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第76話 来襲

 シェーラはガタガタと震えながら、暗い部屋の隅で縮こまっていた。


 目の前では何かが破壊される音と、誰かの呻き。

まるでホラー映画の一シーンが再現されたかのような、ほの暗い怖さがそこにはある。


 暗闇の中、ガツン、と言う大きな音がしたと思えば、突然訪れた静寂。

そんな中。


 血のような赤い瞳が、シェーラに向いた。




―――――少し時間を遡る。


「ここ…なんでこんなブラッディな感じなの?」


 地面に広がる血液を見つめながら、カッツェが呟いた。


 何者かの襲撃を受けた後、銃声に気付いた周辺の人間が集まって来ていた。

教会に残っていたはずのカッツェもここに押しかけている。

野次馬が集まる中には、非番で近場に居たと言うトリトンの姿もあった。


 カッツェが調べている血液は、アリアが自分の足を撃った時に飛び散ったものだ。

それなりの出血量であるが、当の本人は怪我など無かったかのように自分の道を邁進している。


「それより、あれは何をしているんだ…?」


 トリトンが指摘したのは、そのアリアである。

何やら気絶したままの男達に顔を寄せたかと思えば、今度は地面へ顔を寄せる。


 泡を吹いて倒れる男達と、地面に這い蹲るメイド。

事情を聞いたはずのカッツェ達は勿論、当事者であるはずのシェーラでさえ意味が解らない光景だ。


「――――…ふむ」


 地面に顔を寄せながら、何かを納得したかのように頷くアリア。

四つん這いで何を納得しているのか。

少し覗き込めば下着さえ見えそうな状態であるが、状況が異様すぎて実行しようとする猛者は居なかった。


 ようやくアリアが立ち上がると、シェーラに向き直る。


「では、シェーラさん。先ほどの男を追いましょう」

「は…?」


 今更どうするつもりだ。

そんな疑問に答える間もなく、アリアに手を引かれる。


「え、ちょっと待っ―――――って、千切れる! 千切れます!」


 アリアの剛腕に振り回され、風に揺れるシーツのように連れ去られるシェーラであった。


 さて、残された者達はと言うと、呆気に取られる者が殆どであった。

だが、アリアと言う人物を少しだけでも知っているカッツェとトリトンだけは判断が早かった。


「どう思う?」

「あまりいい予感はしない」

「だよな」


 アリアはトラブルメイカーだ。

少なくとも、二人の認識はそうなのである。


 そんなやり取りをしながら、どちらともなく頷くと、アリア達の去っていた方向へ駆け出すのであった。





 アリアがシェーラを連れて来たのは、治安が悪そうな路地裏であった。

女性一人で立ち入るには少々危険が伴いそうな雰囲気であるが、アリアがそんな事で怯む訳も無い。


 アリアは一つの扉を見て、その前へと歩む。

平屋の建物のようだが、窓らしい窓が無く、怪しげな雰囲気を纏っている。


 その建物の前には一人、ガラの悪そうな男が座っていた。


「…なんだ? 何の用だ?」


 咄嗟にシェーラが前に出ようとするが、それをアリアは制する。

アリアの顔を見れば、何やら片目を閉じたまま、もう一つの赤い目が男の様子を眺めている。


「この中の人物に用事があります。…いえ、用事があるのはそちらでしょうか」

「…なんだ、てめぇは」

「通して下さい」

「…へっ、いい度胸じゃねぇか」


 会話にならないと判断した男は、アリアに向けてナイフを抜――――こうとして、顎下から蹴り上げられ、『げふぇ!!』と言う悲鳴を上げた。

容赦の無い一撃である。


「ちょ、ちょっとアリアさん!?」

「大丈夫です。死んではいません」


 そう言う問題じゃない、と思うシェーラであった。


 そんな最中、追って来たカッツェとトリトンがようやく追いついた。

二人とも息も絶え絶えと言った感じで、アリアに何か告げる前に手を膝について、肩で息をしている始末。

『お二人とも、どうかしましたか?』と問うアリアに対し、カッツェは手を前に出して、ちょっと待ってくれと合図を送る。


「はぁ…はぁ…はぁ…お前…どんだけ、足速いんだよ…」

「本当に…よくもまぁ、見失わなかったものだ…」


 体力が資本とも言える冒険者と兵士がこの有様だ。

それ以上の速度で走ったアリアが、息一つ乱していないのが恐ろしい。


「…はぁ。…んで? なんでこんなとこに来たんだ?」


 先ほどの男がノびているのを確認しながら、カッツェはアリアに向けて問う。

アリアは先ほどの現場で何かをした後、殆ど止まる事なくこの場へとやって来た。

アリア達を襲ったと言う主犯格が本当にここに逃げたのかは解らないものの、アリアの動きを見るに何かしらの確信があったように思える。


「匂いを辿って来ました」

「……は? なんだって?」

「匂いを辿って来ました」


 聞き間違えかと思い問い返してみたものの、全く同じ言葉をオウム返しされた。


 身体強化魔法は五感も鋭くなるのは有名な話だ。

嗅覚も強化されるのは間違いない。

ただ…犬のように、何かの匂いを辿れるほどかと言われるとそんな事は無い。

…アリアの身体強化は普通の人のとはあまりに違い過ぎたと言うだけだ。


 困惑する三人を他所に、アリアは扉に向かって見事なカーテシーを披露する。

そして。


「お邪魔します」


 扉を蹴り飛ばした。

 扉は原型を留めないほどに粉々に打ち砕かれ、室内に居た男達が驚いた顔でこちらを見ている。

…そんな男達と目が合った瞬間、アリアは銃を抜いた。


 バンバンバン、とけたたましい音が連続したかと思えば、部屋の中にあった明かりが破壊される。


 元々窓の無い部屋だ。

明かりが全て破壊されてしまえば、アリアが蹴破った扉からの光しか光源が無い状態であった。


 そんな暗闇の中に飛び込み、元々閉じていた闇に慣れた片目を開いた所で、アリアの狩りが始まったのである。





 そして、冒頭の有様であった。


「大丈夫ですか?」

「あ、え…は、はい…」


 護衛の為と飛び込んだまでは良かったが、暗闇で何も見えないし、アリアもどこかへ突撃してしまったし、何やら悲鳴が凄いしでシェーラは端に逃げていたのである。

護衛としてどうなのかと言われればそれまでだが、あの状況でシェーラに出来る事など何があっただろうか。

隙を突かれて人質にならなかっただけマシと言うものかもしれない。


 差し出された手を取り、シェーラが立ち上がると、ようやく闇に慣れた目が状況を教えてくれた。

……この中に居た男達は全滅。

全員ノびてしまっていて、立ち上がる者は皆無である。


「さて、では先ほどの男性はどこでしょうか」


 取り敢えず手あたり次第に殴り飛ばしたので、誰が誰か把握していないアリアであった。

近場の男から見分していく事にし、首元を掴み上げて顔を確認する。


「この人は、違いますね。こちらも違う。この人も、この人も、この人――――あら、カッツェさんですね。横に避けておきましょう。そして……見つけました」


 自分達を襲った者達のリーダー。

この男から事情を聞けば、様々な事が解るだろう。

……何やら巻き込まれた者が居たようだが、シェーラはソレを視界の外に置いた。


 アリアは男を見ながら少し思案し――――小さく頷く。


「館へ連れ帰ってお話するのもいいですが、面倒事はさっさと片付けるに限ります」




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