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76 王都到着(後編)

「……ッ!」


 さらりと国王が口にした言葉に、俺は息を呑んでしまった。

 そして、そのことが何よりも雄弁な回答となってしまう。


「やはり、か。

 いや、安心しろ。だからどうしたということではない。

 王家にのみ伝わる言い伝えに、このようなものがある。この世界には時折神々のお計らいによって異世界からの客人がやってくる。彼らは有用な知識を持っているが、それだけに悪しき者の手に渡れば危険である。保護する必要があるが、彼らを軟禁するようなことは好ましくない。なぜなら、彼らは神々から何らかの任務を与えられてこの地に降り立っているからだ。従って、神々のご意向に適おうとするならば、彼らの行動を支援してやる必要がある。しかし、彼らはこの世界の人間とは異なる価値観を持っているため、国に取り込むようなやり方はあまり好ましくない。彼らの自由を極力保障しつつ、彼らのやろうとすることをできる限り支援してやるように。

 ――とまあ、このような口伝が代々受け継がれておるのだ」


 そいつは……。

 でも、おかしな話ではなかったかもしれない。

 女神様の口ぶりでも過去にも転生者がいたようだし、転生者が俺同様なんらかのミッションを帯びていたのだとすれば、当然この世界の有力者と関わる機会だってあっただろう。


「それで、エドガーよ。おまえは俺に――いや、サンタマナ王国に何を望む? 何をしてほしい?」


 こういう展開は予想してなかったから、いきなり聞かれるとすぐには思いつかないな。

 とりあえずは、状況の整理からだろう。


「そうですね……ソノラートで略奪旅団と呼ばれていた悪名高き傭兵団〈黒狼の牙〉、及び悪神を崇め奉る暗殺教団〈八咫烏(ヤタガラス)〉、この2つの組織は、ほぼ時を同じくして、サンタマナ王国の簒奪という同じ目的を掲げておりました。

 これは、偶然の一致とは考え難いのではないでしょうか?

 ソノラート、あるいはそのさらに北に存在する『何者か』の意図を感じずにはいられません」


 その『何者か』の正体についてはよくわからない。

 が、転生した通り魔・杵崎亨である可能性は、現時点ではそこまで高くないと思う。

 杵崎もまた、俺と同様に幼児に転生したはずであり、幼児のままでそこまでの影響力を持っているかというと疑わしい。

 とはいえ、ガゼインは杵崎と思しい不可解な子どもを見たと言っていた。

 杵崎が事態を主導しているとまでは言えないまでも、どこかに絡んでいる可能性はある。

 しかしその場合でも、杵崎を保護している組織があるということであり、その組織が〈黒狼の牙〉や〈八咫烏(ヤタガラス)〉を操っていたという可能性は高い。


「ふむ。既に、俺が動かせる範囲で、ソノラートの状況については探りを入れさせている。

 それから、アルフレッドからの報告にあった、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の『牧師さま』レティシア・ルダメイアとやらについても人相書とともに指名手配をかけている。が、今のところ情報はないな」

「ソノラートに影響を及ぼせる勢力としては、どのようなものが考えられますか?」

「わかりやすいのはすぐ北――中央高原の都市・国家のいずれかだろうな。とはいえ、郡小国が、ソノラートだけならばともかく、さらに南のサンタマナにまで手を伸ばすということは考えづらいことだ。さらに北、北限帝国に関しても同様だ。国力という意味では中原越しにでもそのような工作ができてもおかしくはないが、やはり大陸最南端のサンタマナを狙う意味がわからん」

「国家以外の勢力ではどうでしょうか?」

「悪神を崇拝する邪教徒が最右翼だろうな。他には、フロストバイトに住むという魔族たち、南の炎熱大陸のリザードマン、ソノラートと交易関係にあったが現在は鎖国中の東方領域の人族とサハギン、サンタマナと紛争を抱える西の蛮族、あるいはエルフの原理的な自然回帰主義者……可能性だけならざっとそんなところか」

「その邪教徒というのは?」

「俺にも実態は把握できていないが、大陸中に散らばり、秘密結社のような組織を作って、悪神の意図を達成しようとしていると言われている。が、邪教徒に関する噂の大半は陰謀史観に支配されたもので、まともに受け取るわけにはいかないものも多い。迷信深い田舎などでは、ちょっとでも変わったことをしていると、邪教徒ではないかと疑われて村八分にされたりするらしい。さすがに、勝手に火炙りにするようなことは、王法で禁じて以来なくなってはきているはずだが……」


 要するに、前世の秘密結社みたいに、オカルトすれすれの存在だってことか。


「その邪教徒については、ぜひ詳しい調査をお願いします」

「ほう。何か根拠があるのかね?」

「俺には前世の知識があります。女神様――輪廻を司る神アトラゼネク様の力により、俺はこの世界に転生したある男を追う使命を与えられています。その男が、前世において悪魔崇拝者だったという情報があるのです」

「ふむ。悪魔崇拝者と邪教徒か。たしかに縁があってもおかしくはない。

 よかろう。邪教徒については調べさせてみる。

 ……とはいえ、奴らの活動がソノラートを中心としているとなると、我が国にできることは限られてしまうのだがな」

「ソノラートの政情不安が奴らにつけこむ隙を与えているように思います」

「しかし、それこそ我が国にはいかんともしがたいことだな。まさか兵を出してソノラートを平定してしまうわけにもいかぬ」


 それはそうか。まさか侵略してくれとは言えるわけがない。

 当面は調査をお願いするくらいしかできることはないな。

 いや、もうひとつ、お願いしておくことがあった。

 言っていいものか迷っていたが、これだけ胸襟を開いてくれているのなら大丈夫だろう。


「〈八咫烏(ヤタガラス)〉の元構成員たちには、何卒、寛大なご処置をお願いします」


 〈八咫烏(ヤタガラス)〉の内部で人を集め、反乱を首謀した身としては、これを頼む責任がある。

 俺の言葉に、国王は目を少し見開いて言った。


「……ほう。君は、彼らに誘拐されたのだろう?

 何故、彼らをかばうのだ?」

「私は、彼らと対話し、彼らの信じる教えが誤りであることを気づかせました。

 その過程で、彼らの抱えるさまざまな悩みにも触れています。

 私にはとても、彼らを悪と断じ、厳しく罰する気にはなれません」

「だが、罰しないわけにもいかんだろう。

 多かれ少なかれ、罪人にも罪人となった事情はある。が、だからといってそのすべてを無罪にしていては示しがつかぬ。人が人を罰するとは恐ろしいことのようではあるが、秩序を保つ上ではやはりどうしても必要となることなのだ。優しいだけでは君主は務まらぬ」

「もちろんです。

 騙されて人を殺したのだとしても、人を殺した事実は消えません。

 ただ、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の洗脳教育は、薬物まで利用した手のこんだものでした。

 個人の力であれを乗り切るのは難しいと思います。あのような目に遭えば、おそらくほとんどの者は彼らと同じように洗脳されてしまうでしょう。

 彼らの殺人については、主に彼らに殺しを命じた者たちこそ、責任を負うべきであると考えます」

「ふむ……」


 王は、顎に指を添えて黙りこむ。

 そして、


「アルフレッド、君の息子の意見は、君の意見ではないのだろう?」

「ええ。私としては、私たち家族を襲った暗殺者たちが処罰されるのは当然と考えます。

 王国の法に照らしても、極刑は免れられないのではないでしょうか。洗脳されていたことを差し引いたところで、お咎めなしでは示しが付かないと言われかねません。

 また、彼らが本当に心を改めるのか、という疑問もあります」


 父さんの言い分が厳しいようだが、事前の話し合いで、父さんは俺の意見を支持するのではなく、貴族としての中立的な意見を言ってもらうことになっている。

 父さんによれば、「国王陛下は英明な方なので偏した意見ではかえって斥けられてしまうだろう」とのことだった。

 王は、俺と父さんの意見を咀嚼するように何度か頷くと、


「たしかに、それは心配ではあるな。暗殺者として訓練された者たちを野に放つのは危険すぎる」

「では……?」

「うむ。本来であれば、ボウヤの意見は却下すべきだろうな。

 しかし、今回の件で王国を救ったのはこのボウヤだ。

 だから、俺としては、ボウヤの意見を聞いてやりたい。転生者であることを隠したままでは、表立って報いてやることができないからな」


 国王は、パンパンと手を叩いて人を呼ぶ。

 入ってきたのは先ほど案内してくれた文官だ。


「――サンタマナ王国国王ヴィストガルド1世は、〈八咫烏(ヤタガラス)〉元構成員の処遇について、以下のように裁定を下す。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉の元構成員たちには、大城壁建設の無償奉仕を命じる。期間は城壁の完成までだ。その間に周囲と問題を起こした者については、従来通りの厳罰を下す。問題を起こさなかった者については、建設の終了後に解放する。

 ただし、解放後は常に居所を国に報告する義務があるものとし、犯罪を犯すようであれば、その犯罪にふさわしい刑罰に加え、罪の重さに応じて追加の刑罰を課すものとする。追加の刑罰については、余の裁定を仰ぐものとする。

 なお、15歳に満たない元構成員については別途その処遇を判断するものとする。

 ――以上、記録せよ」


 文官が、木製のクリップボードを抱えて王の発言を記録していく。

 文官は最後にクリップボードを王に手渡し、王はクリップボードの内容を確かめてからサインした。


「執行猶予……か」


 ぽつりとつぶやいた俺の言葉に、


「執行猶予? それはよい呼び方だな。

 では、このような刑罰の課し方を今後執行猶予と呼ぶことにしよう。改悛の余地や同情の余地がある犯罪者には、必要に応じて執行猶予を課すことができるものとする。

 ただし、濫用を防ぐため、執行猶予には当面の間余の承認を得る必要があるものとする」


 文官が王の言葉を再び書き留めると、王は文官に退出するよう目配せした。


「15歳未満の人たちはどうするの?」


 と王妃が聞く。


「〈八咫烏(ヤタガラス)〉には子どもはどのくらいいたのだ?」

「12歳以下の者が29名、13歳以上15歳未満の者が15名です」


 王の問いには父さんが答えた。

 父さんは塒の事後処理で、宿だった建物を借り上げて、子どもたちに宿泊場所を用意していた。その元宿は、オーナーの厚意により近々孤児院兼宿屋として営業を再開し、宿屋から上がる収益で子どもたちを養いながら職業経験を積ませ、自立を促すような場として運営されていく予定だ。もちろん、宿には領主である父さんからの援助も出る。

 その関係で父さんは子どもたちの数を正確に把握していた。

 父さんは、子どもたちの現状と今後の見通し――宿屋経営を通じて社会性と労働技術を身につけさせる方針であることを国王に説明した。


「ほぅ……ずいぶんと先進的な取り組みだな。孤児は、手に職をつける機会がなかなかないせいで、大きくなると浮浪者や犯罪者となってしまうことがよくあるからな。

 もしや、そのアイデアも、ボウヤの前世の知識によるものか?」


 王の質問には、俺が答える。


「そうです。前世では、孤児や障害を負った者など社会的に不利な立場にある者に対して、公費で職業訓練を行う制度がありました。

 もっとも、元〈八咫烏(ヤタガラス)〉の御使い候補だった彼らは、一定の戦闘技術を持っているため、冒険者などになることは比較的容易であると思いますが」

「ではなぜ、そのような措置を取ったのだ?」

「彼らは親の愛情を受けるべき時に受けられず、洗脳教育と厳しい戦闘訓練に明け暮れていました。このままでは、彼らは日常生活に適応できなくなるおそれがあると思ったのです」

「日常生活に適応できなくなる、か。たしかに、凄惨な戦争に従軍した騎士や兵士の中からは、精神的な痛手から元の生活に馴染めなくなる者が出るという話は聞いたことがある」


 前世でいえば、ベトナム帰還兵が直面したような問題だろう。

 そのことを、マルクェクトの文明水準の中で把握できていることに驚いた。


「最終的に冒険者になるのならば、それでも構わないと思うのですが、その前に、ごく日常的な生活も知っておいてもらいたかったんです」

「よく考えているものだ……。ボウヤ、おまえは戦闘のみならず、内政官にも向いていそうだな」

「いえ、そんなことは……たまたま知識があっただけです」


 俺が謙遜すると、そこで会話が途切れ、しばし食事の音だけが続いた。

 そこで、国王がおもむろに言った。


「――そうだ、アルフレッド」

「何でしょうか、陛下」

「ここでは堅苦しい言葉遣いをするな」

「ですが……」

「そうよ、たまには4人でいた時のことを思い出させて」


 ためらう父さんに、王妃もそう言って王に賛成した。


「……ここだけですよ?」

「ああ。俺も、おまえの立場が悪くなるようなことはさせんよ」

「いや、さっきの侯爵だって大概でした……だった、けどね」


 父さんがやりにくそうな感じながらしゃべり方を切り替えた。

 そんな父さんに、王がにやりと笑いかける。


「最初から侯爵と言っては皆が反対するだろう。だから、公爵とふっかけたのだ」

「だろうと思ったよ……まったく、あの場で僕があれ以上断れないことをわかっててああいうことをやるんだから」

「ハッハッハ、だが、ああ言っておけば、国王のいつもの気まぐれだったで済むだろう。おまえを表立って非難する奴はずっと少なくなる」

「はいはい……ヴィスが僕を守ろうとしてやってくれたことだってのはわかってるさ」

「ふっ、そうだ、この感じだよ! エリザと話していても楽しいが、やはり男同士はまた違う」

「あら、私では不満だったの? それはごめんなさいね、ヘイカ」


 王妃――エリザさん?がつんとそっぽを向く。


「そうは言ってねえよ。しかしやっぱり4人――いや、3人になっちまったんだったな……」

「そのことでいちばん落ち込んでるのはアルフレッド君よ」

「わかってる……わかってるが、寂しいもんだな」

「ヴィスは最初、カナンの方が好きだったものね?」

「なっ……そんなことはないぞ! それを言うんだったら、おまえの方こそアルフレッドに気があったんじゃないのか!?」

「ふふっ。どうでしょうね?」

「くそっ、おまえはいつもそうやって誤魔化す」

「どちらにせよ、アルフレッド君とカナンが相思相愛だったから、私たちの割って入る余地なんてなかったわよ」

「……本当に変わらないね、君たちは」


 アルフレッド父さんが苦笑交じりに言うが、その口調はどこか嬉しそうだ。

 ジュリア母さんはそんな父さんの様子を興味深そうに見つめている。


「そうだ、アルフレッド」


 王が、今思いついたような様子で言った。


「なんだい?」

「おまえを王室騎士団(ロイヤルガード)団長に任じるぞ」

「ぶーーーーーーーっ!」


 父さんが噴いた。


「おまえは【統率】スキルのレベルも方面軍が率いられるくらいに高いし、【槍術】まで使えるからいざという時の護衛としても及第点だ。スキル面でも、これまでの実績でも、人柄の面でも、儀典での見栄えの良さでも問題ない」

「で、でも、僕には領地があるし……」

「代官に任せればいいだろう?」

「ハーフエルフを嫌う貴族がいるし……」

「んなもん俺が黙らせる」

「僕の【槍術】よりスキルレベルの高い【剣術】の使い手が今の団長だろう?」

「たしかにあいつは剣は達者なんだが、上昇志向が強くてな。次期国王を巡る息子の取り巻きどもの争いに干渉しようとしている節があるし、部下からもあまり慕われていない」

「え? 世継ぎはイルフリード殿下でほぼ決まりなんじゃなかったのか?」

「イーレンスの病状がやや軽くなってきている。それは無論よいことなのだが、イーレンスが王としての執務に必要な体力を取り戻したら、跡目争いが再燃するだろう。知っての通り、サンタマナ王国は王位継承者を実力や実績で選ぶ習わしになっているからな」

「その代わりに、王位を継がながった候補者たちは『王室』というチームを組んで王を補佐する権利と義務とを与えられるんだったね」


 と、父さんが俺に向かって補足してくれる。


「そうだ。この仕組みは候補者同士の軋轢をある程度緩和する効果はあるが、権力に擦り寄りたい取り巻きどもにしてみれば、自分の担ぐ神輿が王になれるか王室に入るにとどまるかは大問題だ。おこぼれの規模が違ってくるからな。

 ま、そんなわけで、王家の特定の者に肩入れする者に、王室を守護する王室騎士団(ロイヤルガード)を任せておくわけにはいかんのだ」

「だけど、そもそも王室騎士団(ロイヤルガード)団長になれるのは高位の貴族か王族だけだろう?」

「おまえは侯爵になったんだぞ? 侯爵で足りないってんなら他に誰がいるんだ? 隙あらば王家に取って代わろうと画策してる公家(こうけ)の連中を、側近中の側近である王室騎士団(ロイヤルガード)になんかできるか!」

「くっ、さっきの叙爵はこのための布石だったのか……」

「いいじゃねえか。それに、これはおまえとおまえの家族を守るためでもあるんだ」

「僕たちを、守る……?」

「いいか、自覚が薄いようだから言っとくが、今のおまえは貴族どもの妬みを買っている。〈黒狼の牙〉や〈八咫烏(ヤタガラス)〉の残党にだって恨んでいる者がいるだろう。

 これは、俺の身をおまえに守らせるための措置であるのと同時に、おまえやおまえの家族の身を守るための措置でもあるのだ」

「…………」


 真剣な表情で言ってくる王に、父さんが沈黙する。


「何より、そのボウヤのこともある。

 何か起きた時に、王都とコーベット村では遠すぎる。

 また、人の多い王都でなら、ボウヤも悪目立ちしにくくなるだろう。

 何より、この王都は堅牢だ。邪教徒なり、悪神の使徒なりが何かをやろうとしても、そうそう好き勝手には動けんさ」

「それは……」

「それに、英明王と呼ばれる俺ではあるが、改革を行えば必ず誰かに恨まれる。

 俺はもちろん、エリザのこともある。他の2人の妃だって狙われるかもしれない。

 そんな状況の中で、絶対に信頼できる誰かがそばにいてくれることほど心強いことはないのだ。

 アルフレッド、助けると思って、おまえの力を俺に貸してはくれないか?」


 そう言って、王はなんとアルフレッド父さんに向かって頭を下げる。

 国王なのだから、強権で父さんを王室騎士団(ロイヤルガード)とやらに任命することもできるにちがいない。

 それでも頭を下げて頼んだのは、臣下であるキュレベル侯爵にではなく、旧友であるアルフレッド・キュレベルに頼みたいから……だろうか。


 父さんは、ジュリア母さんと顔を見合わせた。

 母さんはにっこりと笑ってうなずいた。

 父さんの好きなように、ということだろう。


「か、顔を上げてください……じゃなかった、顔を上げてくれ」


 父さんがため息とともに言った。


「正直、ハーフエルフの身で宮廷に関わるというのは災難しか待っていないような気がするんだけど……わかった。エドのこともあるし、ほかならぬヴィスの頼みだ。

 ――王室騎士団(ロイヤルガード)団長の任、確かに拝命した」

「……助かる」


 王はそう言って安堵の息をついた。


「でも、僕は王都に屋敷は持ってないよ? 王室騎士団(ロイヤルガード)となると旧市街に屋敷を持たないことにはどうにもならないと思うけど、もう旧市街に余分な土地なんてないだろ?」


 旧市街は湖に取り囲まれているため土地が限られている。だから、旧市街の住宅地は既に有力な王族・貴族の屋敷で埋まっていると、来る途中で父さんが説明していた。

 そのため、旧市街に屋敷を持つことは、サンタマナ王国の貴族にとっては何よりわかりやすいステータスとなっているそうだ。

 とはいえ、父さんが旧市街に屋敷を、という話をしているのは、王室騎士団(ロイヤルガード)の団長にふさわしいステータスが欲しいからではない。単に、王室の警護を任務とするなら、旧市街に住んでいないことにはどうにもならないというだけのことだ。夜は金門橋が上がってしまい、旧市街と新市街は行き来ができなくなってしまうのだから。


「もちろん、旧市街に屋敷を用意させる。初期費用は王室予算から拠出する。屋敷の購入費は、王室騎士団(ロイヤルガード)としての給金に別途手当を加えて、その手当と相殺してもらうような形になるはずだ」

「旧市街に……? でも、旧市街に屋敷の空きなんてなかったんじゃ?」

「例の、ファーガスン侯爵の屋敷が空き家になっている」

「ファーガスン侯の……」


 父さんが珍しく、秀麗な眉根を寄せていた。

 その様子に、王が苦笑する。


「気持ちはわからんでもないが、そう嫌な顔をするな。

 おまえからするとはた迷惑な猪武者だったのだろうが、保守派の重鎮でもあったファーガスンは芸術家のパトロンとしても有名だった。

 俺も一度だけ立ち寄ったことがあるが、なかなか趣味のいい屋敷だったぞ」

「ファーガスン侯に恨まれそうだけど」

「あやつも、いい加減頭も冷えてきたと見えて、あの時のことについては自分の非を認めている。むろん、おまえと顔を合わせれば平常心ではいられんかもしれんが、突っかかってくるようなことはあるまい」

「そういうことならば、ありがたく。

 第三方面軍の次期司令官が決まり次第、引き継ぎを行い、王都へと移住する」

「頼む。王となってこの方、気を許せるものがめっきりと少なくなってしまった。おまえの実力もさることながら、気心の知れた者がそばにいてくれるのはありがたいのだ。

 玉座に座ったことのある者にしか、この寂寥感はわからぬだろうな……」


 陽気な王様(メリーモナーク)のあだ名に似つかわしくなく、寂しげに笑う王。

 その王の腕を、隣に座る王妃が優しく撫でた。


 ――こうして、俺たち一家はサンタマナ王国王都モノカンヌスへと居を移すことになった。

次話、来週金曜(5/22 6:00)掲載予定です。

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