88:開眼 ※
本話は第三者視点となっております。
ヴィリジアニラが連続猟奇殺人事件の犯人による念動力の攻撃を受け始めた直後。
フラレタンボ星系の治安維持機関は一斉に動き始めた。
「データの確保完了しました。監視衛星にログインしていたのはメーグリニア・スペファーナ名義の情報端末のみです。情報端末及び監視衛星のログインにメーグリニア・スペファーナの生態情報が用いられているため、最低でも関与は確定しました」
まず、メーグリニアが個人で所有している衛星に機械知性がハッキングを仕掛け、メーグリニアには気づかれないように情報を奪取した。
奪取した情報には今まさに襲われているヴィリジアニラたちの姿だけでなく、これまでの被害者たちが襲われる姿を衛星軌道から明瞭に映したものもあった。
また、治安維持機関、帝国軍、フラレタンボ星系の統治機関、イワーニ自然保護公園のスタッフが協力する事で、この時ヴィリジアニラたちの姿を映しているカメラがメーグリニアの監視衛星だけであることも、第三者目線でほぼ確定できる状態にもなっていた。
この時点で治安維持機関はメーグリニアが連続猟奇殺人事件の関係者であると断定。
次の段階に移行する。
「衛星の確保に成功。エンジンの停止を確認。自爆機構のような物理的な情報抹消システムは搭載されていないようです」
監視衛星の確保は多少時間はかかったものの問題なく成功。
元々、個人用の衛星として打ち上げられていたものを犯行に利用していただけであり、自分の手口がバレると思ってもいなかったのだろう。
また、衛星の確保に伴って映像が途切れ、この時点でヴィリジアニラに対する攻撃が止み、諜報部隊一同が安堵したのはここだけの話である。
「娘が……犯人……!? 少なくとも関係者……ですと……!?」
スペファーナ男爵との交渉も始まっていた。
職場で話を聞いた男爵はその場で崩れ落ち、呆然とした様子を見せる。
「はい。つきましてはメーグリニア・スペファーナ嬢を出来るだけ穏便に確保するためにご協力をお願いできますでしょうか?」
「……。協力いたしましょう。我が家の家令にこれを。治安維持機関の捜査に協力するように私からの指示があった事の証明になるでしょう。それと、万が一の場合に備えて、敷地内での破壊と交戦の許可もお渡しいたします」
「よろしいのですか?」
「勿論です。事実であるのなら、私は娘に対して、底知れぬ宇宙のような絶望感と腸が煮えくり返るような思いを抱かずにはいられない。そして、虚偽や謀りであっても、貴方たちの協力無くしては潔白を証明できない。家を守る以前に私には協力の道しかないのです。ただ……」
「ただ?」
「嫌な予感はあるのです。娘が娘の形をした別の何かに既に変わっている。そんな予感が……」
「……」
だがそれでも男爵は気丈に振る舞い、協力する姿勢を見せた。
それは帝国貴族として家を……引いては国と民を守る事に力を尽くす、貴族らしい姿ではあった。
「家令殿。許可がいただけたようです」
「そのようですな。では案内いたします」
スペファーナ男爵から許可が下りた直後、メーグリニア本人の確保をするための警察の部隊が動き出す。
彼らは男爵の客を装って男爵家の中に入ると、メーグリニアの部屋へと向かう。
彼らの装備は交渉役こそ軽装だが、それ以外は対テロリスト戦闘も行えるような重武装のものであり、メーグリニアの部屋にある窓の近くにはパワードスーツを着用したものも控えている。
また、万が一に備えて、家令とメーグリニア以外の家の人間は監視付きで既に家の外に出されていた。
「すぅ……メーグリニア・バロン・スペファーナ・P・フラレタンボ。貴方には現在、連続猟奇殺人事件の犯人であると言う嫌疑がかけられている。大人しくこちらの指示に従ってくれれば手荒な真似はしないので、出て来て欲しい!」
返事はなかった。
「メーグリニア・スペファーナ! 返事をしなさい! ……。やむを得ないか」
「やむを得ませんな……」
「突入!」
故に彼らは突入した。
事前の熱源探査modによる感知で、メーグリニアが部屋の中心に居ることは分かっていた。
なので、扉を破り、窓を破り、隣の部屋から壁を破り、メーグリニア四方を取り囲むように彼らは突入した。
そして、見ることになった。
「ふふっ、ふふふふふ、あははははっ、あーっはっはっはっは!」
部屋の中心、情報端末のモニターを前にして大笑いするメーグリニアの姿を。
「素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい!! やはり私は正しかった! 目だ! 特別な目こそが芽に繋がるんだ! 宇宙怪獣様を正しく知るためにはやはり特別な目こそが欠かせないものだった! ああっ! なんて力強さ! なんて圧倒的な暴虐! 私のような偽物が偶然手にしただけの力など容易に一蹴し、近づく事さえも叶わない!! なんて素晴らしいのかしら!!」
「メーグリビュッ!?」
メーグリニアに声をかけようとした警官が潰された。
見えない手で握り潰されるかのように、幼子が小さな虫を捕まえようとして力加減を間違えたかのように、あっさりと。
「「「撃てぇ!!」」」
「ああ、ヴィリジアニラ皇女殿下にお聞きしたい。いったいどうすれば宇宙怪獣様のお力を借りられるのか、お付きの護衛であるサタ・セーテクスにどうやって力を使わせているのか、宇宙怪獣との出会いから今に至るまでを全て包み隠さずに聞きたい。でもきっと一筋縄ではいかないのでしょうね。皇女殿下ほどともなれば口も相応に硬いはずですし、先ほどは怒りもあってつい過激に出てしまいましたけど、今度は手足の指を一本ずつ……」
仲間が潰されるのを見て、メーグリニア確保にやってきた面々は彼女を生きたまま捕らえることは不可能であると即座に判断した。
故に全員がメーグリニアの全身に銃口を向け、ブラスターを放つ。
「「「!?」」」
「いえ、駄目ね。この距離で勝てなかったのに、話が出来るような距離では勝てないわ。まずは力を蓄える必要がある。幸いにして本物の宇宙怪獣様を以前とは比較にならないほど近くで見たことで、私のような偽物であっても力を増す手段には見当がついたことですし……」
直撃すればシールド込みでも人間一人など容易く蒸発させられるだけのエネルギーがメーグリニアに照射された。
だが、メーグリニアには傷一つなく、それどころか自分の周囲を取り囲む人物たちにすら未だに気が付いていないようだった。
「あら御機嫌よう。爺やったら酷いですね。私に客が来ているのなら教えてください」
「わ、わた、お、お嬢様……」
そして、此処でようやくメーグリニアは気づいた。
自分が重武装の警官たちに取り囲まれていると言う事実に。
だが、彼女の心に恐れなど微塵もなかった。
あの日、宇宙船同士の衝突を引き起こした宇宙怪獣モドキを望遠鏡越しに覗き、本来なら一生眠り続けるはずだった才覚を目覚めさせてしまった彼女にとって、何時かこんな日が来ることは容易に想像できていたからだ。
加えて、本物の宇宙怪獣と監視衛星のレンズ越しとは言え接触し、その力の振る舞いを直に感じたことによって、目覚めた才覚を急速に発展させることに成功してしまった彼女にとって、自分に向けられている武器など、小動物がじゃれつくのと同じようなものとしか思えなかったからだ。
「撃ち続けろぉ!!」
「無礼なお客様たちへの対処も含めて、まとめてお仕置きが必要なようですね」
警官たちはブラスターを放ち続けた。
しかし、彼女は構わずに腕を軽く振り……。
「「「!?」」」
「でも許します。貴方たちの目であっても、私が宇宙怪獣様へと近づく一助にはなる事でしょうから。ああ、光栄に思う事だなんて言いませんよ。私が私の道を見出しただけの話なのです。その道を舗装するのに必要だったのが、偶々人間の目だったと言うだけの事。貴方たちにも理解できるように話すのなら……家畜を屠殺して食うのと同じ程度の事です」
ただそれだけで、警官たちも家令も眼球を残して肉片と化す。
それだけでなく、スペファーナ男爵家の壁が破壊され、柱が折られ、地下へと続く大穴が開く。
そして、残った眼球はメーグリニアの胸元へと飛び込んでいき、まるで沼に石を沈めるかのように溶け込んでいく。
「うーん、やはり死んでから目を抉ったのでは、よろしくないようですね。覚えておきましょう。それはそれとして、一度身を隠さなければ。宇宙怪獣様がこちらへと来られている気配がしていますから」
自分以外に生きるものが居なくなった男爵家内。
メーグリニアはそこから姿を消した。
後に残されたのは、スペファーナ男爵家だった瓦礫の山と、十数人分の肉片。
現場は血と土埃の匂いに塗れ、阿鼻叫喚の様相を呈する事となる。
スペファーナ男爵家の上空に人間の目には見えない巨大生物が現れたのは、この数分後の事だった。