97:メーグリニアの解析
本日は5話更新となります。
こちらは四話目です。
「では、現状の確認をしましょう」
俺たちを乗せた『パンプキンウィッチ』は、メーグリニアを亜光速航行で追いかけている。
ただ、追いかけていると言っても、両者の間には光の速度でも数分程度の距離があり、攻撃対象の選定を通常視覚に依存していると思しきメーグリニアから攻撃を受ける状態ではない。
そのため、一度ここで俺たちの間だけでなく、フラレタンボ星系の治安維持を務めている面々も含めて情報の共有を行う事となった。
とは言えだ。
「サタ」
「メーグリニアは未だに亜光速航行中。進行方向に惑星は見られず、フラレタンボ星系の外へ脱出する事を狙っていると俺は考える。後、追いかけている俺の本体に気が付いた様子は見られないな」
「メモ」
「サタ様の観測結果に同意します。『異水鏡』で異なるOS反応を追っていますが、サタ様の本体ではない反応が真っすぐにフラレタンボ星系の外を目指しています」
情報を出すのはほぼ俺たちだ。
俺たち以外にもメーグリニアを追っている人間が居ない訳ではないが、一時間以上出遅れている。
おまけに宇宙怪獣である俺と『異水鏡』による解析を行えるメモクシにしか知覚できない情報と言うのも多いしな。
『質問だが、人間が生身で亜光速航行が可能なものなのかね? あ、いや、現実に行っているのは理解しているのだが、どうにも理屈と言うか、理解が及ばなくてだね……』
『それを言うならば、人間が宇宙怪獣になる事自体が前代未聞だ。それに比べれば、機械とmodがあれば代行できる亜光速航行ぐらいはなんとかなると思うがね』
『いや、まず気にするべきは奴をどうやって仕留めるかだ。衛星砲の一撃ですら殺せなかった相手なんだぞ。間違いなく肉片になったのに気が付けば元通りになって……うっ』
『いっそ逃げてくれるならばそれでよいのではないか? 正直に言って我々の手に負える相手とは思えない。ここで下手に手を出して返り討ちに在ったならば……』
まあ、それでも質問のような形で、軍艦の艦長やら衛星砲の責任者やらがあれこれと言いたいことを言ってくれるわけだが。
うーん、ちょっと黙ってもらうか。
万が一も考えて、先に伝えておかないといけない情報がある。
「ヴィー」
「皆様ご静粛に。こちらから出せる情報は多岐に渡ります。ですので、まずは一通りの情報を出してから、議論は行ってください」
『『『……』』』
うん、黙ったな。
流石はヴィリジアニラ。
では、出すべき情報を出すか。
「ではサタ」
「ああ。メーグリニアだが、あいつは恐らく人間を殺して眼球を取り込む度に、死んでも復活できる権利を得れる。そして、その権利をストックできるようなOSを持っている。ああ、反論は受け付けないぞ。宇宙怪獣、独自のOSと言うものは、周囲への影響を考えなければ、それだけの理不尽を許容する代物だからな」
『『『……』』』
「つまり、此処で奴を逃がせば、奴は逃げた先で何万と言う人間を殺傷し、人間では手に負えないような命のストックを得る可能性がある。これだけでも逃がせない理由としては十分だな」
「そうですね」
流石はそれぞれの役目で重責を担っている面々と言うべきか、俺の受け入れがたい言葉を聞いて、苦虫を噛み潰すような表情にはなっても、喚いたりはしない。
「他に特徴的な部分としては、どうにもメーグリニアは死ぬ度に念動力の出力を上げられるようだ。おかげで最初の頃なら確実に殺せる攻撃手段でも、逃げ出す直前には殺せなくなっていた。ただこっちは一時的な向上なんだろうな。少しずつ異なるOSの気配が縮んでいって、それに合わせて亜光速航行の速度も僅かずつにだが下がっているように思える」
「サタ様には関係ありませんが。出力が下がると言っても、最低でも生身の人間を一瞬で肉塊に出来る威力なのは忘れないでください」
「つまり、相手がこちらを目視できる状況になってはいけないのは変わらずという事ですね」
死ぬ度に強くなる。
これが本当に厄介だ。
ただでさえ何度も復活するのに、前の復活分の強化が残っている間に次の復活をすれば、強化が二倍三倍と重なっていくのだから。
しかも効果時間がそれなりにあるようだから、強化の影響を出来るだけ抑えようと思っても、そう上手くはいかないだろう。
「亜光速航行については……たぶん、学習の結果だな。元人間という事は、人間時代の知識をそのまま持ち合わせているという事。知識があるなら、自前のOSを用意できる宇宙怪獣にとっては、自分に必要なmodの一つや二つ程度なら簡単に生み出せるものでしかない。念動力もそうやって用意したものだろうな」
「それはつまり、メーグリニアには超光速航行も可能という事ですか?」
「そういう事だな。とは言え、ガイドビーコンなしの超光速航行は宇宙の何処に飛ばされるのか分からないのは宇宙怪獣でも同じこと。本能のままに宇宙を回遊するならそれでも大丈夫だろうが、知識があるが故に、メーグリニアは安易な超光速航行には踏み切れないはずだ」
「なるほどっす」
ぶっちゃけ、メーグリニアがガイドビーコンなしの超光速航行に踏み切ってくれたら、色々と楽なんだよな。
まず間違いなくバニラ宇宙帝国の圏内には戻ってこれないし、飛んだ先が生き残れる空間であるとも限らないのだから。
まあ、追う事も、生死の確認も出来ないと言うのは困りものだが。
でもこのまま行けばそうなるだろうな。
メーグリニアが向かう先にはグログロベータ星系行きのガイドコロニーも、ニリアニポッツ星系行きのガイドコロニーもないのだから。
「……。ヴィー様、サタ様。拙いかもしれません」
「メモ、何がありました?」
「ん?」
「メーグリニアが向かう先に廃棄されたガイドコロニーがあります」
『フラレタンボ星系黎明期に建造され、混乱期に打ち捨てられた廃ガイドコロニーか。管理のものも含めて、中に人間は居ないはずだ。仮にガイドビーコンが生きていても、その先がどうなっているかは誰にも分からん場所だな』
なるほど、行先不明のガイドビーコンか……警戒は無きに等しく、けれどガイドビーコンの再起動が出来たなら、超光速航行によって追手は撒ける。
自らが無事で済むかは飛んだ先次第だが、このままフラレタンボ星系に留まるよりは生存可能性がある、と。
やっぱり知性ある宇宙怪獣は厄介だな……俺が言うなと言われそうだが。
『廃棄したガイドコロニーだ。破壊しても問題はない。そして、メーグリニア・スペファーナだった宇宙怪獣を取り逃がすわけにはいかない。どうするべきかは明白だな』
「そうですね。中に人が居ないというのなら尚更でしょう。サタ」
「まあ、俺のとっておきなら、相手のOSごと叩き潰せる可能性は十分にある。少なくとも分の悪い賭けにはならないはずだ」
いつの間にか通信画面を占有していたフラレタンボ伯爵の判断は下った。
ヴィリジアニラも同意した。
俺の知識の範囲内ではこれ以上の手は存在しない。
ならばもう他に手はないな。
「では、メモ、ジョハリスさん。ガイドコロニーが見えるところ……そうですね、光速で数分かかる程度の距離で『パンプキンウィッチ』の亜光速航行を停止してください」
「分かりました」
「分かったっす」
「サタ。とっておきの準備を。メーグリニアに知識と能力があっても、廃棄されたガイドビーコンの再起動が数分で出来るとは思えませんので、そこで仕留めましょう」
「分かった。ヴィーも……」
「分かっています。被害を最小限に抑えるための準備を始めます」
『万が一にも他のものが邪魔をしないようにこちらで手を打っておこう』
そうして俺たちは動き出した。