閑話・アレクセイ6
俺は大急ぎで周囲を探した。彼女の気配を探ろうにも人が多過ぎる。何より彼女の魔力は皆無なので人が居なくとも感知する事は不可能だった。
給仕をしている使用人を片っ端から捕まえて話を聞くと、どうやら彼女は走ってバルコニーへ向かったらしいと情報を得た。
一体バルコニーに何が…いや、それよりも走っていたのが気にかかる。まさか、あの男に何かされたのでは…。
バルコニーへと到着したがそこには逢瀬を楽しむ男女の姿しかなく、彼女の痕跡すら掴めなかった。
「クソッ…!!」
俺は再び会場に戻った。
途中マリリアに話しかけられたが当然無視し、あの目立つ銀色を探した。
「アレクセイ様、少しよろしいですか」
振り返ると宰相補佐のレーヨンが小走りにやって来ていた。俺は今忙しいんだ。
「何だ」
不機嫌な声を出すと、白い顔が更に色を無くす。コイツはいつも俺に対してこんな調子だ。リュークと並ぶ幼馴染だが、何故か俺にはオドオドと泣きそうな顔で話し掛ける。
他の奴には『困った時の宰相補佐』なんて言われているが、俺からしたらただの泣き虫レイだ。
「あ……その…」
「早く言え。俺は忙しい」
「ハイッ!べ、ベル様が倒れられたとの事で、今は救護室に」
俺は全てを聞かずに走り出した。
まさか!倒れただと!?
「ベルっ!!??」
勢い良く部屋に入って椅子に座る彼女に近寄る。
「何があった!?」
「アレク、乱暴にするな」
良く知った声に振り返ると、アルフレッドの姿があった。
「アルフレッド!?お前何故ここに…」
「説明はまずお前が手を離してからだ」
その言葉に彼女の肩を強く掴んでいた事を知る。彼女も痛そうに顔を顰めていた。
俺はすぐに手を離して椅子に座る。焦りすぎだな。
「一体何があったんだ?」
彼女は身を縮めながら既に記されているノートを差し出した。その内容を見て俺の頭に血が上るのが分かった。あ…の、男……っ!!!どれだけの女性を不幸にすれば気が済むんだ!!!
殺してやる!!
「そして私と出会い、保護した」
アルフレッドの静かな声に我に帰る。しまった…今は彼女だ。
俺は静かに頭を下げて謝罪をした。
俺のせいで恐い目に合わせてしまったのだ。先程掴んだ細い肩を震わせていたのだろうと思うと情けなくなった。
…が。
彼女は謝罪をする俺を見て「頭を下げて謝るなんてあり得ない!」と言う顔をしていた。おい、なんでだよ。
しかも俺の額に小さな手まで当てている始末。これは「熱でもあるの?」って事か!?
「おい……それはどう言う意味だ…?」
俺の問い賭けにハッとした彼女は目に見えて狼狽し……「えへっ?」と言いたげに首を傾げた。な…何だと…。
「『えへっ?』じゃねぇよ!俺が真剣に謝ってやってるってのに、どんな扱いだ!」
思わず素が出てしまったが仕方ないだろう。
ベルは視線をあちこちに彷徨わせ、申し訳なさそうにしている。大方「お前が悪いって言いそうなのに」ってところか!?
「あぁ!?どんな鬼畜だよ」
頭を抱えて小さくなるベルを睨んでいると、アルフレッドが突然笑い出した。俺も彼女も驚いてアルを見つめる。
…何だ?
「はははっ、いや…すまん。だがお前ら…面白っ…はははっ!!」
「おい、何だよ」
何となく嫌な感じがして問いかけるが、逆効果だったらしい。余計に笑いを誘ってしまった。クソッ…何なんだよ。
ふと隣を見ると、ベルが穏やかに微笑んでいた。
良かった。元気そうで安心した。
しばらく三人で話してからアルが戻って行った。アイツにも後で礼を言わねばな。
それにしてもコイツはどれだけ弱いのかが今日分かった。これでは公爵家へ戻ったとしても餌食にされるのは目に見えているだろう。
『隊長様、私をここへ連れて来て下さり感謝しております。確かに嫌な事はありましたが、それ以上に素敵な夢を見させて頂きました。本当にありがとうございました』
彼女は知らない。
自分がどの様に理不尽な役割を押し付けられているのかを。
そしてそれから自身を守る術さえないのだ。
それならば……
ベルの腕に俺の魔力を込めた腕輪を着けてやる。これで魔力皆無の彼女の居場所も分かるし、何かあれば感知出来る様にしてあるから少しは安心だ。
彼女は腕輪を見て動揺を隠せない様子だった。「高価な物だから」と必死に外そうとするが、もちろん外れないよう細工済みだ。
外れたら意味が無いだろう?
彼女の腕に俺の魔力を感じて気分が高揚する。これで…
「これで何時でもお前に会える」
言ってしまってから驚いた。
そうか。俺はまた彼女に会いたいと思っていたのか……。
彼女も驚いた顔をして俺を見ている。
仕方ない。
今日は色々あったからな。
「お前は遊び甲斐があって楽しいからな」
今はまだ、そう言う事にしといてやるよ。