第75話 襲撃
「ど、どちらへ…?」
子供達と遊ぶカッツェを後目に、教会を出るや否や足早に進むアリア。
それを小走りに追い掛けながら、シェーラが尋ねる。
「辺境伯にお話があります」
「きゅ、急ですね」
子供―――――。
それは、人の未来そのものと言える存在だ。
時代を継ぐ為にも守らねばならない。
それが、満足に栄養を取れない状況にある。
人と共に生きるAIの感性としては、早急な対処が求められる。
アリアの急ぐ理由としては十分であった。
財政的な問題と食料の絶対数の問題。
そして、これ以上孤児を増やさない為に何が出来るか。
ズンズンと進みながら、アリアは解決策を練る。
―――――ふ、と。
人気の無い路地を通り過ぎようとした瞬間、物影から手が伸びた。
「アリアさん!」
シェーラの掛け声とアリアの反応、どちらが早かっただろうか。
伸ばされた手には布が握られており、アリアの口元を覆うようにして抑えられた。
同時に、シェーラの後ろから五人の男が現れる。
「くっ!」
シェーラはすぐに察する。
狙われていた。
アリアを捕まえる為、ここで見張っていたのだと。
「アリ――――――」
アリアの無事を確認しようと、素早く視線を走らせた瞬間、パァン! と言う破裂音が響いた。
そして、アリアを捕らえようとしていた男が壁に叩きつけられる。
「な…」
ここまで無言で対応していた男達が、目の前の状況を見て唖然とする。
掴みかかった男が吹き飛ばされたのもそうだが、もっと驚いたのは。
「アリアさん! 足が!!」
アリアの足から、大量に出血しているのである。
掴みかかって来た男が、アリアの口元に当てた布。
何らかの薬品が沁み込まされており、アリアの意識を奪う為の物だと推察された。
瞬間的に危険を察知したアリアであったが、わずかに薬品を吸ってしまったようで目の前が一瞬暗くなる。
だが、そこで最適解を取るのがアリアである。
拘束される前に自由な手で銃を抜くと、自らの足を撃ち抜いた。
普通の人間に当てたなら足が吹き飛んだかもしれないが、身体強化をしたアリアの足を吹き飛ばすまでには至らなかった。
とは言え、骨に到達するかと言う大きな傷を残し、その痛みでアリアは覚醒を促したのであった。
「問題ありません」
心配そうな目を向けるシェーラに向かってそう答えると、アリアは持っていた中級ポーションを足に振りかける。
一瞬で傷が癒えたかと思えば、アリアはゆっくり男達へと近付いた。
「どのようなご用件か……聞くまでもありませんね」
ぞくり、と男達の背筋に冷たいものが走る。
暗がりに光る赤い目は、捕食者のそれであった。
「つ、捕まえろ!」
リーダー格らしき男が他の男達に指示すれば、一斉にアリア達に飛び掛かる。
シェーラが目の前に迫った男を叩きのめそうと剣を抜こうとした瞬間、横合いから吹き飛んで来た男が目の前の男を巻き込んで吹っ飛んで行った。
「……え?」
呆気に取られて男が吹き飛んで来た方向を見れば、アリアの前に這いつくばる男が一人。
もう一人の男がアリアに拳を振り上げた所で、ドム! と言う重い音が続いた。
「が、は……」
アリアの拳が、その男の腹部にめり込む。
銃を握っていたアリアであったが、その攻撃は打撃のみであった。
暗器として作った銃であるが、アリアはこれに満足していない。
理由は二つ。
一つは手加減が難しい事。
相手を殺さないように捕まえるのならば、銃での制圧は向かない。
もう一つは単純に威力の問題。
確かに銃の攻撃力は高い。
だが―――――アリアの拳の方が、銃よりも強いのである。
銃弾で貫けないものであっても、アリアの拳なら打ち砕けるのだ。
だからこそ、アリアの銃に対する認識は『遠距離攻撃の為の武器』に留まっている。
「あとは貴方だけです」
残されたリーダー格の男が、危険を察知して後退る。
逃がす訳にはいかないと、シェーラが回り込もうとした所で、男が駆け出した。
「この、待て!」
「シェーラさん、問題ありません」
「え? し、しかし…」
誰の手による行動か、それを調べる為にもリーダー格の男は確保しておきたい。
そんなシェーラの思惑を理解しながらも、アリアはそれを止めた。
「何を目的としているかは解りませんが、少々調べてみた方が良さそうですね」
「ならば、尚の事追った方が良かったのでは…?」
シェーラがそう尋ねれば、アリアは小さく首を振る。
「人込みを追っては、誰かが巻き込まれる危険もあります。少々考えがありますので、銃の音を聞いた衛兵が集まって来たら、事情を説明して行動を開始しましょう」
行動を開始するにも、男はもう見えない。
今更何をするつもりなのか。
そんなシェーラの言葉は、次に取ったアリアの行動で飲み込まれてしまった。