閑話・アレクセイ3
舞踏会に参加させる為の準備はリュークが用意した侍女に任せ、俺はその足で執務室へ向かった。
「やぁお帰り。お姫様は良いのかい?」
「…今は準備中だ」
「女性は支度が大変だからね〜。で、君の準備は?」
それが舞踏会の事ではないとその瞳が語っている。
「もう少しかかる。あちらは数人魔術師を雇っているらしい…なかなか厄介な結界だ」
「本当にいらない所は頑張るんだから……あの方が居なければ簡単に破壊しちゃうのにねぇ」
「まぁな…」
「分かってるだろうけど、今日はまだ動いちゃダメだからね?」
「……分かっている」
それだけ言って部屋を出た。
自室で支度を終えた所で彼女の準備が終わったと連絡を受け、迎えに行った。
「バートン様がお越しになられました」
小首を傾げて振り返った女性は驚く程美しかった。
平凡だと思っていた顔立ちは、化粧でメリハリのある目鼻立ちとなっている。しかし特に濃い訳ではなく、彼女に似合う自然なものだ。
彼女は俺を見て小さく頭を下げた。その動作で纏めていない髪がサラリと垂れる。
自然に足が彼女の近くに向かう。
ドレスの色は……俺の髪と同じか…。
リュークの奴め、俺で遊んでやがるな。
しかしまぁ、今回はアイツの勝ちだ。
…良く似合ってる。
俺が見つめ過ぎてしまったからか、彼女の頬が薄く色付いていく。
淡い色の紅を乗せた小さな唇が開いたり閉じたりを繰り返すのを見ていると、思わず塞ぎたくなる自分にギョッとした。
「お前今『バートンって誰だ?』って思っただろ?」
空気を変える為に放った一言で、彼女の顔色が面白いように変化した。
しばらくそれを堪能し、彼女を伴って部屋を出る。
必死に侍女達に感謝の意を伝える彼女に大丈夫だと言ってやる。
それでも不安そうな顔をするので「お前の考えている事はバカでも分かる」と教えてやった。
すると先程までの不安そうな様子は吹き飛び、こんどは不満そうに唇を突き出して膨れている。
本当に分かりやすいな。
「今は『私は複雑に考えている』とでも思ったのだろう?」
驚愕の表情で俺を眺める彼女。
恐らく俺は考えを読めるのか、なんて下らない事を思ってるのだろう。しかし俺にそんな事は出来ない。
…にしても、せっかくの美しい顔が台無しだ。そんなに目を見開くと落ちるのでは?…おいおい、口が開いたままだぞ?
…なんて、面白い…顔なんだ…
俺はついに耐え切れずに噴き出してしまった。思いきり笑うのなんて久しぶりだ。
彼女の瞳が「人を見て笑うなんて失礼な!」と言っている。いや、すまん。ついついな……。
ドアの前までやって来ると、彼女の身体が緊張に強張ったのが伝わって来た。
不安に大きく揺れる瞳が俺を見上げる。
その時、ふと首筋に垂らした銀が目に入った。美しく香油を塗られた髪はいつも以上に艶やかだ。
俺はそれに誘われるように一房手に取り口元へ持って行った。ふわりと花の香りが鼻をくすぐる。
途端に湯気が出るほど真っ赤になった彼女。こんな事をされるのは初めてなのだろう。
俺はそれを見て満足感を得ると、彼女を連れてドアを潜り抜けた。