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64 ジャックポット

 訓練場は、カラスの塒にあった同種の施設と同じようなサイズで、前世の体育館よりは広いかなという程度だ。


 俺とモリアさんは、互いに木でできた訓練用の武器を手に、5メートルほどの間を置いて相対する。

 モリアさんは両手に一振りずつの木剣、俺も両手に木剣だが、腰にナイフ形の木剣も差している。


「……それでどうやって戦うんだい?」


 モリアさんが怪訝そうに聞いてくる。

 たしかに、俺には木剣が大きすぎて、切っ先が地面についてしまっている。

 それでも一本ならともかく両手に持っているのだ。


「それは、やってみてのお楽しみってことで」


 俺はそう答えてにっこりと笑う。


「母ちゃん、油断しない方がいいぜ。

 エドガーは何やってくるかわかんないからな」


 モリア陣営のサポーターであるミゲルがそう言った。

 というか、俺側にサポーターがいない。

 ベックまでモリアさん側で、俺の側にいるのは、俺の勝ちに金を賭けたらしいアンドリューただ一人だ。

 他に味方になってくれそうなハフマンさんは今回の審判である。


 さて、模擬戦の前に、モリアさんのステータスを見ておこう。


 モリア・ミッテルト・ズコルナーシュ(冒険者(Aランク)・《緋文字(スカーレット)》)

 32歳


 レベル 50

 HP 117/117

 MP 25/25


 スキル

 ・達人級

  【双剣術】5

  【見切り】3

  【気配察知】3(↑1)


 ・汎用

  【双剣技】9(MAX)

  【剣技】7

  【忍び足】6(↑1)

  【暗殺技】5

  【聞き耳】5

  【投斧技】5(↑1)

  【格闘技】3

  【戦斧技】3

  【遠目】3(↑1)

  【手裏剣技】2

  【ナイフ投げ】2


 前回モリアさんのステータスを見たのは、フォノ市に到着した直後、〈八咫烏(ヤタガラス)〉に襲撃される前のことだ。

 その時に比べると、偵察系のスキルがわずかに上昇しているな。

 【投斧技】の上昇は、ハーピー狩りの成果だろうか。


 モリアさんのスキル構成は、基本的には一流の剣士のものだが、【気配察知】や【忍び足】など、斥候役も十分に務まりそうだ。

 モリアさんは元々は子火竜の守り人を務めていたと、親火竜が言っていた。

 火竜アグニアの部の民であるズコルナーシュ一族の中でも特に優れた戦士だったのだろう。

 ステータスを見る限りでは、ガゼインには一歩及ばないかもしれないが、それでもかなりいい勝負ができそうなほどの卓越した能力の持ち主だといえる。


「――始め!」


 ハフマンさんの号令とともに、モリアさんが飛び出してきた。

 俺は苦し紛れという感じに、片手の剣を投げつける。


「シッ!」


 モリアさんは鋭い呼気とともに俺の投げた剣を片手の剣で弾き飛ばす。


 俺は気にせず、もう片方の剣も投げつける。

 ビュン、と鋭い風切り音が鳴った。

 一投目は手を抜いたが、二投目は【投擲術】のスキルを活かして本気で投げた。


 モリアさんは顔を顰めながらも、もう片方の剣で先ほどと同様に俺の投げた剣を弾く。


 モリアさんはそのまま俺へと肉薄する。

 俺は焦りを顔に浮かべて後方に【跳躍】する。

 もちろん、それで逃げきれるわけもなく、モリアさんの双剣が俺へと迫り――


「――ちぃっ!?」


 モリアさんがいきなり身をひねる。

 その肩を、木剣がかすめた。

 俺が、初手から投げた木剣だ。

 木剣は最初から【サイコキネシス】の影響下にある。

 先ほどの焦った表情はもちろんフェイクで、木剣から注意を逸らさせるための罠だった。


 俺は【飛剣術】を使ってふた振りの木剣を操り、モリアさんに間断ない連続攻撃を仕掛けていく。


「な、なんだいこりゃあ!?」


 ひとりでに(本当は俺が操っているのだが)襲い掛かってくるふた振りの木剣に驚愕しながらも、モリアさんは卓越した身のこなしでその攻撃を躱していく。

 さすが【見切り】を持っているだけあってかすりもしない。


 じゃあ、これならどうだ――?


λ(ウィンド)(スプレド)――《ウィンドブロウ》!」


「くっ――!」


 俺の生み出した強風が、モリアさんの身体に吹き付け、動作を鈍らせる。

 相手に怪我をさせない程度の魔法なら使っていいと、事前に確認してある。


 モリアさんは強風を食らいながらも身をひねり、襲い来る木剣を辛うじて躱す。


 が、やはり無理があったのだろう、モリアさんは体勢を大きく崩した。


 投げナイフ――では避けられそうだ。

 俺は【跳躍】を【サイコキネシス】でブーストして加速し、手にしたナイフをモリアさんの首筋へ――


 突きつけようとした瞬間、腕を掴まれた。


「せいやぁっ!」


「なぁっ!?」


 よろけたように見えたのはモリアさんの誘いだったらしい。

 モリアさんの象徴たる双剣を投げ捨てて、モリアさんは俺の腕を掴んでの投げ技をしかけてきた。

 俺は【サイコキネシス】で身体をひねり、なんとか足から地面につくが、


「――はい、おしまい」


 パシッ、という音とともに、俺に向かって突きつけられたモリアさんの手のひらに、木剣が一本収まっていた。

 モリアさんは木剣を真上に投げてから俺を投げ、そこに落ちてきた木剣をキャッチした……のだろう。

 ちょっとした曲芸だ。


「それまで! モリアの勝ちだ!」


 ハフマンさんが宣言する。


「くっ……」


 がっくりと肩を落とす俺。


 正直言って、モリアさんのことを舐めていた。

 ガゼインより強いことはないだろう、と。

 たしかに、超一流の暗殺者――対人戦闘の専門家と比べれば、魔物を主な相手とするモリアさんは癖のない素直な戦い方をする。

 魔物相手なら、裏を読み合うような駆け引きはあまり考えなくていいからな。

 しかし、モリアさんだって女だてらにAランクにまで上り詰めた冒険者だ。

 人相手の切った張っただって経験してきているだろう。

 全力を出さなくても勝てるだろう――そんな油断を持って戦って勝てるほど甘い相手ではなかったのだ。


「ま、これがあんたの全力だとは思わないよ」


 と、モリアさん。


「殺傷能力のある魔法や武器を使っての殺し合いだったら、あたしの方が分が悪かったはずだ。

 でもね――」


 モリアさんがつかつかと歩み寄ってきて、俺に顔を近づける。


「――そんな戦い方じゃ、死ぬよ」


「……え?」


「あんたはあたしのことを舐めてた。

 あたしにわからないと思ったかい?」


「…………」


 お見通しだった。

 俺には返す言葉がない。


 黙り込んだ俺に、モリアさんがニヤリと笑いかける。


「まっ、よくあることさ」


 モリアさんがそう言って顔を離す。

 同時に、俺の背中をバンバン叩く。


「たまにあるんだよ。

 新米の冒険者が、幸運やら本人の力量やらでいきなり大当たり(ジャックポット)を引いちまう。

 そうすると、本人が心がけていようがいまいが、心の奥底に驕りが滑りこんでくるのさ。

『何だ、この程度なのか』ってね」


 俺とモリアさんの周りに、他のみんなも集まってくる。


「そして、自分でも気づかないうちに慢心に支配されて、身の丈に合わない依頼を引き受けて――今度は大ハズレ(ジョーカー)を引くことになる」


「ジャックポットの後にはジョーカーを引く……冒険者の間じゃ有名な話だよ」


 と、これは刀傷の男――じゃなかった、アンドリューさん。


「おいおい、《赫ん坊ベイビー・スカーレット》。

 せっかくおまえに賭けたってのに、負けてくれるなよ」


 俺に向かってそう言ってくるアンドリューさんに、彼の仲間が絡む。


「おまえはいつも大穴狙いだな、アンドリュー。

 さすがに緋文字(スカーレット)に勝つガキなんざいてたまるかよ。

 約束通り、一杯奢れよな」


「チッ、しかたねえな。

 でも、けっこう惜しかったじゃねえか。

 十本くらいやったら、このガキが何本か取るんじゃねえの?」


「ぷぷーっ、負け惜しみかよ、アンドリュー。

 負けは負けだぜ」


「なんだとっ! この野郎!」


 アンドリューさんは仲間と談笑しながら酒場へと戻っていく。


 その様子を苦笑とともに見送っていたモリアさんが、俺へと向き直って言う。


「――実は、ジュリアの奴に頼まれてたのさ」


 モリアさんはそう言って肩をすくめた。


「え? 母さんが?」


「そうさ。『うちのエドガーくんは、ジャックポットばっかり引いてるから、いつかジョーカーを引いちゃうんじゃないかって思うの』ってさ」


 さすが元相方というべきか、モリアさんの物真似はやたら似てる。


「それで、俺はお灸をすえられたってわけですか」


「そういうこった。

 しかし、危なかったよ。

 現実ってもんを見せてやろうって思ってたら、危うくそのままやられるところだった……。

 とんだ鬼子だよ、まったく」


「そうだぜ! 俺だって一度も勝てたことないぜ!」


 なぜか自慢気にミゲルが言う。


「でも、変だな。

 俺の見るところ、エドガーなら母ちゃんを倒せそうな局面はあったと思うぜ?

 手加減してんのかと思ったけど、それとは違うみたいだし」


「ああ、それはあたしも気になったんだ。

 慢心……だけじゃないね。

 そもそも、うちのミゲルと違って、エドガーは慎重なタイプだからね。

 ちょっと強い相手に勝てたからって、すぐ調子に乗ったりはしないはずだ。

 ま、それでも慢心ってのはどこからか入り込んでくるもんだから、定期的に自分より強い奴と戦って自分の力量をつかんでおくのがいいんだけどね」


 ミゲルとモリアさんが揃って首をひねる。

 さすがは親子、仕草がそっくりだった。


 そこに、これまで黙っていた(いつも大体黙ってるけど)ハフマンさんが口を開く。


「たしかに強かった……が、迷いが見えた」


「――迷い?」


 俺が聞き返すと、ハフマンさんがうなずいた。


「戦うということは、相手を傷つけることだ。

 相手を傷つけたくないと、エドガーは考えている……と、思う」


「そんなことは……」


 俺が初めて戦ったのは、前世での通り魔を除けば、ランズラック砦における〈黒狼の牙〉との戦いだ。

 俺は自分でも意外なほどに迷いなく戦えた。

 敵を倒す――いや、敵を殺す(・・)ことに抵抗なんて覚えなかった。

 違うか。抵抗はあったが、それ以上に覚悟が決まっていた。

 守るためには、戦わなければならないと。


 だが――そうか。


「おや、何か心当たりでもあるのかい?」


「ええ……そんなところです」


「ふん……その様子じゃ、あたしにしゃべってくれる気はなさそうだね」


「……すみません」


「いいんだよ。

 困った時は相談するってのも大切だが、何でもかんでも他人に相談しなきゃならないようじゃ、冒険者は務まらない。

 一人になって、自分の心と向き合うようなことも、強くなるには必要だしね」


 モリアさんはそう言ってくれるが、


「水くせえなぁ。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉じゃみんなの相談に乗ってたくせに、自分は抱え込んじまうのかよ?」


 ミゲルがそんな風に言ってくる。

 たしかに、ミゲルの言うことにも一理があるな。


「……悪いな。

 ちょっと、一人で考えてみたい問題なんだよ。

 それが解決したら、みんなで依頼を受けてみようぜ」


「おっ、いいな!

 俺たち少年班――いや、元少年班が揃ってりゃ、たいていの奴には負けないぜ!

 なにせ、火竜だって尻尾を巻いて逃げ出したくらいだからな!」


 調子のいいことを言うミゲルに苦笑する。


 モリアさん・ミゲル親子は、これから用事があるとかで別れることになった。


 別れ際、「どこ行くんだ?」と何気なくミゲルに聞いたら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、「か、買い物だよ」と言っていた。

 なんかやましいものでも買いに行くのか?

 性欲が芽生えるにはまだちょっと早い歳なんじゃないかと思うが……。


 しかし、性欲が芽生えたら芽生えたで、母親が真っ赤なビキニアーマーを着てるってのはなんかきキツそうだな。美人だけど。

 と、益体のないことを思った。

次話、金曜(3/27 6:00)掲載予定です。

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