39 新米御使いオロチ君の一日(深夜)
深夜――
少年班が寝静まったのを確認してから、俺はそっと部屋を抜け出した。
メルヴィには、万一の見回りに備えて、部屋で眠っていてもらう。
少年部屋は、
いざというときに子どもたちを守るためだと聞かされたが、実際のところは子どもたちが逃げ出せないようにしているとしか思えない。
トロッコは、あちこちにある伝声管に、決められたリズムで合図を送らないと、
また、そもそもトロッコは2人でシーソーを上下させないと動かない仕組みだから、1人だけでは動かすことができない。
もちろん、俺の場合は【物理魔法】でむりやり動かすことができる。
が、夜中にトロッコを動かせば音が響くので、俺にしてもトロッコを好き勝手に動かせるわけではない。
ならレールの上を歩いて行けばいいじゃないかと思われるかもしれないが、それはできないようになっている。
トンネルのところどころに深く掘り下げられた穴があり、その上にはレールだけが通れるか細い鉄橋があるだけだ。
身ごなしの軽い御使いになら渡れなくはないかもしれないが、もちろんそれは見越されていて、鉄橋にはいくつもの鳴子が仕掛けられている。
鉄橋に少しでも重みがかかると音がする仕掛けだから、不用意に渡ろうとすると大変なことになる。
俺も来たばかりの頃にそれをやってしまい、【物理魔法】で天井の窪みに張り付いて、様子を見に来た御使いをやり過ごす羽目になった。
さいわい、鳴子はちょっとした振動で誤作動することがよくあるらしく、やってきた御使いもたいして調べもせずに戻っていったのだが。
とにかく、そのようにして、構成員が勝手に塒を抜け出せないような仕組みが、二重三重に用意されているのだ。
前世のカルト宗教も、信者が外部の者と接触しないように、信者を人里離れた教団施設に隔離していた。
外部からの情報を得ることで、自分たちの教団が客観的にどう見えるかということに思い至り、洗脳が解けることがあるから……だったと思う。
おそらく、〈
俺は、トロッコ部屋に侵入し、人目がないことを【夜目】で確認してから、敷かれているレールの上からトンネルの奥へと足を踏み入れる。
真っ暗闇の中を進むこと数百メートル。
天然の洞窟が口を開いている場所でレールから逸れて、高さ1メートルないくらいの穴の中に滑り込む。
穴の奥には、ちょっと開けたスペースがある。
といっても、身長1メートルちょいの俺にとっては、であって、大の大人がここに入ったら中腰になっても頭をぶつけてしまうかもしれない。
その穴の奥には、さらに3つの穴が開いている。
その先には、高さ1メートルちょっと、幅80センチ程度の四角い通路が伸びている。
――暇を見つけて【地精魔法】で掘り進めた、秘密の通路だ。
俺はこの秘密通路を「ダクト」と呼んでいる。
別に通風口だったりするわけじゃなく、単に気分の問題だ。
午前中、発掘作業の最中にも、小細工を弄している。
【地精魔法】を使う時に、同時に地中も掘って、ダクトを掘る際の目印となる空洞を作っているのだ。
後は、夜中に近くまで掘り進んでから、ダクトの壁面に耳をつけて【聞き耳】をし、音の響きから空洞を割り出して、そこを目指してトンネルを掘る。
面倒だが、万一床や壁をぶち抜いてしまうと、たとえ魔法で修復したとしても、跡がくっきりと残ってしまうからやむをえない。
「えーっと……昨日で4層のマッピングが終了か」
今日は5層――発掘現場と教団幹部の私室があるフロアを探索してみたい。
しかし、幹部フロアには、当然ガゼインがいる。
ガゼインは達人級スキル【気配察知】を持っている。
だから、たとえ土の中に潜んでいても気づかれてしまうおそれがあった。
そのため、俺の【気配察知】のレベルがガゼインのものを超えるまで、幹部フロアの探索に手を付けられなかったのだ。
俺が、下へと傾斜するトンネルに向かおうとすると、首につけさせられた「忠誠」の首輪がかしゃりと音を立てた。
「おっと……番号をずらしておかないとな」
俺は「忠誠」の首輪に指先で触れる。
首輪は、前世における自転車のチェーンキーに似ている。
丈夫な謎素材の輪と回転式のナンバー錠の組み合わせだ。
ナンバーは5桁。
これを俺の首につけた御使いは、
「外そうとしてもいいぜ? ただし、番号を間違えると、気絶するほどの痛みを味わうがな」
と言っていた。
が、【鑑定】してみると、
《隷属の首輪:登録された鍵語を唱えると輪が収縮する。現在の鍵語は「反省せよ」。無理に外そうとするとMPを20吸収される。》
忠誠なんて大嘘もいいところの、奴隷の首輪だ。
が、効果としては、意外にたいしたことがない。
要するに、MPが20以下の者が解除しようとして失敗すると、MPが枯渇して気絶するってだけのことだ。
いや……考えようによっては、やっぱりすごいものなのだろうか。
ジュリア母さんくらいのMPがあっても、十数回ずつしか番号を試せないわけだからな。
1日当たり十数回の試行回数で10万通りのナンバーから当たりを引くのは絶望的だ。
とはいえ――お分かりだろう。
俺にとって、こんなものはおもちゃでしかない。
一週間で解けた。
いま、かしゃりと音を立てたのは、首輪のナンバー錠を解除ナンバーに合わせたままにしていたため、歩いた衝撃で首輪の錠が外れそうになったからだ。
俺は暗闇の中、指先の感覚でナンバーをずらし、首輪の鍵をしっかりとかける。
ちなみに解除ナンバーは91122。
1桁目が浅いナンバーではないだろうと思って、7、8、9と進めたので、思ったよりあっさり当たりを引いた。
さらに、寝ている間に他の子どもたちの首輪も調べてみると、なんと解除ナンバーはすべて同じで91122だった。
パスワードを使いまわすなんて、総務課の小池さんが聞いたらブチ切れるぞ。
まあ、パスワード管理表みたいなものを文書化して残しておけば、何かの拍子に見られないとも限らない。
どうせ解けないナンバーなら、幹部の頭の中だけに残しておいたほうがいいっていうのは、わからなくもないけどな。
これで、いざとなったら子どもたちから首輪を外してやることができる。
もっとも、子どもたちは目に見えない「首輪」もはめられていて、そっちの方が厄介だ。
――洗脳。
親から引き離され、罪調べを初めとする教団の洗脳教育を受けてきた彼らは、たとえ俺が首輪を外してやったところで教団から逃げようとは思わないだろう。
むしろ、俺のことを教団側に通報しようとする可能性すらある。
だから、目に見える方の首輪を外す前に、目に見えない方を外さなければならない。
俺は、ここにいる子どもたちを助けたいと思っている。
そのために、こうしてダクトを作り、塒のマッピングを行い、首輪の解除ナンバーを割り出すのと同時に、昼間は勤勉に働いて信用を獲得し、教団内に情報源を増やそうと画策しているのだ。
夜、子どもたちに話を聞かせているのも、遊びのためだけにやっているわけじゃない。
洗脳を解くためには、まず俺自身のことを信用してもらわなければならない。
そのためには、一緒に楽しい思いをして、仲間だと思ってもらう必要がある。
また、お話を通して、教団の教えを相対化できないかとも考えている。
教団の価値観は恐ろしく偏っている。
だから、それ以外の価値観に触れる機会があれば、必ず、違和感を覚えるはずだ。
その違和感が積もり積もれば、子どもたち自身の力で、教団の呪縛を克服できるようになるかもしれない。
えらく気の長い話だと思うが、真っ向から教団の教えを否定しても反発されるだけだからな。
【不易不労】を活かして、粘り強くやっていこうと思っている。
――さて、深夜の時間はスキル上げの時間だ。
まずは、見せた方が早いだろうな。
ドン。
《
エドガー・キュレベル(キュレベル子爵家四男・サンタマナ王国貴族・《
レベル 32
HP 67/67
MP 3178/3178(584↑)
スキル
・神話級
【不易不労】-
【インスタント通訳】-
・伝説級
【サイコキネシス】1(NEW!)
【精霊魔法】2(NEW!)
【鑑定】9(MAX)
【データベース】-
【念話】3(↑2)
・達人級
【投擲術】2(NEW!)
【手裏剣術】2(NEW!)
【物理魔法】9(↑1、MAX)
【火精魔法】1(NEW!)
【地精魔法】4(NEW!)
【付加魔法】3
【魔力制御】7(↑1)
【無文字発動】8(↑2)
【魔力検知】1(NEW)
【魔法言語】3(↑2)
【気配察知】4(NEW!)
【暗視】2(NEW!)
【彫刻】3(NEW!)
・汎用
【投槍技】5
【飛剣技】5(↑3)
【手裏剣技】9(↑3、MAX)
【投斧技】2
【ナイフ投げ】5(↑3)
【鋼糸技】4(NEW!)
【暗殺技】5(NEW!)
【跳躍】4(NEW!)
【火魔法】9(↑1、MAX)
【水魔法】4(↑2)
【風魔法】7(↑1)
【地魔法】9(↑7、MAX)
【光魔法】8(↑3)
【雷魔法】7(NEW!)
【念動魔法】9(MAX)
【魔力操作】9(MAX)
【同時発動】9(MAX)
【魔力感知】9(↑6、MAX)
【暗号解読】2
【聞き耳】9(↑2、MAX)
【遠目】4(↑2)
【夜目】9(↑2、MAX)
【忍び足】7(NEW!)
【木彫り】9(MAX)
【調理】2(NEW!)
《善神の加護+1》
》
まず、二つ名を見ておこうか。
《底無しのオロチ》。
こんな二つ名がついたということは、御使いたちの間で俺のことが噂になっているということなんだろうな。
【不易不労】に関しては、なるべく気取られないように気をつけてはいる。
が、疲れていないのに疲れたふりをするのは存外難しく、底知れない体力の持ち主だと思われているフシがある。
二つ名はそこからついたものなんだろう。
そしてスキルだが、今回は盛りだくさんだ。
ひとつひとつ見ていくが、面倒だったらざっと流してくれても大きな支障はないからな。
最初に【気配察知】から見ていこう。
こいつは、【聞き耳】のカンストボーナスとして手に入った。
【聞き耳】の対象は音だけだが、【気配察知】は音以前の、人や動物の発するわずかな存在感のようなものを捉えることができる。
スキルレベルが上がるごとに範囲と精度が上がってきて、現在では同じ建物の中ならほぼ確実に他人の動静を把握できる。
単に人がいるかどうかを判別するだけなら、半径数百メートルはいけるだろう。
これで、フォノ市の時のような不意打ちは受けにくくなったはずだ。
次に、【木彫り】と【彫刻】。
教団の文字通り殺伐とした日々の中で、御使いたちに息抜きとして推奨されているのが木工である。
金もかからないし、ナイフの扱いがうまくなるからな。
日曜大工的なものから芸術寄りのものまで、塒にはサークルのような集まりがいくつかあって、俺は木彫りのサークルに所属している。
彫るのが悪神像というのには閉口するが、木彫り自体は面白く、ついつい熱が入る。
しかも、木彫りにはスキルが存在している。
スキルとは、自分の技術に神からのギフトがブレンドされたものだから、全体として、前世における「木彫り」や「彫刻」より上達が早い。
また、スキルのおかげで、現在の木の状態や、ここでノミを使ったらどうなるか、といったことが手に取るようによくわかる。
結果として、2、30分もかければ、俺は手乗りサイズの悪神像を1体彫り上げることができるようになった。
こうまでサクサクだとやってて楽しく、つい没頭してしまう。
【不易不労】のせいで疲れないものだから、いったん「没頭」してしまうと、俺は完全に時間を忘れて半日でも1日でも続けていられる。
一度、スキル上げの前にちょっとだけと思ってやり始めて、気づいたら朝になっていたということもあった。
この点は【不易不労】の弊害と言えるかもしれないな。
しかし、そのおかげでスキルレベルの上昇は早く、1週間ほどで達人級スキル【彫刻】を手に入れることができた。
【木彫り】との違いは、木のみならず石材や金属にもスキルが有効なことだな。
遺跡から回収したガラクタの修理・改造にも役に立ちそうなスキルだ。
思わぬところから
暗殺教団の訓練で手に入れたスキルも数多い。
達人級スキル【投擲術】は、【手裏剣技】のカンストボーナスで、【手裏剣術】と同時に習得した。
ソロー司祭から情報提供のあったスキルだな。
ものを投げる時に、その軌道や命中地点が直感的につかめる、という地味ながら便利な補正がかかるようだ。
その他にも、ガゼインとの訓練で使った【鋼糸技】。
教導班のレッスンで身につけた【忍び足】、【跳躍】、【暗殺技】。
変わったところでは、お好み焼きを焼いていたら覚えた【調理】なんかもある。
スキルは戦いに関するものだけかと思っていたが、こういうのもあるんだな。
そして、ついに【火魔法】をカンストさせ、ジュリア母さんと同じ【火精魔法】を手に入れた。
母さんほどの適性はないらしいが、母さんの血を引くものとして、ぜひとも欲しかったスキルだ。
さらに、【物理魔法】のカンストにより、伝説級スキル【サイコキネシス】を習得。
これは、魔力を直接念動力として放出できるというスキルで、魔力を魔法で念動力に変換して発動する【物理魔法】に比べて燃費もよく、出力も大きく、また感覚的にも操作しやすくなった。
無理やり出力を上げれば加速度的にMPを消費するので、最大MP拡張の際にMPを吐く手段としても重宝しそうだ。
魔法関連では、他にも【魔力感知】のカンストによって【魔力検知】を手に入れている。
メルヴィとの【念話】や【精霊魔法】習得のための訓練が、副次的に【魔力感知】の訓練にもなっていたらしい。
【魔力検知】は、【魔力感知】の高性能版と思ってくれればいいが、地味ながら大きいのは、検出した魔力の量をMP換算で把握できるようになったことだな。
【精霊魔法】も、ごく簡単なものながら手に入れたが、実戦投入は当分先のことになりそうだ。
気になる効果や使い方は、その時ということにさせてもらおう。
そして最後に、真打ち【雷魔法】。
こいつの習得には苦労した。
え? 適正があるんじゃなかったのかって?
たしかに、ソロー司祭の言うように、適性はあるのだろう。
しかし、俺は【雷魔法】の魔法文字を知らなかったのだ。
【無文字発動】も、そもそもの文字を知らなければ使うことはできない。
【雷魔法】は新しい魔法なので、『アバドン魔法全書』にも載ってないし、メルヴィも知らなかった。
メルヴィは水と風の精霊に頼んで雷を起こすという器用な芸当を見せてくれたけど、今求めてるのはそれじゃないからな。
つまり、全く手がかりがなかったのだ。
では、どうやって習得したのか。
俺の方法はこうだ。
まず、雷を、他の魔法を使う時のようにイメージする。
次に、魔法文字を書こうとしてみる。
もちろん、雷の魔法文字は知らないのだが、一般的な法則として、魔法文字は上から下、左から右に向かって書くというルールがある。
これを利用して、左上から右下へとランダムに指を動かすのだ。
そして同時に【魔力感知】や【魔力検知】を使って、魔法文字に走る魔力を検出する。
すると、ほとんどは何も感じ取れないが、低い確率で途中までは魔力が流れることがある。
この場合、途中までは雷の魔法文字と同じ経路を辿っていたということになるはずだ。
この理屈で行けば、試行錯誤によって左上から右下へと徐々に魔法文字が解明されていくことになる。
――うん。完璧な理論だな。
と、思って取り掛かったのだが、これがそう簡単でもなかった。
どうやら、文字全体をイメージしていることが魔法の発動の条件となるらしく、仮に魔力が流れたとしても、ランダムな曲線のどこが当たっていたのかははっきりとしない。
結局、ひたすらそれっぽい「文字」を書いては感触を確かめ、「当たり」を比較・検証する、という地道な作業になってしまった。
だが、深夜に3時間ずつ、10日間に及ぶ作業の末に、俺はとうとう雷の魔法文字を「発見」した。
よりにもよって、見つけにくい形をしてたもんだ。
が、苦労した甲斐はちゃんとあった。
実際に使ってみると、これまで使ったどの魔法よりもしっくりくる。
魔力の流れが手に取るようによくわかる。
きっとジュリア母さんも、【火魔法】を使うときはこんな感覚なんだろうな。
そりゃ、俺のやり方がじれったいわけだ。
せっかくなので、少年班との親睦を深めるべく、【雷魔法】を使ってみることにした。
遺跡から出土した金属球をもらってきて、そこに微弱な【雷魔法】を流す。
そして、その金属球に手をかざすと……あら不思議、俺の髪の毛がピンピン跳ねる。
なんてことはない、よくある理科実験のパクリなのだが、子どもたちには大ウケだった。
この世界の人は雷をうまくイメージできないとソロー司祭が言っていたが、子どもたちならどうだろう?
秘密を守ってくれそうなら、教えてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はダクトの中を【暗視】を鍛えながら進んでいく。
この【暗視】は【夜目】のカンストボーナスだ。
【夜目】はまったく光のない場所では意味がないが、【暗視】は、いったいどういう理屈なのか、光のないダクトの中でも周りの様子がそれなりに見える。
今日は5層を目指すので、途中からは【地精魔法】でトンネルを掘っていく。
【気配察知】や【聞き耳】を使って現在位置を探りながらの作業には集中力が必要だが、【不易不労】のある俺には難しいことではない。
2時間ほどかけて、5層の3分の1ほどを探索した。
主に遺跡のある側だ。
様子がわからないうちに幹部フロアに迷い込んだらヤバいかもしれないからな。
――さて、そろそろ引き返して、スキル上げ用に作った空間で地道作業に勤しむか。
そう思ったところで、メルヴィから【念話】が入った。
次話、月曜(12/29 6:00)投稿予定です。
思ったより長くなってしまいましたが、「新米御使いオロチ君の一日」シリーズは次話で終了です。