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58 女神様への質問 その3(魔法)

「防御面に不安を覚えるんだが、バリアを張るような魔法はないか?」


「対魔法なら、【魔力操作】系のスキルを工夫なさい。

 メルヴィさんに【次元魔法】を習うのもいいかもしれないわ」


「え……? わたしは、魔力障壁なんて張れませんけど?」


「そこは、知恵を絞れば、わかるはずよ。

 スキルに関しては、創意工夫を阻害しないために、ヒントまでに留めさせてもらうわ。

 異世界の知識を持つあなたには、あまり先入観を持たずに、自由に試行錯誤してほしいから。

 期待してるわよ」


 ううん……そう言われるとこれ以上は聞けないな。

 次に行こう。


「この世界には魔石のようなものはないのか?

 要するに、魔力が込められていて、外からの刺激でそれを取り出せるようなものがほしいんだが……」


「ああ、例のあれ(・・)に使いたいのね?

 でもそれなら、あなたがあの遺跡から手に入れたものの中に、いいものがあったと思うわよ?」


「……? あったか、そんなの?」


「魔力と考えるから難しいのよ。

 魔法で生み出したエネルギーを閉じ込めておくと考えればいいわ」


「魔法で生み出したエネルギー……そうか! あれを使えばよかったのか!」


「そういうことよ」


「あれってどれよ……」


 メルヴィだけわかってないようだが、今は説明してる時間が惜しい。


「魔力といえば、今さらだけど、そもそも魔法って何なんだ?

 魔法文字も、光ったり光らなかったり、スキルで描かないこともできたりで、原理がよくわからないんだが」


「もともと、人間の意思には願望を実現する力があるの。

 奇跡、と呼ばれるものがそれね。

 その力に関しては、マルクェクトでも、あなたの元いた世界でも同じよ。

 ただ、その力はとても微弱なもので、そのままではほとんど意味を成さないわ。

 マルクェクトにおける魔法とは、その意思の力によって、魔法神アッティエラが管理する『魔法レジストリ』にアクセスして、規格化された魔法効果を読み出すことよ。


 魔法文字は、そのためのアクセスキーのようなもの。

 『鍵』だから、『形』が大事なのよ。

 ただし、その『形』はあくまでも意思が思い描くイメージだから、『文字として描く』ことは、本質的にはイメージを形成するための補助的な入力装置にすぎないわ。

 目に見えるのが、その補助装置だけなものだから、魔法使いを上辺だけ観察すると、文字自体に特別な力があるように見える、ということね。


 また、『文字を描く』ことを意識すれば光るし、しなければ光らない。

 状況によって光らないでほしいと思っていれば、よほどの素人でないかぎり光らないわ。

 光っても光らなくても、頭の中のイメージがちゃんとできていれば問題はなし。

 あなたのお母さんが《火炎嵐(ファイヤーストーム)》を使った時には、文字は光っていたでしょう?

 あの場合は、詠唱が長いため、イメージを目に見える形にしておいた方が確実に発動できる、ということね。

 逆に、覚醒したばかりのあなたが魔法を使って、ジュリアさんが(イレイズ)で打ち消していた時は、ももの上をなぞるだけで済ませていたじゃない?

 この場合は、願うものの効果が単純だから、それでも問題がなかったのね。

 文字を光らせて、あなたの注目を引きたくない、ということもあったかもしれないけれど」


 俺は言われたことを頭の中で整理する。


「ええっと……魔法文字を描くことによって、アッティエラの魔法レジストリにアクセスして、魔法の効果を呼び出す。

 イメージが大事だから、文字は補助的な入力装置にすぎない、か」


「マウスやタッチパネルがなくても、パソコンは動かせるけれど、ないと不便でしょう?」


 すっかり地球のITに馴染んでしまった女神様が、そんな比喩を持ちだした。

 たしかにわかりやすいが、何かが台無しになってしまったような気がする。


「じゃあ、魔法スキルはどんな役割をしてるんだ?」


「魔法レジストリから引き出した魔法の効果――魔法原型と呼んでいるけれど、それは汎用性を持たせるために、ごく大雑把にしか記述されていないわ。

 魔法スキルは、大雑把に記述された魔法原型に微調整をかけて、より術者の願望に近い形で魔法を具象化させる役割を果たしているの。

 そうね、ホームセンターでおおまかなサイズに切られた木材を買ってきて、それをノコギリで切ったり、金槌で釘を打ったりして棚を作るとしたら、最初の木材が魔法原型、ノコギリや金槌がスキル、棚が具象化した魔法ということになるわね」


 うん、わかりやすい。

 わかりやすいが……いいのか、これ?


「古代魔法文字は、現代の魔法文字とどう違うんだ?」


「古代魔法文字は、魔法レジストリの古層にアクセスするの。

 古層にある魔法原型は、より出力が高く、より形の定まらない傾向があるわね。

 もともと、魔力制御に長けた始祖エルフ向けの魔法原型だから。

 古代魔法文字で呼び出す魔法原型は、たしかに強力だけれど、型自体が不定形な分、術者側でより大きく効果を調整しなければならないわ。

 そのために、古代魔法文字には文字自体に若干のイメージ喚起作用が埋め込まれているのだけれど、このせいでイメージが乱れるという人もいるから一長一短ね。

 本来であれば、魔法に特化した精神構造の持ち主でなければ扱えないのだけれど……何とか使えてるみたいね」


「あんまり、意識はしてなかったけどな」


「【不易不労】があることと、赤ん坊の脳に大人の魂が宿っているせいかしらね。

 【不易不労】をあげたのはわたしだけれど、あなたの柔軟な発想にはいつも驚かされてばかりだわ」


「MPは?」


「魔法原型の代価として、アッティエラが回収してるわ。

 さっきのたとえで言うなら、材料を買うのに必要なお金がMPになるかしら。

 そのMPを加工して魔法原型を作っているらしいんだけど、その辺のことはあまり教えてくれないのよね」


「女神様がカースを回収してギフトを授けるのと同じか」


「おおまかには、そうね。

 魔力もギフトも魂も、循環可能なシステムになっているわ。

 いえ、そうでなければ、とっくの昔に魔力もギフトも魂も枯渇して、マルクェクトは神々と悪神だけが存在する虚無の世界になっているわね」


「神様は偉大ってことか」


「ふふっ……ありがとう」


 微笑む女神様から目をそらしつつ、次の質問を思い出す。


「いつの間にか、宗教を司る神カヌマーン? から加護を受けてたみたいなんだが、どういう神様なんだ?」


「カヌマーンは、宗教と信仰を司る神ね。

 人々が神を信じて心安らかに、相争わずに暮らせるように、信仰心に厚い人を善導する役割を担っているわ。

 さっきも言った通り、マルクェクトでは宗教は一定の型をはみ出ず、あまり熱狂的なものにはならない傾向があるのだけれど、カヌマーンもそれを反映して穏やかで平和を愛する心優しい少年の姿を取っているわ。

 また、二つ名の管理をしている神でもあるわね」


「カリスマ上昇と、二つ名がつきやすくなるのはいいとして、他者への二つ名付与に対する影響力が大きくなる? ってのは何なんだ?」


「二つ名は、その名を畏怖を込めて呼ぶ者の数が一定数を超えるとつくものだけれど、この時、より強い感情を込めて呼ばれれば、人数は少なめでも二つ名になるわ。

 ここまでは前回説明したとおりだけれど、二つ名にはもうひとつ決定要因があるの。

 それは、二つ名を呼ぶ側の影響力ね。

 たとえば、王様がその二つ名を呼ぶのと、一般人がその二つ名を呼ぶのとでは影響力が違うでしょう?

 二つ名を付与する際にもそれは関係があって、影響力の強い人が二つ名を呼べばたとえ少人数でも二つ名になりやすくなるわ。

 同様にして、カヌマーンの加護を受けたあなたが他者を二つ名で呼ぶと、その二つ名がステータスに付与される可能性が高くなるということね」


 それでどんなメリットがあるんだ? と思ったが、魔法系の二つ名があるとMP使いきりによるMP最大値の拡張が可能になるんだったな。

 俺が他者に魔法系の二つ名をつけられるとしたらかなり便利かもしれない。


 ジュリア母さんは《炎獄の魔女》を持っているからいいとして、アルフレッド父さんにも何か、魔法系の二つ名を付けてあげたいな。

 MPが高ければ、それだけ魔物を狩りやすくなり、レベルも上がりやすくなるのだから。


「二つ名の効果だけれど、直接的には、前回教えたとおり魔法系の二つ名を持っていると最大MPの拡張ができるのがいちばんかしらね。

 また、二つ名の内容によってスキルの習得に少し補正がかかることもあるわ。

 ただし、その辺はむしろおまけの効果で、最も大事なのは、『二つ名があると神々から注目されやすくなる』ことよ。

 いかな神といえども、すべての人間に目を配ることはできないわ。

 だから、二つ名を目印にして、注目や加護を授ける人間を探すのね。

 つまり、あなたの元いた世界における――」


「動画サイトの検索タグみたいなものか」


「……そのとおりよ」


 セリフを取られて、女神様が少しふくれた。

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