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92:『異水鏡』

「戻ったぞ、と」

「お帰りなさい、サタ」

「お帰りなさいませ、サタ様」

「お疲れ様っす。単独でワープが出来るとかとんでもないっすね」

 転移した先は『パンプキンウィッチ』改め『クールコカトリス』の船内、ヴィリジアニラから1メートルほど離れたポイントだ。

 無事に転移成功だな。

 まあ、実を言えば、最初はもっと離れたポイントに転移して、それから本体の方で転移先を目視し、飛んできたのだが。

 『クールコカトリス』が移動していたので、迂闊に飛ぶと座標被りを起こしそうで怖かったから。

 ま、言わなければ分からない分からない。


「それでサタ。セイリョー社からの協力は得られましたか?」

「一応は。効果としては宇宙怪獣を感知する装置……要はレーダーと、俺のとっておきを星系内でも使えるようにするためのものだな。ただ、具体的な扱い方はまだ説明書を読んでいないから、まだ分かってない」

「なるほど」

「後、正確性、安定性に難ありとも聞いているから、きちんと使えるとも限らない」

「分かりました。注意しましょう」

 俺はミゼオン博士から預かった二つの物体……お盆のような形の機械と本体素材で作った輪っかをヴィリジアニラたちの前に置く。

 それから、ヴィリジアニラたちの端末に渡された説明書を転送。

 えーと、まずはレーダーの方から確認するか。

 ヴィリジアニラたちの様子からして、まだメーグリニアは見つかっていないようだしな。


「名称は試作四〇号、携行サイズ、水見式異法探知レーダー、Ver.1.06、略称『異水鏡』……ちゃんと合ってるな」

「その確認必要っすか?」

「向こうが間違えていないと信頼するのと、確認する必要があるのは別の話だからな。何かのトラブルがあってとか、うっかりとかはあり得るし。まあ、それを言うなら、向こうできちんと確認してから持ち帰れって言われることになるが……」

「そこはそれだけ急いでいた、という事で目を瞑ればいいと思います。今回は間違っていなかったわけですし」

 とりあえず説明書と実際の機器の番号は合ってるな。

 ちなみに『異水鏡』の見た目は直径30センチ程度のお盆または浅い皿と言う感じの機械であり、幾つかの端子やメモリのようなものも見えるが、一見した限りでは、とてもでもないがレーダーには見えない代物だ。

 で、肝心の使い方としては……。


「なるほど。これは確かに正確性と安定性に問題がありますね。ただ、普通の人間が扱うならばと言う但し書きが付きますが」

「流石はメモ。もう読み終わったのですね。それで……使えますか?」

「メモならばなんとか」

 もうメモクシが説明書を読み切ったらしい。

 流石は機械知性だ。

 しかし、メモクシのスペックをもってして、なんとか? どういう事だ?


「ただ、メモでは基本的な起動と処理までですね。このままではノイズの除去がしきれず、有意な結果が得られません」

 詳しく聞いたところ。

 この『異水鏡』と言う名前のレーダー、ぶっちゃけ欠陥品と称してもよいほどに要求スペックが高い機械であるらしい。

 なので、機械知性ならばメモクシと言う皇女に付けるほどのスペックが必要となるし、知性を持たない普通の機械に搭載する場合でも、相応のサイズの箱と一流のオペレーターが必要となって、とてもではないが携行できるような代物ではないらしい。

 そして、そんなものを用意しても、ノイズの除去までは出来ないので、このままではこちらが望むような結果を得られないそうだ。


「しかし幸いにして対策はあります」

「と言うと?」

「ジョハリス様です」

「ウチっすか?」

 えーと、専門的な部分は省くとしてだ。

 『異水鏡』の使い方としては、盆の中に必要な量の液体を注いで使うらしい。

 で、ノイズの除去方法として一番手っ取り早いのは、スライム種に盆の中に入ってもらう事。

 入ってくれたスライム種の世代にもよるが、それで使い物になるレベルにまでノイズが除去できるそうだ。


「なるほど。ウチの体に問題は起きないっすよね?」

「その点についてはセイリョー社の方で徹底的に検査済みのようで、連続168時間の使用でも問題は起きない事が保証されているようです」

 と言うわけで、今回に限ってはジョハリスが機械の中に入ってくれれば、問題なく使えるらしい。


「……」

「サタ、何か言いたそうですね」

「いやまあ、うん。あの人、ジョハリスの存在は知らないはずなのに、なんでこんなものをと思っただけだ」

「確かに狙ったような代物ではありますけど……偶然では? 仮にジョハリスさんが居なくても、フラレタンボ星系中を探せば一人くらいはスライム種の方は見つかったと思いますし、スライム種の方が居ない場合についても説明書には書いてありますよ」

「……」

 考えすぎ……まあ、普通に考えれば偶然だよな。

 ミゼオン博士は俺がヴィリジアニラの配下になった事は知っていたし、それなら同僚にメモクシと言う優れた機械知性が居ることも把握してる事までは確実。

 でもその先は流石に偶然だよな。

 ヴィリジアニラの言う通り、説明書にもちゃんと居ない時用の対応まで書いてあるようだし。


「おー、なんか奇妙な感覚っす」

「そうですね。メモとしても不思議な感覚です。もしやこれが、サタ様が感じている世界なのでしょうか?」

「それは少し気になる話ですね」

「いやぁ、どうだろうな? 俺が違うOSを感じ取る時の感覚はだいぶ主観的なものだしなぁ……一致しているかと言われたら怪しい気も……」

「そうですか……」

 なお、俺たちが話をしている間にメモクシは『異水鏡』を盆のように手に持ち、その上には核が無いタイプのスライムだったらしいジョハリスが圧縮された球体となって浮かび、表面をざわつかせている。


「それでメモ、ジョハリスさん。探知にはどれぐらいかかりそうですか?」

「もうしばらく……十数分程度はかかると思います。ヴィー様」

「ちょっと慣れるのに時間がかかりそうっす」

「分かりました。では結果が出たら教えてください。サタ、私たちはその間にもう一つの品を」

「そうだな。出来れば使わずに済ませたい品だが、必要な時に使えないんじゃ困るしな」

 俺はメモクシとジョハリスから目を離すと、ヴィリジアニラと一緒に輪っかの説明書を読み始める。

 そして、読み切ったところでヴィリジアニラが告げた。


「この輪は私が使います。いいですね、サタ」

「分かった。と言うより、ヴィー以外に適任者がいない感じだな、これは」

 ヴィリジアニラが覚悟を決めた顔で腕輪を身に着ける。

 まあ、覚悟を決めるのも当然の話だろう。

 なにせ、使い方を間違えれば、最悪、周囲一光年くらいは吹っ飛びかねないのだから。


「ただこれだけははっきり言っておくぞ。俺が守りたいものにはヴィーは当然入っている」

「……。はい。よく覚えておきます」

 それだけでなく、使い方を誤れば、本末転倒の事態にだってなりかねない。

 そういう代物だった。


「ヴィー様、サタ様。感知出来ました。メーグリニアが居るのは……海底です」

「「……」」

 それから間もなく、メモがメーグリニアを見つけ出した。

11/15誤字訂正

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