<< 前へ次へ >>  更新
19/186

19 噂

 ――翌々日。

 俺とジュリア母さんは、隣村であるリベレット村にいた。


 屋敷のあるコーベット村からリベレット村までは馬車で半日の距離。

 一昨日、父さんからの知らせを受け、翌日に旅支度を済ませ、こうして今日リベレット村に到着した。


 アルフレッド父さんの伝書鳩が何だったのかというと、要するに、

 ――まだしばらくランズラック砦で仕事がある。だからエドガーと二人で先に王都方面へと向かってくれ。僕は後から早馬で追いかけるから。

 そんなような内容だった。


 リベレット村は、コーベット村とよく似たいかにもな農村だ。

 コーベット村と並べて間違い探しをさせたら、住人でも間違えるかもしれないというくらいよく似ている。

 もともとこの辺は開拓地で、キュレベル子爵領の4つの村は入植時期も同じだから互いによく似ており、四つ子村などとも呼ばれているらしい。

 コーベット、リベレット、トレナデット、クーレット。

 これはマルクェクト共通語で「第一の」「第二の」「第三の」「第四の」を表す言葉を少しもじったものだ。

 つまり、ファースト村、セカンド村、サード村、フォース村、みたいな安直きわまるネーミングだな。


 俺とジュリア母さん(とステフ)は、そのセカンド村(リベレット村)の村長宅に滞在している。

 到着したのがもう日暮れ近かったこともあるが、急げば次の村(サード村)へと着くことも不可能ではない。

 それにもかかわらずこの村に泊まることにしたのは、村長が子爵夫人である母さんを歓待したいと言ったからだ。

 どちらにせよ父さんが追いつくのを待ちながらの旅だからと、母さんは村長さんの誘いを快諾し、リベレット村で一泊しつつ、村の事情などをあれこれ聞いていくことになった。


 これは父さんからの伝書鳩にもあったことで、父さんは時間が許すようなら領民の声を聞いてみてくれと書いてきていた。

 自分が一緒だとやはり気兼ねされて本音を言いにくい面もあるだろうから、と。

 父さんも貴族ぶらない気さくな人だとはいえ、領民からすれば雲の上の人には違いない。


 その点母さんなら、ああいう性格だし、元冒険者でもあるから、領民達にも溶け込みやすい。

 変なちょっかいをだそうとする不心得者がいたとしても、《炎獄の魔女》の二つ名が伊達ではないことを思い知る結果にしかならないだろうし。


 村長の家と言っても質素なもので、日本の古民家のような茅葺きの木造平屋建て。

 しかし、落ち着いていて居心地のいい、いい家だ。

 靴を脱いで囲炉裏端の居間に上がり、集まった村人達の話を聞いていると、まぶたが自然に重くなってくるような気がする。

 もっとも、まぶたが重くなった気がするのは、前世の記憶に引き摺られているせいで、実際には【不易不労】のおかげで目は普通に冴えている。

 だから、こんな情報も聞き逃さない。


「――妖精ぃ?」


「そうです、奥さん。妖精がボルボの所のせがれを攫っちまったんでさ」


 村の顔役らしい男が言うには、こうである。


 なんでも、半年ほど前、森に分け入る木こりが、突然森で妖精を見たと言い出した。


 妖精というのは普通に目に見えるものではなく、一部の霊感のあるものか、酒をしこたま飲んで酔っ払っているものかでなければ、目にすることはできないらしい。

 つまり、その木こりは、人目のないのをいいことに、仕事中に一杯やってたわけだな。


 そんな奴の証言だから誰も信じようとしなかった。

 が、木こりは確かに見たの一点張り。

 意地の悪い村人が、じゃあ賭けをするかと言い出した。

 そして木こりと賭けをした村人が、木こりの案内で妖精を見たという場所に行くと、そこには文字とも絵ともつかない不思議な紋様が地面一杯に書かれていた。


 もっとも、それでも自作自演だろうと言われて、賭けに勝ったことにはならなかったらしい。

 とはいえ、自作自演の証拠もないってことで、村長の取りなしでその賭けはなかったことにされた。

 しばらくは木こりをからかうものがいたらしいが、それもやがて下火になり、村人は皆、妖精のことなど忘れていた。


「それが、つい先日のことでさあ。ボルボのせがれ――ボイスっていう、奴に似ずかわいらしい五歳くらいの男の子なんだが、そいつが突然行方不明になっちまったのさ」


 ボルボというのは、今の話に出てきた木こりと賭けをした村人である。

 その息子のボイスが、川に遊びに行くと言ったきり帰ってこなかった。


「村の大人衆を集めて川の下流や森の中まで探したんだが、どこにも見つからなくてよぅ。村の衆でああでもねえこうでもねえってやってたら、木こりの奴がとんまなことを言い出してよ」


「とんまなこと?」


「とんまっつうのはつまり、間抜けってこってすわ、奥さん」


 いや、ジュリア母さんもそれはわかってると思うぞ。

 俺が代わりに聞く。


「なにをいったの?」


「へえ、坊ちゃんはもう言葉がしゃべれるんですかい。旦那さんも頭のいい人じゃから、子どもも賢くなるんじゃのう」


 いやそれはいいから!


 俺が軽く睨むと、どうもわざととぼけていたらしい顔役は、小さく苦笑して、話を続けた。


「へえ、すんませんな。で、木こりの話でしたな。もうおわかりでっしゃろう。木こりは、ボイスを攫ったのは妖精だと言い出したんでさ」


「妖精が……?」


 ジュリア母さんがかわいらしく小首をかしげる。


 母さんの疑問は俺にもわかる。


 妖精は基本的に善い存在だと言われている。


 『アバドン魔法全書』にも妖精の項があって、妖精は太古の昔始祖エルフと呼ばれる伝説の種族によって作られた善良な使い魔であると記載されている。

 俺のお気に入りの暗唱箇所だから間違いない。


「村の者も、初めは気にもかけんでさ。木こりの奴は酒の飲み過ぎで頭がちょっとおかしくなってるんじゃろうと、相手にもせんかった。森ん中がこええこええって酒ばかり飲んでるからいけねえだよ」


「それで?」


「ただ、しばらくしてから他の連中も妖精の仕業なんじゃないかと言い出しおって。馬鹿馬鹿しいとは思ったんじゃけど、わしも村の衆をまとめるもんじゃけ、無視もできんくてな。白黒付けようってんで、森狩りをしたんじゃよ」


 そうしたら、森の中に妖精が書いたらしい文字とも絵ともつかないものが残されていたのだという。


「きこりさんのみたのとは、べつのもの?」


 俺は思わず聞いた。


「別のものでさ。だいいち、木こりが妖精ば見た言うとったのは半年も前じゃ。地面に書いた模様が残っとるわけがなかろうもん」


「そのもようは、どこにあるの?」


「森の奥、ボイスが遊びに行く言うてた川の上流じゃ。領主さんが見たがるか思うて柵ばこしらえて囲っといた」


 気味が悪いってんで、誰も近寄ってねえです、と顔役。


「じょうりゅう……」


「川の上手(かみて)のことじゃよ」


 いや、それはわかってるってば。


 柵があるというなら、案内してもらわなくても見つけられそうだな。


 俺がそのことを考えている間に、母さんも顔役に質問をする。


「最初は木こりさんの言うことを気にしてなかったのに、どうして後からそんな話になったのかなぁ?」


「あん時ぁ、宿の亭主が言い出したんじゃったかの。旅人が泊まりおった前じゃったか後じゃったか」


「旅人さん?」


「コーベットの方から来た言うとったかの。一泊してそのまま王都へ向かう言うとった。異国の話ば聞かせてくれて、皆楽しんでおったの」


「ふぅん……?」


 母さんが首をかしげながら宙を見つめている。

 俺も同じようにしてみるが、べつに何かが見えるわけじゃない。

 煤けた梁が見えるだけだ。


 その時、居間の引き戸ががらりと開いた。


「――妖精さんは悪い事なんてしないよ!!」


 そう叫びながら、5歳前後の子どもが飛び込んできた。


「こ、こら、アイノ! 客人の前じゃぞ!」


 そう言って咎める顔役の様子からするに、顔役の娘らしいな。

 親に似ず、かわいらしい女の子だ。

 見た目では俺より年上だけど。


「妖精さん、わたしが道に迷って困ってた時、助けてくれたもん!」


「まだ言っとるのか。あん時は熱ばあった。おおかた、幻でも見たんじゃろうて」


「違うもん! 金髪のくりくりっとした髪の妖精さんだったんだもん! 優しかったんだもん!」


 うええ、とアイノちゃんは泣き出してしまう。

 おろおろする顔役を尻目に、ジュリア母さんがアイノちゃんをなだめる。

 アイノちゃんは泣き疲れたのか囲炉裏端で気持ちよさそうに眠ってしまった。


「すいやせん、奥様」


「いいのよぉ。かわいい子ねぇ。うちは女の子がいないから羨ましいわ」


 アルフレッド父さんの先妻の子は3人とも男で、俺も男だ。

 4人というと多い気がするが、貴族だし、母さんの実子は俺だけなので、これから先まだ生まれるかもしれないな。


「アイノちゃんは、ボイスくんのことが心配みたいねぇ」


 ああ、そういうことか。

 ませてるとは思うが、仲良しだったのだろう。


「よし! わたしも頑張っちゃおう!」


「え、奥さん?」


「こう見えても、元Aランク冒険者なのです」


 えっへんと母さん。

 そこに顔役との話を見守っていた村長が、割って入る。


「ご高名はかねがね。しかし、よろしいのですか? Aランクに見合う報酬など、この村では用意できませんが?」


「いいのよぅ。ここは、アルくんの領地なんだから。領民の安全を守るのは領主の務め、でしょ?」


「は、はぁ……」


 戸惑ったように相づちを打つ村長。

 Aランクならひょっとして、と思いながらも、目の前のジュリア母さんを見るに、あまり頼りにはなりそうに見えない、というところだろう。

 母さんはそんな村長の様子に気づいているのかいないのか、


「エドガーくんは、お家で待っててね」


 そう言って早速村へ聞き込みに出て行ってしまった。


 …………。


 どうするかって?


 もちろん、村長宅でじっとしてるなんて選択肢はない。

 MP最大値を拡張して気絶し、ステフに寝たと思わせてから、俺はムクリと起き上がる。


 頭を占めるのはただひとつのことだった。



 妖精!



 見たい!

次話、明後日(10/24 11:00)掲載予定です。


追記2014/10/23:

なまにく様、wagasi様のご指摘により、×「アルくんは、お家で待っててね」→○「エドガーくん」に修正。なぜ気づかなかったのか……。

I様のご指摘により、一部ステータスにあった余計な空白を消去しました。


追記2014/11/08:

アバジェット様の指摘により、ステフがついてきている描写を追加。

<< 前へ次へ >>目次  更新