閑話・アレクセイ9
アレクセイがおかしいと思ったのは父母の葬儀の時だった。
あれ程母に執着していたファーガスの泣き顔が余りにアッサリとしていたのだ。今までの行動から考えると、なりふり構わず泣き叫ぶか自分も一緒に死にかねない。
確信を持ったのは、ファーガスが妻と離縁をしたと聞いた時。ファーガスは妻はともかく娘を溺愛していたので、娘の為にも離縁はしないと公言していた。なのに何故か。
(母上は生きておられる!!)
すぐに祖父である先代国王に訴え出るも、「何を馬鹿な」と一蹴されてしまう。
母を失った子供の戯れ言だと思ったのだろう。
それでも諦められなかったアレクセイは従兄弟のリュークと共に調査をした。勿論内密に、だが。
その結果、離縁し婦人服になど縁の無いファーガスがドレスを度々購入している事や、事件前に育ちの悪そうな人物と密会していた事を突き止めた。
「母を返して貰おう」
アレクセイは掻き集めた証拠を突き付けファーガスに言った。これで母を救い出せる。そう、思っていた。
しかし相手は腐っても商人。アレクセイは己の失敗を悟る。何故ならファーガスは彼にこう告げたのだ。
「お前が私の元へ来たと言う事はアマーリエが何処に居るのか分からないのだろう?…仮に彼女が私の元に居て、騎士共が乗り込んで来るとする。…しかし私の屋敷は幾つあるか知っているか?屋敷だけではない。倉庫もあるぞ?奴等がモタモタしている間に彼女はどうなるかな?」
まずいと思った時には遅過ぎた。
ファーガスは言葉を続ける。
「あぁ…そうだった。私の娘が君に恋をしていてな?私も君になら譲れると思っているのだよ」
彼は母親の命を盾に取られてしまったのだ。
こうしてアレクセイはファーガス・ブロー男爵の囚われの身となったのだった。
己の未熟さを呪いながら数年が経ち、ある時転機が訪れる。それがセイラムの人身売買についての報告だった。
セイラムは若い女性を誘拐し、自国だけではなくクシャナ王国へ売り飛ばしていると言う事だった。
その件を調査するうちに浮かび上がったのがファーガスの存在。奴は正規の貿易に紛れて彼女達を裏取引している可能性があった。いや、むしろファーガスの協力がなければなし得ない所業だったのだ。
(今度こそあの男を捕まえてやる!!)
そう誓ったものの、ファーガスは用心深く立ち回り尻尾を掴ませない。苛立ちだけが募る日々。
そうした中で発せられたリュークの一言が全てを変えた。
“キャサリン・アドリアーノ公爵令嬢”
それはセイラムの姪であり、ファーガスに近付けるまたとないチャンスだった。
しかもアドリアーノ公爵家にはもう一人忘れられた令嬢が居ると言う。
この令嬢に上手く取り入り餌にすればセイラムを捕縛する事が可能になるのではないか。
こうしてアレクセイは忘れられた令嬢、ベル・アドリアーノに近付いた。
そして上手く丸め込んでセイラムの捕縛に成功する。
しかしセイラムは逃げ、ファーガスに軍配が上がった。あちらにも魔術師を引き込んでいたのだ。
またも己の失態、そして巻き込んでしまった少女を傷付ける結果になってしまった。
「アマーリエ様の居場所が確定致しました」
もたらされた情報はクシャナ王国のアルフレッドが連れて来ていた密偵の報告によるものだった。
それは奇しくも少女を襲い、一度は捕縛したセイラムが逃げ込んだ屋敷の中だった。
アレクセイは直ぐ様近衛副隊長のブルースを中心とする精鋭を向かわせ、二度目の舞踏会の日を決行日としアマーリエ救出を成功させたのだ。
そして念願のファーガス・ブロー男爵と、その罪を知りながら加担していたマリリア以下使用人を一挙に捕縛したのだった。