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74 俺たち一揆勢

 ――別れる前に、元少年班のみんなで冒険したい。

 そう父さんと母さんにお願いしたのだが、意外なことに、ジュリア母さんに反対された。

 子どもたちだけでのクエストは許可できないというのだ。

 俺はもちろん、エレミアやミゲルやベックやドンナも、実力的には問題ないと思うのだが、


「――ダメ。レベルの問題じゃなくて、知識や経験の問題だから。

 この魔物にはどういう習性があって、どういう攻撃をしてくるか。

 ううん、それ以前に、魔物の脅威度をすぐに判断して、適切な方法でやりすごせるか、だね。

 見た目に反して危険な魔物だっているんだから」


 ジュリア母さんは、アシッドスライムという魔物のことを例にあげた。

 アシッドスライムは、ふつうのスライムより少し黄色い程度で、識別は経験を積んだ冒険者でないと難しい。

 そのくせ、このアシッドスライムは強酸の粘液を飛ばすという特殊なアビリティを持っている。

 毎年、このアシッドスライムをスライムだと思って油断してやられる新人冒険者が必ず出るのだという。


「思い出にってことなら許してあげたいけど、それで誰かが大怪我をしたりしたら、いい思い出にならなくなっちゃうんだよ?」


 ごもっともです。


「わたしかモリアがついていってもいいんだけど、保護者同伴で冒険なんて、ちょっと野暮だよねぇ。

 そうだ、チェスター君に頼んでみたら?」


 というわけで、チェスター兄さんについてきてもらえないか頼んでみたら快諾してくれた。

 したがって、今回のクエストに臨むメンバーは、俺、メルヴィ、エレミア、ミゲル、ベック、ドンナ、チェスター兄さんの総勢7名となる。

 冒険者のパーティに定員はないが、ダンジョンでの行動は4人もしくは6人が基本と聞いているから、ちょっとだけ多い。もっとも、チェスター兄さんは危なくなければ手を出さないということだったので、実質的には6人ともいえる。


 俺たちは、簡単な陣形を組んで、フォノ市郊外の森へと分け入った。

 この森は冒険者ギルドでは「初心者の森」と呼ばれているそうで、ごくベーシックな魔物しか出てこないしレベルも低いのだという。

 俺や元少年班のレベルを考えれば物足りないが、母さんが言ってたように俺たちには知識と経験の両方が欠けている。このくらいがちょうどいいだろう。


 森に分け入って15分ほど経ったところで、ドンナが、


「スライムの臭いがする。それもたくさん」


 と言い出した。


 早速そっちへと駆け出そうとするミゲルを抑えつつ、俺たちは臭いの元へと向かっていく。

 そして、これといった盛り上がりもなく、順当にスライムの群れを見つけた。

 ぶよぶよしていて境界がわかりづらいため、正確な数はわからないが、200体くらいはいそうである。


 スライム。『アバドン魔法全書』によれば、「最弱の魔物として知られており、脅威度は低いが、その生態となると謎の方が多いほどである。まず、スライムは本当に生物なのかという疑問についてすらはっきりとした答えが出ていない。属性を持つことから、魔物の吐き出す魔力のカスだという仮説が有力視されているが、スライムが魔力から生まれるところを実際に目撃したという証言はこれまで得られていない。古代の魔術師がスライムを無から生成して自在に使役したという伝説もある。スライムは魔法学の研究対象としては非常に興味深い存在であるが、スライム自体の弱さが災いして、スライムの研究者は周囲から蔑ろにされがちな傾向がある。私の弟子にスライムの繁殖を研究している俊英がいたが、魔法学の根本に関わるさまざまな知見や仮説を開陳したにも関わらず、研究対象がスライムだというだけで馬鹿にされまともに取り扱われることがなかった。そもそも研究者がかような偏見に取り憑かれていることこそまことに失笑すべきことであり――」云々とあり、要するによくわからない半透明のぶよぶよしたゲルであり、駆け出しの冒険者でも問題なく狩ることができる存在だということがわかっていればいい。


 ……って、『アバドン魔法全書』だけじゃなく、我がパーティの生き字引の意見も聞くべきだな。


「メルヴィ、スライムについて何か知ってる?」


 俺は、ぶよぶよと蠢くカラフルなゲルたちを観察しながら、メルヴィに聞いてみる。


「ご主人さまによれば、スライムというのは精霊力の循環からこぼれた煮凝り、らしいわ。

 だから、マルクェクトのほぼすべての地域に棲息しているの」

「煮凝り……? 生き物じゃないのか?」

「それは、何をもって生き物と呼ぶかによるわね。

 精霊と普通の生き物の中間的な感じらしいわよ。

 普通のスライムは無害で、生態としてはむしろ植物に近いわ。あまり活発には動かないから危険はあまりないわ。

 でも、周囲の魔力を蓄えることで、他の魔物を強くしてしまうから、定期的な駆除が必要ね。

 駆け出しの冒険者どころか、そこらの一般人でも倒せる魔物だけど、ジュリアさんの言ってたように、一部の変異体は他の動物や魔物を罠にかけて捕食するから要注意ね。とくに凶悪なものになると、自ら獲物を求めて移動し、獲物を殺した上で捕食するわ」


 俺もさっきから【鑑定】を試してみているが、


《スライム。レベル:1、HP:5/5、MP:8/8、属性:水。》


 などと出るだけで、ジュリア母さんの言っていたアシッドスライムはいないようだ。


「スライムの退治法としていちばんお手軽なのは、ズバリ『反対属性の魔法をぶつけること』よ。

 ――見てて。

 火の精霊よ、我が敵に灼熱の抱擁を!」


 メルヴィが【精霊魔法】を使ってスライムを攻撃する。

 ちょうど俺の【鑑定】していたスライムだ。

 精霊によって起こされた炎がスライムに巻きついていく。

 スライムは数秒痙攣した後に、ジュパッ……と湿った音を立てて消滅した。


「あのスライムは、水属性の精霊力が煮凝ったものだったの。

 だから、反対属性である火属性の魔法をぶつけたことで、対消滅したのよ」

「スライムの属性はどうやって見分けるんだ?」

「エド、あんたなら、【鑑定】を使うのが手っ取り早いと思うけど、一般的なやり方も覚えておいたほうがいいわね。

 ほら、スライムの這って来た跡を見て?」

「……なんか湿ってるな」

「そう。水属性のスライムなら這って来た跡が濡れているわ。火属性なら乾いてるか焦げてる。風属性なら周囲に風紋が残ってる。地属性なら、地面が毛羽立ったようになってるわ」


 メルヴィが攻撃したことで、スライムたちの意識がこっちに向く。

 ……いや、目とかないからよくわからないけど、【危険察知】が薄く反応しているから、敵意を向けられてるのは間違いない。


 とりあえず、


Ω(ガイア)


 【基本6属性魔法】で土砂を生み出し、風属性のスライムにぶつけてみる。

 ジュパッと音を立ててスライムが霧散した。

 土砂でダメージを与えたというよりは、土砂の属性に反応したようだ。

 まるでナメクジに塩をかけたような反応だった。


「これ、武器で倒す場合はどうなんだ?」

「俺が見せてやるよ! ――ってい! とりゃっ!」


 ミゲルが飛び出し、手近なスライムを手甲でがつがつ殴りつける。

 HPが低い割に手数が必要だったのは、やはりスライムに物理攻撃は効きにくいということか。

 ミゲルが数発殴ると、スライムは先ほどと同じく、ジュパッと音を立てて霧散した。


「あ、ミゲル君。魔石の回収を忘れないでよ?」


 ベックがミゲルに釘を刺す。

 ベックの視線を追うと、スライムのいたあたりの地面に、カラフルな真珠のようなものが転がっている。


 魔石。

 魔物の体内、多くは喉元にある、真珠のような塊のことだ。

 魔物が生まれた時から魔石は徐々に大きくなるため、魔石を見れば魔物のだいたいの年齢を推定することができる。

 胆石のようなものだと思えばいいか。

 前世で、切除された胆嚢に胆石がごろごろ詰まってる画像を見てしまい、しばらく脇腹の辺りが気になってしまったことがあるが、イメージとしてはまんまあんな感じだ。

 歳を食った魔物になると、魔石が大きくなりすぎて、首のあたりに不自然なコブができているものがいるらしい。話を聞くだけでも鬱陶しそうだ。


 さて、この魔石、利用方法は実はあまり見つかっていない。

「魔」石とは言うものの、魔力が篭っているわけではないから、魔力のバッテリーのようには使えない。

 だが、魔物を倒した証明とするには便利なため、冒険者ギルドは討伐の報奨金代わりに魔石を買い取ってくれる。


 さすがに御使いとしての訓練を積んだだけあって、俺たちは実にさくさくとスライムの群れを片付けていった。

 途中で、


「……ひょっとして」


 俺は風属性のスライムを捕まえて、土属性のスライムにぶつけてみた。

 すると、両方のスライムが綺麗に消滅した。

 みんなが俺の方を見た。


「エド、何やってるの?」

「いや、スライムが精霊力の煮凝りなんだったら、反対属性のスライム同士をぶつければ消えるんじゃないかと思って」


 まるで落ち物パズルみたいだな。

 この方法を閃いてからはさらに殲滅速度が上がり、俺たちはものの10分ほどで200近かったスライムの群れを片付けた。

 もちろん怪我なんてない。


「兄さん、スライムってこんなにたくさんいるものなの?」

「いや、ふつうはバラけて数匹ずつだよ。スライムが大量発生する時には、他の魔物も増えていることがあるから気をつけて。

 ……まあ、さっきの様子を見ている限り大丈夫だろうけど」


 兄さんの言葉を受けて警戒を新たにしながら森を進む。


 すると、ひゅーっというヤカンのお湯がわいたような音が聞こえてきた。


「んっ!? 気をつけて、目刺しが来るよ!」


 チェスター兄さんの警告に首を傾げる。

 目刺し? なんで魚が森に?

 と思った次の瞬間に、来た。

 何か尖ったものがすごいスピードでこちらに向かって飛んでくる。


「――《猛牛の構え》!」


 ベックがみんなの前に出て、【防禦】で上半身無敵を作り出す。


「――《砦よ(ストロングホールド)》!」


 俺はベックからはみ出そうな部分に【無文字発動】で土壁を作る。

 火竜(仔)と戦った時にも使った連携だ。


 ドガドガドガッ!


 と激しい音がして、飛んできた何かがベックや土壁にぶつかった。

 それは、鳥のようだった。

 嘴がこれでもかというほど長く細く尖っていて、嘴だけで体長の半分を占めるほどだ。嘴以外の身体は、雀以上カラス未満といった大きさだから、そんなに大きな鳥ではない。長い嘴以外では、目が赤く輝いていることと、嘴の間から覗く異様に長い舌が特徴的だ。

 その鳥が、高速で滑空しながら俺たちに襲いかかってきたのだ。


「目刺し鳥だよ。初心者殺しで有名な魔物だ。落ち着いて盾で防ぐか避けるかすれば大丈夫なんだけど、生身で受けてしまうと当たり所によっては致命傷になる。とくに、名前の通り、目を狙ってくることが多い。

 でも――」


 言葉を切って、兄さんは地面に落ちた「目刺し」を見る。

 目刺したちは激突の衝撃で気を失っているらしく、地面の上でぴくぴくと痙攣している。


「盾で受け切れば、こうやって勝手に自滅してくれるから、慣れてしまえば稼ぎやすい魔物だ。襲ってくる前に、ひゅーっという独特の音を漏らすから、それにさえ気をつけていれば対処は難しくない」


 そう言いつつ、兄さんは腰から抜いた短剣で目刺し鳥にとどめを刺していく。


「兼業の冒険者の人なんかだと、鉄の盾を買ってずっと目刺し狙いの人もいるね。ほとんど戦わなくていいからスキルもいらないし、そんなにおいしくはないけど食用にもなるから」

「兼業の冒険者って?」

「農閑期に冒険者をやる農民の人は結構いるんだよ。むしろ、ギルドに登録してる冒険者の半分くらいは兼業冒険者だね」


 なんだか夢のない話を聞いてしまった。


「……さて、みんな。もう気づいてるよね?」


 兄さんが、俺たちを見回しながらそう言った。


 当然だ。

 斥候として優れた能力を持つエレミアはもちろん、【超聴覚】のあるドンナや見た目にそぐわず気配に敏感なミゲルも気づいている。

 気づいていないのはベックだけだが、べつにベックが鈍感なわけではなく、他が敏感すぎるだけだろう。


「エドの友だちはみんな優秀だね。

 うかうかしてたら追い抜かれてしまいそうだ」


 兄さんが肩をすくめ、その場から一歩下がる。

 後方支援に徹するという合図だな。


 実際、ここまでパズル感覚で倒せるスライムだの勝手に自滅する目刺し鳥だのとしか戦っておらず、元少年班の精鋭たちは力を持て余し気味だったのだ。


 そこに、うってつけの相手が現れた。


「――ゴブリン20体以上、オーク20体程度、イヴィルドッグ15体程度、です」


 ドンナが小鼻をひくひくさせながらそう言った。

 ゴブリンは邪悪な小人といった外見の魔物で、オークは豚を直立させていくぶん人がましくしたような見た目の魔物だ。ゴブリンは人間の子どもくらいの大きさだが、オークの方は平均的な成人男性よりやや大きいくらいだと聞いている。ゴブリン、オークともに、原始的なものながら武器・防具を使ってくる。

 イヴィルドッグは野犬が魔物化したものだと言われている。野犬や狼と同じく、鼻が利く上に集団で狩りをするため一度目をつけられると逃げることが難しい。魔物となったことで身体が一回り大きくなり、牙や爪は野犬とは比べものにならないほど鋭いという。


「ゴブリン、オークは複数の群れが集まったものみたいだよ。

 ゴブリンには弓を装備している個体が結構いる。ゴブリンメイジらしき気配もあるね。

 それから、オークの中には金属製の盾を装備している個体が何体かいる。

 ……あ、上空からはハーピーの群れが来るみたいだ。数は……7、かな」


 エレミアが補足する。

 気配だけでそこまでわかるのか。

 【気配察知】のレベルでは俺の方が上のはずなのだが……。スキルとは別のところで、気配を読むコツのようなものでもあるのだろうか。


「スライムの魔力に当てられて集まってきてしまったみたいだね」


 とチェスター兄さん。


「この数となると、それこそジュリア母さんとモリアさんが組んででもいない限り撤退推奨なんだけど……どうする?」

「やるぜっ、エドガーの兄ちゃん!」

「……うん、みんなは僕が守るよ」

「たぶん、やれると思う」

「えっ……ええっ!? で、でも、エドガー君たちなら大丈夫……かも?」


 ミゲル、ベック、エレミアが意気込んだ返事をする。

 ドンナだけは驚いているが、不安そうではなかった。


「大丈夫、やれるよ、兄さん」

「了解。とはいえ、今回は僕も参加させてもらうよ? とりあえずハーピーを優先的に落としていくから、君たちは他を」


 そう言って兄さんは背負っている矢筒から矢を3本まとめて抜き、それを弓にまとめてつがえると、そのまま上空のハーピーに向けて放った。

 3本の矢はそれぞれ微妙に軌道を変えて別のハーピーへと突き刺さった。


「すげぇ!」


 とミゲルが叫ぶ。

 その声に釣られたわけでもないだろうが、森の奥からゴブリンやオークの咆哮が聞こえた。


「あんなの、火竜の咆哮に比べたらなんでもないね」


 頼もしいことを言いながらベックが前に出て盾を構える。

 盾は、火竜戦で渡した、俺作のジュラルミンの大盾だ。

 その背後にドンナが隠れ、ポーチから何やら花火の弾のようなものを取り出している。


「じゃ、反対側はボクとエドガー君で」


 【疲労転移】のあるエレミアは、俺との共闘を選んだようだ。

 メルヴィは当然のように俺のそばだ。

 余りものになってしまったミゲルは、


「エドガーの兄ちゃんの露払いは任せろ!」


 そう叫んで、ハーピーを狙う兄さんのカバーに入ってくれた。


「「俺たちの力を見せてやるぜ!」」


 不覚にもミゲルのセリフとハモってしまったが、それが開戦の合図となった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――帰り道。


「大猟だったな」


 俺が言うと、チェスター兄さんが呆れたように頷いた。


「いや、ふつうはあの数を見たら、一体一体が格下でも逃げるものなんだからね?

 まして君たちはまだEランクだろうに」

「それにしても多かったね? いつもあんな感じなの?」

「いつもあんなだったら死人が出るよ……。おそらく、だけど、今年はハーピーが大量に渡って来ていたから、その影響なんじゃないかな」

「そういえば、そもそもハーピーの異常行動の原因って何だったの?」

「結局わかっていないね。ハーピーの場合、群れの頂点に立つクイーンを討伐できれば、後は勝手に逃げていくんだけど、今年は未だにクイーンを捉えられていないんだ」


 そんな話をしている間に、フォノ市へとたどり着いてしまった。


「エドガーとエレミアはエドガーの親父さんと一緒に王都、ドンナとガナシュの爺ちゃんは里帰り、か。ちょっと寂しくなるな」


 ミゲルが珍しく沈んだ様子でそう言った。

 そう。俺たち一家は、王都モノカンヌスへと向かう。アルフレッド父さんが国王陛下に今回のことの経緯を説明しなければならないからだ。

 ドンナとガナシュ爺も、同時にフォノ市を発ち、ソノラートの向こうにあるという故郷を目指すという。里帰りしてドンナの母親の墓を立てたいということだ。

 その後は?とガナシュ爺に聞いてみたところ、


「多感な時期にあんな穴蔵に閉じ込められていたこの子が可哀想じゃからの。しばらくはあちこちを見て回ろうかと思っておる」


 とのこと。

 ドンナ自身も、


「わたしが〈八咫烏(ヤタガラス)〉に洗脳されてしまったのは、力不足もあるけど、何より経験が不足してたからだと思うんだ。

 わたしはもともと里の中しか知らなかったから。

 もっといろんなことを知ってれば、こんなのはおかしいって気づけたかもしれない」


 そう言って、ガナシュ爺の意見に賛成したらしい。

 ドンナは、俺たち以外の少年部屋にいた子どもたちについても気にしていたが、そちらも最近になってようやく今後の見通しが立ってきた。

 父さんは、子どもたちの滞在場所として、フォノ市内にある元は宿屋だった空き家を借り上げていた。すると、その宿だった建物のオーナーである老夫婦が、老後の楽しみとして子どもたちの世話を見させてもらいたいと申し出てくれたのだ。

 少年部屋では年長だったドンナは、子どもたちの行く末に責任を感じて、子どもたちの元へも一日と置かず顔を見せていたらしい。

 が、老夫婦と子どもたちがうまくやれているのを確認して、今度は自分自身の目的へと目を向けることにしたのだという。


「ソノラートは内紛状態らしいけど、大丈夫なの?」


 ドンナに聞くと、


「うん。ハフマンさんのパーティに護衛を頼むことにしたから。ソノラート生まれのベック君もいるし」

「何だって! それじゃあベックまでいなくなるのかよ!」


 ミゲルが驚いている。


「エドガー君とエレミアちゃんが一緒で、わたしとベック君が一緒。ひとりぼっちはミゲル君だけ?」


 ドンナがくすりと笑って毒を吐いた。


「がーん」


 とミゲル。

 わりと本気で落ち込んでいるっぽい。


「といっても、ベック君はわたしたちを送ったら戻ってくるから」


 ドンナがミゲルを慰めているが……最初にへこませたの、おまえだからな。


「あ、あのさ……」


 おずおずとそう切り出したのは、エレミアだった。


「いつまでも元少年班って言ってるのも変じゃないかな?

 何か、ボクたちを表す新しい名前って、作れないかな?」

「そうだな! たしかにずっと『元』ってのも変だ。もっとこう、前向きな名前を考えようぜ!」


 ミゲルが乗って、みんなで元少年班に変わる名前を考えることにする。


「じゃあ、ドラゴンバスターズ!」


 ミゲルが言うが、


「いや、倒してないでしょ」


 ベックが冷たく突っ込んだ。

 ……俺が《竜を退けし者(ドラゴンバスター)》の二つ名を獲得したことは黙っておこう。


「青鈴蘭ってどうかな? 塒に咲いてたんだ」


 と、これはエレミアの案。


「うーん、ちょっと大人しくないか?」


 ミゲルの反対で不採用になった。


「ウスサケ茸の……ううん、なんでもない」


 ドンナが思いつきを口にしてセルフ没にした。


「お好み焼きは?」

「そりゃおまえが食べたいだけだろ!」


 案を出すベックに、ミゲルがジト目を向けてつっこんだ。


「共通点か……〈八咫烏(ヤタガラス)〉関連はダメとして、アミダさま?」


 エレミアがつぶやく。


「アミダさま……浄土宗……一向一揆」


 ぽろりとそんなことを言ってしまった。

 俺の言葉にミゲルが食いついてくる。


「イッコーイッキってなんだ?」

「いやぁ、それはないと思うぞ」

「だから何なんだって」

「アミダ様を信じて蜂起した人たちがそう名乗ってたんだよ……前世で」


 しぶしぶ、俺はそう答えた。

 前世の知識を持っていることは、既にエレミアのみならずミゲルたちにも話している。

 話しておかないと、他に漏らさないでほしいと頼むのも難しい。後になって、やっぱりあの時のエドガーは常識外れだったと気づいて、周りに話したりされると困ったことになる。

 もちろん、ミゲルたちにはあまり隠し事をしたくないという理由がいちばんなんだけどな。


「いいじゃないか! でも、イッコーイッキじゃちょっと長いな。

 よし、イッキにしよう!」


 やめろ!


「せ、せめて反乱軍(レジスタンス)とかにしようぜ」

「でも、『俺たち反乱軍(レジスタンス)は~』とか街中で言ってたらヤバくないか?」


 ぐ……ミゲルのくせに真っ当な理屈を唱えやがって。


「その点、イッキなら意味がわからないからいいかもしれないね」


 ドンナがポンと手を打って賛成する。


「それに、ボクたちを結びつけてくれたのはやっぱりエドガー君なんだから、エドガー君の前世にちなむのはいいよね」


 エレミア、おまえもか。


「いいんじゃないかな。

 イッキ……お腹の底から力が湧いてくるような、不思議な響きだね」


 ベックぅぅぅぅぅぅっ!


「じゃあ、俺たち元少年班は、これからは『イッキ』だ!」

「うん!」

「わかった!」

「いいね!」


 沈みゆく夕陽に向かって、最高に格好いいシチュエーションでそんなことを言い合う4人相手に、「やっぱりやめよう」というだけの度胸は俺にはなかった……。


 ――こうして俺は、異世界で「イッキ」を結成した。


 南無阿弥陀仏の6字に救われた子どもたちの集まりだと思えば、案外、悪くはないのかもしれないけどな。

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