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43 火竜

 辺りに、重い沈黙が下りた。


「なあ、オロチ同志。

 さっきの【地魔法】で穴を掘って出られないのか?」


 ミゲルが聞いてくる。


「できなくはないけど、火竜のせいでこの辺の地盤がどうなってるか予想がつかないんだ。

 へたな掘り方をしたら、崩落して生き埋めだ」


 (ねぐら)の発掘現場でも、過去にそうした事故があったらしい。


 もっとも、《トンネル》に加えて、俺がダクトの補強に使っている硬化魔法コンクリを併用すればたぶん大丈夫だ。

 しかし、多少は気心のしれた少年班とはいえ、あまり手の内を見せたくはない。

 あとでどうやって脱出したのかと聞かれたら、しらばっくれるのは難しいと思うし。


「じ、じゃあ、どうするんだい?

 こんな食べ物もないところに閉じ込められるなんて、僕、ヤだよ」


 と、食いしん坊のベックが言う。

 ミゲルが呆れたような顔をするが、ベックの言うことも一理ある。

 今回は塒から近いということもあって、携行食料は2日分しか持ってきていないのだ。


「とりあえず、この洞窟を探索してみよう。

 どこかから外に出られればそれでよし、ダメならできるだけ地上に近づいてから《トンネル》だ」


 俺が言うと、4人はホッとした顔を見せた。


「……ごめんね、みんな。

 わたしが転んだせいで……」


 ドンナが見るからにしょげた様子でそう言った。

 かわいい犬耳も頭の上にぺたんと寝てしまっている。


「気にするな! 助けあうから仲間なんだろ!」


 ミゲルが明るく言ってドンナの肩をばしばし叩く。


「……助けたのはミゲル同志じゃなくて、オロチ同志なんだけどね」


「ぐっ……」


 エレミアのつっこみにミゲルが言葉を詰まらせる。


「そこで提案なんだけど、今に限っては、オロチ同志をボクらのリーダーにしないかい?

 今いちばん冷静なのはオロチ同志だし、【地魔法】のこともオロチ同志にしか判断できないから」


 エレミアの言葉に、現リーダー・ミゲルが反発する。


「えぇっ!? だって、オロチ同志はまだ子どもじゃんか!」


「……たしかに、そうなんだけどね。

 ボクはもう、オロチ同志については見た目とか実年齢とかは気にしないのがいいと思う。

 いい加減驚くのに疲れたし……」


 最後はボソリとエレミアが言う。


「僕も賛成」

「わ、わたしも……」


 ベックとドンナも賛成すると、ミゲルもしぶしぶながら認めた。

 かくして俺が少年班遭難組の臨時リーダーを務めることになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 ここで、少年班のステータスを見ておこう。


 まずはミゲル。

 赤毛を短く刈った腕白小僧だ。

 まんま少年マンガの主人公みたいな奴だと思ってくれればいい。

 俺にもよく、模擬戦の相手をしろと絡んでくる。


 ミゲル・ミッテルト(〈八咫烏(ヤタガラス)〉第1班所属・《麒麟児》)

 年齢 9歳

 人間


 レベル 19

 HP 31/31

 MP 17/17


 スキル

 ・伝説級

  【軽功】4(特殊な呼吸法によって体内の気の流れを整え、人体の限界に迫る身ごなしを実現する。)


 ・達人級

  【格闘術】3

  【暗殺術】1


 ・汎用

  【暗殺技】9(MAX)

  【格闘技】9(MAX)

  【跳躍】6

  【忍び足】5

  【聞き耳】5

  【夜目】3

  【短剣技】3

  【双剣技】1

  【遠目】1

  【手裏剣技】1

  【ナイフ投げ】1  


 なんとミゲルは、伝説級スキルの所持者である。


 【軽功】のおかげでミゲルの動きはまさに変幻自在。

 相手を翻弄しながら、鍛えぬいた【格闘術】で畳みかけていくという、近接戦特化のインファイターだ。

 その戦い方は孫悟空を思わせる。

 懐に飛び込まれてしまったら、俺では対処しきれないだろうな。

 その代わりというべきか、投擲系の武器は苦手らしく、〈八咫烏(ヤタガラス)〉では全員に教えることになっている【ナイフ投げ】もスキルレベルは1に留まっている。


 次に、エレミア。

 いわずとしれた、ショートの銀髪と褐色の肌のボーイッシュな少女だ。

 ただし、容姿が端正すぎて、本人が思ってるほどには男の子には見えない。


 エレミア・ロッテルート(〈八咫烏(ヤタガラス)〉特務班所属・《昏き森の巫女》)

 年齢 7歳

 ダークエルフ


 レベル 21

 HP 30/30

 MP 67/67


 スキル

 ・伝説級

  【疲労転移】-(自らの疲労を周囲の者に転嫁する。常時効果を発揮する。)


 ・達人級

  【隠密術】4

  【気配察知】4

  【暗殺術】2

  【見切り】1


 ・汎用

  【暗殺技】9(MAX)

  【手裏剣技】5

  【短剣技】4

  【夜目】4

  【闇魔法】4

  【格闘技】3

  【ナイフ投げ】3

  【光魔法】3

  【魔力感知】3

  【跳躍】2

  【遠目】2

  【吹奏】2


 《昏き森の祝福》(気配の察知・隠匿に関するスキルの習得に中補正。)


 相変わらず7歳児離れしたステータスである。

「おまえが言うな」と言われそうだが。


 ちなみにミゲルとエレミアは、〈八咫烏(ヤタガラス)〉に連れて来られてから3年で、少年班の中では最古参になる。


 そしてドンナ。

 ぺたんとした犬耳と、独特の編み方をした長めの黒髪がトレードマークの色白の少女だ。

 あまりそうは見えないが、少年班の最年長者でもある。


 ドンナ・ハーシャ(〈八咫烏(ヤタガラス)〉第1班所属)

 年齢 11歳

 獣人(月犬族)


 レベル 18

 HP 30/30

 MP 34/34


 スキル

 ・伝説級

  【超嗅覚】-


 ・達人級

  【微視眼】4

  【調合】4


 ・汎用

  【調薬】9(MAX)

  【聞き耳】7

  【水魔法】4

  【念動魔法】4

  【忍び足】4

  【夜目】3

  【魔力感知】2

  【闇魔法】2

  【短剣技】2

  【暗殺技】1

  【格闘技】1

  【ナイフ投げ】1

  【道具作成】1 


 身体を動かすよりは、【調合】した薬物などを使って敵を妨害し、味方を支援するのがドンナの役割だ。

 ここにいない子どもたちまで含めた少年班の中で最年長だが、これは御使いとして必要な身体能力がなかなか備わらなかったせいだな。

 獣人というと身体能力が高そうなイメージだが、ドンナの場合は優れた感覚を活かした生産系のスキルに適性があるようだ。


 【調薬】については、俺もガゼインに教えろと頼んでみたのだが、


「――おまえみたいな危ない奴に教えられるか」


 と断られてしまった。


 さっきの地滑りで皆細かい傷を負っていたが、ドンナは手持ちの薬草を使ってその治療に当たっていた。

 メルヴィに頼むわけにもいかなかったので(ちゃんといるよ)、彼女がここにいてよかったと思う。


 最後にベック。

 刈り上げた金髪が特徴的な固太りの少年だ。

 8歳にして身長がたぶん140センチ以上あるから、将来はきっととんでもない巨漢になるだろう。


 ベック・ウォン(〈八咫烏(ヤタガラス)〉第1班所属・《小金剛》)

 年齢 8歳

 人間


 レベル 15

 HP 29/29

 MP 16/16


 スキル

 ・伝説級

  【防禦】4(防御の型に神の力を宿らせ、己を盾として味方を守る。)


 ・達人級

  【タフネス】2

  【大力】2


 ・汎用

  【大盾技】6

  【戦斧技】4

  【忍び足】3

  【暗殺技】3

  【木彫り】3

  【地魔法】2

  【短剣技】2

  【投槍技】2

  【聞き耳】1

  【夜目】1

  【ナイフ投げ】1 


 攻撃スキルは物足りない感じだが、【防禦】の性能が凄まじい。

 《鉄壁の構え》は、身体前面に受けるダメージを0にするという強力な効果を持つという。

 もっとも、ベックはまだ《鉄壁の構え》を使うことができない。

 ただその代わりに、《猛牛の構え》という上半身を無敵にし、同時に敵の攻撃を受け止める怪力を得るというスキルが使えるらしい。

 すごいけど、使いどころが難しいよな。


 それよりはむしろ、【大力】と【タフネス】の方が状況を選ばず使えるだろう。

 鍛えていけば、将来的には《悪神の呪禍》なしのゴレスを上回るステータスになりそうだ。


 ついでながら、ベックは俺の【木彫り】仲間でもある。

 図体に似合わず、細かな細工がうまいんだ。

 技術面では、スキルレベルの高い俺の方が上のはずなんだが、細部にかける情熱みたいなものが違うらしく、作品の出来栄えでは敵わないと思うことが多い。

 いや、これは余談だったな。


 ……さて、こうして見てもらうとわかると思うが、この少年班、実はけっこう優秀なのである。

 もともと少年班は、特殊なスキルを持つ子どもたちを、ガゼインたちがあっちこっちから誘拐してきて作られたものだ。

 元の才能に〈八咫烏(ヤタガラス)〉での訓練が加わって、大人の御使いにも十分以上に太刀打ちできるステータスに仕上がっている。


 将来、こいつらの洗脳を解くことができたら、この5人で組んで冒険者でもやったら楽しいかもしれない。

 もっとも――それも、この窮地を切り抜けられたらの話だが。


 とはいえ、このメンツで火竜に勝てるか? というとどうだろう。

 メルヴィ先生に聞いてみよう。


『なあ、火竜ってどのくらい強いんだ?

 このメンツで勝てる見込みはあるか?』


『そうねえ……竜種の強さは年齢によってまちまちだけど、よほど幼い竜じゃないかぎり、この子たちじゃ厳しいと思うわよ?

 たとえあんたがいたとしてもね。

 火竜を討つためには、それこそちょっとした軍隊が必要になるもの』


『メルヴィは、やっぱり手伝えない?』


 妖精であるメルヴィには、意図的に他者を傷つけることができないという制約がある。


『竜は、魔物じゃないから無理ね。

 亜竜であるワイバーンならいいんだけど。

 いざって時に守ってあげることはできるけど、積極的に攻撃することはできないわ』


『ってことは、意思疎通のできる相手だってこと?』


『うーん……年老いた竜の中には、人語を解するものもいるけど、たいていの竜は無理ね。

 だけどそもそも、竜のなわばりを侵しさえしなければ、竜というのは向こうから襲ってくることはないわ』


『じゃあさっきのは?』


『あれは、エレミアが言ってたように、単なる巣作りよ。

 もし火竜が本気になって攻撃する気になったら、あんなものじゃ済まないわ』


『逃げるしかないってことか。

 さいわい、まだ竜のなわばりには入ってないんだろ?』


『そうね。ここいらは、まだ火竜の巣にはなってないから、ばったり出くわしたりしなければ、問題はないはずよ。

 さっきあんたが言ってた通り、洞窟を進んで、地面に近づいてから穴を掘ればいいんじゃないかしら』


 よし、メルヴィ先生からお墨付きをいただいたぞ。

 一時はどうなることかと思ったが、何とかなりそうだ。



 ――そう、思っていたのだが……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 一時間後。


「――なあ、オロチ同志」


「なんだ?」


「……下っていってるよな、これ」


「ああ……残念なことにな」


 ミゲルに指摘されるまでもなく、それはわかっていたことだ。

 俺たちの入った洞窟は、ゆるく弧を描きながら、時々鋭利な角度に曲がって地下へと下りて行っている。


 しかも、洞窟の様子が途中から変わった。

 洞窟の縦横が大きく広がったのだ。

 まるで――そう、図体のでかい火竜でも通れそうなほどに。


「これ、火竜紋だね」


 エレミアが、壁を調べながらそう言った。


 洞窟の壁が、波打った形で固まっているのは、火竜のブレスで溶かされてから冷えて固まった跡なのだという。


 つまり、ここはもう火竜の作った迷宮の中だということになる。


「弱ったな」


 引き返して、《トンネル》と《コンクリ》でダクト同様の通路を作るしかないだろうか。

 でも、それをやったら、どうして最初からやらなかったのかって話になるよな。


 しかし、まさかこいつらと一緒に火竜と戦うわけにもいかない。

 いくら強力なスキルの持ち主であろうとも、ブレスを一発避けそこなえばおしまいなのだ。

 まさかゲームのように、ブレスに安全地帯が確保されているわけもない。

 狭い場所で吐かれでもしたら、避けることすらできず蒸発だ。


 俺は、少し迷ってから決断した。


 ――やっぱり引き返そう。


 リーダーとしてはちょっと情けないが、安全には変えられない。


 俺が足を止め、口を開きかけたその時だった。


「……何か、来るよ」


 エレミアが言う。

 俺もエレミアと同じ【気配察知】のスキルを持っているのだが、気配を読むのはエレミアの方が鋭いようだった。


「何が?」


 振り返って、エレミアに聞く。

 そのエレミアの顔が、みるみるうちに青くなる。


「オロチ同志……う、うしろ……」


 ミゲルがかすれた声で言う。

 俺はぎぎぎ……と顔を後ろに向ける。


 ――目が、合った。


 角の向こうから、頭を伸ばしてきた火竜(・・)と。


「……た」


「た?」


「退却だっ!」


 俺の言葉に4人が一目散に逃げ出した。


 グギャアアアッ!


 そこに火竜がブレスを吐き出してくる。


「くっ……! Ω(ガイア)(サークル)――《ストーンウォール》!」


 【地精魔法】で、一度に生めるだけの岩壁を作り出し、俺も4人の後を追う。


 俺たちが少し先にあった角を曲がり終えたその瞬間、すさまじい熱量が背後で弾けた。

 ぞっとしながら振り返ると、そこは赤熱した溶岩の海と化していた。


 その奥で、愉快そうに嗤う火竜に――【鑑定】。


 火竜

 レベル 11

 HP 4539/4539

 MP 692/712


 アビリティ(生得的能力。習熟度に応じてギフトまたはカースによって強化される。)

 フレイムブレス ★★☆☆☆

 アシッドスプレー ★☆☆☆☆

 飛行 ★★★☆☆

 〔パッシブ(受動発動するアビリティ。)〕解毒 ★☆☆☆☆(体内に侵入した有害な微小物質を分解する。)

 〔パッシブ〕強免疫 ★☆☆☆☆(体内に侵入した有害な微小生物を分解する。)

 〔パッシブ〕再生 ★☆☆☆☆(魔力を消費して肉体の欠損を回復する。)


 スキル

 ・汎用

 【忍び足】7

 【夜目】5

 【竜脚格闘】3

 【竜爪技】3

 【竜鱗防御】2


 なんかつっこみどころがたくさんあるけど、それどころじゃねえ!


π(アクア)(サークル)(スプレド)(フレイム)――《アイスウォール》!」


 またブレスを吐いてきそうな火竜との間に、オリジナルの製氷魔法を全力展開、通路を氷で埋め尽くす。

 その手前にさらに念のための《ストーンウォール》を設置して、


「走れ走れ!」


 俺は4人を急かしながら、次の角まで猛ダッシュ。

 角を曲がった途端、背後からすさまじい爆発音が聞こえたが、それは無視。


 火竜の視界から逃れられている今のうちに、俺は岩の陰に《トンネル》で穴を掘る。

 目立たないように入り口は狭くしたが中はそこそこの広さになってるはずだ。


「ここに入って!」


 叫びつつ、俺から率先して穴の中に滑りこむ。

 《トンネル》で穴を広げつつ、俺は4人がちゃんと入ってきたことを確認する。

 それから入ってきた穴へと近づき、


Ω(ガイア)(サークル)――《ストーンウォール》」


 【地精魔法】で穴を埋める。

 そして、4人に気配を殺すよう合図する。

 そこら辺は〈八咫烏(ヤタガラス)〉式教育のおかげで、俺のハンドサイン一発で4人は見事に気配を消してくれる。


 もちろん俺も気配を殺しつつ、【気配察知】で穴(もう壁だが)の外の様子を探る。


 火竜はどしどしと心臓に悪い足音を立てながら近づいてきて――そして、そのまま遠ざかっていった。


 どうやら、うまくやりすごせたようだ。


「……ひとまずは、大丈夫だ」


 俺がそう言うと、4人はいっせいに安堵のため息をついた。

次話、来週月曜(1/19 6:00)掲載予定です。


追記150828:

π(アクア)(スプレド)(フレイム)――《アイスキューブ》!」から「π(アクア)(サークル)(スプレド)(フレイム)――《アイスウォール》!」へと変更致しました。

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