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「とにかく何とかしないと。やられっぱなしは趣味じゃないから」
リューク様は真剣な表情でスッと背筋を伸ばされました。
「必ず捕まえる」
その言葉は王太子に相応しく、とても説得力に満ちていました。
「アレクセイはベルと共に魔術師の捕獲を。…ベルには少し無茶をして貰わなきゃいけないんだけど大丈夫?」
『はい。大丈夫です』
私は迷わず頷きます。隊長様が一緒なら百人力ですからね!!
「お前はどうする」
「僕は城内の動ける者を捜して父上達の安否確認に向かう」
「だが、」
「平気だよ。恐らく僕には興味が無いと思うから」
キッパリと言い切られるリューク様としばし見つめ合ってから、隊長様は深々と溜息を吐かれました。
「罠かもしれん…………決して無茶するなよ」
「分かってるよ。僕よりアレクセイでしょ」
リューク様はそう言いながら嬉しそうに笑うとヒラヒラと手を振られました。
「大丈夫。きっと全て上手くいくよ」
隊長様はその言葉に頷くと私の腰を抱き寄せられました。
あっ、と思う間も無く視界が光に包まれ、次の瞬間には王宮の庭に立っていました。
三度目に訪れたその豪奢な噴水は、何故か初めて見た時と違いおどろおどろしい雰囲気を放っていました。…まるで恐ろしい何かが襲い掛かって来る様な気さえします。
「ここが一番術者の気配が強い」
隣の温もりを見上げると、とても難しい顔をされていました。
「俺から離れるな」
隊長様はゆっくり頷いた私の手を取って歩き出されました。
『何処へ向かわれるのですか?』
「俺が間違っていないなら相手は俺の事を」
「君はいつでも正しいよ」
隊長様の言葉を遮って聞こえた声に急いで振り返ると、背後には黒いローブを身に纏った男性が立っていました。
「君はいつでも正しく強い。……憎らしい程に」
「ルシアン…」
男性は頭からフードを取ってニッコリ微笑まれました。
ルシアン様…とは、確か舞踏会で話しかけて来られた男性だった筈です。
金色に輝く瞳が私達を見つめています。あの時は緊張であまり覚えてはいませんが、ルシアン様の瞳はこのような色だったでしょうか…?
「お前…禁忌の術に手を出したな」
苦々しげに呟かれる隊長様を見上げます。先程もリューク様が仰っていましたが、禁忌の術とは何ですかね?何やら良くない事のようですが…。
「対価に誰を差し出した?」
「誰だと思う?」
「……セイラムか」
「流石アレクセイだね!!その通りさ」
「この外道が…!!」
一気に隊長様の殺気が溢れ出したのが分かります。
対価に差し出す……セイラム様を…?
それは……もしかして……。
「彼もそれを望んだんだよ?僕だって嫌がる相手を殺したりはしない。…そうでしょう?」
ルシアン様が後ろに呼び掛けると、何処からともなく人影が現れました。
そう。それは間違いなく人影でした。
全身を黒一色のみで構成されたソレは、ゆらゆらとルシアン様の隣に佇みます。
そしてゆっくりと顔を動かしました。
私を…見ている…。
目は無い筈なのに視線を向けられたのだと分かりました。
全身に鳥肌が立つ不快感。吐き気までもが込み上げて来ます。
『い…や…』
言い知れぬ恐怖に慄く私を庇うように抱き寄せ、隊長様がソレを睨み付けます。
「ソイツがセイラムの成れの果てか!!」
隊長様の言葉に驚きを隠せません。
アレが…セイラム様?
「彼がとても悦んでいるのが分からないのかい?これで彼の望みが叶うんだから」
そう言ってとても楽しそうに笑われます。
「さぁ、セイラム。君の願いは何だい?何がしたい?」
「ア"ー……ガァ……ガガ…ァ」
ポッカリと開いた口のような穴から耳障りなノイズ音が響き渡ります。
そして突然ソレは口を閉ざし、再び私を見てニタリと笑ったのです。
「ソノ…娘、ヲ…殺ス…」