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47 薬師

 火竜アグニアとその仔竜が飛び立って、1時間ほど後。

 俺は、4人(ミゲル、エレミア、ドンナ、ベック)に、ここで起きたことについて、話していいことと黙っていてほしいこととを整理して伝え、納得してもらってから、地上へと戻ることにした。


 巣には、火竜アグニアのブレスで大穴が空いていたので、フックロープを使って一気に地上まで戻ることができた。

 俺はもちろん、他の4人もロープを登るくらいならわけなくこなす。 


 最後に俺が、【サイコキネシス】でロープを巻き上げながら登り切ったところで、少し離れた岩陰から砂色の人影が飛び出してきた。


「おーい!」


 覆面で顔がわからないが、あの声はゴンザックだな。

 ゴンザックは、俺がフックロープをリュックサックにしまった(と見せかけてメルヴィに次元収納してもらった)後に、俺たち少年班5人の元へとたどり着いた。


「無事か、オロチ同志!」


「ああ、なんとかな」


「さっきのブレスを見た時には、絶対に死んだと思ったぞ」


 ゴンザックが胸をなでおろしながらそう言った。


 俺の口からことの顛末を説明した後、もう脅威は去ったということで、俺たち少年班5人はその場で休憩となった。

 休む俺たちのまわりでは、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の御使いたちが、何匹か仕留めたらしいワイバーンの解体に勤しんでいる。

 ワイバーンの肉は、そのままでは固いが、煮込むと味がしみやすい上に、燻製にすれば長期保存も可能だということで、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の貴重なタンパク源として余すところなく利用される。

 皮や牙や爪や骨にも、それぞれ利用方法があるらしい。


 俺たちが、ゴンザックが差し入れてくれた水を飲みながら休んでいると、そこへ何と、我らが首領さまが現れた。


「火竜が出たと聞いてあわてて飛び出してきたが……無駄足だったみてーだな」


 たしかに、塒の戦力で火竜を相手にできそうな奴なんて限られてるから、ガゼインが出張ってきたのはおかしなことではない。

 あわててガゼインに敬礼しようとする少年班の俺以外を手で制して、ガゼインが言う。


「おまえら、よく無事で帰ってきてくれた。

 ったく、塒の隣に火竜とか、冗談じゃねーぜ。

 この大事な時期によ……」


 そうボヤきながら、ガゼインは少年班の4人ひとりひとりに声をかけていく。


「エレミア、火竜の第一発見者はおまえだったそうだな。

 偵察役としていい仕事をしてくれた。

 ミゲル、火竜の巣を探索すべきだと提案したのはお前だったらしいな。

 いい判断だ。

 ドンナ、チームの回復役として、また最年長者として、よく同志たちを抑えてくれた。

 ベック、盾役として身を挺して皆を守ったそうだな。

 火竜相手によく怯まず持ちこたえた」


 それぞれ、ミスもあったはずだが、とりあえず今は良かったところを褒めて、4人の労をねぎらおうとしているようだ。

 見た目にそぐわずマメな奴だ。


 ガゼインは最後に俺を見て、


「……ま、おまえがこの程度で死ぬとは思っちゃいなかったよ」


「おい、ちゃんと心配してくれよ」


「心配したらどうせ気持ち(わり)ぃとか言うんだろーが。

 が、マジな話、こいつらを全員生きたまま連れ帰ってくれたのはありがてぇ。

 なんかひとつ、願い事を言ってみろ。

 できる範囲で善処してやる」


「じゃあ、俺に【調薬】を……」


「そいつはダメだ。

 何度も言ってるだろーが」


「ちっ。それじゃあ……そうだな、ワイバーンの肉のいちばんいいところを、少年班に寄越せ」


「そんなんでいいのか?」


「ああ。べつにほしいものなんかないしな」


「ふん……なら、ワイバーンの手羽先に牛乳券を1束くれてやる。好きに分けるんだな」


 おっ、太っ腹。

 どうも今のガゼインはかなり機嫌がいいっぽい。

 俺たちの帰還が嬉しかったように見えるが、こいつはそんな殊勝な性格をしていたか?


 俺が首をひねっている間に、ガゼインの命令で、塒に帰る前にここで火竜戦勝?記念のバーベキューが開催されることになった。


 ワイバーンの分厚い肉が金網で焼かれてステーキになっていく。

 岩塩を振っただけの大雑把な味付けだが、激しい運動の後だからめちゃくちゃおいしく感じられた。


 あれ、そういえば……


「ネビル同志は?」


 ワイバーン討伐隊のリーダーだったはずのネビルの姿が見えない。

 サラリーマン時代の習性で、仕事が終わったら上長に報告しないと気持ちが悪い。


 まさか、ワイバーンにでも後れを取って……?


 俺の疑問に、ガゼインが苦り切った顔で答えた。


「ああ、あいつか。

 何か、しゃっくりが止まらないとか言って、医務室に担ぎ込まれてたみてーだが……。

 火竜が出て、驚いてしゃっくりが止まらなくなったとか、そういうことか?

 そんな話聞いたこともねーぞ……治ったら鍛え直しだな」


「そ、そうか」


 しゃっくりの原因に心当たりがありすぎる。

 こっそり、ドンナに分けてもらったウスサケ茸の爆竹を取り出し、【鑑定】する。


《ウスサケ茸:薄く裂けることが特徴の、風味の良いキノコ。ただし、大量に摂取するとしゃっくりが止まらなくなることがある。しゃっくりは半日ほど続くが後遺症はない。乾燥させて粉末にしたものに着火すると激しい音を立てて爆発する。》


 すまん、ネビル同志。


 俺がひとりでネビル同志の冥福を祈っていると(死んでない)、バーベキュー会場では歌合戦が始まっていた。

 エレミアが笛を吹き、ゴンザックがギターのような楽器をかき鳴らし、ミゲルが太鼓を適当に叩きまくっている。

 歌っているのはなんとガゼインだ。

 なかなかの渋い美声で、民謡のような節回しの寂しげな歌を、しっかりとこぶしを利かせて熱唱している。


 ――こんなところを見ていると、なかなかに愉快な連中ではあるんだけどな。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 その夜、俺はある人物の元を訪ねていた。

 塒の奥まった一角にある専用の地下スペースに、その人物の住処があるという話だった。


 トロッコ洞窟の暗がりにダクトの出入口を作って、俺は【隠密術】で気配を消しつつ、その人物の住む地下スペースへと滑り込んだ。


 居室らしい一室の向こうから、何かを擦るような音が聞こえてくる。


 その居室のドアの前で、俺がノックをためらっていると、


「……そこにおるのは誰じゃな?」


「……っ!」


 ドアの向こうから、先に声をかけられた。


「その気配の大きさからすると、さては最近入ったという幼子かの?」


 そこまでバレてしまってはしかたがないので、俺は覚悟を決めてドアを開く。


 部屋の中央にある囲炉裏の前に、薬剤作成の道具を広げて、ひとりの老人があぐらをかいてうずくまっている。

 前世における着流しによく似た着物に身を包む老人は、白髪でしわぶかく、俺がドアを開けても目を閉ざしたままだ。

 白髪の上に被さるように生えた犬耳は、俺のよく知る少女のものとそっくりだ。


「いつまで立っておる?

 寒かろう。囲炉裏端に座りなさい」


 言われて俺は、老人の斜め向かいに腰を下ろす。

 そして、こっそり【鑑定】を使わせてもらう。

 火竜アグニアの解説にあった魔力のピンを、意識して細く弱くすることで、さらにバレにくく【鑑定】することができるようになった。


 ガナシュ・ヤシュバール(《薬師》・《薬聖》・《宿老》)

 年齢 73歳

 獣人(月犬族)


 レベル 24

 HP 29/29

 MP 33/33


 スキル

 ・伝説級

  【超触覚】-

  【超聴覚】-

  【超嗅覚】-

  【顕微眼】2


 ・達人級

  【微視眼】9(MAX)

  【気配察知】8

  【魔力検知】7


 ・汎用

  【魔力感知】9(MAX)

  【調薬】9(MAX)

  【聞き耳】9(MAX)

  【道具作成】9(MAX)

  【光魔法】5

  【手当て】4

  【魔力操作】3

  【念動魔法】2


《薬神の注目》(医薬の神ホノリウスの注目を受けている。【調薬】系スキルの習得・成長に小補正。)


 俺がステータスを見ている間に、老人は囲炉裏にかけてある鉄瓶から、ひしゃくで湯を一杯すくい取り、湯のみに移して、俺に渡してくる。


「茶を切らしておってな。

 白湯でよければ、飲むといい」


「とんでもない、いただきます」


 俺は湯のみを受け取ろうとするが、老人の持つ湯のみが動いて、スムーズに受け取れなかった。


「ひょっとして……目が?」


「おぉ、そうじゃ。わしは目が見えぬ」


「……すみません」


 思わず聞いてしまったが、不躾だったな。


 恐縮する俺に、ガナシュ老人が小さく頷く。


「いや、悪いことばかりではないのじゃよ。

 目が見えぬ代わりに、それ以外の感覚が鋭くなった。

 魔力も、人の気配も読めるようになった。

 それもこれも、スキルを司る輪廻神様のお導きのおかげじゃろう。

 とはいえ、色だけは知りようがないのじゃが、それ以外では不自由はないのじゃよ」


「そうか……色は、光がないとわからないもんな」


「む? 色と光と……その2つには、何か関係があるのかの?」


「関係って……ああ、そうか」


 色とは、ものが光のどの相を反射するかによって決まる、という知識は、近代科学を前提としている。


「色は、光なんだよ。

 光が、ものに当たって反射する。

 その時に、光のうちの一部がものに吸収されるんだ。

 たとえば、赤いものは、赤い光を反射して、それ以外の光を吸収してるってことになる」


 うかつに前世の知識を見せるのはどうかと思うが、この程度なら害はないだろう。

 プリズムくらいはこの世界にもあるだろうから、その道の研究者なら知っているかもしれない。

 この人の信用を得るには、知識をプレゼントするのが手っ取り早いと、ドンナも言っていたしな。


「ほほぅ……理にかなっておるの。

 であれば、【光魔法】と【魔力検知】を組み合わせて――おぉ……!」


 ガナシュ老人が眉を跳ね上げて驚く。


「見える……いや、わかる、と言うべきか。

 これまでは、明暗でしかわからなかった光が、さまざまな『色』で構成されておるのがわかる……!

 おぉ……おお!」


 ガナシュ老人が、目から涙を零しながら驚いているが、驚いたのはこっちの方だ。

 この爺さん、俺が口にしたちょっとした現代知識だけから、光の仕組みを一瞬で理解し、それを魔法に応用してしまったのだ。


「よもやこの歳になって、『色』を取り戻すことができようとは……いやはや、長生きはするものじゃな」


「いや、半分は、あんた自身の力だよ。

 ところで、あんたのことはなんて呼べばいい?」


「おお、そういえば、名乗っておらなんだ。

 知っておるようじゃが、わしはガナシュ。

 爺とでも呼べばよい」


 そう言われても、本当に爺と呼ぶわけにもいかない。


「じゃあ、ガナシュ爺で。

 俺のことは、みんなはオロチと呼んでいる。

 今日は、あんたの指導を仰ぎたくて、こうしてやって来たんだ」


「よし、オロチよ。

 わしに『色』を与えてくれたお礼に、わしにできることならばなんでもさせてもらおう」


「単刀直入に言うが、あなたの【薬研】を教えてくれないか?」


「ほう……どこで【薬研】のことを嗅ぎつけたんじゃな?」


「あんたの孫娘とは親しくさせてもらってるからな」


「おお、そうじゃった。

 先だっての火竜騒動では、あの子が世話になったようじゃな」


「あの時のことに関しちゃ、お互い様だったよ」


 俺が肩をすくめると、


「よい子じゃろう。

 このような場所で、暗殺者の真似事など、させられていいような子ではないのじゃ」


「おいおい……そんなこと言っていいのかよ?」


「なに、おぬしが相手ならかまうまい。

 こうして深夜に、上の許しもなしにわしのところに忍んでやってくるような不良御使いじゃからの」


 それもそうか。


「そのうえ、首領からは、おぬしには薬物の扱いを決して教えるなと言われておる」


 うわ。

 ガゼインの奴、俺がこうする可能性まで考慮して、先手を打ってやがったな。


「だけど、なんであいつはそんなことを恐れてるんだ?

 他の戦闘技能については、制限なく教えてくれるってのに」


 俺がそうボヤくと、ガナシュ爺は思慮深げにうなずいた。


「ふむ。なるほど……そこからして、わかっておらぬのか」


「……どういうことだ?」


「おぬしは、誰かを暗殺する上で、最大の困難が何か、わかるかの?」


 いきなり飛んだ話に、俺は首をひねりつつ、


「そりゃ、気づかれずに近づくことじゃないのか?」


「それも困難には違いないが、〈八咫烏(ヤタガラス)〉で訓練を受け、経験を積んだ御使いには、さして問題となることではあるまい。

 むろん、相手に気配を読む者や魔力を検知する者がいなければ、の話ではあるが。

 わしが言っておるのは、もっと直接的なもののことじゃよ」


「直接的……?」


「たとえば、じゃ。

 おぬしがガゼインを――いや、奴では都合が悪いの、他の〈八咫烏(ヤタガラス)〉の幹部連中を暗殺しようと目論んだとする」


「キナくさい喩え話だな」


「仮の話じゃよ。

 やれとは言っておらぬ。

 もっとも、やるなというつもりもないのじゃがな」


 にやり、と笑みの形に唇を歪めるガナシュ爺。


「それで、何の話じゃったか……さよう、暗殺の話じゃな。

 おぬしが混ぜっ返すものじゃから、飛んでしまうところじゃったわ」


「う……すまん」


「まあよい。

 とにかく、おぬしが、幹部連中を殺そうとしたとする。

 接近には問題はあるまい。

 こうして密かにわしの庵まで忍んでこられる力があるのじゃからの。

 しかし、いざ殺すとなった時に、何が障害となる?」


「障害か……。

 俺なら、問答無用で生き埋めにすると思うが……」


「それはなしじゃ。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉で仕込まれた【暗殺技】で殺すと考えよ」


「【暗殺技】で……?

 でも〈八咫烏(ヤタガラス)〉の幹部ともなれば、どいつもレベルが高いから――

 って、そうか! 一度で殺しきれないかもしれないのか!」


「さようじゃ。暗殺における最大の困難とは、対象のHP(・・)なのじゃよ」


 HPが高いと、受けたダメージの量が同じでも、怪我の程度が相対的に軽くなる。

 コーベット村の屋敷で、二階から転げ落ちて頭を打った時に身をもって知ったことだ。


 ならば、暗殺対象のHPが高ければ、いくら急所を【暗殺技】で攻撃したとしても、一撃では命を奪えない可能性が出てくる。

 そこで相手に騒がれたら暗殺は失敗に終わるかもしれない。


「おぬしがガゼインを筆頭とする教団の幹部連中を暗殺しようとしたとする。

 その時に、おぬしが薬物を持っておるかおらぬかで、暗殺の難易度がまったく異なってくるのじゃ」


 なるほど。道理で、俺に【調薬】を教えたがらないわけだ。


「じゃあ、どうするんだ?

 やっぱり教えてくれないのか?」


「教えるとも。

 わしに色を取り戻させてくれた上、おぬしは孫娘の恩人じゃ。

 それに――」


「それに?」


「ガゼインの嫌がることならば、わしはなんだってやってやろう」


 そうつぶやくガナシュ爺の眉間は険しくしかめられていた。


「……あんたとガゼインの間に、何があったんだ?」


「ガゼインは、わしの娘を殺したのじゃ。

 ドンナを拐かす際に、口封じのために、わしの娘を、奴は殺したのじゃ。

 そして、ドンナをさらい、ドンナを暗殺者に仕立てる一方で、ドンナを人質に、わしには毒物づくりを手伝わせておるのじゃよ」


「……そうか」


 ガナシュ爺の居室(本人によれば「庵」か)に沈黙が下りた。


「……とにかく、おぬしが薬物の扱いを学びたいというのなら、わしの知りうる限りのことを教えてやろう。

 ただし、どこまでそれをものにできるかは、おぬし次第じゃがな。

 それでも、奴らにつけ込まれぬだけの知識と技術は、間違いなく仕込んでやろう。

 ドンナにはまだ教えておらぬ、『裏』の薬物の知識も含めて、な」


「そいつはありがたい。

 期待に応えられるようがんばらせてもらうよ。

 ……ところで、ひとつだけ、先に聞いておきたいことがある」


「ほう。さっそくの質問か。

 よいことじゃ、おのれの頭で考えぬものは、ものごとの半分も理解はできぬ」


「レプチパ草を始めとする、眠りや麻痺や毒などの状態異常を引き起こす毒物への、対抗策についてだ」


「具体的じゃの。

 さては、レプチパ草を使われて、誘拐されてきた口か」


「……そんなところだ」


 俺にはレプチパ草は効かなかったのだが、あれがなければガゼインに大人しく誘拐される必要はなかった。

 もっとも、あそこでガゼインとやりあって勝てていたとは思えないから、かえって命拾いしている面もある。

 悔しいが、彼我の力量を見誤っていては、いつまで経っても勝てないからな。


「基本的に、魔法によらない、つまり、薬物による状態異常は、その毒に応じた薬物を使うことによって回復するものじゃ。

 もちろん、対応する薬があれば、の話であって、薬の存在せぬ毒も世の中にはあるということをよく覚えておくのじゃ」


「おいおい、じゃあ、そういう毒は使われた時点で終わりなのかよ」


 まあ、元の世界の毒だってそういうものだったが……。


「高位の聖職者の使う【治癒魔法】の中には、毒に効果のあるものもあると聞くが、魔法とてどのような毒かがわかっておらねば噛み合わぬ。

 とはいえ、さいわいにして、わしが知らぬ毒など滅多にないし、わしは、わしが知っておる毒については、ほとんど全てに対して解毒剤を作ることができる。

 これは、わしの力だけではなく、薬神さまのお力や、輪廻神さまからいただいたスキルを組み合わせてはじめてできることじゃ」


「じゃあ、俺には無理ってことか?」


「そう悲観することはない。

 世で使われる毒の9割は、もっとも手頃な6種の毒に限られるのじゃ。

 とりあえずおぬしは、この6種――いや、中でもよく使われる3種の毒に対する解毒剤を作れるようになればよい。

 それに加えて、〈八咫烏(ヤタガラス)〉で使われておる特殊な毒の知識と解毒の方法を覚えてもらおう」


「それはそれで面白そうだが、万能薬みたいなものはないんだな」


「ない……わけでもないの。

 ただし、そのようなものには稀少な材料が必要となる。

 たとえば――そうじゃな、虹サボテンの樹液など、まさか持ってはおるまい」


「虹……サボテン?」


 ガナシュ爺の言葉に、俺は硬直した。


「……ガナシュ爺、これから見ることは、秘密にしてほしいんだが……」


「今さらじゃの。こうしておぬしと会っていること自体、知られてはまずかろう」


「……メルヴィ」


 俺が声をかけると、メルヴィがその場に姿を現す。


「薬師さま。

 わたしは妖精のメルヴィよ。

 わけあってエドにくっついて旅をしてるわ」


「おお……先ほどからまさかとは思っておったのじゃが、やはりそこにおったのは妖精じゃったか」


「気づいてたのか」


 目が見えない代わりに、他の五感や魔力への感覚が本当に鋭いんだな。


 メルヴィに頼んで、次元収納から、例のサボテン――レインボーカクタスの鉢植えを取り出してもらった。


「見えるかどうかわからないけど、ここにレインボーカクタスの鉢植えがある」


「おおっ! まことか! では樹液も――」


 驚いて身を乗り出したガナシュ爺に、


「ダメよ! トゥシャーラヴァティちゃんはわたしが育てるって決めたんだから!」


「いや、まだ何も言ってないだろ」


 小さな身体で鉢植えをかばおうとしたメルヴィにそうつっこむ。


 っていうか、いつの間にか名前までつけてるし。

 お姉ちゃん属性がいかんなく発揮されてるな。

 それにしても、もう少し呼びやすい名前にできなかったものか。

 インドの神様か何かみたいじゃないか。


 そういえば、この場合、【鑑定】結果には名前は反映されるのだろうか。

 そんなことを思いついて、出来心でサボテンを【鑑定】する。


 トゥシャーラヴァティ

 3歳

 レインボーカクタス?(樹形)/魔法生物

 レベル 1

 HP 3/3

 MP 262/262


 スキル

 ・伝説級

 【成長制御】-

 (【次元魔法】1)(樹形のため使用不可。)

 (【極光魔法】1)(樹形のため使用不可。)


 ……うん。

 見なかったことにしようか。

 これはただのサボテンだ。そうに違いない。


 いや、冗談はともかくとして、ちょっと見ない間にこのサボテンに一体何があった。 

 どんなことでも自信満々に解説してくれる【鑑定】さんに?を使わせるとは、どんだけわけの分からない進化をしたんだよ。

 おおかた、メルヴィが次元収納にしまってたのが原因なんだろうが……。

 もともと、魔力を吸収して属性に応じた花を咲かせるような珍しい植物だしな。


「鉢植えにできるサイズであれば、まだ若い個体であろう。

 成熟した個体の、花の蜜を吸い出せば、樹液の代わりとすることができる。

 それならば、傷つけずに万能薬(エリクサー)の材料を得ることができよう」


「それなら、また今度抜け出して、こないだの場所を探してみるか」


「まったく、おぬしには驚かされることばかりじゃわ。

 万能薬(エリクサー)の精製は、わしでなければ難しいじゃろう。

 材料が手に入ったら持ってくるとよい」


「わかった。それはそれとして、【薬研】も教えてくれよ」


「もちろんだとも」


 ガナシュ爺の言葉を聞いて、俺は囲炉裏端から立ち上がった。

 同時に、ガナシュ爺も立ち上がって、壁際の引き出しの中から、小さな陶器の瓶を取り出して、俺に向かって差し出してくる。


「……この教団の真実を知りたいのならば、この薬を持っていくがよい」


「これは?」


「ガゼインが臨席する大きなミサがあったら、礼拝堂に入る前に、その薬を飲んでおくのじゃな」


 【鑑定】――しようと思ったが、瓶に入ってるので《〔陶器の〕瓶。》としか出なかった。

 後で中を覗くことにしよう。

次話、月曜(2/2 6:00)掲載予定です。


■書籍化決定しました!

活動報告でも書かせていただきましたが、この度、本作品『NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚』が書籍化される運びとなりました。

それもこれも皆様の応援のお陰です。

本当にありがとうございます。

なお、出版社等詳細は後日公開となっておりますので、今しばらくお待ちください。

ウェブ版、書籍版とも皆様に面白いと思っていただけるよう努めてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

2015/01/30

天宮暁

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