86:『混ぜられる棘の杯』
本日は三話更新となります。
こちらは二話目です。
「これが天然ものなら、自然保護公園として指定されるのも納得だな」
『混ぜられる棘の杯』。
そこは一般的な惑星ならば湖になっている場所だ。
奇岩が積み重なり、繋がり合い、隙間を無くして杯の形となった上に、雨水が集まって湖となった。
だが、Swの影響で集まった水は水球となって、杯の中へと貯まっていく。
そこへ奇岩の間を通り抜ける事によって突風のようになった風が吹きつける。
普通の惑星の湖ならば湖面に波紋を立てるだけで終わりだが、Swの影響で球体となっている水は風の影響を受けやすいらしく、勢いよく転がり、他の水球とぶつかり、衝突を繰り返して、湖全体がかき混ぜられていく。
結果。
俺たちの前では、コップにビー玉を何個も入れて振るったかのように、何百個もの水球が激しく動き回っていると言う光景が生まれていた。
もしも、生身の人間がこの中に入ってしまったら、湖の内側にもある棘状の岩と、激しい動きの水球が組み合わさって、ひとたまりもない事だろう。
「でも、こんな環境でも生物は生きているんですね」
「そのようですね。フラレタンボ星系の中でも、この地域固有の生物が多数生息しているようです」
「器用に水球から水球へと飛び移っている魚とか居るな」
が、そんな環境でも強かな生物は問題なく生きている。
例えば、水球の動きを読み切って、水球から水球へと飛び移って器用に泳いでいる魚。
湖底にへばりついて、流れなど知った事では無いと言わんばかりに生きる苔のような植物。
岩の棘の陰に身を隠して生活しているらしいカエルに似た動物。
中々に多様だ。
「ところで生物が多様な割に湖の水が綺麗な理由は?」
「詳細は研究中のようですが、遺骸が底に溜まらず、外に弾き出されてしまうからではないか、とのことです」
「なるほど」
なお、『混ぜられる棘の杯』に収まりきらなかった水球は、外へ弾き出され、転がり、Swの対象範囲外のサイズになったところで崩れて消えるそうだ。
で、そこは地形的に水球が来やすい場所という事で、安全の為に立ち入り禁止になっているらしい。
やっぱり、フラレタンボ星系のSwは色々と面倒なようだ。
「さて、それでは次の場所に……」
さて、10分ほど『混ぜられる棘の杯』を観察したところで、ヴィリジアニラが次の場所に向かう事を提案……しようとした。
「「「!?」」」
ヴィリジアニラが……否、俺の本体が展開しているシールドが反応したのはその瞬間だった。
「サタ! メモ!」
ヴィリジアニラの背中を切りつけるように、透明な何かが何十個も飛んでいた。
それはあると理解して見れば認識できるが、そうでなければ……いや、あると分かっていてもなお肉眼では目視が難しい、透明で薄い氷の結晶。
間違いない、連続猟奇殺人事件の犯人……つまりはメーグリニアからの攻撃だ。
「分かってる!」
「対処します」
が、不意打ちは失敗した。
ヴィリジアニラには傷一つなく、シールドを打ち破れなかった動揺からか、氷の結晶の動きは鈍っているように見える。
そして、今後もこの場においてヴィリジアニラのシールドが破られることはないだろう。
なにせ、俺の本体が使っているもの……つまりは普通なら艦船を守るのに使うようなシールドmodを、俺特製の髪飾りを介して、ヴィリジアニラに付与しているからだ。
対人間向けの攻撃で破れるような代物ではない。
「おらぁ!」
俺はチタンスティックを振り、氷の結晶を吹き飛ばす。
本当は砕くつもりだったが、氷の結晶に付与されているmodによって強度が増しているのか、それとも念動力の副作用なのか砕くことは出来なかった。
だが、動きが乱れれば、メーグリニアの念動力の対象から外れるらしく、吹き飛ばした氷の結晶は地面に落ちると、その時点で動かなくなっているので、無駄ではないようだ。
「サタ様!」
「あいよ!」
ここでメモクシがアタッシュケースを開き、その口を俺の方へと向ける。
なので俺は開かれた口に向かって氷の結晶を弾き飛ばし、アタッシュケースの中へと入れる。
そして、アタッシュケースの中に氷の結晶が入った事を確認したメモクシは、口を閉じ、事前に渡しておいた使い捨てmodを使用する。
「ヴィー様! 証拠の確保、完了しました」
「流石です。メモ、サタ」
メモクシが使用したmodは俺が作った特製のmodだ。
効果は二つ。
アタッシュケース外からの電波、mod、次元跳躍、転移と言った方法によってアタッシュケースの内外に干渉する事を防ぐ。
アタッシュケースが閉じられている状態では、内部の物体の組成を固定し、変化しないようにする。
つまり、アタッシュケースの中に収められた時点で、アタッシュケースを破壊しない限り、中に収めた証拠を外からどうにかする事は出来なくなるという事だ。
これは宇宙怪獣相手であっても有効なレベルである。
ちなみにアタッシュケースそのものについても、シールドmodはないが、並のブラスターmodでは傷つかないような頑丈な代物である。
「で、この後は……人工衛星からの証拠確保か?」
「いいえ、そちらも既に完了しています。そうですよね、メモ」
「はい。地元の機械知性が協力してくれました。この場を映しているカメラはメーグリニアが個人所有している衛星のみ。その衛星を今利用しているのもメーグリニアだけなのを確認しています」
「そして、この周囲には私たち以外の人間は居ない。つまり、メーグリニアが関わっている事は証明されました。また、カメラの情報は既に治安当局にも送ってあります」
「なるほど」
ヴィリジアニラへの攻撃が通用しない事の八つ当たりだろうか。
メーグリニアの操る氷の結晶が俺とメモクシへと迫ってくる。
が、氷の結晶が俺たちの体へと到達する前に俺の本体がシールドを調整。
シールドの範囲を拡大し、俺とメモクシもシールドの中へと逃げ込むことで、攻撃を防ぐ。
「じゃあ後はこれを凌いでいる間に、メーグリニア本体を治安当局が取り押さえればお終いか」
「そうなるはずです」
これで一安心……とはならなかった。
スペファーナ男爵家が軍事研究に関わっているだけあって、メーグリニアはシールドの欠点を理解しているらしい。
『混ぜられる棘の杯』の中で動き回っていた水球が、支えもなく宙に浮かんでいた。
その数は……10以上は確実にある。
「ですのでサタ。私、ヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート・P・バニラシドの名の下に、サタ・コモン・セーテクス・L・セイリョーの真なる力の開放を許可します。私たちの命を狙うものの魔の手を打ち払いなさい!」
「仰せのままに!」
だから、それに対処するべくヴィリジアニラは髪飾りに手を当て、宣言し、俺の力を解放した。