99:『ブランクOS』
「事象破綻砲の発射から47時間が経過。『異水鏡』を起動。『ブランクOS』領域の順調な縮小を確認。このペースならば、25時間後には『ブランクOS』領域は消滅し、メモたちはこの場から離れることが出来るようになると思われます」
俺が事象破綻砲・500・エラーセピアをメーグリニアに対して撃ち込み、廃棄されたガイドコロニーごと吹き飛ばしてからほぼ二日経った。
この間、惑星フラレタンボ1ではとある田舎の地下水路に秘密裏に建造されていたメーグリニアのアジトを発見して各種証拠の押収が行われたり、フラレタンボ星系全体では事象破綻砲による攻撃に伴って生じた超光速の光のような現象で生じてしまった被害の調査が行われたりと、色々と忙しかったそうだが、俺たちは『パンプキンウィッチ』に乗って、吹き飛ばした廃棄されたガイドコロニー跡の宙域に居た。
「そうですか。それならば一安心ですね」
「まったくだ。これで一月も二月もかかるようなら、俺は申し訳なさで頭が一杯になるところだったぞ」
「私もです。サタ」
理由は単純、先ほどメモクシが口にした『ブランクOS』が発生してしまったからだ。
『ブランクOS』の領域と言うのは、一般的には『バニラOS』が及んでいないバニラ宇宙帝国の外の領域と認識されている範囲の事だ。
だが、modに対して多少なりとも知識を有し、正しく知っている人間ならば、OSが存在していない領域と答える範囲の事である。
そして、今回この場に発生しているのは後者の領域である。
「『ブランクOS』ってこんな嫌な感じなんすか。絶対に近づきたくないっす」
「同意します。メモは『ブランクOS』の領域に入るくらいならば、今の体を捨てます」
これの何が拙いのか。
あらゆる意味で拙いのだ。
なにせ、OSが存在しないという事は、OSが存在している事を前提としてあるSwもmodも機能せず、即座に停止する事になる。
具体例を出すならば、現代のmodを含む運用を前提としている宇宙船が『ブランクOS』の領域に進入してしまえば、その時点で良くて新たな推力を得られなくなり、直線移動しか出来なくなる。
悪ければmod無しでは強度が足りない箇所から崩壊してバラバラに、空気の循環などが止まって窒息、温度の維持が出来なくなって全てが凍結などなど、致命的事象がこれでもかと襲い掛かってくることになる。
また、一部の種族や人間は、生命の維持をmodで賄っている場合もあるので、そういう存在が『ブランクOS』の領域に踏み込んでしまえば、良くて即死、悪ければのたうち回って苦しみ抜いた後に死ぬことになる。
とにかく『ブランクOS』の領域と言うのは、極めて危険なのだ。
「しかしサタ。こうなると今後も事象破綻砲は安易には使えませんね」
「だな。今回は星系の端で、『異水鏡』による観測も出来て、生じた範囲もマシだったからいいものの、もしも星系のど真ん中で発生させていたらと思うと、恐ろしいことこの上ない」
で、そんな恐ろしい『ブランクOS』が発生した原因は……言うまでもなく、俺の事象破綻砲が原因である。
事象破綻砲・500・エラーセピアは俺特製のmodを異なるOSを保有する対象へと撃ち込み、強制的な事象破綻を発生させることによって、相手のOSを無効化しつつ、生じる莫大なエネルギーによって殺傷する攻撃である。
試射はセイリョー社に居た頃、エーテルスペース内で何度かやっていて、そこでの実験結果からリアルスペースでも周囲への被害を抑える方法さえ準備できれば使い物になると、セイリョー社の研究者が計算してくれていたのだが……現実とはままならないものである
「マシ、ですか」
「この範囲でそれを言うっすか」
「フラレタンボ星系全体を吹っ飛ばしていた可能性を考えればマシだろ」
「そうですね。実際、閃光に驚いて生じた事故はあれど、死者は出ていないようですから、マシだと思います」
なお、『ブランクOS』が発生した当初の範囲は、着弾点を中心に数百キロメートルの球形とガイドビーコンが通じていたであろう方角に向けて1光時くらいの距離に伸びる帯状の空間だった。
うん、フラレタンボ星系内にはほぼ被害が無かったのだから、マシには違いない。
メーグリニアを確実に仕留める手段も他にはなかったしな。
「それよりも『ブランクOS』の消滅が確認された後はどうするかを考えましょうか。連続猟奇殺人事件の解決を以って、フラレタンボ星系内での懸念事項はなくなりました。となれば、私としては表向きの業務である観光や視察に赴きたいのですけれど……」
「分かりました。ヴィー様の望みに従って予定を組ませていただきます。ジョハリス様、『パンプキンウィッチ』はこのまま使い続けても?」
「問題ないっす。上からの指示次第ではあるっすけど、少なくともフラレタンボ星系内に居る限りは、このまま使い続けていいはずっすよ。ところで……」
「……。俺のレポートはたぶんまだ数十時間はかかると思うので、待っていただけると助かります……」
「……。頑張ってください、サタ様」
「もうデータは提供したっす」
「わ、私も手伝える範囲で手伝いますから、頑張りましょう、サタ」
「終わりが、終わりが見えない……」
余談だが、事象破綻砲を撃ち、一休みをしてから、今に至るまでの45時間ほど。
この間、俺はずっと今回の件に関するレポートを書き続けている。
そしてまだ終わりが見えていない。
精神的には……メーグリニアよりもこちらの方がよほど難敵であるかもしれない……。