「キャサリン嬢、何故僕が君に会いに行かなきゃならないのかな?」
「そんな他人行儀な呼び方はお止め下さいませ。いつものようにキャシーと…」
「僕と君は他人でしょう?」
「何故そんな事を仰るのです!?わたくしは貴方の妻ですのに!!」
必死に言い募る彼女を見て思わず笑ってしまう。失礼だけど仕方ないよね?だって本当に狂ってる。
「僕の記憶によると、僕はまだ独身なんだけど」
「何を仰るの?わたくしと貴方は夫婦ではないですか!!わたくしは時期王妃として、この国とリューク様を支えると誓いましたわ!!それに…わたくしのお腹の中には貴方の子供までいるんですのよ!?」
妄想もここまで来ると脱帽だよね。目がイッちゃってるよ。
さて、どうしたものか。
彼女を殺しても術は解けない。
なんとか説得出来ないかと思ったけど…これは難しいかもしれない。
「君はどうしてこんな事をしたの?」
「こんな事…とは?」
「城中の皆に術をかけるなんて…相手の精神が崩壊し兼ねないって事分かってる?」
「そんな事は分かっていますわ。ですがわたくしには関係のない事。壊れるような弱い心の持ち主の方が悪いのではなくて?」
キャサリンは小首を傾げて言った。本気で言っているのだと目が語っている。
「目的は何?」
「それは勿論リューク様を取り戻す為ですわ」
「取り戻すって誰から?」
「決まっているではないですか!!!あの女……」
瞳に仄暗い炎が灯るのが分かった。やっぱり狙いは彼女か…。
僕は敢えて何気ない風を装って聞いた。
「ベルの事?」
「あの女の名前を呼んでは穢れてしまいます!!」
「初めからベルを狙っていたの?……血は繋がってなくても姉妹でしょ?」
「あの女……アレのせいで私の人生が狂ってしまった…アレだけは許せない…早く殺されれば良いのよ」
ブツブツと呪いの言葉を吐き出す様はまるで悪鬼の様だ。
「じゃぁ皆は関係無いよね?城に掛けた術、解いてくれないかな?」
キャサリンはゆっくりと僕の方を振り返り、そして無邪気に笑った。
「折角リューク様と二人きりになれたと言うのに何故?それに…」
キャサリンはさも可笑しそうに笑い声を上げた。
「それに術を解くなんて私には出来ないわ。これは全てマスターのした事。私はただ力を差し出しただけよ」
「マスター?」
「あぁ…可哀想なリューク様……すっかりアレに惑わされてしまったのね…でも大丈夫。マスターが救って下さるわ」
何を…と言おうとした僕の背中に鋭い衝撃が走る。
しまったと思った時には僕の身体は前のめりになって倒れていた。ヤバイ…油断した…
「これでリューク様は私だけの物……ありがとうございます。マスター」
「まだ最後の仕上げが残っている。…あの女を捕らえるぞ」
背後から発せられた声はとても良く知る人物のものだった。
何故…お前が……。
霞む視界の中に映る人物を信じられない思いで眺め、僕の意識は暗闇に沈んでいく。
ごめんよ…アレク……。
約束…守れ…なか、た……。