24 救出
黒ずくめの男が、縄で縛られた子どもたちの顔を、ひとりひとり検分しながらつぶやいた。
「……ふん。まあ、こんなところか?」
それに答えるのは、もう一人の黒ずくめだ。
「飛び抜けた逸材はいないが、収穫としては十分だろう」
便宜上、前者を黒ずくめA、後者を黒ずくめBと呼ぶことにしよう。
二人とも、覆面で顔の下半分を隠し、身体は外套で覆われている。
目つきは鋭く、ひとつひとつの身動きがきびきびしていて、特別な訓練を受けていることをうかがわせる。
黒ずくめA・Bがいるのは、薄暗い洞窟の中だ。
入口からは外の光が漏れ入っているが、子どもたちの押し込められた奥の方はかなり暗い。
「では、そろそろ引き払うか……?」
「そうだな。めぼしい子どもがいればともかく、いないのならばしかたがない」
「……一人だけ、噂を聞いたな」
「噂?」
黒ずくめBが聞き返す。
「ああ。《
「赤子が二つ名を持っているというのか?」
「さあ、詳しいことはわからんが……とにかく、ランズラック砦での攻防で、〈黒狼の牙〉の団長、投槍のゴレスを一人で仕留めたとか」
黒ずくめBは露骨に眉をしかめた。
「赤子が……か?」
「あくまでも噂だ。が、〈黒狼の牙〉の残党から話を聞いた限りでは、あながち冗談でもないようだ」
「……根も葉もなさすぎて、かえって信憑性があるような気がしないでもないが……」
「魔法に長けた赤子がいたとしたら、傭兵どもに一撃を加える程度のことはできるかもしれん。
さすがに、あのゴレスを倒したというのは、噂の尾ヒレにすぎんだろうがな」
「その赤子とやら、いくつなんだ?」
「まだ1歳にもならん歳だと」
「……は?」
「砦の守将キュレベル子爵の4男らしい。
だが、それに該当する子どもは、今年の初めに生まれたばかりのはずだ。
つまり、まだ1歳にもなっていない」
「上の子どもと間違えたのでは?」
「キュレベル子爵には、先妻の子どもが3人いるが、いずれも成人している。3男でも既に16歳だ。間違うはずがない」
ちなみに、この世界における成人は15歳である。
「……若すぎる」
「たしかに、仮に魔法の才があったとしても、その歳ではまだ身体ができていない。
だから、我々にとっては意味がない。
よって今回は対象から見送ることにした」
「……いや、俺はさすがに馬鹿げてると言いたかったんだが……」
「気持ちはわかるが、この世界の『裏』では時々馬鹿げてるとしか思えんことが起こる。
ゴレスが出てきた時だって、みなで馬鹿げてると言い合ったものだ。
……ま、ともかく、ここを引き払うぞ。
いい加減見つかってもおかしくない頃合いだ」
「そうか? 村での情報操作は完璧だ。
蒙昧な村人どもは、子どもが消えたのはすべて妖精のしわざだと思い込んでいるはずだ。
愚かな……妖精など存在するわけがないというのに」
「その村人どもを束ねる領主は馬鹿ではないぞ。
他でもない、ランズラックで〈黒狼の牙〉を退けたキュレベル子爵だ。
それと、妖精はいるぞ。俺は小さい頃に見たことがある。
最近はとんと見えなくなったが」
「悪人には見えないってやつか? どうだか……」
黒ずくめBは疑わしそうに言って立ち上がる。
そして、洞窟の入口――見張りに立つ仲間の肩に向かって声をかける。
「――おい、行くぞ。
準備を手伝え。
……おい、どうした?」
黒ずくめBの声に、見張りの肩が揺れた。
――いや、男の肩がぐらりと傾き――そのまま入口に向かって倒れ込んだ。
その額には、鈍く輝く水晶のようなカード状の何かが突き刺さっていた。
「――っ!? 何奴!?」
黒ずくめAが鋭い誰何の声を上げる。
が、それに答えてやるいわれなんてない。
「
「
洞窟の入口に潜んでいた
「ぐぉっ!?」
「ぐああっ!!」
子どもたちがいるので魔力は絞ったが、黒ずくめたちを無力化するには十分な威力がある。
俺の《フレイムランス》が黒ずくめBを、母さんの《フレイムランス》が黒ずくめAを打ち倒した。
ジュリア母さんが実に手際よく黒ずくめたちを縛り上げていくのを尻目に、俺は子どもたちの方へと向かう。
「――いま、たすけるから」
俺は剥落結界の砕片をナイフ代わりに、子どもたちの縄を切っていく。
ひい、ふう、みい……全部で7人か。
この中におそらくリベレット村のボイス君がいるはずなのだが、考えてみれば俺はボイス君の特徴を知らない。
他の子どもたちは、黒ずくめたちの言葉から察するに、リベレット村以外の近隣の村からさらわれてきたのだろう。
無理もないが、みんな怯えきっているようだ。
「……メルヴィ」
「了解。歌で落ち着かせるのね」
姿を消していたメルヴィが、子どもたちに姿を見せる。
子どもたちの何人かが、驚いたようにメルヴィを見たが、残りはうつろな目のまま反応しない。
「ラララ……♪」
メルヴィが歌で子どもたちをあやしている間に、
「エドガーくん、ひとり持てる?」
ジュリア母さんが聞いてくる。
もちろん、捕らえた黒ずくめのことだ。
全身をぐるぐる巻きにされた上、猿ぐつわまでかまされた黒ずくめ二人が俺と母さんを代わる代わる睨んでくる。
俺は宙に
「ふたりもてるよ」
と答える。
【物理魔法】で、ひょいひょいと黒ずくめA・Bを持ち上げると、黒ずくめたちが目を見開いて驚いた。
「かあさんは、こどもたちを」
「うん、そうだね」
メルヴィの歌で落ち着きを取り戻した子どもたちを、今度は母さんが励ましていく。
――俺たちがこの洞窟のことを知ったのは、メルヴィとともに村に戻った日の昼過ぎのこと。
森をよく知る妖精たちの捜索は的確で、山の裏側、地元の人の寄りつかない切り立った崖の下にある洞窟に、不審な男たちがいるのを見つけてくれた。
洞窟の奥には子どもたちもいたというから間違いない。
なお、妖精は「悪人には見えない」らしいので、男たちに気取られるおそれはなかった。
もし村人たちで森狩りをしていたら、男たちに気取られ逃げられていたかもしれない。
それはともかく、一報を受けたジュリア母さんは、子どもたちを助けに行くことに決めた。
俺はその手伝いを申し出た。
断られるかと思ったが、母さんは意外にも俺の申し出を快諾した。
母さんの中では、俺は自分の子どもであると同時に弟子であり、弟子が師匠を手伝うのは当然、ということらしい。
そうして俺とジュリア母さんは男たちのいる洞窟に向かい――無事、黒ずくめたちを確保し、子どもたちを救出することに成功した、というわけだ。
洞窟は、村から大人の足でも2時間はかかる場所にあったから、疲れ果てた子どもたちを励ましながらの帰り道は大変だった。
その気になれば【物理魔法】で全員運んでいくこともできなくはないが、それをやると騒ぎになりそうだから自重しておく。
もっとも、黒ずくめAとBは【物理魔法】で運んでるんだから、大差ないと言えば大差ないが……。
ちなみに、ずっと【物理魔法】で保持しているとMPを食ってしょうがないので、一度ぶん投げて、着地点で多少勢いを殺しながら地面に下ろして(落として)、再びぶん投げる、というかなり荒っぽい運び方をしているが、こいつらのやっていたことがやっていたことなので、誰からも叱られることはなかった。
あ、さすがに《フレイムランス》の火傷だけはメルヴィに頼んで治してもらったぞ。
妖精の見えない「悪い人」2人は気味悪そうにしてたけどな。
そんなわけで、子どもたちを運んでやれないことに、俺はちょっとした罪悪感を覚えていたのだが、ジュリア母さんとメルヴィのおかげで、子どもたちはあまりぐずりもせずに歩いてくれた。
メルヴィが呼び寄せた配下?の妖精たちも、歌ったり踊ったりして子どもたちを励ましてくれた。
メルヴィは【精霊魔法】が使えるから、怪我をした子がいたらすぐに飛んでいって治してくれる。
いつの間にかメルヴィは、妖精たちからだけでなく、子どもたちからも「お姉ちゃん」と呼ばれるようになっていた。
そして、子どもたちが妖精の歌をいくつか覚えた頃にようやく、リベレット村へと辿り着いた。
「――ボイスくん!」
「アイノちゃん!」
村に着くなり、待ちわびていたアイノちゃんが飛び出してきた。
そして――おお、おまえがボイス君だったのか。
活発でかわいらしいアイノちゃんに対して、ボイス君は物静かな感じだ。
なんとなく、将来ボイス君が尻に敷かれそうな気がする。
顔役の人とボイス君の父親(ボルボさんだっけ)とその奥さんが母さんに何度となく頭を下げている。
その隣で、アイノちゃんがボイス君を連れてメルヴィの前にやってきて、やはり何度となく頭を下げている。
5歳くらいだと思うけど、ずいぶんませた女の子だ。
残る6人の子どもたちは、とりあえずリベレット村の村長と顔役の人が面倒を見ることになった。
もちろん「とりあえず」のことで、近隣の村に人をやって行方不明になった子どもたちを保護したことを伝え、引き取りに来てもらうことになるという。
親と離れて不安なはずだけど、妖精たちのおかげで子どもたちは今のところむしろ楽しそうですらある。
心配してるはずの親たちには悪いかもしれないが、泣きながら待ってるよりはいいよな。
黒ずくめたちは逃げられないようにふん縛って閉じ込めてある。
聞きたいことは色々あるが、俺が勝手に尋問するわけにもいかない。
コーベット村から父さん配下の騎士がやってくるはずなので、その人に引き渡すことになる。
ま、俺には【鑑定】があるから、黒ずくめたちのステータスは丸見えだ。
いろいろわかったこともあるが……それについては、後でまとめて、ということにしよう。
――こうして、リベレット村(と近隣の村々)で起こった子どもたちの行方不明事件は、いくつかの謎を残しつつも、一応の解決を見たのだった。
次話、金曜(11月7日 6:00)投稿予定です。