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29 司祭

 夜、晩餐の前に、使用人(さっきのマルスラさんとは別の人)が、来客を告げた。


 アルフレッド父さんが、「お、いらっしゃったか」と言って、自ら迎えに出た。


 俺とジュリア母さんは食卓について、父さんを待つ。


 厨房係の使用人たち(マルスラさん含む)が食卓に食事を並べていく。


 食事は4名分だ。


 父さん、母さん、俺、お客さんの4人分だな。


 ちなみに、俺の席の隣には、メルヴィ用に、小さなコップに注がれたジュースが置かれている。

 ジュースには、地味に貴重品らしい、細いガラスのストローが入っている。

 これを使ってジュースを飲むメルヴィは、まんま花から蜜を吸う妖精さんという感じだ。


 俺はその隣で、『アバドン魔法全書』を読みながら、食事の準備が整うのを待っている。


「――揃ってるかい?」


 そう言って父さんが食堂に現れた。


 背後には、初老の聖職者のような人を連れている。

 豊かな白髪と垂れたまなじりが、えもいわれぬ優しさを醸し出している。


 父さんはその人に向かって、


「しかし、幸運でしたよ。あなたが折良くこの街に立ち寄ってくださったとは。

 さあ、どうぞ。大したもてなしもできませんが」


「おお、お気遣い痛み入りますぞ。最近はすっかり身体も鈍くなりましてな。木賃宿では辛いことも多いのですじゃ」


「もうお歳なのですから、身体に気を遣ってくださいよ。

 巡回ではなく、どこかに腰を据えて司祭をなさるわけにはいかないのですか?」


「そうもいかぬのじゃ。最近は神殿も増えたが、【託宣】スキルを持っておる者は、限られておりますでな」


「需要が多い割に、受託のできる司祭様は少ないですからな。

 ……おっと、立ち話もなんですね」


 父さんは、司祭?さんに、自分の向かいの席を勧める。


 そして、


「ソロー司祭。これが、私の息子のエドガーです。妻のジュリアは、ご存じでしたね」


「おお、これはかわいらしいお子さんだ」


「エドガーです」


 よくわからないが、とりあえず名乗ってお辞儀をする。


「おひさしぶりです、司祭」


 母さんも食卓につきながら会釈する。


「――エド、こちらは輪廻神殿巡回司祭のソロー=アトラ・アバドン様だ」


「アバドン!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。


 そして隣のイスに置いていた、『アバドン魔法全書』を司祭に見せる。


「――ほう。なつかしいものを。

 それは、わしの曾祖母が著した本じゃよ」


「そうそぼ……」


 つまり、この司祭はアバドンのひ孫に当たるってことか。

 っていうか、


「アバドンって、じょせいだったの?」


「おお、そうじゃよ。世間一般ではみな男性と思い込んでおるようじゃがの。

 学識の深さでは誰も敵わなかったが、誇り高く、かんしゃく持ちだったとのことじゃ。

 周囲との軋轢が絶えず、晩年は人を遠ざけて山奥に隠れ住んでおったそうじゃ」


 ……なんか、すごく納得できる話だな。

 俺はてっきり、気むずかしい爺さんだとばかり思ってた。


「それにしても、聡い子じゃのぅ。

 その歳で、難渋で有名なその本を読んでおるとは。

 わしですら、その本の真価を理解できるようになったのは、40をすぎた頃じゃったというのに。

 奥様の指導の賜物かの?」


「いえ、わたしは何もしてませんよ。エドガーくんは賢い子ですから」


「ほっほっほ。《炎獄の魔女》は謙遜の美徳も備えておるのじゃな」


 ジュリア母さんの言葉に、ソロー司祭は苦笑気味だった。

 そりゃ、生まれて間もない子が、親の指導もなしに難しい本を読めるはずがない。


「――そして、かわいらしい妖精さんがついておるようじゃの」


 司祭が言って、メルヴィのいるあたりに目を向ける。


「見えるの?」


 と俺。


「おお、完全に見えるわけではないが、おぼろげに、そこにいることはわかるぞ」


 司祭の言葉に、俺とメルヴィは顔を見合わせ、


「こんばんは、ソロー司祭。わたしは、メルヴィ。見ての通り妖精で、今はエドガーについているわ」


「ほう……エドガーくんにか。その若さで妖精に好かれておるとはの」


「べ、べつに好きとかじゃなくて……ただ、必要だからっていうか……」


 メルヴィがぶつぶつ言いながら、ストローでジュースをすする。


「して、アルフレッド殿。今宵はわしに頼みがあるとのことじゃったが……?」


 司祭の言葉に、父さんがうなずく。


「実は、この子の受託を頼みたいのですよ」


 受託……?


 眉をひそめる俺を置き去りに、大人2人の話が続く。


「ほう。しかし、まだ早いのでは?

 随分聡い子のようじゃが、まだスキルを獲得できるような歳ではなかろう?」


「それが、そうでもないのです。……ここからの話は、内密にお願いしたいのですがね」


「むろんだとも。スキルに関する秘密は死んでも守る。それが、輪廻神殿司祭の義務でありますれば」


 司祭が頷くのを確認してから、父さんが言う。


「この子は、まだ生後8ヶ月ほどです」


「8ヶ月じゃと……? それにしては随分と大きいの?」


 驚く司祭。


「司祭は、先だってのランズラック砦での事件のことはご存じで?」


「おお、もちろんじゃ。アルフレッド殿にとっては災難であったが、おぬしがその時砦に居合わせたのは、サンタマナ王国にとっては望外の幸運というものじゃった。ご夫人ともども大活躍であったと聞いておる」


「活躍したのは、主に妻ですよ。いえ、正確には、妻とこの子です」


「この子……? エドガーくんが、かね?」


「ええ。司祭の守秘義務を信じて明かしますが、賊の頭であった〈黒狼の牙〉団長ゴレスを、一騎打ちに近い状況で打ち破ったのは、この子――エドガーなのです。

 この子の身体が歳より大きいのは、その時のレベルアップによる副作用です」


「なんと……」


 司祭は当惑したように俺をまじまじと見る。


 っていうか、父さん、そこまで明かしてしまっていいの?

 それだけ司祭を信用してるってことなんだろうが……。


 俺は不安になって、メルヴィの指導でバレにくくなった【鑑定】を使ってみる。


 ソロー=アトラ・アバドン(輪廻神殿巡回司祭・上級司祭(アトラ)・《魂の聖者》)

 67歳

 レベル 35

 HP 40/40

 MP 55/55

 状態:輪廻神への誓約(輪廻を司る女神アトラゼネクへの誓約によって、スキル【託宣】によって得られた情報を第三者に漏らすことができない。)


 スキル

 ・伝説級

  +【適性診断】-


 ・達人級

  【託宣】5

  【治癒魔法】4

  【メンタルタフネス】2


 ・汎用

  【祈祷】9(MAX)

  【手当て】9(MAX)

  【水魔法】4

  【調薬】4

  【指揮】4

  【光魔法】3


 《輪廻神の注目》(長年に渡る献身により、輪廻を司る女神アトラゼネクに注目されている。スキル【託宣】使用時に、対象者の適性を見抜くことができる。神術関連スキルの習得・成長に微補正。)


 おお、見慣れないスキルがこんなに。


 しかし、スキルについては今は後回しだ。

 どうせ【データベース】で後からでも確認できるんだからな。


 今注目すべきは、状態の欄にある「輪廻神への誓約」だ。


 俺もよく知る女神様への誓約によって、司祭は【託宣】とやらで得た情報を口外できないらしい。

 スキル以外で得た情報は漏らせそうな気がするが、父さんの様子からすると、輪廻神殿の司祭には、前世における医師や弁護士のように、業務で知り得た情報を第三者に口外しないという守秘義務のようなものがあるようだ。


 女神様も、神殿を訪ねてみるといい、というようなことを、言っていた。

 それに加えて、父さんと信頼関係があるというのなら、ひとまずは信じておいてもいいだろう。


 ……とはいえ、俺のステータスは、たぶん常軌を逸した感じに仕上がっていると思うので、そのまま開示してしまうのは抵抗がある。


 こういう場合に備えて、メルヴィから【鑑定】を弾くやり方を習っておいたのだが、そのやり方が【託宣】にも通じるかは心許ない。


 俺がひとりで考え込んでいる間に、司祭は考えをまとめたようだ。


「……清廉潔白で有名なアルフレッド殿がつまらぬ嘘を申すはずもない。

 である以上、この子が傭兵団の団長を倒したことは事実なのであろうな。

 あまり詳しく聞くのも、よくなかろう。

 わしは、ただそのような事実があったということを受け入れるのみじゃ」


 しかし、と司祭。


「ご両親は、さぞかし気をもまれたことであろうな。

 わしは職業柄、特殊なステータスを持って生まれた子どもたちを、これまでにたくさん見させてもらってきた。

 しかし、生まれたばかりにして傭兵団の団長と渡り合うような子どもは、さすがに初めてじゃ。

 もっとたわいのないスキルやステータスの異常ですら、親は取り乱してしまうものじゃ。

 アルフレッド殿も、ジュリア殿も、さまざまな混乱があったことじゃろうが、それを腹の内に留めて冷静に対処なさってこられたこと、なかなかできることではない」


「…………」


 アルフレッド父さんは司祭の言葉に殊勝にうなずいている。

 ……ジュリア母さんは、心当たりがないというように、小首をかしげているが。


「よかろう。通例であれば、3つに満たぬ赤子の受託は断らせてもらうところじゃが、今回は特別に承らせていただこう」


「よかった……」


 父さんが安堵のため息をつく。


「では、謝礼の程は……?」


「今回は特別じゃ。謝礼はいらぬ」


「しかし……」


「神殿の規則から外れたことをする以上、受託料は受け取れぬよ。

 もしそれでは気が済まぬというのであれば……この街の神殿に喜捨でもするがよい」


「ですが、私はこの街の領主です。そのような横紙を破るような真似をするわけにはいきません」


「ふふっ。黙っておればわからぬというのに、アルフレッド殿も難儀なご性格じゃな。

 ならば、こう考えてくださればよい。

 わしは、巡回司祭として長くこの道にあるものじゃが、このような例は初めて見る。

 わしとしては、よい研究材料じゃ。

 その勉強料を受け取ると思って、報酬のことは諦めてくだされ」


「ううん……」


「納得いかぬ顔じゃの。

 今申したことは、あながちわしにとっては嘘ではないのじゃよ?

 わしは、世の中にステータスほど面白きものはないと思っておりますのじゃ。

 ステータスを見れば、その者の能力、スキルの程はもちろん、これまでの戦歴や得意な戦法までわかってしまう。

 さらに分析を進めれば、かようなステータスを得るに至った、その者の生き方、性格、信条といったものまで透けて見えてくる……。

 そして、その背後にある、輪廻神アトラゼネク様のご意向や、我らに降される庇護のありようにすら、思いを致すことができますのじゃ。

 誓約ゆえ、公表できぬことばかりなのが残念じゃが、輪廻神にお仕えするものとして、ステータスほどに興味深く、また有り難いものは他にはありえませぬ。

 なればこそ、この幼子(おさなご)のステータスを拝見させていただくことは、わしにとって金銭には替えがたい報酬となりますのじゃ」


「……そうですか。そこまで申されるのであれば、気にしないことにいたしましょう。

 ただし、もし私で司祭のお力になれることがあれば、必ず、おっしゃってください。

 その際には微力を尽くさせていただきますので」


「うむ。そのお気遣いは、受け取らねばかえって礼を失するであろうな。その時は、遠慮なくお頼み申すこととしよう」


 父さんも、司祭も、ちょっとずつ妥協する形で、話がまとまった。

 2人とも難儀な性格をしてるな。


 もっとも、そのおかげで、俺は司祭のことを信じてみようという気になれた。

 親子ほどに歳の離れた父さんに礼を尽くす態度や、輪廻神殿の規則を遵守しながらも困っている人がいれば手をさしのべる柔軟さ。

 そして何より、ステータスのことを、興味と敬虔さを持って大事に取り扱っていることがわかったからだ。

 さすが、女神様から注目されてる人は違うな。


「では、受託を始めるが、その前に、受託を受けるに当たっての注意事項を述べさせていただこうかの。

 受託は、わしが本人の了承の下に、輪廻神アトラゼネク様にスキル【託宣】によっておうかがいを立てるという形で行われる儀式じゃ。

 【託宣】によって、わしは一種の神がかり状態となり、わしの腕は神のものとして働き、用意した紙面に対象者のステータスを筆記する。

 ただし、じゃ。

 必ずしも、すべてのステータスが筆記されるわけではない。

 対象者が開示を望まないステータスについては、その旨を念じてもらえれば、わしの筆記を免れることができる。

 これは、ステータスが、対象者にとって重大な秘密情報を含んでおることを、神様がおもんぱかって設けてくださった制約じゃ。

 じゃから、エドガーくんも、明らかにしたくないスキルがあれば、この場で無理に開示する必要はない。

 このことを、よく考えた上で、受託を受けてほしいのじゃ」


 司祭が、真剣な顔でそう言ってくる。


 なるほど……そういう仕組みなのか。

 それなら、わざわざ【託宣】を拒否する必要はない。


「もっとも、わしが秘密を漏らすのではないかという心配に関してはまったく無用じゃ。

 わしは、司祭となったときに、輪廻神様に誓約を立てておる。

 【託宣】によって得られた情報は、絶対に口外できぬ、という誓約をな。

 この誓約は、わしが破ろうと思ったところで破ることはできぬ。

 この誓約は、一度立てたが最後、墓場に行くまで消えることのない状態異常じゃ。

 じゃから、わしにステータスを隠すことは考えなくてよい。

 もっとも、それでも隠したいというのであれば、それを止めることはできぬがな」


 司祭が説明を終えると、食卓に沈黙が下りた。


 俺はゆっくりと顔を上げ、きっぱりと言った。


「――おねがいします、しさい」


 司祭は厳粛な表情で頷いた。

次話、月曜(11/24 6:00)投稿予定です。


追記2014/11/21:

「自分の隣の席を」→「自分の向かいの席を」

その他字句の微調整

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