前へ次へ  更新
94/186

91 王室探偵(の助手)就任!

 群れの調査から3日後の2月6日、俺はアルフレッド父さんに伴われて、ジュリア母さん、デヴィッド兄さんとともに王の御前へとやってきた。

 といっても、謁見の間ではなく、私的な会話をする城の食堂の方だ。

 奇妙な魔物の群れについて報告するため、エレミアとアスラも連れてきている。本当はアスラだけでいいのだが、アスラがエレミアから離れたがらないのだからしかたがない。なお、メルヴィは今日も妖精郷に行っている。


 しかし、王が開口一番に切り出したのは、群れとは別の話だった。


「まずはエドガー。おまえに頼まれていた〈八咫烏(ヤタガラス)〉の元牧師捜索の件だが、残念ながら発見につながる情報は入っていない。数年前にソノラートでそれらしき人物の目撃情報があったのを最後に、サンタマナの諜報網には引っかからなくなった。ソノラートから北か東へ逃げた公算が高いだろう。よって、元牧師については、今回で捜索を打ち切ることとする」

「……はい、わかりました。ありがとうございました」


 残念だが、しかたがない。

 もとより、「牧師さま」がソノラートへ逃げこんでしまった時点で、サンタマナ王国にはできることが限られてしまっていた。それでもこれまで打ち切らずに捜索を続けてくれたのだから、感謝こそすれ恨む筋合いではない。


「その代わり、浮いた人員を悪神の使徒の捕捉へと振り分けるつもりだ。見つけた場合の対処は、おまえたち――キュレベル侯爵家に秘密裏に任せることになるだろう。悪神の使徒を相手に、潜入工作が本業の諜報員たちでは、分が悪いどころではないからな」

「承知致しました。陛下に捧げた我が剣にかけて」


 と、これはアルフレッド父さんが返事をする。

 父さんはここに着くなり王室騎士団(ロイヤルガード)の団長としての職務に戻ると言って王の背後に直立不動で立っている。

 こちら側の代表者は、奇妙な群れの調査を依頼されたパーティのリーダーであるジュリア母さんということになる。


 俺は、小さく手を上げて発言の許可を乞う。

 王が俺に向かって顎をしゃくった。


「これは、女神様――魂と輪廻を司る神アトラゼネク様よりお聞きしたことなのですが、竜蛇舌大陸(ミドガルズタン)北端の、北限帝国に不穏な動きがある、と」

「ほう? 具体的には?」

「それが、今回の【祈祷】ではあまり長い時間会話をすることができず、具体的なことまでは……。何やらお忙しいご様子で、今後もしばらくは【祈祷】による交信は難しいとのことでした」


 まさか、留守電になってました、などと言っても通じるわけがないので、そんな風に説明する。


「ふぅむ。いや、何か起きているらしいということがわかっただけでもありがたい。諜報員に情報収集を命じておこう」


 王はさっそく文官を呼んで何事かを命令した。

 文官は深く一礼して食堂を去っていく。


「さて、いよいよ今日の本題だな。その子が、報告にあった『アスラ』という少女か」


 王に一瞥されたアスラがエレミアの裾を掴む。今は皆着席しているため、後ろに隠れることはできなかった。

 その点は、意外と言えば意外だ。俺はてっきり椅子を立ってエレミアにくっつくものと思っていた。アスラは行儀よく椅子に座っているし、ここに来る前に着せられた貴族の子ども向けの服装もきちんと着こなしている。出された料理を食べるマナーも、サンタマナ風でこそないものの、何らかの美学を感じさせる洗練されたものだった。

 つまり、アスラは貴族の令嬢だった……ということか? でも、羽の生えた令嬢なんていたら話題にならないはずがない。ちなみに今日は、羽を通せるように仕立て直した特製のブラウスの上に、フード付きのマントを頭からかぶり羽を隠してここまでやってきた。どうしても怪しまれそうな場合だけは、俺がこっそり【幻影魔法】を使って誤魔化している。


「アスラちゃん、ごめんねぇ?」


 ジュリア母さんがそう言って、アスラからフード付きマントを取る。

 マントの下からは、大きめのうちわくらいの大きさにまで縮んだ1対の白い羽が現れた。アスラがむずかるように羽を揺するとわずかな風が巻き起こって俺たちの頬にぶつかった。


「……ふむ。本当に羽があるのだな」


 王はアスラの羽を見つめながら、難しい顔で考えこむ。


「その少女と、奇妙な魔物の群れには関係があるとのことだったな?」


 母さんが、王の質問に対して、岩山の洞窟での経緯を改めて説明する。

 もちろん、事前に報告書は上げてあるから、確認のためだろう。

 母さんはすっかり有能な冒険者の顔つきになって、実に手際よく洞窟での出来事を説明した。

 王は、母さんの説明を頷きながら聞き終えると、俺とエレミアに補足がないか確認し、最後にアスラへと向き直った。


「アスラ、と言ったな。……ああ、そう緊張するな。何もおまえを責めようとは思ってない」


 王は、ややぎこちなく笑みを浮かべて、アスラを安心させようとした。

 王ともあろうものが、どこの誰ともしれない――いや、本当に人であるかどうかすらさだかでない幼い少女に対してそこまでしてくれる。さすが《陽気な王様(メリーモナーク)》と呼ばれるだけはある。笑顔で迫って怖がられていたどこかの残念勇者とは格が違う。


「アルの嫁の話を総合すると、おまえのもとには自然に魔物が集まってくる、ということになるな。俺はこの国の王で、王都の守護者を自認するものだ。だからまず聞いておきたいのは、今この状態でも、おまえを目がけて魔物が集まってくる可能性があるのかどうか、ということだ。……わかるか?」


 王の言い方は少し回りくどかったが、アスラはこくりと頷いた。


「だいじょうぶ。まもののちかくをとおらないかぎり、ついてはこないから」

「そうか。それはよかった。

 じゃあ、次の質問だ。おまえは、どこからやってきた?」

「……うんととおくから」

「うんと遠く……か。方角はわかるか?」

「あっち」


 アスラがそう言って指さした方角は……えっと、どっちだ? 城の中は通路が複雑だから今自分がどちらを向いているのかすら怪しくなってしまう。

 俺は、女神様が回収してきてくれた国民栄誉賞の副賞の腕時計を、次元収納からこっそり取り出して、方位磁針を確認する。アスラが指さしているのはほぼ真北の方角だった。

 ……って、アスラは、俺が方位磁針を見なければわからなかった方角を、何も見ずに把握していたのか?


「北か」


 王はそうつぶやいて、意味ありげに俺を見た。

 さっき俺が報告したばかりの、女神様の言葉を思い出したのだろう。女神様がトラブルが起きていると言っていた北限帝国は、竜蛇舌大陸(ミドガルズタン)の最北部にある。大陸の最南端にあるここサンタマナ王国からは、言うまでもなく北の方角だ。


「……エドガーよ、おまえはどう考えている?」


 王が、俺に話を振ってきた。


「悪神絡みか、あるいは杵崎(きざき)絡みか……」


 俺が気にしているのは、アスラのステータスのことだ。

 女神様のシステムが正しく適用されている限りにおいて、あんなステータスになることはありえないと思う。だとすれば、消去法で悪神しかありえない。

 それに、5年前にカラスの塒そばで出会った火竜アグニアも、奇妙なステータスを持つ連中に仔竜が襲われたと言っていた。

 だから、俺はこんな風に推理している。


「アスラは、悪神による何らかの実験の犠牲者なのではないでしょうか」


 アスラのステータスの、唯一まともな部分には、こんな表記があった。


《アシュラ(エンブリオ接種者(タイプC)・《万魔殿(パンデモニウム)》)。》


 エンブリオ、というのが何かはわからないが、「接種者」という言葉は気にかかる。

 この世界には、ワクチン接種の知識はないはずだ。となれば、この「接種」という言葉を持ち込んだのは、転生者である可能性が高い。その第一候補は、もちろん前世で医師だった杵崎亨だが、カラスの塒にあった遺跡の主ハイドリヒ氏である可能性もないわけではない。

 しかし、スキルやステータスに干渉できるのは、女神様――魂と輪廻を司る神アトラゼネクの他には悪神モヌゴェヌェスしかいないはずだから、転生者の入れ知恵を元に、悪神が何らかの実験を行ったのではないだろうか。


 そして、アスラの二つ名――《万魔殿(パンデモニウム)》。

 この二つ名とアスラの魔物を引きつけてしまうという性質とは何か関係があるに違いない。


「本来であれば、幽閉し、監視をつけねばならんところだが……」


 王が眉根にしわを寄せて言う。


「余計な刺激は、かえってよくない結果を生まぬとも限らんな。第一、監視するにせよ、何をどう監視すればよいのか。また、事故を未然に防ぐためにはどのような人材を監視に当たらせるべきなのか……ふむ」


 王はしばし瞑目し、長いため息を漏らしてから、言った。


「アスラよ。俺の目を見てみてくれるか?」

「……?」


 アスラが王の目をまっすぐに見返した。

 そのまま数秒が経つ。

 王が視線を戻し、俺たちへと向き直ってから言う。


「アルフレッド・キュレベル。ジュリア・キュレベル。そして、エドガー・キュレベルよ」

「はっ」「はい」「はい」


 改めて俺たちの名前を呼ぶ王に、めいめいが返事をする。


「この子は、おまえたちの手に負えそうか? それとも、危険だと思うか? それぞれ答えてみよ」


 王の質問に、最初に父さんが口を開く。


「洞窟での実績からすると、手に負えると思われます。エレミアの睡眠魔法が有効でしたし、エドガーには有事の際にアスラを無力化する手段が複数あります。……父としては、子どもたち任せになるのは忸怩たるものがありますが」


 次にジュリア母さんが答える。


「アルくん……夫が申したように、アスラちゃんを保護することは可能だと思います。万一、家族に危害が及ぶような事態になったら、その時はわたしが責任を持って対処します」


 暗に、どうしようもない事態に陥って、家族とアスラを天秤にかけることになったら、自分は迷わず家族を取ると、母さんは言っていた。

 最後は俺か。


「正直、目の届かないところに置く方が危険なのではないかと思います。それは、アスラの周囲の人間が危険だということもありますが、アスラ自身にも危険があるのではないかと」

「ほう? 詳しく言ってみろ」

「洞窟での一件からもわかるように、アスラは不安定なのだと思います。アスラが悪神による何らかの実験の犠牲者であるのだとしたら、俺はアスラのことを何とかして助けてやりたい。それができるのは俺だけ――とまでうぬぼれるつもりはありませんが、なんとかできる確率が高いのは俺でしょう。……それに」

「それに?」

「アスラはエレミアになついています。離れ離れにするのはかわいそうです。親からも離されてしまった小さな女の子を、幽閉して監視させるような真似はしたくないです」


 俺の返事を聞いて、《陽気な王様(メリーモナーク)》がにやりと笑った。


「わかった。それでは、アスラについてはキュレベル侯預かりとしよう。だが、もし手に負えなくなったらすぐに言えよ?」

「はっ。承知致しました。謹んで預からせていただきます」


 父さんがそう答えて敬礼する。

 王はそこで手を叩いてメイドを呼ぶ。王はメイドに食後のお茶の準備をするように命じた。

 張り詰めていた空気がしばし緩んだ。

 メイドが給仕をしている間、王は身の回りの他愛のない話をしたり、俺たちから話を聞いたりしてくつろいでいる様子だった。


 話が、それまで黙って会話を聞いていたデヴィッド兄さんに及んだところで、王はデヴィッド兄さんに向き直り、表情を引き締めた。


「長々と付きあわせてしまったが、デヴィッドよ。今回おまえを呼んだのは、おまえに頼みがあるからだ」


 兄さんに、頼み?

 俺は内容に見当がつかず首を傾げたが、兄さんはあいかわらずのクールフェイスを保っていた。もしかしたら、王が話す内容に見当がついているのかもしれないな。


「……ふむ。ひょっとすると、既に予想がついておるのか? だが、ここはきちんと俺から話すことにしよう。

 デヴィッドよ、新市街を騒がせている切り裂き魔(リッパー)の捜査に、協力してはくれぬか?」


 いきなり話が飛んで、俺たちは困惑した――デヴィッド兄さんを除いては。


「犯罪捜査は、巡査騎士団の仕事だと思いますが……」

「たしかにそうだ。しかし、おまえには過去に難事件を解決した実績もある」

「あれは巻き込まれただけです。その任にないのにあれこれ嗅ぎ回ろうとは思いませんよ」


 デヴィッド兄さんは、王の要請を蹴るつもりなのだろうか。

 王の後ろに立っている父さんが少しうろたえた様子を見せていた。


「もうひとつ、理由がある。例の切り裂き魔(リッパー)だが、おまえが解決してくれた『切り裂き魔』事件との関連を疑う声が上がっているのだ」


 ここで王が言う「切り裂き魔」事件とは、今話題の切り裂き魔(リッパー)事件ではない。デヴィッド兄さんが解明した、風の鳴る季節に魔法が自然発動してかまいたちのような現象が起こるという「事件」のことだ。

 兄さんは王の言葉に秀麗な眉をひそめた。


「また、例の噂ですか? 襤褸(ボロ)を着た少女が……という」

「そうだ。沈静化していた噂が再燃していてな。ナイフを手にした襤褸の少女が駆け去るのを見たという証言が複数寄せられている。要するに、切り裂き魔(リッパー)は『切り裂き魔』なのだと言いたいのだろう」

「バカバカしい……『切り裂き魔』現象は、そのような妄想が過剰な精霊力に干渉して引き起こされる自然現象に過ぎません」

「むろんわかっておる。大方、『切り裂き魔』という言葉がひとり歩きしておるのだろう。

 しかし、そのせいで自然現象の方の『切り裂き魔』も発生頻度が上がっているという報告がある。そして、『切り裂き魔』が増えれば、それだけ切り裂き魔(リッパー)と『切り裂き魔』を結びつけようとする市民が増えることにもなろう。市民が切り裂き魔(リッパー)に怯えることで『切り裂き魔』現象の発生頻度が上がり、そのことがまた市民の恐怖を煽っていく……というわけだ」

「なるほど、悪循環に陥っているわけですか。まったく、もう少し冷静に考えてほしいものですね。切り裂き魔(リッパー)は喉を裂き、腹をさばいて臓腑をえぐるという話でしょう。自然発生した《エアロスラスト》が、そこまで細かい仕事を成し遂げられるとはとうてい思えないではありませんか。切り裂き魔(リッパー)は間違いなく人間の犯行ですよ」

「なればこそ、無責任な噂に終止符を打つために、おまえに協力してほしいのだ。むろん、王立図書館迷宮司書の本来の職分からは外れることであるから、最終的にはおまえの自由意思に委ねることになるがな」


 王の言葉に、兄さんは少し考える様子を見せたが、


「……かしこまりました。他ならぬ陛下のお頼みです。このデヴィッド・ザフラーン・キュレベル、微力を尽くさせていただきましょう」

「頼んだぞ。詳しいことは、イーレンスに聞くがよい」

「イーレンス殿下に?」


 イーレンスというのは、この国の第二王子のことだな。

 5年前に父さんと親善試合をしたイルフリード第一王子の腹違いの弟で、身体が弱いため表にはあまり出てこない人物だ。もっとも、最近は虚弱体質が改善されたとかで、限られたものながら公務にも就いていると聞く。


「イーレンスはこたびの事件に胸を痛め、捜査の指揮を取りたいと申し出てくれたのだ。王子が捜査指揮に乗り出すことで、モノカンヌス市民の不安を鎮められるのではないかとな」


 なるほど、国がこの問題を重視していると示すにはいい手かもしれない。

 ただ、王子までが捜査に乗り出したのに事件がいつまで経っても解決しなければ、国としての沽券にかかわってくる。第二王子の面子にも傷がつくかもしれない。

 だからこそのデヴィッド兄さんへの依頼なのだろう。第二王子が神輿となって市民の不安を鎮めつつ、兄さんが事件を解決する。うん、よくできた仕組みだ。


「それは……なかなか大変なことになりましたね」


 兄さんも俺と同じ結論に至ったらしく、秀麗な眉をわずかに寄せてそう言った。


「すまぬな。おまえはイーレンスとも親しいと聞いている。支えてやってくれれば有り難い」

「有り難き光栄でございますが、イーレンス殿下は才気煥発なお方です。私などが支えるまでもなく、立派に指揮をおとりになることでしょう」

「だと、いいのだがな。いや、過保護だと思われてもしかたがないが、あやつはつい最近まで病弱で人と会うことも難しかった。その分、書籍に親しみ、デヴィッドよ、おまえほどではないにせよ、司書顔負けの学殖があると聞いておる。それを生かして今回の事件に当たりたいと申しておったが、学殖を実用と結び付けられるのは稀有な才能の持ち主だけだ。それこそ、おまえのような、な」

「は。イーレンス殿下も、将来の王室として国に貢献なさりたいのでしょう。及ばずながら、手伝わせていただきます。

 ただ――2つ、条件がございます」

「ほう、申してみよ」

「1つは、私に行動の自由を与えてほしいということです。行動博物学の手法は独特です。私の言動の意図は、第三者からは不可解に思われることも多いでしょう。ですので、独立した捜査官として動く権限をいただきたいのです。むろん、イーレンス殿下の指揮される巡査騎士団との連携は可能な限り取らせていただきますが」

「よかろう。それでは……そうだな。それらしき役職を作って権限を与えよう。とはいえ、先例のないことだ、いい名前が思いつかん。

 ……そうだ、ボウヤ。いや、そろそろボウヤも無礼か? エドガーよ」


 いきなり、話が飛んできた。


「はい。何でしょうか?」

「おまえは以前にも『執行猶予』のようなよい名付けをしていたな。せっかくだ、おまえの兄に与える役職名を考えてみよ」


 また、無茶ぶりが来たもんだな。

 俺はしばし悩み、


「では、『王室探偵』ではいかがでしょうか?」


 王室というのは、王にならなかった王位継承権者が所属する政治のための組織のことだ。

 ヴィストガルド1世は即位前に兄弟をなくしているため今は完全に幽霊組織となってしまっている。

 が、イルフリード第一王子が次期国王に即位すれば、イーレンス第二王子は王室に所属することになる。そのため、イーレンス第二王子と王女であるイルバラ姫は王室に準じる存在という扱いを受けていた。

 なお、アルフレッド父さんが団長を務める王室騎士団(ロイヤルガード)も、もともとは王室の警護を任務とする組織だったが、現在はそれを拡大解釈して王と王族の警護を行っている。


「ほう、なかなかよいではないか。では、新役職は王室探偵としよう。身分証は後で屋敷に持って行かせる。騎士や廷吏にも、王室探偵の身分と権限について周知し、協力するよう命じておこう。

 それで、もうひとつの条件とは?」


 そうだった。兄さんが提示する条件は2つのはずだ。

 兄さんは、俺をちらりと見てから言った。


「2つ目は、ここにいる我が弟エドガーを、私の補佐として捜査に参加させてほしいのです」


 えっ……そんなの、いいのか?


「……ふむ。なるほど、おまえは今回の件の背後に、悪神の使徒の存在を感じるということか?」

「いえ、それはどうでしょうか。悪神の使徒のすることとは毛色が異なっているようにも思います。仮に悪神の使徒の仕業だったとすれば、切り裂き魔(リッパー)は囮で、他の狙いがあるということになるでしょうか。あくまでも可能性の問題ですが」

「ではなぜ、エドガーを補佐につけたい?」

「これは、第一の条件とも重なってきますが、行動博物学は新しい学問です。私の捜査は、従来の常識とはかけ離れた手法を取ることになるでしょう。その際にいちいち戸惑われては捜査に支障をきたします。補佐に当たる人間には、なるべく先入観がなく、発想の柔軟な者を選びたい。異世界の知識を持つ転生者であるエドガーは、この条件に合致しています」

「言いたいことはわかるが……しかし、目立つだろう? おまえの弟は見た目8、9歳と言ったところだ。相手から侮られないとも限らない」

「侮られた方が、かえって情報を得やすい場合もございます。侮られては不都合な場合は、巡査騎士団から人員をお借りいたしましょう」

「だが子どもには危険な――いや、そうだった。そのボウズを害せる者などそうはおるまい。いざという時の護衛としても適任か」


 ようやく「ボウヤ」から卒業したと思ったら、今度は「ボウズ」になったらしい。


「無差別殺人犯である切り裂き魔(リッパー)が私を直接狙うとは考えにくいですが、狙ってくれればむしろ楽ができるでしょう。うちの末弟を外見のみで判断する愚か者は、すべからく痛い目を見ることになります」

「つまり、囮か? エドガーよ、念のため聞いておくが、おまえはそれでいいのか?」


 王がやや心配そうに俺に聞いてくる。

 王は俺が戦うところを実際に見たわけじゃないから、いくら人づてに聞いていても、小さな子どもを心配するのはわかる。さすがは情に厚い《陽気な王様(メリーモナーク)》だ。


「もちろんです。お許しいただけるなら、我が兄ともどもお役に立ってみせます」


 そう言って俺は胸に手を当て頭を下げる。

 俺が、転生者が絡んでいる可能性があまりない切り裂き魔(リッパー)事件の捜査に協力しようと思ったのは、もちろんデヴィッド兄さんを手伝いたいからというのもあるが、ミリア先輩のことを思い出したからだ。

 万一、先輩が切り裂き魔(リッパー)に襲われるようなことがあったら悔やんでも悔やみきれない。同時に、もし先輩以外の人が襲われたにせよ、その人にもミリア先輩と同じようにその人のことを大事に思う人が必ずいるはずだ。たしかに、ゴレスやガゼインの起こした事件に比べれば規模は小さい。しかし、だからといって被害者がいないわけではないのだ。自分にできることがあるのにやらずにいるというのはちょっと考えられないと思う。


「ふむ。ならばよかろう。それでは、王立図書館迷宮司書デヴィッド・ザフラーン・キュレベルを王室探偵に、その弟エドガー・キュレベルを王室探偵助手に、それぞれ任じることとしよう。――それでよいか、アルフレッド?」


 背後に立って王の警護に当たっていたアルフレッド父さんに、王が聞く。

 たしかに、成人した兄さんはともかく、俺のことは家長である父さんに聞かないとだな。

 父さんは苦笑して言った。


「ええ。お願い致します。その子たちは、僕が何と言ったところで聞きませんしね」

「麒麟児どもの親というのも大変だな、アルよ」

「何をおっしゃいます。国王陛下のお子様方も、稀に見るほど優秀な者揃いではありませんか」

「……ったく、おまえにそういう喋り方をされると尻がむずむずしてくるな」

「今は公務の最中ですので。ここにいるのは王室騎士団(ロイヤルガード)の団長です」


 にやりと笑って言う父さんに、王が肩をすくめた。


「というわけだ。よろしく頼むぞ、クソオヤジのガキども」


 太い笑みを浮かべてのたまう王に、俺とデヴィッド兄さんは冷や汗をかきながら敬礼を返すしかなかった。

サンクス様のご指摘により、「了解」→「承知」と修正しました。

前へ次へ目次  更新