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60 解放

 成長眠から目覚めてみると、目の前にエレミアの寝顔があった。

 エレミアはレベルアップはしてないはずだから、普通に眠っているだけだろう。

 いつもどこか張り詰めたところのあったエレミアだが、寝顔は歳相応にあどけない。

 まだ、7歳だっけか。

 あと5年10年経ったらとんでもない美少女になるんだろうな。


 エレミアはスキル【疲労転移】があるせいで、1人で行動することが多かった。

 整った容姿と相まって、孤高というイメージがあるが、実際に話してみるとエレミアはけっこう寂しがりで、ずっと友だちがほしかったと言っていた。

 火竜の巣での冒険は、トラウマになってもいいような危機的な経験だったと思うが、エレミアにとってはむしろ楽しい思い出になっているようだ。


 【不易不労】のある俺は、エレミアの【疲労転移】の影響を受けない。

 エレミアが望むなら、あの晩に約束したように、アルフレッド父さんに頼んでキュレベル家に引き取ってもらいたいと思っている。

 そうしたら、エレミアは俺の新しい家族になる。


 俺はエレミアに毛布をかけてやると、この3ヶ月ですっかり馴染んだ少年部屋の寝床から静かに抜け出す。


 音を立てないように身体を動かして、自分の身体を確認する。


「……少しだけ、大きくなったか?」


 視線の高さは数センチ、手足の長さもやはり数センチ程度長くなっていると思う。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉の訓練で身体感覚が鋭くなったため、その程度の変化でも動作に違和感がある。


 俺が起き出したことに気づいた子どもたちが、俺の周りに集まってくる。

 どの顔もまだ不安そうだ。

 メルヴィに頼んで、セセルとセセラに来てもらい、【妖精の歌】で落ち着かせてもらっているが、それがなかったら大変だっただろう。


 一時妖精郷預かりとなっていた小さな子どもたちも(ねぐら)へと戻ってきている。

 精神状態はこの子たちの方がよく、妖精たちから教えられた新しい遊び(俺が妖精に教えたフルーツバスケットやケイドロだ)に夢中になっているようだ。


 俺は、不安そうな子どもたちを連れて塒の外へと出た。

 何となく、お日様の光が見たくてしょうがなかったのだ。


 冬の終わりの荒野は肌寒いが、冬の間中吹きすさんでいた風は収まっている。

 日差しも次第に強くなってきていて、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の外套をはおっていればそれなりに暖かい。


「ひさしぶりの太陽だ」


 火竜事件の時に一度だけ出たが、あの時は薄曇りだった。

 何より〈八咫烏(ヤタガラス)〉の御使いとして見えない鎖に繋がれていたから、見渡すかぎりの荒野にも開放感など感じられるはずがなかった。


 俺はしばし、空を見上げて呆然とする。

 一緒についてきた子どもたちも、なんとも言えない表情で空を見上げ、太陽をまぶしそうに見つめていた。 


 さて、なんとかガゼインを仕留め、残党たちも戦意を喪失してくれたわけだが、大きな問題が残っている。


 つまり――ここはどこなんだよ!?


 教団の幹部への尋問は行っているから、いずれわかるとは思うのだが、早くアルフレッド父さんたちと合流して後事を託したいものだ。

 塒には非常用の糧食があるから、飢える心配はないが、教団から解放されたばかりの精神的に不安定な元御使いたちを長く遊ばせておくのは危険かもしれない。


「いっそリベレット村に出る?

 妖精郷まではゲートで行って、郷の出口から外に出れば……」


 妖精郷の場所はあまり知られたくないんだけど……とメルヴィ。


 俺がどうしたものかと決めかねていると、


「――おーい!」


 遠くから、俺たちを呼ばわる声が聞こえてきた。


 【遠目】を使って見てみると、それは冒険者の一団のようだった。

 人数は、8名だと思う。

 その先頭には、フォノ市で出会った懐かしい顔が並んでいた。


 緋文字(スカーレット)のあだ名を持つ腕利きの女冒険者モリアさんと、2メートル近い巨漢で強面だが子ども好きの冒険者ハフマンさんだ。


「ここだ!」


 俺も大声を出して、冒険者たちに合図を送る。

 初めはやや警戒気味に近づいてきた冒険者たちだが、モリアさんとハフマンさんが俺の顔を確認すると、一応の警戒は続けつつも塒入口の割れ目の前にいる俺たちのところまで小走りにやって来た。


 一行は、モリアさん、ハフマンさんに加え、弓を持ったエルフの少年、魔法使いらしい20代後半の妖艶な女性と、その女性を取り巻く数人の男性冒険者、という構成だった。


「――エドガー! 無事だったか!」


 モリアさんが言って俺を抱きしめる。


 ……忘れてはいけない。

 この人は炎をあしらったデザインの真っ赤なビキニアーマーを身につけているのだ。

 いくら身体が幼児とはいえ、うっすらと汗ばんだ肌の感覚にゾクゾクしてしまう。


 身動きできない俺の頭に大きな感触。

 見上げると、ホフマンさんが俺の頭を撫でてくれていた。


「……母さんは?」


 俺がそうつぶやくと、


「――ジュリア母さんとはちょうど別行動中だよ」


 と、エルフの少年が言った。


 ……ん? ジュリア「母さん」?


 そういえば、この人にはどこかアルフレッド父さんの面影があるような……


 【鑑定】。


《チェスター・キュレベル(キュレベル子爵家次男・サンタマナ王国貴族・冒険者(Bランク)・《二の矢いらず》・《ハーピーキラー》)

 17歳

 エルフ


 レベル 34

 HP 72/72

 MP 169/169


 スキル

 ・伝説級

  【視覚強化】3


 ・達人級

  【弓術】5

  【気配察知】2


 ・汎用

  【弓技】7

  【遠目】7

  【風魔法】5

  【水魔法】4

  【忍び足】4

  【道具作成】4

  【弩技】3

  【地魔法】3

  【短剣技】3

  【魔力感知】3

  【槍技】2

  【火魔法】2

  【光魔法】2

  【夜目】2

  【魔力操作】1


「チェスター兄さん!?」


「よくわかったね。

 今さらだけど、初めまして……かな? 君は覚えてないだろうし。

 僕が君の兄のチェスターだ」


 そう言って、チェスター兄さんは俺の頭を撫でてくる。


 アルフレッド父さんに似ているが、チェスター兄さんは父さんよりもっとエルフ寄りの容姿をしている。

 ……というか、エルフの血が色濃く出てるって父さんたちが言ってたな。

 俺もクォーターのエルフのはずだが、兄さんと違ってエルフ的な要素はないし、【鑑定】しても種族は人間としか出ない。

 メンデル先生が発狂しそうな謎の遺伝だが、エルフの血というのはそういうものらしい。


 チェスター兄さんと会うのはこれが初めてだが、向こうは俺のことを知っていたようだ。

 俺の意識が覚醒したのは生後6ヶ月の時点なので、おそらくその前に会っていたんだろう。


「エドガーからの情報で、もう少し北の骸骨鷲(ボーンイーグル)の巣の辺りが怪しいと踏んで、母さんはそっちに向かったんだ。

 僕らは第2候補のハーピーの巣の奥を探してたんだけど、こっちが当たりだったみたいだね」


 カラスの塒は、魔物の巣の密生する奥に位置していたらしい。


 父さんには、手紙で、塒周辺で見かける魔物について報告していた。

 例の火竜騒動の時に、荒野でワイバーンを見かけたという目撃談もあったらしく、捜索隊は徐々に捜索範囲を絞り込んでいるところだと聞いていた。


 兄さんたちは途中で虚脱した様子の御使いを見つけて捕らえ、塒の方角を聞き出してやって来たのだという。

 御使いは何かに打ちのめされたように虚脱した様子で、情報を引き出そうとしても、「もうおしまいだ……」とつぶやくばかりで話にならなかったという。

 辛うじて塒の位置だけを聞き出した後、その御使いは拘束した上で冒険者数人をつけてフォノ市へと連行したらしい。

 おそらく、その虚脱した御使いというのは、ガゼインとの対決後塒を飛び出していったうちの一人なんだろうな。


 で、塒から出てきている俺を、目のいいチェスター兄さんが見つけて、様子見がてら声をかけてきた、というわけだ。

 少々不用心なようだが、隠密活動を得意とする暗殺者たちに気づかれないように接近するのは難しいし、モリアさんたちなら正面から交戦しても遅れを取ることはない。

 それなら、さっさと声をかけて反応をうかがえばいいと判断したとのことだ。


「それで、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の連中はどうしたの?」


 チェスター兄さんが周囲を警戒しながら聞いてくる。


「片付いたよ」


「えっ……?」


「片付いた。

 教団首領だったガゼインは、契約違反で悪神に半身を喰われたところに、俺がとどめを刺した。

 教団教主グルトメッツァは、ガゼインが生み出した幻影だったから、実質的にガゼインは教主でもあったことになる。

 その他の教団幹部も、俺の仲間たちが塒内に拘禁している。

 牧師さまだけは取り逃がしてしまったから、父さんに手配してもらわないといけないけど」


「……わけがわからない」


 そりゃそうだ。


「一から説明すると大変なんだ……。

 詳しいことは、母さんと合流してからにしようよ」


「そうだね。エドガーは疲れてないかい?」


 兄さん、それは愚問だぜ。


「俺は、疲れないから」


「そうか……父さんから聞いてはいたけど、とんでもないスキルみたいだね」


 兄さんが声を潜めて言ってくる。


「とにかく、家に帰ろう。

 父さんも母さんも心配してる」


 ――家に帰ろう。


 兄さんからその言葉を聞いた途端、俺の目から涙が溢れた。


 自分でも驚いたが――同時に納得もしていた。


 この4ヶ月近くの間、俺はずっと気を張りっぱなしだった。


 【不易不労】のおかげで疲れはしないが、感情面でのダメージは意外に深刻だったようだ。


 しゃくりあげ、泣き続ける俺を、チェスター兄さんは、ただぎゅっと抱きしめてくれた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 落ち着きを取り戻してすぐ、俺はいったん塒へと戻り、ある人物に表に出てくるよう声をかけてから、モリアさんのところに取って返す。

 忘れてはならない用事があるのだ。


「モリアさん」


「おや、もう大丈夫なのかい?」


「ええ。

 それより、あなたに会わせなければいけない人がいます」


「会わなきゃいけない奴、だって?

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉に知り合いなんかいないぞ」


「見ればわかりますよ。

 ――ミゲル!」


「な――」


 絶句するモリアさんの前に、ミゲルがやってくる。


「どうしたんだ、オロチど……じゃなかった、エドガー」


「どうしたもこうしたもあるか。

 こんな特徴的な人を見忘れたなんて言わせないぞ」


 そう言って俺は、硬直するモリアさんを顎で示す。


「な――か、母ちゃん!」


 ミゲルも、ようやくわかったらしい。


「ミ、ミゲル……なのか?」


「母ちゃんっ!」


 ミゲルがモリアさんに抱きついた。

 ミゲルは少年班の中では背が高いが、モリアさんも長身なので、ミゲルの頭はモリアさんの肩くらいの位置にある。

 その頭をモリアさんがきつく抱き締める。


「ごめんよ、ミゲル……!

 あたしがヤケになってたせいで、あんたを辛い目に……」


「だ、大丈夫だよ!

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉ではそんなに不自由はしなかった……。

 御使いとして働いている限りは、だけどさ」


 俺は、これまでのいきさつをモリアさんに語った。


「そうか、ミゲルをさらったのも〈八咫烏(ヤタガラス)〉の連中だったってわけかい……。

 くそっ、そうと知ってたらあたし一人でも切り込んでやるんだった」


 モリアさんの目に暗い火が灯ったように見えた。

 緋文字(スカーレット)と呼ばれ畏れられるAランク冒険者の目だ。

 以前見たモリアさんのステータスからすると、塒に単身で切り込んだとしても相当な数の御使いを討ち取れたことだろう。

 もっとも、ガゼインを初めとする教団幹部と戦って勝てるかどうかは未知数だが……。


 だからこそ、ジュリア母さんはモリアさんにミゲルのことを知らせなかったらしい。

 もちろん、本当にミゲルが危険であれば、モリアさんに知らせた上で、一緒に塒の在処を探って乗り込もうとしただろうけれど。


「落ち着いてください、モリアさん。

 もう片は付きましたから。

 それに、教団構成員の大多数は、教団幹部に洗脳された被害者でもあります」


「そうは言ってもね……。

 ミゲルをさらった下手人がその穴蔵の中にいるんだとしたら、あたしは自分を抑えられる気がしないよ」


 それは……そうだろうな。


「連中のボスは?」


「俺が倒しました。

 他の御使いたちの洗脳を解くために、みんなの前で戦って、正面から打ち破って……その後、いろいろあってガゼインは悪神に喰われかけましたが、俺がトドメを刺しました」


「そうかい……じゃあ、あたしはあんたにお礼を言わなくちゃいけないね。

 ありがとう、エドガー。

 この子を救い出してくれて……そして、憎い教団を壊滅させてくれて」


 モリアさんがミゲルをぎゅっと抱きしめながら言ってくる。

 ミゲルが「痛ぇっ!」と叫んでいるが、気にした様子がない。


「どういたしまして。

 ……と言うのが適切かどうか。

 俺は、俺の理由で〈八咫烏(ヤタガラス)〉を倒しました。

 礼を言われる筋合いではないですよ」


 俺が言うと、モリアさんからなんとか逃れたミゲルが言ってくる。


「そうだ!

 おまえ、首りょ……ガゼインと一騎打ちして勝ったって本当か!?

 なんで俺の見てないところでそういう楽しそうなことをやるんだよ!

 ズルいぞ!」


「……そういえばさらっと流してしまったけど、あんたが〈八咫烏(ヤタガラス)〉の首領を倒したっていうのかい?」


 モリアさんの言葉に、周りで見守っていたチェスター兄さんと、冒険者の女性が俺をじっと見る。


 どう答えたものか。

 こういうのはひさしぶりだ。

 塒では「あいつはなんかおかしい」という共通了解ができていたので、俺も見た目の年齢を気にせず動けていたのだが、彼らからしてみればそりゃおかしいだろう。


「――本当ですよ」


 戸惑う俺の背後から、涼やかな声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはエレミアが立っていた。

 眠っていたはずだが、起き出してきたのだろう。


「オロ……エドガー君が、ガゼインを倒しました。

 一騎打ちで。

 それも、終始ガゼインを圧倒していたように思います」


「いや、あれは結構厳しい戦いで……」


 でも、周囲からするとそう見えたのかもしれない。


「〈黒狼の牙〉の団長だった投槍のゴレスを仕留めたのも彼なのでしょう?

 否定はできないと思うわね。

 キュレベル夫妻はそんなつまらないことで私に嘘をつくような人たちではありませんから」


 そう言ってくれたのは、冒険者を引き連れた豪奢な金髪の女性だった。

 【鑑定】。


《メナス・キュゼロイツ(キュゼロイツ伯爵家長女・冒険者(Aランク)・《キュゼロイツの魔女》・《〔〈北斗六星〉の〕ルビー》・《戦闘研究家》)。レベル:49。》


 〈北斗六星〉というのは、フォノ市の冒険者ギルドで聞いたな。

 ハーピー退治に出張ってきていて、チェスター兄さんとパーティを組んでいる、という話だった。


「ハーピーはもういいんですか?」


 俺が聞くと、


「ええ。チェスター君のおかげでだいぶ楽に狩ることができたわね。

 だから今回も、ハーピーの巣を探るついでということもあって、塒の捜索を手伝うことになったのよ。

 ――それより」


 メナスさんが、俺にグッと顔を近づけてくる。


「ジュリアの子どもだけあって、相当な器物と見ましたわ。

 ねえ、帰り道でいいから、あなたの戦うところを見せてくれないかしら」


 ひょっとして疑われてるのかと思ったが、


「ああ、メナスさんは求道者気質だから。

 最強が6人も集まっていたらつまらないと言って、かの〈北斗六星〉を抜けてしまったような人だからね」


 とチェスター兄さんが説明してくれる。


「あなたのお母さんが引退してしまって、張り合いがいのある相手がいなかったのよ。

 この子は私のライバルになれるかしら?」


「ちょっとメナス、あんた小さい子ども相手に何言ってるんだ」


 モリアさんが呆れたようにそう言った。


「で、どうするの、エドガー。

 このままあたしらと一緒にフォノ市に戻るかい?」


「いえ、せっかくですが、ここに残ります。

 塒の管理を父さん麾下の騎士さんたちに引き継ぐまでは、俺だけ離れるわけにはいかないですから」


「まったく……ありえないくらいにしっかりした子だねぇ。

 うちのミゲルにも見習ってほしいもんだ」


 言いつつ、ミゲルの頭をぽんぽんと叩くモリアさん。


「――ミゲル、おまえはモリアさんと一緒に行きなよ」


「いいのか?

 塒はこれから大変だろう?」


「そこはなんとかするさ。

 せっかく再会できたのにまた別れるんじゃモリアさんがかわいそうだ」


 俺は、モリアさんやメナスさんと今後の打ち合わせをして、再び別れることになった。


 チェスター兄さんは僕も残ると言ってくれて、メナスさん配下の冒険者数人とともに塒の外でキャンプを張ることになった。


 塒の中に場所を用意すると言ったのだが、チェスター兄さんは「彼らを刺激したくないから」と言って断り、冒険者数人は「暗殺教団の本部に泊まるなんてごめんだ」とずいぶん直截的なことを言って断ってきた。


 気持ちはわかるので、無理にとは言えない。

 むしろ、彼らの反応こそが普通なのだろう。

 これから〈八咫烏(ヤタガラス)〉の元御使いたちが受ける扱いのことを思うと、解放された喜び以上に、俺の肩にどっしりと重いものがのしかかってくるような気がする。

次話、金曜(3/13 6:00)掲載予定です。

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