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73 キュレベル家精霊魔法習得座禅会/駄メイド魔改造計画

今回から一話の長さを長めにします。

()ぁ~つ!」


 俺の声とともに警策が振り下ろされる。

 ぴしゃりという音とともに警策を受けたジュリア母さんが「あぅ」と呻く。


 そこは、屋敷の奥まった場所にある半地下の空き部屋だった。

 昼でも薄暗いその空き部屋にはござのようなものが敷かれ、その上にはアルフレッド父さん、ジュリア母さん、チェスター兄さんが座禅を組んで座っている。


「もっと集中して。同時に、自分を手放すのよ。そうすれば自然と精霊の声が入ってくるから」


 メルヴィがそうアドバイスを述べる。


 何をしてるのかって?

 もちろん、【精霊魔法】を習得するための講習会をやっているのだ。

 この部屋は半地下だけあって、屋敷の中ではいちばん精霊の声が聞きやすい場所だ。

 その場所で、俺が【精霊魔法】を習得した時と同じように、3人に座禅を組んでもらい、目を半眼にして心頭滅却、そのままの状態でただひたすらに精霊の声を聞いてもらうことにした。

 もっとも、俺と完全に同じメニューにしてしまうと過酷すぎるので、30分に一度は休憩を入れるようにしている。

 俺が後ろを歩いて、集中力の切れている人に警策を打つのは……まあ、ノリでやってるだけなのだが。


 で、その結果である。

 最初にチェスター兄さんが、次にアルフレッド父さんが、精霊の声を聞くことに成功した。

 ジュリア母さんはその日のうちに【精霊魔法】を習得することはできなかった。

 エルフの血が濃い順に成功したという順当な結果だ。


 【念話】はさらに難しく、チェスター兄さんが何かを掴みかけているようだがまだ習得には至らず、父さん、母さんはまったく糸口すらつかめなかった。

 ジュリア母さんは珍しいことに「いーっ!」と唸っている。


 しかし、俺だって【精霊魔法】や【念話】の習得には何日もかかったのだ。そんなすぐに身につけられたら立つ瀬がない。

 とはいえ、こないだ母さんに【付加魔法】を教えたところ、なんと一発で成功させてしまった。母さんに突出した魔法の才能があることは間違いないのだが、【精霊魔法】のコツは普通の魔法とは異なり、能動的というよりは受動的なものだ。脳筋魔法使い疑惑が濃くなってきた母さんにはややつかみにくい部類のコツかもしれない。


 唸り続ける母さんの肩に警策を打っている間に時間は経ち、第一回キュレベル家【精霊魔法】習得座禅会はお開きとなった。

 チェスター兄さんが「【念話】は習得できなかったけど、なんか心が洗われたよ」と言っていたのが印象的だった。



 さて、所変わってここは屋敷の中庭。

 武人であるアルフレッド・キュレベル子爵の屋敷だけあって、中庭には訓練を行うためのちょっとしたスペースが用意されている。

 今ここにいるのは、俺、ステフの他には1人だけだ。


「今日からステフの訓練を始めようと思う」

「よ、よろしくお願いしますぅ」


 ぺこりと頭を下げるステフに、


「今日は初回だから、特別ゲストを呼んでいる」

「ふぉっふぉっふぉっ、輪廻神殿で巡回司祭をしておるソロー=アトラ・アバドンじゃ」

「ええっと、ソロー司祭のことは以前お屋敷でお見かけしたことがあります」


 ソロー司祭は、現在フォノ市を中心に周辺の村を巡って、【託宣】や【適性診断】を行っているそうだ。

 今日はちょうどフォノ市に戻ってきていたので、お願いをしてステフの【適性診断】をやってもらうことになった。

 ソロー司祭はステフにお決まりの注意をした上で同意を得て、早速【適性診断】を行ってくれた。

 ドジっ娘だから戦いには向かないと思っていたが、ソロー司祭の【適性診断】によれば、


「大型の武器への適性が高いの。チェスター君の弓やジュリアさんの【火魔法】には敵わぬじゃろうが……。それから、地水火風の四属性魔法への適性がバランスよく高いのも特徴的じゃな」

「……それって、結構戦闘向きってことなんじゃ……」

「うむ。潜在能力的には、冒険者になればBランク以上を狙える程度の適性は持っておるの」


 ジュリア母さんやチェスター兄さんのような天才的な才能はないが、剣でも魔法でも、努力次第で一流に手の届きそうな適性を持っているらしい。

 おなじみの適性表に当てはめるとこんな感じだ。

S:なし

A:大型武器(大剣、ハルバード)、剣、地、水、火、風

B:光、闇、雷、槍

C:弓、銃、近接戦、投擲、知覚、魔法技術、魔法感覚

Z:偵察、精霊、精神、霊魂


 ソロー司祭に頼んで、マイナーな適性まで漏らすことなく調べてもらったので、他の人の適性表より充実している。

 ところで、紙に書きだしたこの適性表を見て、ソロー司祭が「わかりやすい!」と言って興奮していた。いっそ【適性診断】の結果を規格化したらどうだろう?と持ちかけてみると、目の色を変えて「名案じゃ!」と叫ばれた。これまでは司祭ごとにやり方が異なり、結果を相互に比較するのが難しかったらしい。


 多くの人が適性を把握していなかった、雷と銃についても、アルフレッド父さん、ジュリア母さん、チェスター兄さん、エレミア、ドンナについてはソロー司祭に見てもらえた。

 結果、雷は父さんC、母さんB、兄さんC、エレミアB、ドンナBと振るわなかったが、銃の方は、父さんA、母さんC、兄さんS、エレミアA、ドンナCとなり、兄さんはもちろん父さんやエレミアにも銃の素養があることが判明した。

 それならゆくゆくはチェスター兄さんだけでなく、父さんやエレミアにも護身用の拳銃を用意してやりたいところだ。


「それにしてもソロー司祭の能力は便利ですね。できることなら雇いたいくらいです」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、輪廻神殿司祭の引き抜きは王法によってご法度とされておるからの」

「……じゃあ、【託宣】と【適性診断】を教えてもらうことは?」

「教えてやりたいのはやまやまじゃが、神殿に属さぬ者には教えてはならぬ規則なのじゃ。

 しかし、おぬしからは色々と勉強させてもらっておるからの。代わりと言ってはなんじゃが、【手当て】や【治癒魔法】といった神術系スキルを教えてもらえるよう、王都の神殿に紹介状を書いてやるとしよう」


 その日は、ソロー司祭とのスキルトークが白熱してしまい、結局ステフの特訓は次回からとなってしまった。




 さて、ステフの話をする前に、ちょっと俺自身の成長方針について聞いてほしい。


 俺はもともと前世では格闘ゲームを趣味としていたのだが、ここまでそれなりに戦いをくぐり抜けてきて、ゲームと実戦の違いについて思うことがいろいろとある。


 格闘ゲームのキャラは、単に格闘技を修めているのみならず、火を吐いたり雷を放ったり手足を伸ばしたり気功やら超能力やらでエネルギー弾を飛ばしたりする超人たちだ。

 しかし、格闘ゲームのキャラが現実の人間――とくにマルクェクトの戦闘者ともっとも異なる点は、まったく別のところにある。

 マルクェクトの魔法使いは、火の玉を生み出して飛ばしたりできる点では格ゲーキャラと同様の超人ではある。魔法を究めれば、あくまでも一対一で戦うことを前提としている格ゲーキャラを凌駕する戦闘能力を得ることすら可能だろう。実際、今の俺なら間合いさえ取っていれば格ゲーのキャラと戦っても勝ててしまうだろう。

 しかし、そんなマルクェクトの戦闘者にも、格ゲーキャラにどうあがいても敵わない点が存在するのだ。


 それは――ガード、である。

 格闘ゲームでは、レバーを後ろに入れるなり、ガードボタンを押すなりで敵の攻撃を確実にガードすることができる。

 もちろん、相手の必殺技を食らえば削りダメージは受けるが、それだって直撃するのに比べれば微々たるものだ。

 火の玉が飛んできても、雷を食らっても、気功弾が命中しても、ナイフやクナイを投げつけられても、ガードさえしていればかすり傷で済むのだ。


 しかし、現実であるマルクェクトの戦闘者に、そんなことができるはずがない。

 《フレイムランス》が直撃すればガードしたところで丸焦げだし、投げナイフを素のままの腕で受けたら突き刺さる。スキルレベルの高い【鋼糸技】は、こちらが盾や鎧で固めていたとしても的確にその隙間を狙ってやわらかい服や肉を容赦なく切り裂くことができる。


 そのため、マルクェクトの戦闘では、敵の攻撃をいかに食らわないかが肝となる。

 いや、さらに踏み込んで言えば、そもそも敵に攻撃する隙を与えずに倒しきってしまうのが理想なのである。

 つまり、「やられる前にやれ」こそが、マルクェクトの戦闘の基礎にして要諦なのだ。


 そうすると、どうなるか?

 格闘ゲームにおける読み合いとは、いかにして互いのガードを崩すかについての駆け引きだ。つまり、基本的にはガードという行動がそれなりに強いことが前提となる。

 ここに、ガードを無視して相手にダメージを与えられる技があったとしたら、格闘ゲームはいまよりずっとつまらないものになってしまうだろう。そんな技があったとしたら、中下段の択やめくりや投げやコマ投げなどがその存在価値を失ってしまい、格闘ゲームは互いに相手より早く暴れまくるだけの乱打ゲーになってしまう。

 そして、その読み合いのない「乱打ゲー」こそが、マルクェクトにおける戦闘の実態なのである。


 もちろん、己の命を賭けた戦いである以上、読み負けたら即死亡となるような「読み合い」なんてやりたくはないが、ガードができれば、戦術の幅が大きく広がることは間違いない。

 やられる前にやるという「先の先」だけではなく、相手の攻撃をあえて受けてからその隙を突くという「後の先」――カウンターのような戦術オプションも生まれてくる。


 また、攻撃を受けきれるということは、相手を無力化するために問答無用で殺すしかない場面が減るということでもある。

 ガゼインの生き様、死に様を見て、いくら相手から襲ってきたからとはいえ、そのすべてを殺していては、後々どんな恨みを買うかわからないということもわかった。

 いつ誰が自分を殺しに来るかわからない生き方なんて、リスクに対してジャンキーになっていたガゼインならばともかく、俺にはとてもできないし、やりたいとも思わない。

 だから、攻撃を受けて、しかるのちに(電撃などで)無力化する、という非殺傷の攻撃手段を確立しておきたいとも思っている。


 そんなわけで、俺はメルヴィから【空間魔法】の教授を受けている。

 メルヴィによれば、【空間魔法】は「空間の厚みを変えるイメージ」なのだという。


「厚みと言っても、奥行きじゃないわよ? 縦横奥、いずれでもない第4の(・・・)方向への厚みを変えるの」

「4次元ってことか」


 4次元といえば、国民的アニメの猫型ロボットのポケットが思いつく。

 あのイメージでやってみる。

 手には母さんからの誕生日プレゼントであるハズレ魔晶の複合杖(コンポジットロッド)を持っているから、魔力のコントロールはかなり楽だ。


「この操作を恒常的に維持できるようになると、【次元魔法】への道が開けてくるわ。そこから次元収納まではあと一歩ね」


 そう言われると俄然やる気が湧いてくるな。

 いろいろなスキルを使い分ける俺にとって、次元収納は喉から手が出るほどほしいスキルだ。

 今後は、状況に応じて、投擲、杖、弓、槍、短剣、飛剣、銃、最低限この7つくらいは使い分ける必要が出てくるだろう。その時に、いちいちメルヴィに頼んでいては時間がかかってしまう。メルヴィはたいてい俺がアレとだけ言っても正確に意図を汲み取ってくれるくらいには有能だが、それでも受け渡しの手間はかかるし、メルヴィが俺のそばにいないことだってありうる。


「そういえば、次元収納って生物も入るの?」


 転生モノのテンプレではインベントリ、亜空間収納、異次元収納、アイテムボックス……等々と呼ばれる能力には、「生物は収納できない」という制約が付いていることが多い。

 ついでに、「収納したものは時間が止まる」という制約もよくあった。いや、これは制約というよりメリットかもしれないが。


「入るわよ? トゥシャーラヴァティちゃんも入ってるでしょ?」

「ああ、俊哉も生き物だったな……一応」

「一応って何よ! それからトゥシャーラヴァティちゃんのことを変な名前で呼ばないで!」

「次元収納の中は時間が止まってるとかないよな?」

「時間が止まるってどういう理屈でよ? ご主人様ならできるかもしれないけど」


 言われてみれば、異次元方向に空間を拡張してものをしまう次元収納で時間が止まる道理がないな。

 メルヴィの「ご主人様」であるアルフェシアさんなら、たしかにできるのだろう。なにせ、自分で自分の時間を止めているくらいだからな。


「女神様によれば、これをうまく応用すれば防御にも使えるんだったな」

「物理攻撃でも魔法攻撃でも、4つめの方向に『流して』しまえれば、たしかに防御にはなりそうよね。問題はとっさにそんな操作ができるのかってことだけど」

「剥落結界と同じことができれば便利だよな。どんな攻撃でも砕片一枚で受け止められる結界を、自前で展開できたら無敵じゃないか?」

「あれも高度な【次元魔法】らしいことはわかってるけど、ひょっとしたら【次元魔法】のさらに上位のスキルなのかもしれないわ」


 ということで、いくらでも夢が広がっていく【空間魔法】、【次元魔法】だが、その習得は当然のことながらめちゃくちゃ難しい。

 そもそも、


「『次元』って一体何なんだ……」


 この世界は3次元であるとか、4次元とは空間に時間軸を加えたものだとか、宇宙は実は11次元だとかいう話は聞いたことがあるが、次元とはなんぞやということになるとうまく説明できる気がしない。きっと、わかっているようでまったくわかっていなかったのだろう。3次元人にはそれ以上の次元のことを想像することはできないとか言うし。


 もっとも、【空間魔法】やその上位スキルである【次元魔法】を使うのに、次元についての物理学的な知識は必要ない。

 大切なのはイメージだ。


 これまでこの世界の魔法スキルをレベリングしてきて気づいたことがある。

 魔法現象のすべてが科学で説明できるわけではないということだ。

 たとえば、火竜のフレイムブレスは、元の世界の火の常識からすると威力がありすぎる。

 元の世界の火炎放射器で岩盤を溶かすほどの威力を出せるかと言ったら無理だろう。

 フレイムブレスがただの火――物質の急激な酸化現象なのだとしたら、火竜がやっていたような巣作りは不可能だと思う。

 あれは「岩をも溶かす灼熱の炎」というイメージを具象化したアビリティだと考えるのがよさそうだ。


 ここでのポイントは、魔法現象は自然現象ではないということだ。

 魔法とは、超能力によって自然現象を起こしているのではなく、超能力によって超常現象(・・・・)を起こしているのだ……と考えるとわかりやすい。

 自然現象のように見える現象も、そこで起きるはずがない自然現象が起きている、と考えれば、それは一種の超常現象だと言える。

 だから、魔法の効果をイメージするときに、前世における科学知識に囚われると、具象化できる現象の幅が狭まってしまうことがある。

 もちろん、現象の作用機序をきちんと科学的にイメージしてやることで威力を増幅できたりMPを節約できたりすることもあるので、一概に科学が悪いというわけではないのだが。


「オカルトといえば、気配の件もあったな……」

「気配?」

「うん、メルヴィ、気配って何だろう?」

「何って言われても……生物の発する微弱な存在感みたいなもの?」


 メルヴィは今ひとつピンと来ないようだが、こういうことだ。

 俺は、【光魔法】で光を屈曲させて視覚をごまかすことができる。また、【風魔法】で消音結界を張れば、音を漏らさないようにすることもできる。つまり、この2つを組み合わせれば、視覚でも聴覚でも察知されない状態を作り出すことができる。消音結界は空気を遮断するので、体臭や体温が外に漏れ出すこともない。従って、科学的には、《ミラージュ》と《サウンドコート》を重ねがけすれば、外側から察知することはできなくなるずだ。

 しかし、その状態でも、【気配察知】で「気配」とやらを察知することができてしまう。

 マンガじゃあるまいし「気配」ってなんだと言いたくなるが、実際俺も【気配察知】で気配を察知することができるので、そういうものだと思うしかない。


 【軽功】が使えるミゲルもなんとなく気配はわかると言っていた。あいつの場合はスキルとかじゃなくて本能でわかってる可能性も否定はできないが。

 そのミゲルからは、【軽功】を教えてもらっているが、難航している。【軽功】自身の難しさもあるが、それ以上に教師役のミゲルが生粋の感覚派であるため、なかなかイメージがつかめないのである。


 さらに、ベックからも【防禦】のスキルを教えてもらっている。

 ベックはミゲルとは違い理論派なのだが、最終的には「神を信じる心」だとか「仲間を守り抜くという強固な意思」だとか「いかなる攻撃も自分には通じないという確信」だとかが必要ということで、今のところまったく習得できる兆しがない。

 だいたい、練習しようにも攻撃を自分の身で受けてみなければならないわけで、根性なしの俺にはハードルがかなり高い。「行くよ!」と言ってベックが無造作に槍を突き込んでくるのだが、なまじ【見切り】や【危険察知】のスキルがあるだけに、反射的に回避してしまうのだ。

 そもそもまだ【防禦】のスキルがないというのに「いかなる攻撃も自分には通じないという確信」なんて持てるわけがないのだ。【防禦】がなければ「いかなる攻撃も自分には通じないという確信」が持てず、「いかなる攻撃も自分には通じないという確信」が持てなければ【防禦】が習得できないというジレンマがそこにはある。なるほど、さすが伝説級のスキルだけあって、簡単には習得できないようだ。

 ちなみに、ベックはどうやって習得したのかと聞くと、「父さんの背中を見ていたら自然と確信が持てるようになった」とのことで、実際この【防禦】は代々ソノラートの守護騎士を務めていたウォン家の一子相伝の技なのだそうだ。


「そこまでしなくても……」


 とは、藁束を巻いた木人にロープでぐるぐる巻きになった上でベックに槍で突かせようとしていたのを目撃してあわてて割って入ってきたジュリア母さんの言である。

 涙目でロープを解くジュリア母さんを見て、さすがに我ながらやり過ぎたと思い、ひとまず【防禦】の習得は諦めることにしたが、本当は、切り札にできそうな【防禦】は是が非でも欲しかったのである。


「どうしてそこまでスキル上げにこだわるのぉ? もう十分に強いと思うんだけど」


 ジュリア母さんはそう言ってくれるが、俺にはまだ十分だとは思えない。


 俺はたびたび、女神様に見せてもらった前世のテレビ放送を思い出す。

 通り魔・杵崎亨(きざきとおる)は、想像以上に危険な男だった。

 今のうちにできることは全てやっておかないと、枕を高くして眠ることができない。

 ……いや、俺は眠る必要はないのだが、あくまでも喩えとしてである。


 不眠不休でスキル上げ他訓練に勤しむ俺を、はじめ父さんや母さんやステフやエレミアは心配そうに見ていたが、やがて本当に疲れないし眠る必要もないのだということがわかってくると、ふつうに放置しておいてくれるようになった。

 それはそれで寂しいような気がしないでもなかったが、夜中にも遠慮なくスキル上げができるのはありがたい。

 さらに夜中は近所迷惑にならないようメルヴィに頼んで妖精郷へと場所を移し、妖精郷の時間効果も利用していっそう効率よくスキルレベルを上げていく。


 ……うん、言うな。わかっている。いくらなんでも地道すぎる。

 【不易不労】のおかげで疲れないので俺自身はなんとも思わないのだが、疲れるふつうの人たちからするとやはり異常に感じてしまうだろう。

 女神様も言っていたように、この第二の人生を通り魔との戦いだけに費やす必要はないのだから、特訓は夜間を中心として、昼間はなるべく誰かと一緒にすごすように心がけている。

 父さんと前世の話をしてビジネスになりそうなネタを探してみたり、母さんと魔法の練習をしてみたり、エレミアとエンドレスに組手を続けてみたり、ドンナと一緒にガナシュ爺から【薬研】の指導を受けたり、冒険者ギルドに行ってモリアさんに【双剣技】を習ってみたり。

 うん、こうして列挙してみると結局スキル上げをしているのだが、べつに俺自身はそれを苦とは思っておらず、むしろ新しい発見が多くて毎日が楽しくてしょうがない。



 そして、俺は自分の特訓の合間にステフの特訓も続けた。

 まず【魔導】を使ってステフに【火魔法】【水魔法】【風魔法】【地魔法】【光魔法】【闇魔法】の基本6属性を習得させた。

 その後は、毎日日課を決めてそれぞれの魔法を使い込ませる。

 時々その様子を見て、壁にぶつかっていれば【魔導】を使ってスキルを上げるためのコツを伝授する。

 1日十数回までだが、【魔導】を使って俺のMPをステフに供給してやることができる。

 そのおかげで、レベルが1でMPが7しかないステフでも、それなりの回数練習することができた。


 MPが足りなくなったら、今度は武器の練習をする。

 とりあえず、適性のある大剣を用意したが、最初俺は細腕のステフにこんなものが振り回せるのか疑問だった。

 ところが、意外なことに、ステフは大剣を問題なく素振りすることができた。


「ふぇぇっ! びっくりですぅ」


 これには、ステフ自身が驚いていた。

 その後、心当たりはないかと聞いてみると、実はステフの家系には、遠く獣人の血が流れているのだという。

 その証拠に、尾てい骨には少しだけ毛が生えていて、髪の毛の中、額の上に二つの小さなコブ――できそこないの角があるらしい。

 さすがに尾てい骨は見せてもらえないが、ステフは髪の毛を掻き分けて額の上の二つのコブを見せてくれた。


「見えますかぁ?」

「これ……かな? 言われないとわからないね」


 ステフを【鑑定】してみても種族は人間としか出ないので、本当に薄い血なのだろう。


「角とか尻尾はないけど、筋力には獣人の血が出てるわけか」

「かもしれないですぅ」


 ステフは髪を元に戻しながらそう言った。


「ソロー司祭、こういうことはよくあることなの?」


 ソロー司祭も、フォノ市にいる時はよく屋敷へと遊びに来てくれっていた。

 いや、遊んでるわけじゃなくて、俺の独創的なスキル上げに輪廻を司る神アトラゼネクに仕えるものとして興味がある、と本人は言っているが、要するに俺のスキル上げを野次馬しにきてるだけだな。

 とはいえ、スキルについて深い造詣を持つソロー司祭に聞いてみたいことは後から後から湧いてくるので、俺にも十分以上にメリットがある。


「そうじゃの、稀にはあるかの。

 エルフではないもののエルフの血が部分的に影響して知覚が鋭いじゃとか、お嬢さんのように獣人の血で力が強いじゃとか、身体が強いじゃとか。

 ただし、結局のところ、血のせいか個人差の範疇なのか、なんとも言えぬことが多いかのう。その点では、ここまでくっきりと力だけが強いというのは珍しい才能じゃ」

「大型武器の適性があるってのは、この力も含めてのことなのか?」

「いや、それは別じゃ。適性は適性、血は血じゃ。

 じゃから、せっかく適性があっても種族柄活かしにくいという者も残念ながらおるの。

 とはいえ、魔法属性では火が優遇されており、騎士には剣や槍が尊ばれるというように、社会的に需要があるか否かで適性が活かせるかどうかが左右されることもあるのじゃから、大半の者が適性と現実との間に何らかの葛藤を抱えておると言ってよいじゃろう。

 お嬢さんの場合は、逆じゃ。適性と血とがうまく噛み合ったよい例といえそうじゃの」


 というわけで、ステフの武器は大剣と決まり、魔法と平行して大剣のスキル習得も目指してもらった。

 ソロー司祭によると、【大剣技】というスキルがあるとのことだったが、実際に習得できたのはふつうの【剣技】だった。

 察するに、ステフは並外れたパワーで大剣を振り回せるので、大剣を使っているという意識がなく、通常人が【剣技】を使うのと似通った感覚で大剣を使っているのだろう。もっと大きい武器を扱わせたらどうなるのかも試してみたかったが、ステフの負担になってもいけないのでとりあえずは【剣技】を伸ばしてみることにした。

 【剣技】は俺もまだ習得していないので指導ができない。そこで、【剣技】5のアルフレッド父さんにご出動願い、ステフのことを見てもらった。俺も一緒に教えてもらい、ステフと一緒に【剣技】スキルを習得する。


 そんな方針のもとに、一ヶ月ほどステフを鍛えた結果、


 ステファニー・ポポルス(キュレベル家侍女・トレナデット村村長の娘)

 レベル 1

 HP 8/8

 MP 7/7


 スキル

 ・汎用

 【剣技】3

 【火魔法】3

 【水魔法】3

 【風魔法】3

 【地魔法】3

 【光魔法】3

 【闇魔法】3


 という、かなりきれいなステータスになった。


 ここで、俺は予定通りにステフを輪廻神殿へ連れて行く。

 6属性魔法のスキル合成を行うためだ。

 ステフはもともと大雑把な性格なので、複数のスキルを同時に伸ばしていくのは面倒そうだった。それなら、【スキル魔法】の実験を兼ねて、ステフにも【基本6属性魔法】を習得してもらおうと思ったのだ。


 いつでも相談に乗りますと、神殿で会うたびに言ってくる司祭さんに頼んで、分祭壇のある個室を貸してもらう。

 そして、ステフのステータスを【鑑定】で開いて、【スキル魔法】を使う。

 そして【基本6属性魔法】を――って、んんんんっ!?


《【火魔法】3+【水魔法】3+【風魔法】3+【地魔法】3+【光魔法】3+【闇魔法】3+【剣技】3→クラス〈魔法戦士〉E▽

 合成しますか? はい/いいえ》


 は……?

 クラス? 魔法戦士?

 ちょっと待て、いったい何が起こったんだ!?

 そう思いつつ、【鑑定】結果に▽があることに気づき、そこに意識をフォーカスする。


《クラス:独特の戦闘スタイルに基づく包括的な戦闘スキル。利用者些少につき951年度より凍結状態。▽》


 さらに▽をフォーカス。


《クラス〈魔法戦士〉の解凍にはギフトが必要です。ギフトに還元するステータスを選択してください。》


 続いて、俺のステータス画面がウインドウとしてポップする。

 スキルの他、HPやMP、レベルをギフトに還元することもできるようだ。


「し、司祭さん!」

「はい、どうしました?」

「ソロー司祭はいませんか?」

「お知り合いだったんですか? ソロー司祭は午後から受託をなさるために来られますが……あ、いらっしゃいましたね」


 司祭さんが、ちょうど神殿に入ってきたソロー司祭を呼んでくれる。


「ど、どうしたのじゃ?」


 聞いてくるソロー司祭とステフに、今起こったことを説明する。

 説明するにつれてソロー司祭の眉間にしわが寄り、最後には白目を剥いて口が半開きになってしまった。


「ま、魔法戦士……」


 そういえば、伝説の存在なんだったな。

 クラスなんていう聞いたことのない独自システムで、しかもそれが凍結されていたのだから、これまで誰も気づかなかったとしても不思議ではない。


「ふぇぇっ?」


 当の本人がよくわかってなさそうなのが心配ではあるが――やってみたい。

 細かいことが苦手なステフには、大雑把なくくりのクラスの方が向いているかもしれない。

 スキル欄が圧縮できるから、スキル(クラス?)のレベルアップが早くなる効果も期待できる。【気配察知】くらいはほしいけど、それ以外のスキルは極力取らないようにしてみようか。


「ステフ、これは命令とかじゃないんだけど、魔法戦士、やってみない?」

「魔法戦士ですか……小さい頃にお父さんが絵本で読んでくれた勇者様みたいです」


 勇者ステフか。

 こんなふわっとした女の子が勇者でいいんだろうか。

 諸々不安はあったものの、ソロー司祭が鼻血を出すほど興奮していたし、ステフも何気に嫌がってないようだったので、【スキル魔法】を使ってクラス〈魔法戦士〉を合成する。

 生贄にするスキルには、覚えたばかりの俺の【剣技】を選択したが、それだけでは足りなかったので、悩んだ末に【格闘技】を選択する。【格闘技】のスキルレベルが7から4へと下がったが、これで必要なギフトは集まったらしい。ジャッキシ、というおなじみのスキル合成音が聞こえた。

 ステフを【鑑定】。


 ステファニー・ポポルス(キュレベル家侍女・トレナデット村村長の娘)

 レベル 1

 HP 23/23(8+15)

 MP 22/22(7+15)


 スキル(なし)

 クラス

 〈魔法戦士〉E(NEW!)(各種の魔法を武器や戦技に交えることで、爆発的な攻撃力を発揮する戦闘スタイル。ランクが上がるとともに、高い火力のみならず変幻自在さと多様な状況への対応力をも手に入れることができる。反面、MPの使用を前提とするため継戦能力は高くない。ランクが上昇するごとにHPに+15、MPに+15のアッドがつく。) 


 うん。ちゃんと習得できてるね。

 いや、むしろ、本当に習得してしまったというべきか……。

 念の為にソロー司祭に受託を頼み、【託宣】でステフのステータスを確かめてもらうが、当然ながら俺の【鑑定】結果と一致した。


「……魔法戦士じゃの」

「魔法戦士ですね」

「魔法戦士ですかぁ」


 ソロー司祭は燃え尽きたようなうつろな瞳で、俺は複雑な心情を押し隠しつつの冷静な口調で、ステフは戸惑い半分うっとり半分の夢見心地な声で、それぞれの言葉を口にした。


 ――というわけで、魔法戦士ステフ、爆誕である。

次話、来週金曜(5/8 6:00)掲載予定です。

今回より週1話更新とし、同時に1話を長めに書く形に変更しようと思います。

詳しい理由・経緯が気になる方は活動報告をご参照くださいませ。

また、今回より改行規則を試験的に変更し、改行を絞っております。いつもと違いますが、ミスではないです。とかく論争になりやすい改行の仕方ですが、良くなった・悪くなった等ございましたらご指摘いただければと思います。

今後とも『NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚』をよろしくお願い申しあげます。

天宮暁


追記150429:

活動報告でも報告させていただきましたが、71話「スキル魔法」のステータスがわかりにくかったため大きく修正致しました。既読の読者の皆様にはご迷惑をお掛け致しますが、よろしくお願い致します。

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