62 始動! 全自動剥落結界解除作業機試作型
「「うーん……」」
俺とメルヴィの唸り声が期せずしてハモった。
ここは、メルヴィの故郷・テテルティア妖精郷、メルヴィの「ご主人さま」が閉じ込められている剥落結界のある洞窟だ。
そして、俺たちの目の前には、がこがこと異音を立てて空回りする機械が転がっている。
この機械は、名付けるならば「全自動剥落結界解除作業機」とでもいうべきものだ。
カラスの
構造はそれなりにシンプルだ。
モーターの動力をギアで減速してカム(たまご型に歪んだ回転パーツ)をゆっくり回し、そのカムがシリンダーにセットされた次元ノミの尻を叩く。
結果、次元ノミの先端が機械から飛び出し、剥落結界を一突きする。
次元ノミは、シリンダーに仕込んだバネの力で元の位置に戻る。
以下、これの繰り返し。
ただ、これだけでは、次元ノミに魔力が供給されないため、剥落結界は削れない。
ではどうするか? と考えていたのだが、そこで女神様への質問である。
――魔石のようなものがなくても、魔力によって生み出されたエネルギーを蓄えられる何かがあればいい。
女神様の答えは大きなヒントになった。
俺は遺跡から回収した
しかし、最初に試した、バッテリーから銅線を伸ばし、次元ノミに巻きつけるという方法ではダメだった。
たしかにこれでは、次元ノミに伝わるのは魔力ではなく電流だ。
いや、コードを巻いてるだけじゃ、電流すら伝わっていないか。
次元ノミは電気を通さないので、直接バッテリーに繋ぐということも不可能だ。
次に、俺はあるものを分解して使うことを考えた。
――隷属の首輪。
無理に外そうとするとMPを20吸い出すというこの首輪、何かの役に立つかもと思って、ガゼインとの対決後に子どもたちから回収しておいた。
その首輪をメルヴィに頼んで分解してもらい、次元ノミに必要なMPをちょうど取り出せるような紐状の魔道具を作ってもらった。
次元ノミの作成者であるメルヴィにとっては、さして難しい作業でもなかった。
メルヴィとの間では「吸魔紐」と呼んでいるが、この紐を巻きつけたバッテリーを次元ノミのシリンダー下部に、ノミと接触するように設置する。
このノミを手で叩いてやると、目論見通りにバッテリーから魔力が吸い出され、ノミはその魔力を吸収して剥落結界を叩いた。
剥落結界がちゃんと剥がれた時には、メルヴィと一緒になって狂喜乱舞したものだ。
そして、その吸魔紐バッテリーと次元ノミのシリンダー、モーターと歯車とカムを組み合わせ、モーターには別のバッテリーをつないで、いよいよ今日、「全自動剥落結界解除作業機」の試運転を行ったのだが――
「……剥落結界が薄くなった分、ノミと結界の距離が変わって、バランスを崩すみたいだね」
「剥がれた砕片が本体の足回りに突き刺さって機体が少し傾いていたわ」
「となると、剥落結界との距離を調整する機構が必要だってことか……」
「剥がれた砕片を自動で除けられる仕組みも必要ね……」
調子が良かったのは最初だけで、次元ノミを何度か突いたと思ったら、反動で横倒しになってしまったのだ。
「「はぁ……」」
期待が大きかっただけに、落胆もひとしおだ。
「……妖精たちに、機体の位置調整や砕片の掃除を頼むことはできないかな?」
「無理よ。
あの子たちにそんな単純作業をさせたらすぐに飽きて遊びだすわよ」
永い時を生きる妖精は、精神を傷めないために注意力が散漫になっていると、女神様も言ってたな。
「俺が張り付いて調整してもいいけど……」
「いや、あんたを四六時中結界に貼り付けるのがよくないから自動化しようとしてるわけで……」
そうだった。
メルヴィのご主人さま――始祖エルフの生き残りであるアルフェシアさんの救助は大事だが、俺自身のスキル上げだって重要なのだ。
「ううん……やってできないことはないと思うけど、この試作機をこれ以上複雑にはできないと思うんだ」
「……どういうこと?」
「この試作機は、次元ノミに吸魔紐バッテリーを接触させる必要があるから、バッテリーという重いパーツが上の方にあるだろ?
そのせいで重心が高くなって倒れやすくなってるんだ。
もちろん、機体を重くすることはできるけど、そうすると剥落結界との位置調整が難しくなる」
位置調整は、モーター駆動の車輪をつけるくらいしかパッとは思いつかないが、機体が重くなればそれだけ動かすのは難しくなる。
また、俺の技術力では、ノミに合わせて1ミリずつ前進するような精巧な動作をする機械を作ることは、とてもじゃないができそうにない。
ところで、肉体と精神の相半ばする妖精郷では、俺の「身体」は普段より大きくなっている。
前回この妖精郷に来た時と同じく、6歳くらいの見た目になっていて、機械を組み上げるくらいなら支障はない。
支障はないのだが……
「やっぱり、全体的に、機械の出来が悪いんだよな……」
遺跡からの発掘品である各パーツは、神経質そうなハイドリヒ氏が作っただけあって非常に精密にできていた。
が、それを組み立てるためのフレームは、俺が木材を切り出して作った日曜大工レベルの代物だから、ちょっと動かしただけで歪みが発生してしまう。
……あ、がこがこ言ってたモーター部が取れた。
俺には【彫刻】のスキルがあるが、この【彫刻】、こうした機械製作にはあまり向いていないようなのだ。
基本的に、スキル使用者のフィーリングを再現することに重きを置いているらしく、設計図通りに材料を切り分けるようなことは難しい。
精緻な細工はできても、精密な加工はできない……という感じだ。
となると、もっと製作向きのスキルがほしくなる。
「機械製作系のスキルなんてあるのかな……?
でも、ハイドリヒ氏は実際にかなり精密な部品や機械を作ってるしな」
前世の企業研修で見たことがある金属加工用の機械もあの遺跡にはあった。
メルヴィの次元収納できっちりと回収してきているから、それを使うことはできる。
ただ、俺が前世で見たことがある加工機械は、コンピューターによるオートメーション化の進んだものだった。
対してハイドリヒ氏の自作した機械は、戦時中の水準のきわめてアナログなもので、しかも魔法の使用を前提にかなり改造されているようだった。
人格的にはともかく、ハイドリヒ氏が優秀なエンジニアだったことは疑いなく、俺にはサッパリ手の出せない代物になってしまっている。
いや、それ以前に、エンジニアでない俺には、図面を引いて正確に材料を削り出し組み立てるという作業自体が、かなり難易度の高いものなのだ。
それとも、製作系のスキルを鍛えることで、そういう作業もスムーズに行えるようになるのだろうか。
「……そこから始めるしかないのか?」
機械製作の技術を磨くところから始めるのだったら、その時間で自力で結界を削った方が早いような気もする。
【不易不労】があるから、どちらにせよ、始めてしまえば集中して取り組めるだろうが、効率よく時間を使おうと考えると難しいな。
俺が悩んでいると、
「――でも、ずいぶん前進したわよ」
メルヴィが明るい声で言った。
「これまで、進歩なんてなくて当たり前って環境でずっとやってきたのよ。
一歩も二歩も前に進んだんだから、まずはそのことを認めなくちゃ。
本当にありがとう、エド」
「ああ、いや……」
「まだ時間はあるもの。
ゆっくり積み重ねていけば、きっといつかはご主人さまを助けられるわ」
メルヴィは、次元ノミを開発するために、気の遠くなるような時間を費やしてきたんだったな。
完全な暗中模索だっただろうその時に比べたら、今は希望があるだけマシだってことだろう。
「……そうだね。
焦らずやっていこうか」
とりあえず、試作機をメルヴィに収納してもらってから、妖精郷でお茶をして、俺とメルヴィはフォノ市へと戻ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
フォノ市はまだ、日が傾き出す前の時間のようだった。
妖精郷は時間の流れが遅いから、どうも感覚が狂ってしまうな。
セセル・セセラを筆頭に妖精たちが今日はなぜかあまり絡んでこなかったので、本当に試作機の動作試験だけで帰ってきてしまった。
絡んできたら絡んできたで鬱陶しいのに、絡まれなかったら絡まれなかったでちょっと寂しいとは、俺も面倒な性格をしているな。
「思ったよりも早く終わったな……。
お客さんって言ってたけど、もう帰ったかな?
早く家に帰ってゆっくりしたいんだけど」
〈
が、俺の言葉にメルヴィがあわてたように言った。
「だ、ダメよ!」
「……なんで?」
「そ、それは……あ、ねえ、
「え? さっき大体見たと思うけど」
「うぅ……それは……そうだ!
ミゲルともここしばらく会ってなかったわよね?
冒険者ギルドに行ってみましょう!」
「いや今『そうだ』って……」
「い、いいから! 行きましょうっ!?」
「わ、わかったよ……」
よくわからないが、ミゲルにはたしかに会いたい。
エレミアとベックは身寄りがないし、ガナシュ爺は高齢、ドンナはそのガナシュ爺の被保護者ということで、キュレベル子爵邸で預かることになった。
それに対して、ミゲルは、ジュリア母さんの元相方であり、ミゲルの実母であるAランク冒険者モリアさんが預かっている。
目下、ミゲルは冒険者としての基礎をモリアさんに仕込まれているところで、メルヴィの言うようにここのところあまり会えていなかった。
ミゲルに関しては、同い年の友だちのような感覚がある。
精神年齢では俺が上、身体年齢ではミゲルが上だが、いい意味でも悪い意味でも、あいつは遠慮のない奴だからな。
ギルドにミゲルたちがいるかどうかはわからないが、時間もあることだし、行ってみるくらいはいいか。
次話、金曜(3/20 6:00)掲載予定です。