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「それでね、王太子様ったらわたくしの肩まで抱いて微笑み返して下さったのよ!」
「えぇ、えぇ、そうね。見ていたわ。王太子様ったらキャシーに夢中だったものね」
「やだっ!お母様ったらっ」
「私は本当の事を言っただけよ?」
「ふふっ。彼はお忙しいようでダンスは踊って下さらなかったけど、『またの機会に』ってお約束して下さったの!!」
「まぁ!それは素敵ね」
「えぇ!!わたくし楽しみで……周りの女性達がわたくし達の邪魔さえしなければ、きっともっと一緒にいて下さったはずですのに」
「未来の王太子妃の邪魔をするなんて、なんておこがましいのかしらね」
「本当よ!彼も周りを取り囲まれて困ってるみたいでしたわ」
帰りの馬車もとても賑やかです。
奥様もお嬢様も本当に幸せそうで何よりですね。頭の中にお花畑が咲き乱れてます。
私は王太子様のお姿は見た事がありませんが、とても美しい方だと聞いています。
お嬢様は面食いなので、どストライクなのでしょう。まだ見ぬ王太子様に同情します。
翌日から奥様は仕立て屋を呼び付けて新しくドレスを数着依頼されました。なんでも「いつ王宮から迎えが来ても良いようにしとかなければ」だそうで、お嬢様共々張り切っておられます。しかし、機嫌が良いのは助かりますが、無茶振りはいけません。執事さんが困っておりますよ。主に財政面で。
ついに城からの使者様が訪れたのは、舞踏会から半年が経った頃でした。
お二方は小躍りせんばかりにナイスミドルな使者様を出迎え、その内容に両目をひん剥かれました。
「王国に在籍される貴族子女16歳以上の方全てが対象になります。例外は認められません」
「え……どういう事なのです!?」
「何故わたくしが皆と同じ扱いを受けるのですか!?」
「キャシーは王太子妃になるのですよ!?」
使者様はお二方のあまりの形相に一瞬だけ口元を引きつらせられましたが、すぐに持ち直すとゆっくりと告げられます。
「王の命は絶対です」
その口調は厳しく、反論の余地も挟めそうにありません。しかしそれを読めないのが我らがお二方。使者様に掴みかからん勢いでまくし立てておられます。
あまりの早口に何を言っておられるのかサッパリと分かりません。分かりませんが、使者様を悪し様に仰っている事は聞き取れました。
これはいけません。
頭がお花畑なのは許せますが、お客様にご迷惑をおかけするのは良くないですね。
私が執事さんをチラリと見ると、心得たとばかりに頷いてからお二人を引きずるように退室して行かれました。
後に残された使者様はゆっくりと息を吐き出し、私の方へ視線を送られます。
疲れてますね。
本当に申し訳ありません。
私は一度頭を下げてから温かいお茶を差し出します。
「ありがとうございます」
いえ。こちらこそご迷惑をおかけ致しました。うちの主人たちは少しぶっ飛んでますので、お客様がお相手されるのは大変だと思うのです。
もう一度頭を深く下げると、使者様は優しそうに微笑まれました。
「ある程度予測していたので大丈夫です。ですが、貴女こそ大丈夫なのでしょうか?」
その問いに小首を傾げます。何故私?
「王国に在籍される貴族子女……ならば、貴女様も対象になられますので」
使者様の言葉に軽く目を見張ります。何故それをご存知なのでしょうか。
「私は王太子殿下の近衛副隊長を任されております。多少の事情は把握しておりますので」
短く切り揃えられた茶色の髪に、同じ色の瞳。まるで鷹のような印象を与える彼は、体格も良く威厳というか貫禄もあります。
そうですか。副隊長様でしたか。
それにしても私も参加しなければならないなんて……。本当に困りました。ドレスなんて持ってませんし…。
私の様子を見て副隊長様は整った眉毛をハの字に下げられます。あ、その顔はなんだか可愛らしいですね。なんて、とても年上の男性に言う言葉ではないですかね。
「貴女のその姿を見てまさかとは思いましたが…やはり噂は本当でしたか…」
噂?私なんかの事が何か話題になっているのでしょうか。すごく気になります。
「いやいや、貴女の事が悪く言われているのではありませんよ」
そこまで言ってから副隊長様は紅茶で喉を潤してから、真摯な瞳で私を見つめられました。
「噂とは、このアドリアーノ公爵家についての話なのです」