48 遺跡の奥
残酷な話が苦手な方はご注意ください。
ガナシュ爺の協力を取り付けてから数日――
俺は、日課の遺跡発掘に勤しんでいた。
遺跡は、深く潜るほどに一階層当たりの面積が狭くなっていて、このペースでいけば、遺跡の最奥への到達もそう遠い時期のことではない、と思っていた。
そしてついにその日、俺は遺跡の奥で、住居らしきフロアを発見した。
広さとしては、10畳もないだろう。
やや古くさい感じのデザインの、ヨーロッパ調の家具が揃っている他、なんと蛇口やシャワールームまで用意されている。
暖炉の前に置かれたソファの上には、ブランケットが、几帳面に折りたたまれたままで風化しかかっている。
壁面に据え付けられた本棚には、革表紙の本が並んでいた。
タイトルを確認した限りでは、コーベット村の屋敷の書斎にもあった文学全集や歴史書ばかりのようだ。
屋敷になかったものでは、宗教関連とおぼしい本が目立つだろうか。
2、3冊、めぼしいものを回収して、メルヴィの次元収納に入れてもらう。
しかし、この部屋には、何か引っ掛かりを覚えるな。
一見するとファンタジーの雰囲気なのだが、俺の知る限りのマルクェクトの文化・文明とはいまいちそぐわない感じがするのだ。
「……メルヴィ、どう思う?」
「うーん……なんだか、変わってるわよね?
蛇口、っていうの?
あんたの見つけたこれなんかは、ここに来るまでに見た街や村では見なかったじゃない?
ご主人さまの知識に、水道のことはあるけれど、とっくの昔に滅んでしまった技術なんだと思ってたわ」
「暖炉とか、調度品とかを見てると、だいたいこの世界の水準だと思うんだけど」
「その辺も、どうも違和感があるわね。
たしかに、大雑把に言えば似たようなものなんだけど、デザインの方向性みたいなものがちょっとずつ違うのよね」
メルヴィと揃って首を傾げながら、部屋の中を調査する。
「……ん?」
ソファの上で朽ちかけているブランケットの下に、本の表紙のようなものが見えた。
慎重にブランケットをどけて見ると、それはどうやら日記帳か手帳のようだった。
その手帳?をゆっくりと開く。
そして、その中から現れたものに、俺は絶句した。
「……どうしたのよ、エド。黙りこくっちゃって。
って、うわ、何これ?
文字……みたいだけど、古代魔法文字でも現代のマルクェクト共通語でもないわね。
こんな波みたいにのたくった文字、ちゃんと読めるのかしら……?」
「……
そう。手帳に記されていたのは、前世のアルファベットだった。
といっても、英語ではなく……たぶん、これはドイツ語だな。
ページをめくっていくと、手帳の後ろ側から逆順でも書き込みがあり、こちらはなぜか英語だった。
英語の方は、俺の頼りない英語力でもなんとか読める程度の文章のようだ。
そして、たぶんだけど、このドイツ語と英語の文章は、同じ内容だ。
【暗号解読】のスキル補正がかかるらしく、ドイツ語の方も、英語と比較しながら解読すると、それなりに意味を取ることができた。
解読できた範囲では、ドイツ語と英語に内容の差はないようだ。
それならということで、俺は英語の方で手帳を読み進める。
おそらくは、そのために、この手帳の持ち主は、2つの言語で手記を記したんだろうな。
英語の母語話者だったら英語だけだろうから、この手記を書いたのは
つまり――ドイツからマルクェクトに転生した者がいた、ということだ。
俺は、大意をメルヴィに向かって訳してやりながら手記を読み進む。
手記が進むに連れて、俺もメルヴィも口数が少なくなった。
そこに書いてあったのは、「悪」に人生を翻弄され続けた男の、虚偽と弱さとに満ちた物語だった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘルムート・ハイドリヒというこの手記の著者は、ドイツ東部の生まれだそうだ。
生まれ落ちたのは、ドイツがもっとも深い闇に覆われていた時期――そう、ナチスが支配する戦間期のドイツだ。
ハイドリヒ氏の実家は、町工場を営んでいたらしい。
ナチスによる軍需によって実家はうるおい、ハイドリヒ氏は大学の工学部に進むことができた。
そんなある日、彼はある少女に恋をした。
ヒトラー・ユーゲント(ナチスの青年組織)の制服に誇らしげに身を包んだ彼は、少女に愛をささやくが、少女は彼を冷たい目で一瞥し、相手にしようとすらしなかった。
彼は、生まれて初めての恥辱に歯噛みした。
その翌日、彼は少女がひとりの青年と出歩いているのを目撃する。
彼はその青年について調べた。
青年はユダヤ人だった。
彼は、少女がユダヤ人と逢引していたと、ゲシュタポに密告した。
ゲシュタポがそのユダヤ人青年を連行していくのを見て、彼はほくそ笑んだ。
邪魔者が消えたと思った。
だが、そのしばらく後、今度は少女がゲシュタポに連行されていった。
青年は、少女のまたいとこだったのだという。
つまり、少女もまた、ユダヤの血を引いていたのだ。
少女はそれきり、二度と街に戻ってくることはなかった。
少女を失ったハイドリヒ氏は、ヒトラー・ユーゲントの活動に入れあげた。
ひそかにユダヤ人ではないかと思われる人物を監視しては、ゲシュタポへと密告した。
自分のやったことは間違っていなかったと思いたかった。
祖国の為に、自分は愚かな恋情を焼き捨てたのだと思いたかった。
そのために、鬼気迫る勢いで、ハイドリヒ氏はヒトラーの手足の末端となって活動し続けた。
そして大学の卒業と同時に親衛隊に技術将校として配属されることが決まった。
親衛隊でも、彼はめきめきと頭角を見せ、やがてドイツ東部に作られた絶滅収容所のひとつを任されることになった。
彼はそこでも懸命に働いた。
ガス室をシャワー室に偽装する工夫を思いつき、総統直々にお褒めの言葉をもらった。
技術者として、「生きるに値しない命」をいかに効率よく処分するかということを、毎日夜遅くまで考え抜き、そしてそれを実行に移した。
ドイツ国家の健康を害する者どもを処分していくことが、日常のルーチンとなりだした頃に、ハイドリヒ氏はあの少女と再会した。
少女は、ハイドリヒ氏同様、既に大人と呼べる年齢になっていた。
少女だった女性は、人が物のように詰め込まれ、立錐の余地もない貨物列車に載せられて、彼の管理する絶滅収容所へと送られてきた。
女性は、ハイドリヒ氏のことを覚えていた。
収容所の所長となったハイドリヒ氏を見るなり、女性は唖然と目を見開き――それから、助けを求めるように濡れた瞳を向けてきた。
その目には、死中に活を見つけた者の、破れかぶれの希望が宿っていた。
大人になった少女の媚びるような目つきを、ハイドリヒ氏は冷然と撥ねつけた。
ハイドリヒ氏は、その女性をガス室へ送り、虫のように殺させ、その死骸はゴミのように捨てさせた。
若い親衛隊員が、悪ふざけで死体の投げ込まれた穴めがけて立小便をするのを、彼は眉一つ動かすことなく眺めていたという。
その日の晩、彼は奇妙な夢を見た。
その夢の中で、異界の悪神モヌゴェヌェスと名乗った「何か」は、ハイドリヒ氏に不定形のメッセージを与えた。
メッセージは、朝目が覚めると徐々に形を結んできた。
――罪なき人間をあと五千人殺せば、願いを叶えてやる。
そうメッセージを読み解いたハイドリヒ氏は、それは不可能だと思ったという。
そんなにたくさんは殺せないと思ったわけではない。
彼は、自分が殺しているのは、罪のある人間だけだと思っていた。
世の中には、生まれてきたこと自体が罪である人種がいるのだと、彼は硬く信じていた。
彼は自分の責任下で何千もの死を生産しながら、自分は正しいと、そう思っていたのである。
だが、ハイドリヒ氏の収容所長としての生活にも、ついに終わりの時がやってくる。
彼の管理する絶滅収容所にソ連軍が迫っているというのだ。
中央は彼に、絶滅収容所の爆破処分を命じた。
もちろん、証拠の隠滅のためだ。
ハイドリヒ氏は、何ひとつ恥じるべきことはしていないと思っていたが、戦後の軍法会議で追求されることは避けたいとも思った。
彼は囚人たちを使い、施設の爆破準備を進めさせた。
が、最後の最後で、自分たちの命運を悟った囚人たちが反乱を起こした。
収容所に残った数少ない親衛隊員だけで反乱を抑えこむのは難しかった。
しかし、ハイドリヒ氏は不屈の闘志でもってそれをやり遂げた。
だが、時は既に遅かった。
大挙して押し寄せたソ連軍が、収容所を包囲した。
ソ連軍は、爆破処理を急ぐ親衛隊員たちをどう思ったのか、すぐに戦車で砲撃させた。
ソ連軍の戦車砲弾が、ハイドリヒ氏の城を破壊していく。
囚人たちのうちまだ動ける者たちは、収容所から我先にと逃げ出した。
ハイドリヒ氏の部下だった親衛隊員たちも逃げ出したが、すぐにソ連軍に追い詰められ、投降した。
そんな中で最後まで執務室で檄を飛ばしていたハイドリヒ氏は、執務室に飛び込んできた戦車砲弾によって死亡した――はずだった。
ハイドリヒ氏は、気づけば見知らぬ空間にいた。
どこまでも深く、どこまでも暗い、無明の闇。
そこに濃密なまでの気配を持って、「何か」が存在していた。
――悪神モヌゴェヌェス。
一時の気の迷いが見せた迷夢だと思って、それきり忘れていた異界の悪神が、そこにいた。
悪神は言った。
契約は果たされたと。
ハイドリヒ氏が、その責任の下に殺した無辜の人々の数は、最終的に3万5409人だと、悪神は告げた。
悪神は、その数字に満足していると言った。
そして、それだけの悪を、潰えるに任せるのは惜しいと言った。
だが、ハイドリヒ氏にはわけがわからなかった。
私は悪ではないと、悪神に抗議した。
悪神は嗤った。
そして、それでいいと言った。
それから命じた。
異世界マルクェクトへと転生し、悪のかぎりを尽くせと。
さもなくば、おまえの魂に永劫の責め苦を与えると脅した。
そして、実際にその責め苦の一部をハイドリヒ氏の魂に加えてみせた。
魂が軋むほどの苦しみに、ハイドリヒ氏は一も二もなく頷いた。
マルクェクトに転生したハイドリヒ氏は、ソノラート王国を悪行の舞台に選んだ。
蔓延する不況、失業、民族問題、失墜する国威、そして軍事的な脅威。
当時のソノラートは、ハイドリヒ氏の生まれた頃のドイツによく似ていた。
ハイドリヒ氏は思うがままに国を荒らした。
暗殺教団〈
政治宣伝に無垢なこの世界の人々は、面白いように対立を煽られ、殺し合った――と、ハイドリヒ氏は記している。
ちなみに、〈
ハイドリヒ氏は東方より来たりし賢者を名乗り、不満を抱えたソノラートの民たちに、細分化された「民族」の観念を植え付けた。
血統や出自、人種についておおらかな考え方を持っていたソノラートの民たちが、数年の内に、10を超える部族・宗派・人種へと分裂し、互いが互いをソノラートから排斥しようと考えるようになった。
ハイドリヒ氏は、互いに対して民族浄化を行うよう、それとなく、時には露骨に彼らを煽り続けた。
そして、荒廃したソノラートに悪神の影を見て現れた勇者を、ハイドリヒ氏は罠にかけて殺し、悪神にその首を捧げた。
しかしそうする一方で、ハイドリヒ氏は良心の呵責に苦しんでいた。
悪神モヌゴェヌェスは、ハイドリヒ氏を悪だと言った。
なんとも皮肉なことに、ハイドリヒ氏の「正義」の正体を暴き、それを悪だと指摘したのは、他でもない悪神モヌゴェヌェスだったのだ。
ハイドリヒ氏は、転生して生き直す中で、前世における自分の行いを嫌というほど振り返った。
その脳裏には、あの日焼きついた少女の軽蔑の眼差しが浮かんでいた。
ハイドリヒ氏の入れあげたナチスは、既に滅んでいるにちがいない。
ソ連軍が、ハイドリヒ氏のいた東ドイツの収容所にまで侵攻していたのだから。
おそらくは総統も、自ら死を選ぶか、絞首台にかけられるかしているだろう。
場合によっては、彼の信じたドイツ国家そのものが他国によって解体されているかもしれない。
彼の信じたものは、すべてあぶくとなって滅んだということだ。
その後に残ったのは、若い日の苦い記憶だった。
嫉妬に狂って密告し、少女を結果的に死へと追い込んだ、若い日の蹉跌。
その蹉跌を蹉跌と認めたくないが故に、彼はナチスに入れあげ、己をごまかし、一人でも多くの人間を殺すことで、必死にあの日の自分を正当化しようとし続けた。
そのことが、生まれ変わったことで、はっきりと理解できるようになった。
赦されることはないと知っていても、ハイドリヒ氏は少女に謝りたいと思った。
だが、その少女は、ほかならぬハイドリヒ氏自身が殺してしまっていた。
ハイドリヒ氏は、勇者の首級を対価に、これ以上干渉するなと、悪神に要求した。
意外なことに、その要求は呑まれた。
もともと、条件を満たせば願いを叶えるという約束であり、悪神側からすれば、その約束を果たしただけのことだ。
ハイドリヒ氏は古代魔法文明の遺跡のひとつを発掘し、そこを己の住み処に定めた。
そしてそこにささやかな工房を作り上げ、前世における父親の背中を思い出しながら、槌をふるい、工作機械を動かし、ひとつひとつ、生活に役立つ品々を作成していった。
ささやかなものでもいい。
己が、弱さゆえにまき散らした悪を、いくらかでも償うことができれば。
そう思って、さまざまな品を作っては、街に持ち込んで売りに出そうと、ハイドリヒ氏は計画した。
しかし、ハイドリヒ氏は怖くなった。
自分は、元の世界でも大罪人だが、この世界でも、勇者殺しの悪神の使徒だ。
いつ、次の勇者が自分のことを嗅ぎつけ、殺しに来るかわからない。
また、悪神モヌゴェヌェスは、約束を違えないという点では、スターリンよりはましかもしれないが、
自分のささやかな贖罪を不愉快に思って、自分を殺すために刺客を送り込んでくるかもしれない。
そう思うと、せっかく作った日用品も、街に出て売りさばく気にはなれなくなった。
ハイドリヒ氏は絶望したが、それでも死ぬのは怖く、自殺することもできないままに、十年以上の月日が流れてしまった。
日用品づくりはエスカレートして、独自に開発した魔法を併用すれば、鉄道のレールや乗用車の部品まで作れるようになっていた。
が、やはり、それを表に出す勇気は持てなかった。
その一方で、ハイドリヒ氏は、毒物の化学合成にも手を染めていた。
かつて絶滅収容所のガス室で用いた、ツィクロンB――青酸ガスを作ろうとしたのだ。
ハイドリヒ氏は、その心境をこう書き残している。
「何もかもが中途半端だ。
この歳になれば嫌でもわかるが、私には勇気というものが欠けている。
だからこそ、ナチスの描くゲルマンの勇者に憧れ、魅入られてしまったのだろう。
私には、悪をなしたいと思ったことなど一度もない。
しかし、私の弱さは、ただ生きているだけで私に悪を強いるのである。
弱い私は、生きているだけで悪を生む。
悪を逃れようとして、それ以上の悪を生み出してしまう。
私は、私の二度の人生の、一切合財が嫌だ。
生きていることそれ自体が厭わしい。
それなのに、私は死にきれない。
悪神には死にきれないことを見透かされ、脅されるままにこの世界にひとつの地獄を生み出してしまった。
ああ、私の前には、なぜいつも地獄が生まれるのだろう。
そう人ごとのようにつぶやきながら、客観的には私がその地獄を生み出したとしかいいようがないということを、認めまいとして、必死に「悪」を探している。
ナチスが悪い、悪神が悪い、そう言っている間は自分の悪を忘れていられる。
思えば、私はずっと私自身の悪から目をそらして生きてきた。
結果として、地獄を駆け抜けた人生の大部分が、まるで夢か映画の中のことだったかのように浮き立って感じられるのだ。
ならば逆に、夢か映画のような演出の中でなら、意気地のない私が私の身体から横溢する「悪」に向きあい、決着をつけられるのではないか、と思った。
私は、まるで映画のラストシーンのように、劇的な舞台装置を作り、戯画化したシチュエーションの中で、自動装置によって自殺する。
さながら――そう。まるで流れ作業のように殺されていった収容所の囚人たちのように。
あるいは、私が幼い恋情を抱いたあの娘のように。
とどめに
そして、いよいよ最期の日がやってくる。
ハイドリヒ氏はこの手記をまとめ終えると、地下空間に作り出した石室の中に閉じこもり、手ずから組み上げた機械で青酸ガスのシャワーを浴びた。
罪と死とから逃げ続けた男は、異世界の穴蔵の底で死んだ。
ハイドリヒ氏が住み処としていたこの遺跡も、ガスの噴霧と同時に爆破され、その大部分が地下に埋もれることになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺もメルヴィも言葉がなかった。
ハイドリヒ氏のことを、巨悪に翻弄され続けた哀れな男だということもできる。
が、一方で、ハイドリヒ氏自身が、巨悪と呼ぶにふさわしいだけの惨禍を巻き起こしてもいる。
それも、前世のドイツでと、マルクェクトのソノラート王国で。
どちらにおいても、裁判にかけられれば極刑を免れないような、最悪の悪事を、幾重にもわたって積み重ねている。
それもこれも、ハイドリヒ氏が臆病で弱かったからだ――そう言うことは簡単だが、では、俺自身がそうした臆病さや弱さとは無縁なのかといえば、そんなことはないだろう。
嫉妬に駆られることもあれば、自分の弱さを見まいとすることだってある。
ハイドリヒ氏の弱さは、俺自身にもある弱さから、地続きになっているように思えてしまう。
いや――そうじゃない。
ハイドリヒ氏は自分の弱さに負けた。
好きだった少女をゲシュタポに売ってしまった罪悪感から逃れようとして、次々に罪を重ねてしまった。
その心の隙を、ナチスやら悪神やらにつけこまれてしまった。
こうして手記を読めば、身勝手ながらも彼なりの苦悩があったことは理解できてしまうが――理解できた上で俺がなすべきことは、彼に共感して引きずり込まれることではなく、たとえ無情と言われようと「俺は違う」とはねのけることなのかもしれない。
生まれ落ちた時代が違っていれば、ただの小市民でいられたはずの彼に同情することではなく、彼を後知恵で断罪し、己の立場を守ることなのかもしれない。
……それはともかくとして、遺跡にこの世界の文明レベルに合わない品があった理由は、これでわかった。
さらなる捜索の結果、バッテリー数個と銃の部品らしきものを発見した。
銃のそばには、百発ほどの銃弾もあった。
半世紀も放置されていた銃弾を、そのまま使ってみる気にはなれないが、のちの製造用サンプルとして回収しておく。
実包にされていない火薬もあったが、湿気ていて使い物にならないようだから、ここに残していくことにした。
何でもかんでも持っていくと、現場監督に怪しまれかねないからな。
奥の部屋には大型の工作機械らしきものもあった。
が、手記にあるように魔法を併用して使っていたものらしく、これだけでは使い方がよくわからない。
バカデカい鉄のボビンのようなものなので、おそらくはレールを作るための圧延用装置なのだと思うが……。
とにかく、〈
後は、現場監督に投げてしまえばいい。
この部屋のさらに地下に、世界をまたいで弱き悪であり続けた男が眠っていることなど、このまま誰にも知られず、忘れ去られてしまうのがいいだろう。
ハイドリヒ氏は、なぜ手記を残したのか。
それも、なぜわざわざ英語の翻訳をつけてまで残したのか。
おそらくは誰かに理解され、少しでも罪を赦されたかったのだろうが――ハイドリヒ氏のそんな企みに協力してやるいわれなど、俺の側にはさらさらないのだから。
次話、明後日水曜(2/4 6:00)掲載予定です。
追記2015/05/22:
「ラインハルト・ハイドリヒ」という名前は実在した人物と被っていることが判明したため、「ヘルムート・ハイドリヒ」と改めました。