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閑話・リューク1

魔術師マティルダが術をかけ始めて暫くすると、ベルが険しい顔をし出した。



「術の最中は決して口を開くな。物音も立てるんじゃないよ。この子が帰って来られなくなる」



初めに言われた通り、ここに居るものは息をするのも忘れたようにその光景を見守る。



マティルダが矢継ぎ早に質問し、ベルは何も応えることなくそれは終わった。

その後ベルはネジが切れた人形のように眠ってしまい、僕は執務室でマティルダに話を聞いた。二人共知りたがったけど、これは僕とマティルダの契約。後で話して聞かせてあげるから睨まないでよね。



「ベルは大丈夫?」

僕の質問に難しい顔をしてからマティルダが口を開いた。

「もちろん大丈夫さ。しかしあの子の記憶はえらく頑丈な鍵がかかっているねぇ。幼いって事もあるだろうが、どうもそれだけじゃないようだ」

「名前は?本当の親は分かったの?」

「いや…それも全て分からなかった。ただ、“お母様”と言っていたからどこか良いトコのお嬢さんって所かねぇ」

「そう…」

「あまり驚かないねぇ?」

「大体予想してたから。だけどやっぱり信じられないなぁ…あの事件で誘拐された子供は生死を含めて全て所在が明らかだし…」

「続けて良いかい?」

僕が頷くとマティルダはため息を吐いて話し出した。

「あの事件ってのは貴族の子供が誘拐されてたヤツだろ?あの子も誰かが家の中に来て逃げた、それで一緒に居たヤツと別れて一人になったと言っていたねぇ。だけど分からないのが、そこで二人に虐待されていた様だ。食べもんやら飲みもんも与えられず、貰うのは暴力だけ……悲惨だよ。……それとどうやらあの子は話せるよ」

「そうなの!?」

「あぁ。その“お母様”とやらに話すなと言われたらしいね」

「…それはどうして…」

「さぁ?お菓子を取り合いになるから駄目だと言われたんだそうだよ。しかし相手は幼い子供だから本当の意味は分からんね」



マティルダは大きく伸びをするとカカカッと笑った。

「いや、しかしなかなか面白い子だった。あの子が全て思い出したらまた私に会わせておくれ。今回の報酬はそれでチャラにしてやるよ」

そう言ってマティルダは去って行った。







二人を呼び出すと間を置かずにやって来た。いつも僕が呼んでも後回しにされるのに。薄情だよね。

「それで!?あいつは大丈夫なのか!?」

「目覚めるんだろうな!?」

今、男に迫られたって嬉しくないなぁ…なんて言ったら殴られそうだよね。

「大丈夫。マティルダは優秀でしょ?」

「あぁ…そうだな」

「それでは…記憶は?あの子は思い出せたのか?」

「二人はそれを知ってどうするの?何か変わる?」

あえて聞いてみる。だってここは一番重要だと思うんだ。


「「どうもしない。ベルはベルだろ?」」


凄い!見事にハモった。息ピッタリじゃないか!!でも男の声って野太くて好きになれないよね。


「ベルは図太いからな。どんな事を知った所で変わらないだろう。…俺もアイツがどんな過去を持っていたとしても変わらずアイツの側にいる」

アレク……君、そこまでベルの事を思っていたなんて…昼間邪魔してごめんね。

「図太いとは失礼だぞ!強いと言え!!…私も彼女の事はどんな過去があろうと妹である事は変わらない」

アル!?今さらっと「妹である事」って言ったよ!?






「「で?どうなんだ!?」」





再び詰め寄られ、僕はマティルダに言われた事を告げた。

「俺だけでなく、あいつもあの事件の被害者だったのか…」

「虐待されていたなんて…」

二人はショックを受けた様だった。まぁ、当たり前だよね。僕だってかなり腹が立ってるし。犯人は見つけ次第死なない程度に殺してあげる予定だよ。

「しかし何故誘拐した子を虐待する必要があるんだ?俺だって極力傷付けないようにされていたのに」

「そうなんだよね…それは僕にも分からない」

「それと、彼女は何処の家の子なんだろう?何故行方不明の記録がないんだ?」

「…何でだろうねぇ?」

「何か心当たりがあるのか?」

すかさずアレクが聞いて来る。こんな時幼馴染って誤魔化しが効かないから困るよね。

「やだなぁ、そんなの教えられないよ。間違ってたら恥ずかしいじゃないか」

「良いから言え!!」

「教えてくれ」



二人が真剣に聞いてくるけど……教えないよ?

だって教えたら面白くないもん。



「面白いかどうかで判断する問題じゃないだろうが!!」

アレクは僕の考えなんてお見通しだからなぁ…。きっと内緒で読心術とか会得してると思うよ。

「お前もベルも分かりやすいんだよっ!!」

「ベルと一緒にされるなんて心外だよ〜」

「それは彼女に失礼だそ!!彼女こそお前と同類にされるのは」

「お前はややこしいから黙れ!!」








「まだ駄目…確信が掴めないからもう少し待って。…ベルのためにも」

その後もしつこく食い下がる二人に白状したら、呆気なく納得してくれた。


今彼女の事が漏れたら彼女の身は今以上に危険になる。二人は信用してるけど、今はまだ時期じゃない。

「アルは帰ったら事件の被害者達について詳しく調べて。アレクは引き続き魔術師の洗い出しとセイラムの居場所特定を。僕はクシャナ以外の被害者について調べるから」

「引き受けよう」

「分かった」













二人が帰った執務室で、僕はソファーに寝転びながら独りごちた。



「あっ、言い忘れちゃったぁ〜」












何を、って?

それはもちろん“ベルは話す事が出来る”って事だよ。

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