36
「で?報告はあったの?」
新たに入れ直されたお茶を飲みながらリューク様が口を開かれました。
「…いや、まだだ。しかし遠くには行っていないだろう」
「そう……なら仕方ないね。今夜はこれでお開きかな」
そう言って私の方を見て微笑まれました。
「巻き込んじゃって本当にごめんね。君も色々あって疲れたでしょ?今夜はゆっくり休んで。アレク、送ってあげて」
『いいえ、大丈夫です。美味しいお茶をありがとうございました』
閉じられかけたドアの向こうでリューク様の楽しそうな声と、焦るアルフレッド様の声がしました。
「襲っちゃダメだよ〜」
「なっ!?…やはり私が送った方が良」
部屋へと向かいながら、私は隊長様の広い背中を眺めていました。
長年思い続けた母親に忘れられていたなんて、どれだけ悲しい事でしょう。
開きかけた口を、また閉ざします。
…私には隊長様にかける言葉が思い付きませんよ。
微力ながら…なんて言いましたが、そんな力は少しもありません。私は逆に誰かに助けて頂かないとこうして生きる事も出来ないのですから…。
なんて情けないのでしょうね。
「お前はそのままで良い」
自然と俯いていた私の頭に大きな手が乗せられました。
「そのまま、俺の側で呑気に笑っていろ」
その手がゆっくりと頬に当てられます。
「たまに泣いても良いが…俺以外に泣かされるな」
見上げた黄金色は月明かりに照らされてとても幻想的な輝きを放っています。とても、綺麗です…。
「ベル……」
隊長様の瞳に映る自分の顔が少しずつ大きくなって………
カプッ。
ふぁぁぁ!?ははは鼻っ!!鼻に噛み付かれましたぁ!!??
「ほら、着いたぞ」
隊長様は楽しそうに笑ってドアを開けて下さいました。いつの間にか部屋の前に着いていたようですね。
鼻を押さえて呆然とする私を部屋へ押しやり、ニヤリと笑われます。
「添い寝して欲しいなら一緒に寝てやるぞ?」
『けけけけけけけけっこうでぃす!!!』
「仕方ないから今日は諦めてやる。ほら、ゆっくり休めよ」
激しく頭を振る私の様子に笑いながら、隊長様は踵を返されました。
『お、やすみ…なさい』
聞こえるはずもないのに、隊長様は背中を向けたまま手を振って下さいました。
「それでは、ごゆっくりお休み下さい」
リリアンさんの声に我に帰ると、いつの間にか入浴を済ませ、夜着に着替えてベッドの中にいました。…あれ?
今日は舞踏会があって、色々な話を聞いて、リューク様の執務室を出て、それから隊長様がガブリと…
『わぁぁぁぁあっ!!!???』
思い出してみると、とてもじゃないけど恥ずかし過ぎます!!何だったんですか!?アレは!!??
ベットの上で身悶えながら、なし崩し的に思い出してしまいました。
そうです!
噴水の前でのアレです!!!
何やっちゃってるんですかね!?私ってば!!!
恥ずかしいも何もあったもんじゃないですよ!?
自分からタックルしてますからね!?
『ひゃぁぁぁぁぁっっ!!!』
思う存分バタバタしたら少し落ち着きました。ふぅ、スッキリしましたよ。
あの時は勝手に身体が動いてしまったのです。…不可抗力ってやつです。
だってああでもしないと隊長様と二度と会えない気がしたのです…。
それは嫌です。
だって…
だって私は隊長様の事が…す…好き…なのですよ!!
再度バタバタしてから、ふと考えます。
隊長様は私の事をどう思っていらっしゃるのでしょう?
多分嫌いではないと思うのです。今日だって手を繋いで下さいましたし、頭も撫でて下さいますから……って、これは兄妹っぽいですかね?
あっ!でもでも鼻を噛まれましたよ!!
…いや…アレってそもそもどういった意図があったのでしょうか…?
好きな相手の鼻を噛む、なんて聞いた事がありません。
う〜ん……。
「俺が泣かす」的な宣言されていましたし、あれもその一環なのですかね?
それとも、特に意味など無かったのでしょうか?
う〜ん……。
う〜ん……。
う〜ん…………。