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私のお腹も満たされ隊長様の笑いも収まった頃、一人のご令嬢がこちらへと近付いて来られました。
あっ!あれは!!
「アレク様!」
本日も胸の空いたドレスで女の武器を使いまくるのは『女豹のマリー』さんですね!!
「先日は素敵な夜をありがとうございます。マリーはとても嬉しかったんですの…ですのに、あれから手紙のお返事を頂けなくてどうされているのか心配してましたのよ?今日だってご一緒して下さるとばかり…お暇ならまたマリーと踊って下さいませんか?」
隊長様の腕を撫で上げるような仕草が妖艶です。なんと…これも果物屋のポーラさんが言っていた女豹の技の一つですかね!?
それにしてもベタベタと触り過ぎではありませんか?隊長様が減ります。やめて下さい。
ムッとする私の顔をドヤ顔で見返しながら、女豹さんは更に身体を密着させます。
あっ!!何て事を!!お胸さんが当たってますよ!!??そんな事したら駄目です!!嫌です!!
…嫌?
どうして嫌なのですかね?
…分からないですけど、どうしても隊長様に触れられるのは我慢出来ません。
嫌…です。
私がグッと手を握りしめた時、隊長様が低い声で一言。
「触るな」
マリーさんは一瞬ビクリとされましたが、私も見惚れるほどの笑みを浮かべて仰いました。
「アレク様?マリーと踊って頂けますよね?だってマリーはアレク様の大切なモノを知っているんですもの」
途端に隊長様の怒気が強くなります。大切な物?それは何でしょう。
「侮るな。お前らはもう俺を利用出来ん」
そしてニヤリと笑いながら私の方へ視線を向けられます。
「幸運の女神は俺達に微笑んだからな」
「それは…どう言う事ですの?」
なおも縋り付くマリーさんの腕を掴み上げ、完璧な無表情で言い放たれます。
「お前も色ボケ親父も終わりだ。気になるなら調べれば良い。まぁ無理だろうがな……地下の奥から三番目…だったかな?」
隊長様が言い終わられると同時に騎士様が数人近付いて来られました。
「なっ……な、なんですの!?」
マリーさんが慌てて身を捩ろうとされますが、隊長様の腕はピクリとも動きません。驚異の怪力です。
「痛いっ!!止めて!!アレク様っ」
騎士様の一人が隊長様に耳打ちされると、隊長様の顔に凶悪な笑いが浮かびます。
「クククッ、暴れても良いぞ?しかしお前の親父は大衆の前で失禁したらしいがな」
至極楽しそうに声を上げて笑うと、青ざめて震えるマリーさんを騎士様に引き渡しました。
「連れて行け」
そしてマリーさんは騎士様達に囲まれて連れて行かれてしまったのでした。
一体…何だったのでしょうか……。
ふと思い出して周囲を見回しますが、近くにいる方々は何事もなかったかのように談笑されています。…どうして?あれだけの騒ぎを起こしておりましたのに…。
「結界を張っていた。限られた数人以外の連中は俺達が裸になろうが気付かない」
『そんな事も出来るのですか…本当に万能ですね』
「魔術にも限界がある。特に治癒術は適性によるな。俺は苦手な分野だ」
なるほど。何となく納得出来ますね。隊長様は治癒より破壊といったところでしょうかね。
擦り傷を治療しようとして出血多量の大怪我にさせているのが頭に浮かびます。それも無表情で。
「…大体その通りの事が起こると考えてくれて良い」
えっ!?良いのですか!?
…何と恐ろしい方でしょう…。
いえ、それよりも何があったのですかね。隊長様を見上げると、心得たとばかりに頷かれました。
「場所を変えよう」
そう言って私をバルコニーの方へと誘われました。
バルコニーへ出ると、そのまま階段を降りて庭へと向かいます。月明かりに照らされた噴水が見事ですね。まるで女神様が現れそうな荘厳さです。
噴水の前で歩を止めると、隊長様は私に向き合いました。
「ベルには話していない事が多くある」
静かに語る瞳からは、隊長様が何を考えていらっしゃるか読み取れません。何でしょう…何となく不安な気持ちになります。
「長くなるが聞いて欲しい」
『はい』
私は無意識に腕輪を触りながら頷きました。