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45 火竜突破戦

「行くぞ!」


 と掛け声をかけられるわけもなく、俺のハンドサインに合わせて、少年班4人が無言でダッシュをかける。

 火竜に向かって、だ。


 【忍び足】を使わせてはいるが、さすがにすぐそばまで近づけば火竜も気づく。

 火竜が警戒の唸り声を上げたところで、4人は二手に別れた。

 エレミアとベックが火竜の右、ドンナを脇に抱えたミゲルが火竜の左だ。


 俺はというと、4人の背後から追走し、4人が左右に別れても、そのまま火竜に正面から突っ込んでいく。

 火竜は自然、正面の俺へと意識を向ける。

 そこに、


(ライト)(スプレド)――《フラッシュライト》!」


 俺は持続時間を一瞬に絞った、大光量の(ライト)を生み出した。

 もちろん、目はつぶり、まぶたを上から片手で覆っている。


 グギャアアッ!?


 目を灼かれた火竜が悲鳴を上げる。

 その隙に4人は火竜の脇をすり抜け、所定の位置へと向かっている。


 俺はというと、竜の腹の下に滑りこみながら、メルヴィに出してもらったワイヤーフックを【サイコキネシス】で前に飛ばす。

 フックは、竜の腹の下をくぐって、その向こうに立っているベックの上半身に絡みつく。

 ベックは既に、腰を深く落とし、両腕を角のように前方に突き出す構え――《猛牛の構え》を取っている。

 【タフネス】もあるから、ちょっとやそっとのことでは崩されないと言っていた。


 フックには、前回、メルヴィのために塒を抜け出した時にはなかった機構が加えられている。

 フックのワイヤーに、巻取りのためのリールがついているのだ。

 俺はリールを【サイコキネシス】で巻き取り、火竜が動き出す前に腹の下をくぐり抜けることに成功する。


 そして、ベックの背後に回りこむと、


Ω(ガイア)(コンセト)Ω(ガイア)(コンセト)――《砦よ(ストロングホールド)》!」


 四字発動で、ベックの下半身を覆い隠す形に、土塁を築く。

 ベックの身体の前面から、エプロンを伸ばすように、火竜に向かって長さ5メートルほどの扇状のスロープを形成する。

 4文字も使って固めたから、ちょっとやそっとでは壊れないはずだ。

 メルヴィもこの間に地の精霊にお願いして、この土塁を可能なかぎり強化してくれている。

 どういう作用が起こっているのか、土塁の表面が飴状に溶け、鉱物のように固まった。


 その時、いよいよ火竜がこちらを振り向いた。

 目の焦点はしっかり合っている。

 もともとそこまで痛手を与えられなかったか、再生のアビリティが働いたかだろう。


 俺がちらりと背後を確認すると、すでにエレミア、ドンナ、ミゲルの3人は洞窟を駆け抜け、曲がり角の向こうに姿を消している。

 あの角の向こうは、火竜とベックを結んだ延長線上にはないから安全だ。


 俺は腰に下げた専用の革袋から剥落結界の砕片を取り出し、火竜の頭めがけて連続で投げつける。

 鱗に弾かれるかと思ったが、砕片は火竜の肌をざくざくと切り裂いていた。


 火竜が怒りに燃える目で俺を睨みつける。


 そして、大きく息を吸い込んだ。


「ベック、メルヴィ!」


「大丈夫! っていうかメルヴィって誰?」


『大丈夫よ!』


 火の精霊の甲高い声が聞こえた。

 そこに宿る感情は――歓喜、だろうか。


 火竜の眼光がぎゅっと鋭くなった次の瞬間、火竜の喉奥から凄まじい赫光が迸った。

 真正面から見ると、ほとんど光の爆発にしか見えない。

 赫光は、メルヴィの干渉でわずかに上へと歪むが、それでもベックの上半身に直撃するコースだ。

 土塁の下、ベックの影に身を伏せた俺の頭上を、ベックの上半身をまともに飲み込んで、超高温の熱線が通過する。


 上半身が神の力で無敵になるという《猛牛の構え》のことを知っていても、心臓に悪い光景だ。

 上半身だけ無敵でも、下半身が生身なら、ブレスの高熱だけでダメージを受けるのではないか?

 そう思って事前にベックに確認してみたところ、「上半身で受け止めてる限りは大丈夫」とのことだった。


 ベックの上半身を呑み込んだブレスは、そのまま背後へと伸び、洞窟の壁を容赦なく溶かしていく。


 永遠にも思えたブレスの照射が止んだ。

 あとに残されたのは、火竜と、俺たちと、焼け残った土塁と、背後に大きく口を開いた、赤熱した新たな空洞(・・・・・・・・・)だ。

 そして、その空洞の奥には、ブレスの余熱で陽炎に霞んではいるが、外の光が見えていた。


 そこに――


Ω(ガイア)Ω(ガイア)Ω(ガイア)Ω(ガイア)!」


 力任せに【土精魔法】をぶち込んで、最低限の足場を作る。

 まだ熱いだろうが、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の御使いなら、駆け抜ける程度はできるだろう。


 洞窟の奥から、エレミアと、ドンナを抱えたミゲルが戻ってくる。


「できた! 行けッ!」


 俺の短い言葉に、うなずく(いとま)すら惜しんで、2人が「道」を駆けていく。


「ベック同志! おまえも早く!」


 俺は最後の1人であるベックに声をかける。


 が、その声にベックは答えようとしない。

 火竜をじっと睨んで、土塁の前から動こうとしない。


「ベック!」


「――先に行ってくれ、オロチ同志!」


「はぁ!? 何言ってるんだ!」


「ここは僕が食い止める! そうでなきゃ、逃げ切れないよ!」


 火竜が、再びブレスを吐こうと息を吸う。

 それを見て、ベックが火竜めがけて走り出す。

 火竜は近づくベックに気づいてブレスを中断し、竜脚をベックめがけて振り下ろす。


「ベック!」


 潰された、と思ったが、ベックは再び《猛牛の構え》で竜脚をがっしり受け止めていた。


「僕だって、金剛騎士ディクレオス・ウォンの息子なんだ!

 仲間を残して、敵に背を向けられるかあああああッ!」


 ベックはうおおお……と叫び声を上げながら、受け止めた竜脚をじりじりと押し返していく。

 が、火竜は最初こそ驚いたものの、残りの脚を踏み直して、ベックを踏んでいる脚にさらに力をこめていく。


 今のうちに逃げろ! ってことなんだろうけど、逃げられるわけないだろ!


「ああもう! ありがた迷惑だよ、そういうの!」


 俺は腰に下げた革袋から剥落結界の砕片を取り出し、火竜の脚をめがけて投げつける。

 今度こそ鱗に弾かれるかと思ったが、砕片はさっくりと肌に突き刺さった。

 本当に何なんだろうな、この砕片は。

 ちなみに、革袋から出して減った分は、メルヴィがこっそり補充してくれている。


 火竜が憎々しげにうめきながらたたらを踏む。

 ベックはその間に竜脚の下から抜け出した。


「ありがた迷惑とは何だよ、オロチ同志!

 どう考えても、僕よりもオロチ同志が生き残るべきだろ!

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉が必要としてるのは、僕よりも君だ!」


「そんなの知ったことか!

 命ってのは、そんな簡単に投げ捨てていいもんじゃないんだよ!

 おまえが死んだら、モナもピングもミッチェルも猫目もモグラも犬っころも、みんなみんな悲しむだろうが!

 全員だ! 全員揃って、少年部屋に帰るんだよ!」


 猫目だのモグラだのいうのは、少年班の子どもたちの塒における名前だ。

 ガゼインもいちいち考えるのが面倒なのか、俺のオロチも含め、ネーミングは動物に偏っている。


「そんなことできないよ!

 誰かひとりが残って、火竜を抑えなくちゃいけないんだ!」


「だからそれは俺がやるって言っただろ!

 一対一でも、俺なら生き残れる可能性がいちばん高い!」


「そんなのわからないじゃないか!

 いくらオロチ同志が強くたって、火竜にやられない保証なんかない!」


「だから――」

「そんなの――」



「な に や っ て る の !!」



 突然の大声に、俺とベックは思わず身をすくめた。

 砕片を口で咥えて抜いていた火竜まで、心なしか驚いているような気がした。


 醜い言い争いに割って入ったのは、ミゲルでもエレミアでもなく――


「ドンナ! どうして戻って――」


「俺もいるぜ!」

「ボクも、だ!」


 振り返った俺の左右を、赤髪と銀髪が駆け抜けていく。

 外への通路を駆け戻ってきた勢いのまま、ミゲルは火竜に殴りかかり、エレミアはナイフを投げつける。


「ここは俺たちが抑える!

 ドンナ、その2人の馬鹿にお説教だ!」


「お、おい、何言ってる!

 なんでみんな戻ってくるんだよ!」


 思わず食ってかかる俺に、


「オロチ同志とベック同志はこっち!」


 そう言ってドンナが俺とベックの襟首をつかんで引っ張ってくる。

 本気になればもちろん振りほどけるが、いつもはぺたんとしている犬耳をピン!と立てたドンナの迫力に逆らえず、俺とベックは洞窟の奥の物陰へと引っ張り込まれてしまった。


「ベックくん!

 どうして、みんなでリーダーに選んだオロチくんの判断に従わなかったの!」


 よほど興奮してるのか、「同志」ではなく「くん」付けになっている。


「だ、だって、僕は金剛騎士の息子で……」


「そんなの関係ないでしょ!

 わたしはみんなが助かる方法だって言うから、オロチくんの作戦に賛成したんだよ!

 ベックくんが犠牲になるんだったらわたし絶対反対してた!」


「う、あ……」


 ベックは目を白黒させて口ごもる。

 ベックをやりこめたドンナが、今度はキッと俺の方を見た。


「オロチくんも!

 わたしも賛成しちゃったから悪いけど、こんなに危ないことになるなんてわたし聞いてないよ!

 わたしたちの後からすぐに行くって言ってたじゃない!」


「い、いや、ちゃんと後から追いつくつもりだったんだ……。

 でもベックの奴が……」


「人のせいにしない!

 目を見ればわかるんだから!

 オロチくんはひとりだけで火竜と戦って、できるかぎり足止めしよう、あわよくば倒しちゃおうって思ってたでしょ!」


「う……!」


 図星をつかれて、ベック同様言葉に詰まった。

 倒せるとまでは思っていなかったが、秘密兵器の1つ2つを使えば、火竜は驚いて逃げ出すかもしれないとは思っていた。


『メ、メルヴィ、ドンナって【妖精の目】でも持ってるのか?』


『そんなわけないでしょ。

 女の子の勘よ』


 女の子固有の生得的能力(アビリティ)かよ。

 ステータスに書いておいてくれよな。


「どうしてオロチくんは、なんでもひとりでやろうとするの!?

 どうしてオロチくんは、わたしたちを頼ろうとしないの!?

 わたしだって、エレミアちゃんだって、ミゲルくんだって、オロチくんの力になりたいって思ってたのに、どうしてわたしたちに命令しないの!?

 どうして、自分が《トンネル》掘る時間を稼いでくれって頼まなかったの!?

 わたしたちって、そんなに頼りなかった!?」


「あ、いや、それは……」


 たしかに、そのとおりかもしれない。

 火竜のブレスを誘って道を作るなんていう綱渡りをやらなくても、4人に時間を稼いでもらって《トンネル》を掘った方がずっと安全に脱出できたはずだ。


 そうしなかったのは、俺がいない場で、4人が火竜と戦うのが心配だったからだ。

 もちろん4人全員を生還させることを考えてのことだったが、それは反面では、彼らの力を疑うことでもあった。


 善かれ悪しかれ御使いとしての使命に燃えて、戦闘力を磨き上げてきた4人にとって、それは屈辱的なことだったかもしれない。


「はぁ……そうだな。

 ありがとう、ドンナ。

 君の言う通りだ」


 俺がこうして叱られてる間にも、ミゲルとエレミアは巧みに火竜の攻撃をいなし続けている。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉の使命のために?

 ――いや、共に暮す仲間たちのためにだ。


「ベック。すまなかった。

 たしかに俺は、おまえの力を当てにしようとしてなかったらしい。

 ブレスを受け止めたり、竜脚をつかんだりできる《小金剛》に対して失礼だったよ」


「い、いや、僕の方こそごめん……。

 オロチ同志の言うことが正しいとわかってたのに」


 謝りあう俺たちを、ドンナが頷きながら見守っている。


「だから、今だけは隠し立てしないでいくぞ」


 俺はそう言って、メルヴィに頼んで密かに作っていた新兵器を取り出してもらう。

 それは、遺跡から出土したジュラルミンの板金を、何枚も重ねて、圧力をかけてくっつけた大盾だ。

 縦が2メートル、幅が1メートルほどもあって、とことん重いが、その分頑丈だ。


「ベック、この盾を使ってくれ」


「これは――すごい盾だ」


 俺がよろめきながら渡した盾を、ベックはこともなげに構えてみせる。


「で、でも、こんなの、今どこから取り出したの?」


「それは、後で時間ができた時にでも説明するよ。

 そいつがあれば、さっきみたいな踏み潰しだけじゃなく、爪だとか牙だとかも受け止られるだろ?」


「う、うん! もちろん!」


 ベックが自信満々にうなずいた。


 上半身だけが無敵だというから、踏み潰されたら竜の体重で下半身が潰されるんじゃないかと心配していたが、どうもそうはなっていないようだ。

 と同時に、竜脚の爪に関しては、ベックは直接食らわないように注意していた。

 要するに、「受け止める」ことができれば無傷だが、切り裂かれたり貫かれたりした分はちゃんとダメージを負う、という仕組みなんだろう。

 ブレスに関しても、「受け止めた」という扱いになっていたから、下半身に高熱が吹き付けても平気だった、ということのようだ。

 その下に伏せていた俺の方にも、熱気らしい熱気は吹き付けてこなかったしな。


 どうしてそんなことになるのかって?

 それはベックに力を授けてる神様に聞いてくれ。


「だが、間違っても正面からは受け止めるなよ?

 それと、魔法で強化してるわけじゃないから、ブレスを食らったらふつうに溶けるからな」


「大丈夫だよ。盾の扱いは、親父たちに仕込まれてるから」


「そうか……親父さんたちに、また会えるといいな」


「それはどうかな……。

 御使いとして働く以上は、そういうことは忘れないと」


「……そうか。

 防御はベックに任せる。

 でも、それだけじゃダメだ。

 奴の注意を引きつけないと。

 ――ドンナ」


「は、はいっ!」


 突然呼ばれたドンナが、反射的に敬礼みたいな動きをする。

 たぶん、月犬族の敬礼なんだろうな。


 さっきまでの勢いはどこへやら、溜まっていたものを吐き出してすっきりしたのか、いつもの大人しいドンナに戻っている。


「いや、俺より歳上なんだから、ふつうにしてよ。

 ドンナは、酸でも火薬でもいいけど、何かあいつの気を引けるようなものは持ってない?」


「ウスサケ茸を乾燥させて作った爆竹ならあるけど……」


「え? ウスサケ茸って爆竹になるの?」


「うん。知らなかった?

 だから、塒でたくさん栽培してるんだよ?」


「ヤバいな……。

 お好み焼きのかつお節代わりに使っちまったよ。

 ネビルが気に入ってたくさんかけてくれって言ってたけど、大丈夫かな」


「ふふっ。食べ過ぎなければ大丈夫だよ。

 食べ過ぎても、しゃっくりが止まらなくなるくらいだから」


「いや、それ結構恐ろしいんじゃ……。

 って、そうじゃなかった。

 じゃあ、ドンナは、ベックの後ろからそれを投げて火竜の注意を引いて。

 ベックはドンナを守ってやってくれ。

 ただし、奴がブレスを吐くそぶりを見せたら、俺の後ろに退避すること」


「わかった」

「わかったよ」


 2人がうなずく間にも、エレミアとミゲルは火竜と戦っている。


 エレミアが投げナイフで巧みに火竜の注意を引きつけ、その隙をついてミゲルが火竜の背後から殴りかかる。

 が、


「せいやあ! ……っ痛ええぇっ!」


 ミゲルが手をぷらぷらさせながら飛び退る。

 頑丈な手甲でぶん殴ったにもかかわらず、ダメージを受けたのはミゲルの方だったらしい。

 対して火竜の方は、ちらりとミゲルを一瞥しただけで、興味を失ったようだ。


「くそっ! じいちゃんみたいに発勁が使えたら……!」


 ミゲルのじいちゃん発勁なんて使えるのか。

 すげえな。すごく師事したい。

 ミゲルにしたって、【軽功】が使えるだけで十分すごいんだけどな。


 エレミアは、牙や爪の付け根や関節など、鱗のない場所や鱗の隙間を狙ってナイフや投げ針を投げ続けている。

 火竜が鬱陶しそうにしていることから、効かないわけではないようだが、大きなダメージは与えられてないようだ。

 【鑑定】してみると、


《火竜。レベル:11、HP:4488/4539、MP:451/712。》


 となってるから、一応効いてはいる。

 打撃の全く通らないミゲルに比べれば、善戦しているとは言えるだろう。


 火竜が苛立たしげな声を上げながら、牙や爪でエレミアを捉えようとするが、その時には既にエレミアは【闇魔法】で残像を残して火竜の攻撃圏の外に退避している。

 かといって、離れすぎることもない。

 完全に離れてしまえば、火竜はブレスの準備に入ってしまうから、付かず離れずの距離を維持しながら、コツコツと着実にダメージを積み重ねていっている。

 なるほど、ガゼインが「正真正銘の天才」とまで言うわけだな。


 とはいえ、圧倒的攻撃力を誇る火竜を前に、さすがのエレミアも緊張を隠しきれていない。

 相手の攻撃を見きってかわす――それだけのことにも、毎回自分の命のかかる状況だ。

 疲労が火竜に転移するから、疲れて動けなくなることはないにしても、精神的な緊張がエレミアの注意力を奪っていく可能性はある。


 そこへ、ドンナが手製の爆竹を投げ込んだ。

 ダメージらしいダメージはなかったが、まだ若い火竜は驚いたらしく、ドンナをギロリと睨みつけ、凄まじい振動を立てながらドンナめがけて突進する。


 思い切り振り下ろされた竜脚の一撃を、かろうじて割り込んだベックが多層ジュラルミンの大盾で斜めに受け流す。


 思わぬ方向に脚を流された火竜が体勢を大きく崩した。

 ゴゴゴン、と腹に響く音を立てて、火竜が洞窟の壁に上体をぶつけた。


 その隙に――


『メルヴィ!』


『うん!』


 メルヴィは次元収納から、長さ3メートル、直径50センチほどの巨大なコイルを取り出した。

 コイルの下には、俺がむりやり溶接してくっつけた台車がある。

 もちろん、どちらも遺跡の出土品だ。


 俺はそのコイルにξ(サンダー)をいくつも書き散らす。

 ξ(サンダー)の隣には(イレイズ)も書いておくが、最初に発動するのはξ(サンダー)だけだ。

 発動しなかった魔法文字は、十秒もすれば効力を失ってしまうが、今はそれで十分だ。


『よしっ! 充電完了!』


「――みんな、そいつから離れろ!」


 【念話】でメルヴィに、声でみんなに合図を送る。

 ベックとドンナには、ヤバいことをするかもしれないから、合図したら逃げろと言ってある。

 エレミアとミゲルはちょうど火竜から離れた場所にいる。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉の集団戦でも、大規模魔法の発動時には似たようなことをやるから、4人の退避はスムーズだった。


『了解! 行くわよっ!』


 返事とともに、メルヴィが次元収納から「何か」を取り出した。

 俺は一瞬だけ待ってから、(イレイズ)を発動する。

 メルヴィが取り出した「何か」は、帯電したコイルの入口付近に、現れたと思ったらかき消えた。

 いや――発射されたのだ。

 次の瞬間、凄まじい音と衝撃が洞窟内を駆け抜けた。


 グィギャアアアッ!


 啼きわめく火竜の片翼を――赤熱したレール(・・・)が貫いていた。


 何が起こったのか理解できなかったのだろう、少年班4人はぽかんと口を開いて俺の方を振り返っている。


 コイルにξ(サンダー)で電流を流し、磁界を作る。

 そしてその磁界の端に、磁性体であるレールを投げ込む。

 レールは磁界に吸引される。

 そのままでは磁界の中にレールが固定されてしまうので、(イレイズ)で電流を遮断する。

 すると、レールは磁界から与えられた吸引力のままにコイルから猛スピードで飛び出していく――。


 ――そう、こいつは即席のコイルガンだ。


 レールに吸引力が乗り切った瞬間に電流を解除する必要があるが、【見切り】で補正がかかったらしく、比較的楽にタイミングを図ることができた。

 格ゲーの目押しコンボより楽だったくらいだ。


 ちなみに、レールを使ってはいるが、仕組みから言ってレールガンではなく、あくまでもコイルガンということになる。


 前世における動画サイトで、コイルガンを試作しているのを見たことがあった。

 うろ覚えだったのだが、原理だけなら単純だ。

 (ねぐら)内では実験するわけにもいかず、ぶっつけ本番だったのだが、なんとかうまくいったみたいだな。


 レールは空気との摩擦で赤熱したまま、火竜の翼を洞窟の壁に磔にしている。


『ち、ちょっと!

 こんなにすごいなんて聞いてないわよ!?』


 メルヴィがうろたえたように言ってくる。


 ああ、そうか。

 事前に知っていたら、メルヴィの「投入」が他者への危害としてカウントされていたのかもしれないな。

 俺に砕片をパスするのが大丈夫なんだから、これも大丈夫だろうと思ってしまっていた。


 それとも、射撃の狙いが逸れたのはそのせいだったのか?

 とすると、二発目は撃てないかもしれないな。

 その場合は、レールを磁界の外に出してもらってから【サイコキネシス】で俺が投入して――


 いや、こんなことを考えてる場合じゃなかった。


「おい! 今のうちに逃げるぞ!」


 俺は呆けていた少年班4人に声をかける。

 火竜が動けないでいるうちに、急いで穴から外に出るのだ。

 さいわい、赤熱していた「道」は、表面だけだが温度が下がって、火竜紋の刻まれた岩となりつつある。

 4人がはっとして動き出す。


 が、それは少しだけ遅かった。


 ググ……ギャアアア、オォッ!


 火竜が、苦痛にまみれた鳴き声を上げ、大きく息を吸い込んだ。

 痛みで我を忘れているらしく、不気味に喉を鳴らしながら、これまでよりだいぶ早いペースでブレスの準備を終えてしまう。


 ヤバい!

 こちらの位置がバラけてしまっていて、全員をカバーできそうにない!


「くっ……やるしかないか!」


 俺はコイルに再び電流を流し、メルヴィにレールを取り出してもらおうと――


 ――した、瞬間のことだった。


 今回はちゃんと「耳を澄ませて」いたからわかった。

 火の精霊たちが甲高い声を上げている。

 その方向は――斜め下。

 奥にいる、大きい方の火竜だ!


「火の精霊よ、我らをその猛威から救い――くっ!? 言うことを聞いてくれない!」


 迫るブレスに干渉しようとしたメルヴィが悲鳴を上げる。

 俺も火精にお願いしようとするが、それは聞き届けられず、火竜(大)のブレスが俺たちに迫り――


 ジュドッ――


 洞窟が赫い光に染められた。


 ブレスが通過したのは、俺と火竜(小)の中間地点だった。

 そのブレスに火竜(小)は息を呑み、吐きかけていたブレスを中断する。


 俺もまた、コイルの準備を解いていた。


 ――今のブレスは、警告だ。


 これでお前たちを殺すこともできたのだぞ、という、大きい方の火竜からの。


 そして、洞窟に低い声が響く。


《――そこまでにしてもらおうか、客人たちよ。

 我が仔にもそなたたちにも、争う理由などもともとあるまい?》


 その声に、火竜(小)が「グルゥ……」と不満げに啼くが、逆らう気はないようだった。

 翼に突き刺さったレールを、口でくわえて引き抜き、いまいましげに洞窟内に放り捨てる。

 レールはまだ赤熱していたが、さすがは火竜というべきか、熱についてはダメージはないらしい。

 翼に空いていた穴も、みるみるうちに塞がっていく。


《さて、客人たちよ。

 大したもてなしもできぬが、聞きたいことがある。

 我が巣穴へと参られよ》


 丁寧ではあるが、その言葉は命令だった。

 俺たちは顔を見合わせ――誰からともなくうなずきあった。

次話、月曜(1/26 6:00)掲載予定です。

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